佐伯祐三 自画像としての風景 鑑賞

20230326 top
【東京ステーションギャラリーに行く道沿いにあったポスター】

SNAKEPIPE WROTE: 

東京ステーションギャラリーで開催されている「佐伯祐三 自画像としての風景」の情報を、「日曜美術館 アートシーン」で知ったSNAKEPIPE。
佐伯祐三はSNAKEPIPEの父親が好んだ画家だったため、実家にあった画集を幼少の頃から鑑賞していたんだよね。
構図や色彩に魅力を感じたものだよ。
学生時代に美術部だったSNAKEPIPEは、美術部担当の教師とも佐伯祐三について話をしたことを思い出す。
「佐伯祐三の絵は、モノクロになっても黒が潰れてないんだよ。すごいよ」
とその教師が感嘆の声を上げたことまで覚えているよ。(笑)

恐らく今までどこかの美術館で、佐伯祐三の作品は鑑賞したことがあるはずだけど、東京での大回顧展は18年ぶりとのこと。
およそ100点以上の作品を鑑賞することができる展覧会、行くしかないよね!
早速チケット予約をしたのである。

ここで佐伯祐三の経歴を書いておこう。

1898 大阪生まれ
1918 東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科に入学
1924 パリへ渡航
1926 日本に帰国
1927 2回目の渡仏
1928 死去

わずか30年の生涯だったとは!
そして1920年代に佐伯祐三がパリにいたということも、今回初めて知ったよ。
SNAKEPIPEがその時代に憧れを持つのも、子供の頃に佐伯祐三作品を観た記憶によるのかもしれないね?

3月後半、久しぶりに東京ステーションギャラリーに向かう。
前回は2020年7月の「開校100年 きたれ、バウハウス」だったので、約2年半ぶりになるんだね。
少し早めの時間に到着すると、ギャラリー前には大行列ができてるじゃないの!
こんな光景は初めてかも。
コロナに対する規制が少しずつ緩和されたせいなのか、予約枠を広げているのかもしれない。
SNAKEPIPEとROCKHURRAHも行列の最後尾に並ぶ。
周りの観客チェックをすると、7〜8割が高齢者に見えたよ。
SNAKEPIPEの父親もファンだった画家なので、高齢者が多いのも納得だけどね!

ようやく順番になり、入場できることになった。
会場に向かうエレベーターに、身動きが取れなくなるほどお客さんを詰め込むスタッフの対応に驚いてしまう。
他の人たちも「まだ乗せるの?」と声を出していたよ。
コロナの時には、ソーシャル・ディスタンスが取れていて良かったのにね。
会場に着くと、多くのお客さんでごった返している。
初期の作品にはあまり興味がないので、少し足早に観て回ったよ。(笑)
気になる作品を紹介していこう。
東京ステーションギャラリーは撮影禁止なので、SNAKEPIPEが撮った画像ばかりではないことを書いておこう。

1924年に渡仏した佐伯祐三は、フランスの画家ヴラマンクに作品を見せ、罵倒されたことで作風を変えたとされている。
そして代表作とされているのは、パリ時代に描かれたものなんだよね。
今回の展覧会でSNAKEPIPEにとっての一番は、1925年の作品「靴屋(コルドヌリ)」。
載せた画像は、アーチゾン美術館が所蔵している「靴屋」。
会場には隣に、もう少しクローズアップした「靴屋」が並んで展示されていて、そちらは茨城県近代美術館の所蔵作品だという。
この作品には震えが来るほど、強烈に興奮したSNAKEPIPE。
大好きな作品だよ!(笑)
会場を出たところに大型ポスターが貼ってあったので、撮影できたんだよね。

佐伯祐三は、フランスの画家であるユトリロの影響を受けているといわれる。
1914年に描かれたユトリロの「ベルリオーズの家」を載せてみたんだけど、確かに雰囲気近いよね?
この家は、モンマルトルのランドマークだったらしいけれど、そう聞かなければ殺風景な建物の絵、としか思わないかも。
壁の色味が非常に好みだよ!

