『神は局部に宿る』都築響一 presents エロトピア・ジャパン鑑賞

【緑色のつなぎを着たナース・マネキンは何をしようとしているのか?】

SNAKEPIPE WROTE:

ROCKHURRAHからも長年来の友人Mからも「面白そうな企画」として情報をもらっていたのは、渋谷にあるアツコバルーで開催されている都築響一の展覧会だった。
都築響一?聞いたことがあるような?
思い出した!
秘宝館だったりヘンテコな施設や建造物をまとめた「珍日本紀行」という分厚い写真集で木村伊兵衛写真賞を獲得した人だ!
調べてみると1997年の受賞とのこと。
その頃は写真に燃えていたSNAKEPIPEなので、木村伊兵衛写真賞は必ずチェックしていたからね。
調べてみると、受賞作家として記憶していたのは2002年のオノデラユキと佐内正史まで。
その後の受賞作家の写真集は観ているけれど、ピンときたのは志賀理江子くらいかな。
そこまでちゃんと観てないから、あまり感想を書くのはやめようか。(笑)

話を都築響一に戻すと、木村伊兵衛写真賞を受賞した「珍日本紀行」を観て最初に持った感想は「面白い!だけど受賞はズルい!」だった。
歴代の木村伊兵衛写真賞作家と比べて見ると、かなり異色の写真集だし、元々は週刊誌に連載していた企画だったというのも「ズルい」と思う理由だったのである。
「こんな場所あるんだ!」という驚きを感じ、更に笑いを誘う。
今までにないタイプのインパクトがあったことは、あれから約20年(!)経った今でも、都築響一の名前を忘れていないことが、強烈な印象を残したことの証なんだろうね。

その都築響一がまた何か「やらかして」いるらしい。
アツコバルーは、2014年にホドロフスキー夫妻のドローイングを展示した「二人のホドロフスキー 愛の結晶展」とSNAKEPIPEが一目惚れで画集を買った野又穫の展覧会「野又穫 展 ーGhostー浮遊する都市の残像」に行ったことがある。
およそ2年前になるとは、調べてびっくりね。
記録のためにも(物忘れ防止のためにも)ブログに書いておくことは大事だな、と改めて思うSNAKEPIPE。(笑)
アツコバルーは、どちらかというと長年来の友人MやROCKHURRAH RECORDSが好きそうな企画を考えているギャラリー、という認識を持っているので、今回の都築響一も期待してしまう。
タイトルが意味深で「神は局部に宿る」で、副題として「エロトピア・ジャパン」だって。
一体どんな展覧会なのか?

雨が降ったり止んだりする7月にしては少し気温が低めの日。
長年来の友人Mと渋谷で待ち合わせる。
早めのランチを済ませ、いざアツコバルーへ!
エレベーターで5階に着くと、入り口付近は多くの靴で足の踏み場もない程。
アツコバルーは靴を脱いで入るタイプのギャラリーだったことを思い出す。
それほどまでにお客さんが入ってるってことなんだね!
これはかなり意外。
今まで行った2回の展覧会は、こんなに混雑してなかったからね。
入場料を払うと、引き換えに手渡されたのがコンドーム!(笑)
あとからじっくり見てみたけど、特に都築響一の展覧会につながる文言もなく、ただの(?)コンドームだった。
タイトルのエロトピアにかけてシャレたつもりなのかな?

入ってすぐに目に入るのは、壁一面に展示されている写真パネル。
近寄って見ると、それは全国にある「変わったラブホテル」の一室を撮影したものだと分かる。
天井近くの高さまであったので、1枚ずつをじっくり見ることはできなかったけれど、「珍日本紀行」の続きを見ているような気分だった。
もしかしたら「珍日本紀行」の中に入っている写真だったのかもしれないね?

ラブホテルシリーズの次には、全国の秘宝館の写真群が展示されていた。
右の写真は、鳥羽にあった「鳥羽SF未来館」という「秘宝館」にあった展示物だったようで。
2000年に閉館した「鳥羽SF未来館」の展示物を都築響一が買い取り、「横浜トリエンナーレ」や恵比寿の「トランスギャラリー」で展示していたとのこと。
2000年と2002年に開催していたようなので、既に鑑賞していた人も多かったのかもしれない。
15年近く経った「今更ジロー」な企画を鑑賞していることになるんだね。
元ネタである「鳥羽SF未来館」についてブログに内容を載せている方を発見したので読んでみると、かなりヘンテコなストーリーに基づいた展示がされていたみたい。
珍妙な物はなるべく観たいと思っているSNAKEPIPEやROCKHURRAH、もちろん友人Mも、「鳥羽SF未来館」を実際に鑑賞してみたかったよね!

