誰がCOVERやねん2

【テレヴィジョンの名曲をカヴァー。映像がなかったので自分で作ってみました】

ROCKHURRAH WROTE:

6週連続でSNAKEPIPEにブログを書いてもらっても、その間に何も出て来ないほどネタ不足になってしまったROCKHURRAH。
暑くて頭も回らないけど、苦し紛れに考えたのが過去の記事の続編にしてみようか、という試み。

それで思いついたのが実に久々、というかもう3年も前の記事になる「誰がCOVERやねん」。この記事の第二弾にしてみよう。

これはロックの世界で誰もが試みるカヴァー・ヴァージョンについて語ってゆくという記事だったんだけど、今回も70〜80年代パンク、ニュー・ウェイブ界の偏屈なヤツ中心で書くから「元歌もわかりません」状態がいくつかあるのは仕方ないね。
誰でも知ってる曲を有名バンドがカヴァーしても王道すぎて面白くないし、それについてROCKHURRAHが書けないからね。

そこで今回は誰でも知ってる曲以外は元歌も一緒に載せておくという親切方針にしてみたから、検索するの面倒くさいって人でも安心。目の付けどころがヒューマン・セントリックでインスパイアー・ザ・ネクストを目指してるからね。 さて、さっさと始めてすぐに終わらせるか。

※註:<元歌はこちら>と書かれたリンク文字は全て映像と音が出ます。

Mutilators / Thriller

元歌は誰でも知ってるマイケル・ジャクソンの世界的大ヒット曲。長いプロモーション・ビデオも有名すぎるな。
ここまでは王道だが、果敢にもこのような有名曲に挑戦したのがアメリカのサイコビリー・バンド、ミューティレーターズだ。

ブログで何度もサイコビリーの事を書いてるROCKHURRAHだが、アメリカ物と最近ビリーについては全然詳しくないので、このバンドも名前程度しか知らない。

画像や映像を見る限りでは白地に鮮血といったシチュエーションのルックスが好みのよう。
一見センセーショナルだが、あーた、こんなのはMad Masatoがいた日本のグレイトなサイコビリー・バンド、マッド・モンゴルズが既に20年くらい前にやってたスタイルだよ。
しかも包帯から片目だけ出してウッド・ベース弾いてたMad Masatoの方がずっと病的で迫力あったし。

何度も書いたようにサイコビリーはカヴァー・ヴァージョンが大好きという傾向にある音楽で、どんな曲でもカヴァーしてしまう節操のなさと貪欲さは他のジャンルのバンドも見習うべきだと思う。
そういうサイコビリー・バンドにかかればマイケル・ジャクソンなどは片手で充分、アレンジしやすいレベルなのかもね。
サイコビリーの原則に忠実なカヴァーだしコーラスなどもうまいんだけど、何だかメジャーな香りがプンプンするね。というかもっと破綻してドロドロなのを期待してたROCKHURRAHには全然物足りないなあ。この辺がヨーロッパとアメリカのロック・ビジネスの違いなのかもね。
うーん、毎回だけど好きじゃないなら書くなよ!とファンから怒られてしまいそう。

Pop Will Eat Itself – Love Missile F1 – 11

原曲は元ジェネレーションXのトニー・ジェイムスによる勘違い未来派ロックンロール・バンドだったジグ・ジグ・スパトニックの名曲。
<元歌はこちら>

70年代パンクの人気バンドだったジェネレーションXは3rdアルバムでディスコっぽく大変身してしまい、ファンをがっかりさせてしまったが、後のビリー・アイドルやトニー・ジェイムスを見る限り、その方向性は間違ってはいなかったと思える。
特にこのジグ・ジグ・スパトニックのド派手なファッションとサイバーパンクな世界観は「キワモノ」と言われながらも後の世代に多くの影響を与えているしROCKHURRAHも大好きだ。

我々が少年の頃「これこそが21世紀だ」と信じていたような世界を具体化したのが彼らだった。残念ながら現実の21世紀は一向に面白くも何ともない世界だけどね。

さて、それをカヴァーしたのはイギリスはバーミンガム出身のこのバンド、ポップ・ウィル・イート・イットセルフだ。
バンド名長いし言い辛いなあ(以下PWEI)。

彼らもいち早くデジタルへの依存度を高くしていたバンドで、簡単に言うなら80年代後半にテクノロジーが進化したおかげでようやくビンボーな若者でも何とか揃えられるようになったデジタル音響機材を駆使して作ったデジタル・ロックの元祖的存在というわけだ。
センテンス長いなあ(笑)。

この後の時代には手動で全楽器やってるようなバンドでもコンピューターやデジタル機材は必須の存在となるのは皆さんも御存知の通り。
こういうのはテクノやエレポップという特定の音楽の専売特許というわけではなくなったのが80年代後半なのだ。
などと書いたがこの曲に限って言えばカヴァーしたPWEIよりもオリジナルのジグ・ジグ・ヴァージョンの方が数段も未来的だ。
やはりTVにもバンバン出て稼いだ大物バンドの財力(機材を揃える力)にはビンボー若者は勝てないの図、なのか?