更に時代をさかのぼり、ユトリロに影響を与えていた写真家の話ね。
アッジェは1890年代後半から、パリの街を撮影し、画家や舞台美術家、パリ市歴史図書館などに資料として写真を売っていた人物。
アッジェの写真をユトリロも買っていたらしい。
参考に画像を載せてみたけど、ユトリロよりも佐伯祐三の作品に影響を与えてるように見えるね。
ずっと昔に、SNAKEPIPEの父親と「アッジェすごい」と話したことを思い出したよ。
アッジェ自身はアートのための撮影じゃなかったようだけど、マン・レイに価値を見出されて有名になったらしい。
佐伯祐三が最初にコンタクトしたヴラマンクも同様、アッジェも経歴が面白過ぎ!(笑)
いつか詳しく調べてみたいと思ったよ。

上のアッジェ作品にも見ることができるように、店の看板を多く作品に取り入れたのが佐伯祐三なんだよね。
「佐伯フォント」と名付けたくなる、独特のタイポグラフィが魅力的!
1927年の「ガス灯と広告」は、左に人物が2人いるけれど、主役は壁一面に貼られたポスターだよね。
1920年代のポスターといえば、2017年3月に鑑賞した「カッサンドル」の作品も貼られていただろうと想像する。
きっと佐伯祐三も目にしていたはずだよね。(笑)

佐伯祐三を知らなかったROCKHURRAHだけれど、鑑賞していくうちに興味を持ったようで、「これ好き!」と言うほどになる。
1925年の「壁」は、トマス・ルフの作品のようだよね。
タイトル通り、キャンパスいっぱいに描かれた壁と小さな窓。
「佐伯フォント」ではないけれど、タイポグラフィも入っている。
「こんなに日本人離れした画家がいたとは!」とはROCKHURRAHの言葉。
パリにはたったの3年ほどしか滞在していないのに、一体何枚描いたのかというほど多くの作品を残しているんだよね。

ROCKHURRAHが一番気に入ったのが、「ピコン」という1927年の作品だという。
黒と強い赤が印象的で、右側にある街路樹は、ほとんど一筆描きのような線だけで表現されている。
「ピコン」とは、フランスで歴史のあるオレンジ・リキュールらしいね。
ほろ苦い味わいでクセになるんだとか。(笑)
ほとんどの佐伯祐三作品は、美術館に所蔵されている中で、この「ピコン」は個人蔵と書かれているよ。
ピコンを使ったカクテルを片手に、作品鑑賞と洒落込んでいるのかもしれないね?(笑)

1928年の「モラン風景 」は、雲の表現が特徴的な作品なんだよね。
絵の具を直接キャンパスに塗ったのではないかと思える大胆さ!
親戚の誰かが、佐伯祐三本人に聞いたような解説が書かれていたように記憶しているけど、どうだっただろう?(笑)
一枚をモノクロにしてみたのは、前述した美術教師の言葉を思い出したから。
元がそんなに黒っぽい作品ではないけど、黒色の中にも濃淡があることが分かる。
美術の先生が言った通りだわ。(笑)
最晩年の、まさしく命を削りながら描いた鬼気迫る作品と知ると、より一層感慨深いよね。

展覧会のミュージアム・ショップには必ず立ち寄るROCKHURRAH RECORDS。
佐伯祐三展のチラシにも採用されていた「郵便配達夫」が、キャラクター化されてTシャツやバッグにプリントされているじゃないの!
原画のままプリントではなく、完全に漫画になっているところに驚いてしまう。
これではまるで「アルプスの少女ハイジ」のおじいさんじゃないの!(笑)
見た瞬間に「なんだ、これは!」と声を出したSNAKEPIPE。
夭折の画家として太く短い生涯を送った佐伯祐三、のようなキャッチコピーとは裏腹なオリジナル・グッズに唖然としたよ。

ミュージアム・ショップにはがっかりしたけれど、多くの佐伯祐三作品を鑑賞することができて本当に良かった!
筆使いやキャンパスのひび割れなど、間近で観ることで細かいディテールを確認できたことも嬉しかった。
改めて佐伯祐三のファンになったし、1920年代のフランスにも一層強い憧れを持ったよ!
一緒に行ってくれたROCKHURRAHにも感謝だね。(笑)

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