「鳥羽SF未来館」の写真の他には、「秘宝館」の人形が数体展示されていた。
近くでじっくり見ると、エロというよりはグロ!(笑)
遠目で見ることを前提としているからこれで良いんだろうね。
全裸で大きく口を開けて悲鳴を上げているような人形は、ゴツゴツした皮膚(表面)で、決して美しいとは言えない顔立ち。
ホラー系の雰囲気だったよ。
対照的だったのは、飲み物カウンターの近くにいたラブドール2体。
椅子に座っていたドールは、まるで生きているように見えるほど、リアルな出来栄えにびっくりする。
触っても良いとのことなので、腕の当たりをタッチ。
当然人の肌とは違うけれど、しっとりするような手触りに驚く。
棚に陳列させられているラブドールは、スタイル抜群!(笑)
販売されているということは、当然買う人がいるんだよね。
こんな人形が家にいる状態ってどんなだろう?
気になって調べてみたら、この手のシリコン製ラブドールは大体70万円くらいみたい。
かなり良いお値段だよね。
ラブドール業界のことはよく分からないけれど、恐らく日本の技術は高いんじゃないだろうか?
エロに対する情熱が高い民族だと思うからね。(笑)

wikipediaで「秘宝館」を調べると、日本には数多くの「秘宝館」があることが分かる。
その多くは廃館となっているけれど、温泉地や観光地にあった「秘宝館」は、「うしろめたさ」と「助平」と「笑い」を同時に持つ特異な空間だったのではないかと想像する。
観光として出かけた、生活圏とは遠い場所だったために可能だった「内緒の出来事」という感じだろうか。
「珍日本紀行」以降はブームになったために「◯◯秘宝館行ってきた!」と大声で自慢する人が増えたかもしれないけど、それより以前はどちらかというと「恥ずかしいこと」になっていたんじゃないかな?
その「恥ずかしさ」が「秘宝館」が「秘宝館」として成立するための必須条件だったのでは?と思うのである。

さて、今回の渋谷で開催された「秘宝館」はどうだろう。
「恥ずかしさ」はなくなり、地方の「怪しげな雰囲気」もなく、全てが白日の元に晒された。
実際照明も明るかったしね。(笑)
ベールが剥ぎ取られた「秘宝館」には「淫靡さ」や「いかがわしさ」といった「秘宝館」らしさが消滅していたと思う。
展示が数少ないのに、入場料金の1000円も高め。
今回のアツコバルーは、期待していただけに残念だった。
都合が付かず今回は鑑賞できなかったROCKHURRAHだけど、全く後悔はないと思うよ。(笑)
アツコバルーには、また面白い企画を提案して貰いたいね!

時に忘れられた人々【23】同名異曲編2

【今回はナチュラル志向と着飾ったのが競演】

ROCKHURRAH WROTE:

どこの天気予報でも「今年は記録的な猛暑になる」というような予報が出ていて、真夏の暑さが大嫌いなROCKHURRAHは気が滅入っている。
今のところ猛暑というよりはおそろしい湿度で、部屋の中にいても蒸し蒸しという日々が続いてるけど、そんな中、やって来ました。去年に引き続きまたまたエアコンの不具合。
去年の夏のブログ記事で書いた通り、真夏の最も暑い時期に我が家のエアコンから恐怖の水漏れが起きてしまい、応急で下に貼ったゴミ袋に毎日のように大量の水が滴り落ちるという事件が発生した。
水を慌てて拭き取ろうとした際にぐるぐる回っている部分に指を突っ込んでしまい、あわや骨折か?と思うくらいの怪我をした悪夢の思い出。あれで数ヶ月は指の感覚がおかしくなってしまったからね。
去年はメーカーに来てもらったのに結局、原因は不明だがなぜか改善されてしまった。自分でドレンホースやドレンパンのつまりも解決したから、改善されなきゃウソなんだけどね。
今年もとりあえずは大丈夫なはずなんだけど、またもやすごく暑い日から突然大量の水が垂れてきて大パニック。応急の対処法はすでに会得していたけど、個人的にイヤな出来事ばかり続いてたし、よりによって自分の誕生日にこんな問題まで抱え込んで頭が痛いよ。
結局、一週間水漏れのまま耐えて週末に業者に来てもらい、やっと(たぶん)解決したという始末だ。
おそらくの原因は本体内部のドレンホースより排水の穴の方が位置が高かったため、水が逆流してたんじゃないか?というお粗末なもの。つまりは最初の設置ミスだとの事。確かに最初の時はよくわからんバイトの小僧みたいなのが取り付けに来たもんな。
貴重な時間をこれで何時間も無駄にしたけど、とりあえずは真夏の水漏れの心配がなくなったようで良かったよ。

人にとってはどうでもいいような前置きだったな。しかも今日の記事とは何も関係ない。
さて、今回も引き続き「同名異曲」について書いてみよう。
最近はどうだかわからないけど、90年代くらいはバンド名もタイトルもひとつの単語のみというようなシンプル過ぎなのが流行ってた時期があったな。それだったら同名のタイトルというのも結構あったんだろうな。
ウチのブログでは70年代や80年代の音楽についてばかり書いてるから、そこまでいくらでも同じタイトルの曲が転がってるわけじゃないけど、何とか探してみたよ。