このPWEIは他にも好みのカヴァーをやっていて派手じゃないから最初に紹介しなかったのが以下の曲。

これはマイティ・レモン・ドロップスというバンドがやっていた80年代ネオ・サイケの曲「Like An Angel」のカヴァーだ。マイティ・ワー!とティアドロップ・エクスプローズからバンド名の一部を拝借して曲の方はエコー&ザ・バニーメンそっくりという、リヴァプール御三家大好きな奴らがやってたのがこのバンド。というかこの原曲からしてエコー&ザ・バニーメンの「Crocodiles」のパクリなんじゃないか?と思えるほど酷似しているのが苦笑もの。
<元歌はこちら>
PWEIはさらにこの曲にティアドロップ・エクスプローズの「When I Dream」の一節を無理やりくっつけて、リヴァプール・マニアなら思わずニヤリとする出来に仕上げたのが流石。
2011年の現在にこんな話題言っても誰もわかってはくれないだろうな。

Spizzenergi – Virginia Plain

原曲はロキシー・ミュージック初期の名曲。ポップな曲なのにシンセサイザーやサックスの不協和音が心地よくも変態的でブライアン・フェリーの歌い方も粘着質、70年代前半にはチト先鋭的すぎたとも言える。
<元歌はこちら>

これを比較的忠実にカヴァーしてるのは70年代後半のパンク・バンド、スピッツ・エナジーだ。このバンドは大昔にも書いたけどバンド名をコロコロと変える事で有名だった。スピッツオイル、スピッツエナジー、アスレティコ・スピッツ80、スピッツ・オービットなどなど。要するに中心人物がスピッツという人で、メンバー・チェンジが激しかったからこういう風になったのだろうか?
ちなみに上のPWEIのところで書いたリヴァプールのワー!も同様に改名が大好きなバンドで、ワー!ヒート、ワー!、シャンベコ・セイ・ワー!、J.F.ワー!、マイティ・ワー!などという変遷をたどっていた。
どちらもハッキリ言ってどうでもいいと思えるが、やってる本人は大マジメなんだろうな。易や姓名判断とかハマってるのかな?
ロキシー・ミュージックの数あるヒット曲の中でも敢えて難しいと思えるこの曲を選ぶ偏屈さ、こういうものをROCKHURRAHは尊く思えるよ。

La Muerte / Lucifer Sam

原曲はピンク・フロイド初期の曲でシド・バレットの魅力全開なサイケデリック・ナンバー。
バンド名は知っててもこの初期は知らない人も多かろうから、一応原曲のリンクも貼っておくか。
<元歌はこちら>

で、これをカヴァーしてるのはベルギーはブリュッセルのバンド、ラ・ムエルテ(ムエルトとも言うらしい)だ。
80年代に何だかわからんが非常に所持率(初期のはほぼ全て持っていた)が高かったバンドなんだが、実のところ詳細は知らないのだ。
この時期にベルギーのサウンドワークスというレーベルに凝ってて、オーストラリアのサイエンティスツとか聴き狂っていた。

何だかわからないがこのレーベルのレコードが好きで出るたびに買いまくってた覚えがある。
中でもこのバンドは鬱屈した暴力的なエネルギーに満ち溢れた感じが好きだったものよ(稚拙な表現だな)。

ベルギーと言えばニュー・ウェイブ初期にはファクトリー・ベネルクスなどからも色々リリースされていた、とおぼろげに記憶するヨーロッパのニュー・ウェイブ先進国。
どちらかと言えば繊細なもやしっ子(死語)鍵っ子(死語)系バンドが多い印象だけど、こういう豪快なのもいるんだね。

同時代には決して見る事が出来なかったラ・ムエルテの映像だが、ずっと後になってYouTubeで見たのはカウボーイ・ハットにサングラス、そして覆面をつけた意外とカッコ良いルックスだった。
こんな見た目であのワイルドな歌声とはお見事。 現代の全然選ばれてない男たちが歌う凡庸なロックとは大違いだな。

Peter Murphy / Final Solution

最後を飾るのはやはり80年代どっぷりのよかにせ(鹿児島弁でいい男という意味)代表格、元バウハウスのピーター・マーフィーだ。

原曲は知る人ぞ知るアメリカ、クリーブランドの大御所、ペル・ユビュの最も初期の曲。このブログにも何度も登場してるが少年時代のROCKHURRAHがパンク以降に衝撃を受けた最初のバンドなのだ。
何がそこまでROCKHURRAHを惹きつけるのかはウチのオンライン・ショップでもコメント書いてるのでそちらを参照して欲しい。

簡単に言えば前衛的な曲調に工業的ノイズを散りばめて調子っぱずれに歌うデブなヴォーカリストのいるバンドで、ずっと後の世代のアメリカでオルタナ系(この当時はオルタネイティブという言葉で表現していた)などと言われたバンドたちの元祖的存在がペル・ユビュだったわけ。
<元歌はこちら>

バウハウスは80年代ニュー・ウェイブの中でも人気、実力、ルックスと三拍子揃ったバンドでダーク・サイケなどと当時は騒がれていた音楽の最重要バンドだった。
特にヴォーカルのピーター・マーフィーの声や存在感は圧倒的で、彼に人生を捧げた婦女子たちも数多くいた事だろう。今は全員おばちゃんになっているだろうが。
デヴィッド・ボウイやイーノ、Tレックスなどをカヴァーして、その並々ならぬセンスに誰もが脱帽したもんだが、解散後のソロでもやってくれるじゃありませんか。

同じ系列の声を持つ先輩バンド、マガジンの曲やこのペル・ユビュのカヴァーも素晴らしく、ピーター・マーフィー本人のオリジナル曲は全く印象にないほど・・・。これでいいのか?

バウハウス時代と比べると髪型もさっぱり健康的、何だか不明だが宙吊りになったビデオもすごい。石井輝男監督の「徳川女刑罰史」みたいだね。

大した事書いてないのに案外長くなってしまったから今回はこの辺でやめておくか。まだまだ隠し玉はあるんだけどな、続きは第三弾で紹介・・・するかな?。 では三年後の夏にまた会いましょう(ウソ)。

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