【鳥飼先生の作品をイメージしてSNAKEPIPEが制作。ハート型の水たまりが印象的】
ROCKHURRAH WROTE:
今年のゴールデン・ウィークは人並みというかROCKHURRAHとしてはかなり長い、まるまる一週間という連休が取れて久しぶりに時間を気にせずゆったりと過ごせた。
後半には近場ではあるが最近毎年恒例となっている潮干狩りに出かけたんだが、これが「熱中症に注意」などという天気予報のコメントとは大違い。おそろしい強風と予想外の寒さでとてもじゃないがゆっくりのんびり行楽を楽しむどころではなかったのだ。
去年の潮干狩りがかなりの暑さだったために(当ブログ「アサリでアッサリ機種変更!」参照)ROCKHURRAHもSNAKEPIPEも「海岸は風も強くて寒くなる」とは思いつつも油断した服装で大失敗してしまった。「さ、寒い!」という感想しか出てこない。
二人ともゴアテックスや保温力抜群のミリタリーな上着を持ってるのに海岸は薄着だったわけで、肝心なところで全く活用してないなあ。
寒さで震えながら長蛇のトイレ船に並ぶROCKHURRAHはアサリもさっぱりという具合。それでも負けずに黙々と掘り続けたSNAKEPIPEはまあまあの戦果、二人合わせて何とか人並みというところか。久しぶりのアウトドア、とても楽しかったけどね。
さて、前置きとは全然関係ない事をこれから書こうと思うんだがタイトルとは少しだけ関係あるかな?今年一月の発売日に素晴らしい奇跡的な出来事があって二冊も同時に入手したというROCKHURRAH家の家宝「このどしゃぶりに日向小町は/鳥飼否宇 著」について書こうというのだ。「一月に入手して何で今頃?」とタイムリーではない展開にほとんどの人が疑問を抱くことだろう。何度かこのブログでも紹介(?)しているし、鳥飼先生自身からもコメントを頂いたという大変に光栄な出来事もあった。なのにこの遅過ぎた感想文、推敲を重ねてこの時期になったわけでもないから自分でも情けない。
前置きは長いが肝心の感想は短いかも知れないと竜頭蛇尾気質を心配しつつも何とか書いてみよう。
「このどしゃぶりに日向小町は」は鳥飼先生の長編小説で架空の都市、綾鹿市が舞台となったものだ。2003年に発表された短編「廃墟と青空」に登場した伝説のロックバンド鉄拳の元メンバーが20年ぶりに集まるという話で2004年に発表された長編「太陽と戦慄」の主人公も登場する、鳥飼先生のファンならば大喜びという内容だ。
ウチのブログを詳細に毎週読んで下さる方はほとんどいないと思えるので過去に書いた事と重複するのだが、先生の作品を未読の人のために予備知識を少しだけ。
70年代プログレッシブ・ロックを知る人ならばすぐにピンと来るこのタイトル、「太陽と戦慄」はもちろんキング・クリムゾンの傑作が原典だし「廃墟と青空」は一般的にはあまり知られてはいないがドイツの実験的音楽集団ファウストの4thアルバムの邦題そのまんま。そう(ファー)、鳥飼否宇先生と言えばミステリー界きってのプログレ&クラウト・ロック&ノイズ&アヴァンギャルド・ミュージックのマニアックな文章で有名な作家であり、それが他の作家とは決定的に違った個性なのだ、と個人的には思える。ミステリー・マニアを自負する人でもこの手の音楽に造詣が深くなければちりばめられたもう一つの謎解きは出来ないという寸法。簡単に言ってしまえばほとんどの登場人物は実在したバンド・メンバーのもじりというわけで、ミステリーのみの人なら「けったいな名前」という感想くらいしか出て来ないはずだが、この手の音楽好きの人ならニヤリと(時には爆笑)するに違いない。この辺の謎解きに関してはウチのブログのアレやコレで確認してみて。
さて、その「廃墟と青空」に出てくる伝説のバンド鉄拳とは、もちろんナムコの「鉄拳シリーズ」などではなくファウスト=拳骨というドイツ語の意味を換骨(拳骨)奪胎したものだ。
その鉄拳のメンバーもファウストのメンバーをモデルにしたのは明らかで
入村徹/Hans Joachim Irmler
出家舞矢(ザッポ)/Werner "Zappi" Diermaier
橋本順子(JH)/Jean-Hervé Péron(の頭文字)
というほとんどそのまんま単刀直入なもの(笑)。
この物語の重要人物ルビーだけが本名が明らかでなく(物語の最後で明らかになるが当ブログでは言えましぇん)途中ナカオスナオなどと名乗るが単刀直入な原典ははっきり分からなかった。Rudolf Sosnaあたりか?「ル」と「スナ」のみだな(笑)。
またバンドのプロデューサーである宇部譲は実際のファウストの仕掛人であったUwe Nettelbeckと伝説の音楽雑誌「ロック・マガジン」を主宰していた阿木譲を掛け合わせたものだろうと推測がつく。ついでに鉄拳のサウンド・エンジニアだった久能来人は当然Kurt Graupner(ファウストのエンジニア)だろうか。