Son Of A Gunというのは英語でよく使われる言い回しのようで「船の大砲の下で生まれた子供」というような意味らしい。ん?何じゃそりゃ。
日本で言うなら「橋の下で生まれた子供」とかと同じような使い方なんだろうが、そもそも今の時代にそんな会話あるのかね?
そのままの意味では使いドコロがわからんけど「ロクデナシ」とか「ちくしょうめ、この野郎」というようなニュアンスらしい。サノバビッチにサノバガン、どちらにしても慣用句が嫌いでスラングっぽい言葉を全然使わないROCKHURRAHには理解しがたい言葉だなあ。

そんなタイトルを代表曲につけたのが越路吹雪、ではなくて1980年代後半にスコットランドで活動していたヴァセリンズだ。
ユージンとフランシスの男女ペアが中心のアノラック系ギター・ポップのバンドでジャケットも二人の世界だが、デュオではなくユージンの友人や兄弟なども含めた編成だった。日本で言えばチェリッシュみたいなもんか?

キング・オブ・アノラックってほどにキングな活動はしてないが、パステルズのスティーヴン・パステルに見出され、彼の53rd&3rdというレーベルから出したのがこの「Son Of A Gun」というデビュー曲。

ニルヴァーナのカート・コバーンが彼らの曲を大々的にカヴァーして、90年代にはにわかに再評価されまくった(レコードもプレミアついて高騰)が、80年代後半のリアルタイムでは割と細々と活動していたという印象がある。活動期間も短かったから知る人ぞ知るようなバンドだったな。
まあ音楽性もヴォーカルも80年代的に言えば「ヘタウマ」。
初々しい感じのバンドだからインディーズでこじんまりとマイペースにやってゆくのが本来の姿だね。後にすっかり老けてしまってから奇跡の再結成を果たした。
少しはしたたかになった模様だが、基本的には相変わらずの路線でファンをなごませた。
彼氏は少しギターとかやってるけどギンギンのバンド野郎じゃなくて、彼女は彼氏の影響で歌とか歌い始める。音楽業界の事とかよくわからないけど好きな音楽と彼氏とでささやかに宅録とかしたい。ヴァセリンズはそういったカップルとか内輪で音楽をやっている者にとっては光明と言える存在だったんだろうな、と勝手に推測してみたよ。

こちらもまた同じタイトルを持つ曲、リヴァプール出身のラーズによるもの。
「There She Goes」という不朽のヒット曲によって知られるが、曲は知ってるけどどんなバンドがやってるのかよく知らないという人も多かったんじゃなかろうか?
80年代後半にデビューして人気、知名度も上がってきた頃、曲やレコーディングの出来に不満を持ったバンド側が発売をキャンセル。しかしレーベルはバンドの意向を無視して勝手に作りかけだったアルバムをリリース。楽曲は全てバンド側の意図してない出来のまま世界に出回ってしまったわけだ。
そういう激しい諍いがあって、大人気バンドになる可能性があったラーズは活動停止してしまったという経緯がある。
彼らの有名なアルバムはヴォーカリストのリー・メイヴァースが「買うな!」と言った作品だとの事だが、その1曲目に「Son Of A Gun」は入っている。

親しみやすく素朴なメロディにやや乱暴な歌い方が絡むというスタイルは少し後で出てきたオアシスなどの原型だと言える。かなり60年代な雰囲気なのでその辺が好きな人に熱烈支持されていたね。
しかしこの映像はまだいい方なんだけど服装とかに全く無頓着なタイプ。基本的にジャージとかネルシャツとか楽なのが一番、という姿勢で貫いているな。
大人気バンドになる可能性があった、と書いたものの、絵にならないなあ。

では絵になるこちらで仕切り直しといこうか。

Spellboundは日常生活ではあまり使われない単語だとは思うが、呪文で縛られたとか魅せられたとかそういう意味だそうだ。
ロンドン・パンク初の女性ヴォーカリストとして出発して、後にはゴシック、ポジティブ・パンクの元祖的存在だったスージー&ザ・バンシーズの1981年、4thアルバムに収録されてシングルにもなったのがこの曲だ。
Banshee(アイルランドの死の妖精)をバンド名につけ、初期の頃から割とダークな曲調を好んでたスージー・スーが歌うにはピッタリのタイトルだと言えるね。
あまりにも有名なバンドだから今さら書くような事もないけど、この後の女性ヴォーカル・バンドのひとつの路線を作った偉大なバンドだったと思う。

映像は森のなかをスージーやバンド・メンバーが走り回る割とアクティブなもの。白塗り化粧で退廃的、運動や汗とは無縁の印象があったけどライブでは動くだろうしそんなでもないのか?ドイツのベルフェゴーレにも海辺を全力疾走しまくるというミュージック・ヴィデオがあったが、バンシーズはやっぱり森の中の方が似合うね。森の奥にいるシャーマンという感じがするから。

ROCKHURRAHは昔から海よりは山、森や渓流の風景に惹かれるが、実際はそんな山の中に滅多に行かないしアウトドアな人間ではない。憧れは人一倍強いんだけど、気軽に行けないようなところにばかり暮らしているからなあ。
冬場は寒いからちょっと、だけど、こんなに蒸し暑い夏は深山の奥で暮らしたいという願望が沸き起こる。
高校生の頃、住んでた家の近場に小倉(福岡県)の足立山という小さな山があった。秘境でも森でもないが、雑木林くらいはあるだろうという程度の山だ。
ある日の朝、なぜか学校に行かずその山を目指してひたすらに歩いて歩いて登ったという変な出来事を思い出す。
通学のバスを降りて山へ入る道を歩いて行ったのだが、その後の一日をどうやって過ごしたのか、どうやって帰ったのかをまるっきり覚えてないのだ。
学校サボってまで山に入る動機もひとつも思い出せない。
運悪く体育教師に目撃されたらしく、後に学校に来てない事が発覚すると予想した以上の大問題に発展した。当たり前だが家に連絡されて翌日も呼び出されて大目玉をくらった事だけは覚えてる。自分の行動は全く覚えてないくせにね。
その時の心境はまるっきりわからないが、今にして思えば何かに導かれてどこかを目指した、これも神秘体験の一種だったんだろうかね?
おっと、今回の記事には全く関係ない思い出話だったよ。

そんなバンシーズの名曲と同名タイトルなのがこれ、ピンク・ミリタリーの1979年に発表した12インチ・シングルに収録(1stアルバムには未収録)。
ん?紹介する順番が逆だった事に今気付いたよ。「Spellbound」というタイトルではこちらの方が早かったんだね。
「同名異曲編」の1の方でも書いたが、デヴィッド・バルフが関わっていたビッグ・イン・ジャパンというリヴァプールのパンク・バンドがあって、そこの歌姫だったのがジェーン・ケーシーだった。
このバンドからは

  • 後にフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドで大ヒットするホリー・ジョンソン
  • ライトニング・シーズで大ヒットするイアン・ブロウディ(キングバード名義でプロデューサーとしても有名)
  • KLFでチルアウトというハウス・ミュージックの元祖となったビル・ドラモンド
  • 上に書いたスージー&ザ・バンシーズに参加するバッジー(後にスージーと結婚して離婚)

などなど、有名ミュージシャンが最初に始めたバンドとして伝説となっているが、ジェーン・ケーシーがビッグ・イン・ジャパンの後に始めたのがピンク・ミリタリーだった。
ジェーン・ケーシーと言えば70年代後半のパンク・ガールの中でも最も退廃的な美しさを誇り、異様なメイクや奇抜な服装でも有名。リヴァプールの中では一歩抜きん出たファッショナブルな存在だったと個人的には思う。
しかしピンク・ミリタリーの音楽はそういう派手な見た目とは裏腹に案外地味な感じだった。
他のメンバーがビッグ・イン・ジャパンとは違う方向性で有名になったのとは対照的だけど、ある意味、ビッグ・イン・ジャパンを最も継承していたのは彼女だったんだろうね。
スージー&バンシーズあたりとも通じるダークな曲調にジェーンの気怠い感じの歌声が響く地味な楽曲。時代的にネオ・サイケに属するような音楽だがポジティブ・パンクとかゴシック的要素はあまり感じない。むしろそっち方面に行ってたら大成したかも知れない、という風貌だが、音楽の方はそんなにドギツくない。

映像の方はレコードではなくリハーサル・トラックの音源との事だが、ビッグ・イン・ジャパンやリヴァプールの大半のバンドがライブをやったであろう、エリックスというライブハウスでの珍しい写真がスライドで出てきて、マニアにとってはかなり価値が高いもの。当時はものすごく盛り上がってたんだろうな。行きたかったなあ。
ピンク・ミリタリーや後のピンク・インダストリーはヒットしなかったらしく、プロモもTV出演の映像とかもほとんどないのでこれで許して。

まだまだ探せば同じタイトルの違った曲は出てきそうだけど今回はここまで。
ではまた、Até mais tarde(ポルトガル語で「またね」)!

映画の殿 第21号 さよなら、人類

【面白グッズを営業中のサムとヨナタン。陰気だなー!】

SNAKEPIPE WROTE:

週に何本かの映画を観る習慣は継続している。
例えば「スター・ウォーズ」のような大ヒット作を鑑賞することもあるけれど、どちらかと言えばアメリカ以外の国の作品に興味を持つことが多い。
最近のレンタルDVDは本編が始まる前に「これでもか」というくらい、長い時間をかけて同ジャンルの新作案内を「強制的に」付き合わせる傾向にある。
中には早送りすらさせてくれない仕様になっているものまであって、苦痛に感じることもあるほど。
宣伝するのは自由だけど、強制させられるのはイヤだよね?
たまには新作の中に「面白そう」と思う作品もあり、次に借りる候補にすることもある。
今回紹介する「さよなら、人類」(原題:En duva satt på en gren och funderade på tillvaron 2014年)も、新作案内で知った作品である。

「さよなら人類」と書いて検索すると、初めにヒットするのはイカ天バンドである「たま」の「さよなら人類」なんだよね。(笑)

わざわざ載せなくて良い?(笑)
ちょっと懐かしかったものだから!
「さよなら、人類 映画」って書かないとちゃんと検索できないので、皆様気を付けましょうね!