まあこんな人々が主要登場人物で、詳しくは鳥飼先生の傑作「痙攣的」「太陽と戦慄」「このどしゃぶりに日向小町は」という順番で読んで頂きたいのだが、かいつまんで話すならば鉄拳と言うバンドは既成の商業主義ロックを打破するためにその宇部譲が仕掛人となって集められたもの。メンバーのヴィジュアルもプロフィールも性別も不明といった徹底した秘密主義、世間とは隔離された別荘で共同生活をして音楽を創るのだがその奇行や斬新な音楽という風評が先行して一部の音楽マニアに熱狂的に迎え入れられることになる。この辺もドイツの廃校で創作活動をしたというファウストとイメージがかぶるな。この話では天才的ギタリストでジャンキーのルビーが閃き、それに他のメンバーが加わるという形式で幾多の音源が完成する。そして満を持して後に伝説となる唯一のライブが開催され、そこで殺人事件が起こる。
「廃墟と青空」はこの数年後に事件の真相が明らかになるという話だ。秘密主義に守られて正体が不明だったために、事件当時にステージから消えてしまったメンバーがどこへ行ってしまったのか?その謎に肉迫するという構成がミステリーとしても面白く、大好きな作品。「面白そう」と最初に手に取ったのはROCKHURRAHだったがSNAKEPIPEが先に読んで一度でファンになってしまった事を思い出す。
「太陽と戦慄」はまた別の時代、別のバンドの話になるので今回は書かないがロックとミステリー、そしてテロリズムがミックスされた壮大な話でROCKHURRAHは非常に高く評価している作品。
そしてやっと本作「このどしゃぶりに日向小町は」となる。
鉄拳の解散から20年経ったという時代設定のために元メンバーはみんな40代後半となっている。先に書いた天才ギタリスト、ルビーはあまりのジャンキーぶりに病院送りとなっていたわけ(何と20年も)だが、そのルビーの訃報と共に意味不明のメッセージが入村の元に届く。入村は元メンバーと共にルビー死亡の真相を解明するために手紙の送り主、アイダ・サナトリウムに潜入するというような話だ。ミステリー要素もなくはないがどちらかと言えばヴァイオレンス風味のあるサイコ・サスペンスかホラーといった趣がある。
ROCKHURRAHは最近のミステリー事情には疎いし、いわゆる推理小説というのもごく限られた作家しか読んでいない。ただし大正から戦前あたりの探偵小説は割と読んだ方で、この時代は本格的探偵小説よりもむしろ変格と呼ばれた、ある意味ミクスチャー的な一風変わった作品群が大好きだった。中でも敬愛していた作家と言えば・・・。
冒頭にルビーがサナトリウムのベッドで目覚めるくだりは鳥飼先生と同じ福岡出身の伝説的作家、夢野久作の「ドグラマグラ」を即座に思い浮かべる事が出来る。そう言えば「廃墟と青空」の冒頭もボーン、ボーンという柱時計の音。「まるでドグラマグラじゃん」とSNAKEPIPEと語り合った事を思い出す。
夢野久作はそういう探偵小説の時代にデビューしたがちゃんとした探偵が何かの事件で活躍するというような作品は(たぶん)なく、もっと自由奔放な世界で自分なりの探偵小説を開拓した作家だ。
鳥飼先生の作品は生物学やアヴァンギャルド的音楽といったマニアックな世界が重要な要素となっているが、そういうものとミステリーが融合していて独自の世界を創り上げ、そして唐突にカタストロフィが訪れるというギリギリのバランスで成り立っている。そういう意味では現代のミステリーというフィールドよりはかつての「探偵小説」という大雑把で意味不明の括りの方がしっくりくるとROCKHURRAHは個人的に感じた。全然違っていたらすみません。
余談だが「このどしゃぶりに日向小町は」の英題「It’s A Rainy Day, Sunshine Girl」
そして各章のタイトル
「ほんのちょっとばかりの痛み(It’s A Bit Of A Pain)」
「シェンパル・ブッダ(Schempal Buddah)」
「ねえ、なんでニンジン食べへんの?(Why Don’t You Eat Carrots)」
これらは全てファウストの曲名からつけられている。さらに小説中に登場する音響兵器(?)の曲名「ギギー・スマイル」や「ノー・ハーム」なども全てファウストそのまんま、ここまでこのバンドづくしの一篇を書き上げた小説はたぶん他にないだろう。海外ではマイケル・ムアコックとホークウィンドのように音楽と小説が密接な関係にあるという例もあるが、この試みはおそらく本邦初と言えるはず。まさに稀有な出来事、などと書くと少し大げさかな?
ROCKHURRAHの今回のブログ・タイトルもファウストの名曲「Picnic On A Frozen River」にちなんでみたのはおわかりだろうか?え、陳腐?
それにしても「廃墟と青空」でははっきりとわからなかった鉄拳メンバーだが、今回は会話や行動により愛着のあるキャラクターとなった。その矢先に、うーむ。この人たちの話をもっと知りたくても、もう叶う事がないんだな。そう思うと寂しい気がするのはROCKHURRAHだけじゃあるまい。
以上、評論も解説も感想文も苦手なROCKHURRAHが鳥飼先生の魅力を伝えるために書いてみました。クラウト・ロックのファンでまだ未読の人がいたら是非読んでみてね。