「さよなら、人類」はスウェーデン人の監督、ロイ・アンダーソンの作品である。
えっ?ローリー・アンダーソン?

これもわざわざ載せないでも。(笑)
ちょっと懐かしかったものだからね!(2回目)
80年代を経験した人は間違い易いから、気を付けようね!

脱線から本筋に話を戻そうか。(笑)
「さよなら、人類」についてだったね。

公式ページから簡単なあらすじを引用させてもらおう。

面白グッズを売り歩くセールスマンコンビ、サムとヨナタンが物語の中心となり、さまざまな人生を目撃する。
喜びと悲しみ、希望と絶望、ユーモアと恐怖を、哲学的視点をスパイスにしてブラックな笑いに包み込む傑作!

前述したように、新作案内を観て「さよなら、人類」に興味を持つことになったSNAKEPIPE。
どうして気になったんだろう?
少し淡い、地味なトーンが北欧の風景を感じさせる映像。
寂しい気分になるブルーグレーのフィルターがかかったような色。
セリフの少なさは、どんなストーリーが展開されるのかを不明にする。
中にはあるんだよね、ほんの何分かの予告を観ただけで「あーなってこうなって最後はこんな感じで終わりだよね」と予想できてしまう映画!
もしかしたらその予想は外れるのかもしれないけど、観たいと思う気分は著しく削がれてしまうよね。
SNAKEPIPEは特に権威に弱いわけではないけれど、「ヴェネチア国際映画祭グランプリ受賞」と言われると、更に興味が増してしまう。(笑)
ブラック・ユーモアというのも惹かれるしね!

いよいよ鑑賞!
「3つの死」と題されたショートフィルムが始まる。
この3つの物語がかなりブラック!
死を扱っているにも関わらず、「フッ」と片側の頬を持ち上げるようなニヒルな笑いを誘うんだよね!
別にニヒルじゃなくてもいいけど!(笑)
「3つの死」が終わると、あらすじにあるサムとヨナタンが中心になった物語が展開する。
これも場面場面を組み合わせたような、いうなれば「4コマ漫画」が連続している雰囲気なんだよね。

特徴的なのは、定点に置かれたカメラ。
まるで自分がこちらから見ているかのように錯覚してしまう。
通常映画の場合は、例えば驚いた主人公の顔をアップにするなど、カメラの焦点が変化するんだよね。
「さよなら、人類」にはそれが一切ないの。
アンダーソン監督は構図にこだわり、絵作りを第一に考えているんだろうなと思ったSNAKEPIPE。
そうしてみると、絵としての完成度の高さが解るんだよね。

以前「SNAKEPIPE MUSEUM #04 Cindy Sherman」の中で、ジム・ジャームッシュ監督の「ストレンジャー・ザン・パラダイス」について書いたことがある。

「ストレンジャー・ザン・パラダイス」は、全てのシーンが一枚写真として完成している、言うなれば連続スチール写真映画だったんだ!

と結論付けたSNAKEPIPE。
絵作りを第一に考えている映画ということになるね。
映画の殿 第16号」で特集したのはタルコフスキー監督の「ストーカー」。
この映画についても似た感想を持ったSNAKEPIPE。

「ストーカー」も「ストレンジャー・ザン・パラダイス」と同じで、写真集を観る感覚の映画だと感じたSNAKEPIPE。
しかもそれは廃墟写真集なんだよね!(笑)

引用ばかりで申し訳ない。
映画の中にも、まるで写真集みたいに撮られている作品があるということを言いたくて書いてみたよ!

今回鑑賞した「さよなら、人類」は、写真集というよりは画集を観ているように感じたSNAKEPIPE。
スナップショットを描いたような画家、例えばエドワード・ホッパーの作品などに近い感覚かな。

そこで!
今回の「映画の殿」では、「さよなら、人類」をあえて油絵風に加工して載せてみることにしたよ。
映画とは違う雰囲気で楽しめるんじゃないかな?
書いている文章は映画とは全く関係なくて、絵として観た時のSNAKEPIPEの勝手な感想なのでよろしくね!(笑)

先に書いた定点カメラがよく分かる場面だよね。
窓から外を眺める男。
恐らくキッチンだと思われる場所で、夕食の支度をしている背中を向けている女。
男の表情はよく分からないけれど、これから楽しい食事が始まるというよりは、深刻な話をしなければならないために憂鬱だ、と考えこんでいるように見えてしまう。

日曜日に、いつもよりゆっくり眠っていた夫婦が、電話によって起こされた情景と想像する。
電話の主はかつての旧友?
それとも母親から?
もう少し惰眠を貪っていたかった夫は、すっかり目覚めて話に夢中になっている妻とその相手から完全に除外され、孤独を感じているように見える。

大きなデスク、革張りのソファ、鷲?がダイナミックに描かれた絵画のあるオフィスにいるのは、恐らく政治家か会社の重役クラスの重鎮に間違いないだろう。
そんな金持ちそうな男が、渋面で電話を受けているということは、きっと何か重大な問題が起きているに違いない。
会社の金を横領していた事実がバレた?
パパラッチにスキャンダルを握られた?
何にせよ、この男に一大事が起こっているように見える。

賑やかだった店内は閑散としている。
仕事帰りに軽く飲み、同僚と上司の悪口を言い合い、ウサを晴らす。
これで明日はまたリセットされた1日の始まり。
ところが中にはリセットできない人もいる。
もしかしたら愚痴を言い合う相手もいないのかもしれない。
帰っても迎えてくれる家族がいないのかもしれない。
閉店まで1人で店にいる男には強い寂寥感が漂っているように見える。

何事かを考えながら窓から身を出し、通りを眺める男。
後ろにいる女はスリップ姿なので、直前までベッドにいたようだ。
今日で終わりにしよう、と言うつもりなのになかなか言い出せない。
女も2人の関係が終焉に近付いていることは薄々気付いていた。
沢田研二の「時の過ぎゆくままに」を彷彿とさせる情景に見えてしまう。(古い!)

エドワード・ホッパーの作品に1番近いのはこれかな。
夜のレストラン。
映画の中ではもっと暗い時間だったのに、加工していたら明るくなってしまった。(笑)
レストランの中にいる人を外から見ると、自分だけが孤独に感じてしまう。
この経験をしたことがある人、多いんじゃないだろうか。
写真家アッジェが撮った写真や、ユトリロの絵画のように見える。

SNAKEPIPEが想像した勝手な物語は映画とは関係ないので注意!(笑)
絵だけを見て、色んなお話作ってみるのも楽しいかもしれないね。

ロイ・アンダーソン監督の「さよなら、人類」は「散歩する惑星」(原題:Sånger från andra våningen 2000年)、「愛おしき隣人」(原題:Du levande 2007年)と合わせて3部作になっているらしい。
SNAKEPIPEが鑑賞したアンダーソン監督の作品は、「さよなら、人類」が初めてだったけれど、他の2作品も同じように「絵作り」されているのだろうか。
また機会があったら確認してみたいと思う。

時に忘れられた人々【22】同名異曲編

【今回の主役はこの方々。相変わらず意味不明の人選だな】

ROCKHURRAH WROTE:

変更後に一回もブログを書いてなかったので自分で語ってなかったが、5月後半からやっと当ブログのリニューアルが出来て、何とか自分の思ってた形に近くなってきたよ。
たまたまこの期間に訪問してくれた人は目まぐるしくデザインや色、背景などが変わって面食らったはず。今どきは素人でもやらないぶっつけ本番で修正しながらのリニューアルだったのでかなりドキドキしたよ。
見る人が見ればわかる通りロトチェンコもどきに作ってみたんだが、どうだろうか?

さて、今回の企画はひねりも小技もなく「同じタイトルだけど別の曲だよん」というROCKHURRAHにしては珍しいストレートなもの。
色々ひねくれた企画ばかり考えすぎて書けない事が多かったからたまにはこういう路線でやってみるよ。直球なので前置きも能書きもなくさっさと始める事にするか。

クズ、ゴミというようなタイトルがこれほど似合う男たちが他にいようか?
パンク以前のグラム・ロックの頃にアメリカで活躍していた伝説的なバンド、ニューヨーク・ドールズの名曲。
派手なメイクと悪趣味スレスレのオカマのようなファッション、そしてデタラメに粗雑なロックンロールとごつい歌声。全てのマイナス要素が合わさって奇跡的にカッコ良くなるという「最低で最高」の見本が彼らだったな。ありきたりなコメントですまん。
「Trash」は1973年発表、代表曲満載の1stアルバムに収録されてる。
マルチ・ミュージシャンとして有名なトッド・ラングレンによるプロデュースが彼らの持つ荒々しさを台無しにした、などと不評ではあるが、それはライブ活動をメインとするバンドのスタジオ盤には一番ありがちな評価だ。
リアルタイムでライブを見れなかった我々はこれを聴くしかない。

映像はTV出演のものらしく演奏に迫力がないんだけど、デヴィッド・ヨハンセン、アーサー”キラー”ケイン、ジェリー・ノーラン、シルヴェイン・シルヴェイン、そしてジョニー・サンダースという黄金期のメンバーが明瞭に見れるからこれを選んでみた。ジョニー・サンダースの髪型がぺったんこで地味な印象だが他のメンバーは大体いつもこんな感じ。ヨハンセンのスケスケ衣装も道化師のようなシルヴェインも、アーサー・ケインのはみ出した肉もすごい。
全てがToo Muchにデフォルメされていて、上品で健全なロック・ファンには受け入れられないだろうが、後のパンクに与えた影響は計り知れないバンドだったなあ。

それと同名のタイトルなのがこれ、ロキシー・ミュージックが1978年に再結成した時のアルバム「マニフェスト」に収録されている。
ロキシー・ミュージックと言えば「ダンディ」とか「ソフィスティケートされた大人のロック」とか、そういうイメージで語られる事が多いがそれは70年代後半になってからの話。初期の頃はかなりヘンなバンドだった。
ちょうどグラム・ロック全盛の頃にデビューした時はギンギンの派手な衣装と髪型でカッコイイと言うよりは色物バンドみたいだった。
上に書いたニューヨーク・ドールズがロックンロールを極端にデフォルメしたような音楽だとすればロキシー・ミュージックのはプログレッシブ・ロックのデフォルメ化とでも言うのか。的外れかも知れないがROCKHURRAHはそんな印象を持っていたよ。
まあとにかくロキシー・ミュージックは今までに味わったことのないようなユニークな音楽性を持っていて、たちまち有名バンドになってしまった。

強烈な個性の要だったのはこもった声と粘着質な歌い方でロック・ヴォーカルの概念を根本から変えたブライアン・フェリー。そして孔雀のような派手な衣装と不気味な髪型で異彩を放っていたインテリ、ブライアン・イーノ。サックスを時に美的、時にノイズ楽器にまでしてしまうアンディ・マッケイ。この三人の出たがり男が中心となってユニークな音楽が形成された。
が、イーノが脱退してからは元キング・クリムゾンのジョン・ウェットンや元カーヴド・エアのエディ・ジョブソンなど凄腕ミュージシャンのバックアップもあり、ヨーロッパ的美学(何じゃそりゃ?)を極めた洗練されたスタイルを完成させる。

この曲はそういった全盛期が過ぎ去った後の時代の作品だ。
彼らが活動してなかった時期に登場したロンドン・パンクとニュー・ウェイブ。
これらの音楽は従来のロックを根本から覆すだけのインパクトがあったのは確かだった。
見て見ぬフリをして今まで通りの音楽作りをした古いバンドも多かったが、デヴィッド・ボウイーやロキシー・ミュージック、ビー・バップ・デラックスなど元から斬新な事をしていたバンドにとっては脅威だったに違いない。ん?そんなことない?
我関せず、という独自の音楽を展開していても何らかの変化はあったのじゃないか?とROCKHURRAHは勝手に想像するよ。
「Trash」はそういうパンクな若い世代の「薄っぺらさ」をおちょくったような内容の歌だったはず。ツッパったりイキガッたりしても所詮は17歳というような感じかな?
全ロキシー・ミュージックの曲の中で最も軽くインスタントな雰囲気に満ち溢れてて、プロモーション・ビデオもどうでもいいようなクオリティ。しかもやけにノリノリなのがウソっぽいな。もしこの一曲だけでロキシー・ミュージックを評価されたら自分たちこそトラッシュ扱いされてしまう危険性をはらんだ曲だと言える。

「野心、野望」というような意味のタイトルがこの曲。
大昔は下北沢、高円寺、阿佐ヶ谷に三店舗を構えた中古ゲーム屋の取締役だったという意外な過去を持つROCKHURRAHだが、ゲームの世界で燦然と輝くビッグ・タイトルだったのが光栄というメーカーの「信長の野望」「三國志」などのシミュレーション・ゲームのシリーズだった。
流行り廃れがあまりなく、金を持った大人が好むソフトなので割と高価でもコンスタントに売れるというメリットがあり、結構儲けさせて頂いたよ、という同時代の同業者だった人もいるだろう。関係ないが子会社のエルゴソフトはMac用の日本語入力システム(Windowsで言うところのATOKみたいなもの)を販売していて、この当時のMac派はデフォルトの「ことえり」の出来が悪いこともあって、みんなお世話になっていたな。
その大ヒットした「信長の野望」は海外版では「Nobunaga’s Ambition」と呼ばれていたのをふと思い出しただけで何行にも渡って関係ない思い出を語ってしまったよ。

ヴィック・ゴダード&サブウェイ・セクトはロンドン・パンクの時代に活動していたバンドだ。初期はクラッシュと同じマネージャーだった事からクラッシュのツアーで前座として同行、必然的に注目を浴びる存在となった。
日本ではほとんど知られてなかったが「Original Punk Rock Movie」という当時のパンク・ロッカーなら誰でも見てるビデオがあって、そこに数曲登場してたので、多少知られるようになった。が、シングルは割と入手困難だった事を覚えている。

彼らの音楽は当時のパンク・ロックの中では異端と言うべきスタイルで、歌も演奏も割とヘロヘロ、ステージ衣装なども特になくてただのセーター着てたりする。しかも曲と曲の間に一言も喋らなかったり、人前で何かをする資格がないと言われそうなバンドだった。
アンダートーンズとかもそうだったが、ロック的なカッコ良さとは無縁の地味さだったなあ。
アルバムもリアルタイムではリリースされなかったし、後にラフ・トレードから「回顧録」などというタイトルでシングル・コンピレーションが出ただけ。
これで消えてしまうかのようなタイプの音楽だったが、1980年にちゃんとリリースしたアルバムではパンク要素もほとんどなく、ノーザン・ソウルに傾倒した珠玉の音楽を作り上げ、さらにその後にはなぜか突然全編フェイク・ジャズというビックリな転身を図る。
かなりの偏屈な変人という噂だが確かに一筋縄ではいかない音楽遍歴を持っているな。ミュージシャン受けも良く元オレンジ・ジュースのエドウィン・コリンズや小山田圭吾も彼の大ファンだったという話も聞いたことがある。
パステルズなどのアノラック系ギター・ポップの元祖とも言えなくはないし、パンクの時代には地味扱いされてた音楽も他の時代には評価されまくってるというわけだ。

「Ambition」はオルタナティブ・チャートの1位を取った曲で彼らのパンク時代の代表曲。動いてる映像がないんでアレだが、たぶんライブ映像でもほとんど動いてないし面白くなさそうな顔して歌ってるだけ。初めて聴いた時は不安定な歌声に不安になったが先の展開が読めない曲調とちゃんとカタルシスのあるサビでファンになったよ。何とも言えない魅力があるんだよね。ジーザス&メリーチェインもこの曲のカヴァーをやってたな。それにしても野望というタイトルには全く似つかわしくないバンドだなあ。

後にティアドロップ・エクスプローズのメンバーとして知られるようになるデヴィッド・バルフとアラン・ギルがパンクの時代からやっていたのがデレク・アイ・ラブ・ユーという変わった名前のバンド(ユニット?)だ。1980年代以降の音源しか残ってないのでどんな事をやっていたか不明だが、デヴィッド・バルフはリヴァプールの音楽界で非常に著名な人物、いたるところでその名前が出てくるな。
最も有名なのは伝説的パンク・バンドだったビッグ・イン・ジャパンのメンバーだった事だ。ビル・ドラモンド、イアン・ブロウディ、ジェーン・ケーシー、ホリー・ジョンソン、バッジー、そしてデヴィッド・バルフなどが在籍していた。
名前を知らない人が読んでも「?」だろうがメンバーのほとんどが後の80年代には有名人になるから伝説的と言われていたわけだ。
いちいち書くとものすごく長くなってしまうから昔に書いたこの記事を参照して頂きたいが、何とこの記事にも別のリンク参照してくれと書いてるな。昔から割といいかげんなROCKHURRAHだった事がよくわかる。
こういう伝説的バンドだったんだが、中でもバルフはティアドロップ・エクスプローズやリヴァプールの数多くのバンドをリリースしていた中心的レーベル、Zooレコーズをビル・ドラモンドと共に立ち上げて、カメレオンズというプロデュース・チームもやっていたヒットメーカーだった。
その後にはブラーやシャンプー、ジーザス・ジョーンズなどを抱えるFoodレーベルのオーナーとして君臨していた。ミュージシャンとして稼いだリヴァプールの著名人はたくさんいるが、レーベル・オーナーとしてここまでビッグになった人はあまりいないのじゃなかろうか?

さて、デヴィッド・バルフから1000ポンド貰いたいくらいに宣伝してしまったが彼がデレク・アイ・ラブ・ユーに関わっていたのは初期だけで、その後はアラン・ギルの方が主導で地元のミュージシャンと共に細々とやっていたという印象。
一緒にやっていたメンバーの中には後にオーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークで大成する二人も関わっていたり、細々の割には比較的豪華。
時代によって聴いた印象も随分違うが、初期の頃はチープでか細いエレクトロニクスを多用するようなバンドだったが中心のアラン・ギルがギタリストなのでいわゆるエレポップと初期ニュー・ウェイブとの折衷のような音楽だった。

ところが(やっと本題に入ったが)1983年に出たこの「Ambition」で突然にメジャー志向のダンサブルなエレクトロニクスに大変身。あまりいないとは思えるが従来からのファンをビックリさせるような加齢で、じゃなく華麗で派手な音楽を見事に完成させた。
ヒプノシス(レコード・ジャケット・ワークを手掛ける有名なアーティスト集団)によるジャケットも明らかにメジャー志向。
ティアドロップ・エクスプローズの時はいなくてもいいとまで思われていた(あくまでROCKHURRAHの個人的感想だが)アラン・ギルに一体何が起こったのかは不明だが、これはまさにタイトル通り「野望」を感じる80年代的ダンス・チューンの決定版。
大音量でかけると聴いてるのが恥ずかしくなるくらいにキメキメの予定調和に満ち溢れた曲だが、本気出せば地味なバンドでもこれくらいは出来るもんだな、と感心したよ。が、そんな大きな野望を秘めた曲だったが、たぶん全然ヒットもしなかったように記憶する。このビデオも全然プロモーションビデオじゃない雰囲気だしなあ。

ひとつひとつを軽く流せばもっと数多くの同名異曲を紹介出来たはずだが、思ったより細かく書いてしまったな。まだネタはあるからこれからまたパート2とかやりそうな予感だよ。

ではまた来週、Tot ziens(オランダ語で「さよなら」の意味)。