【アンドレ・マッソン、1942年のリトグラフ。】
SNAKEPIPE WROTE:
小学生だった頃、木登りが大好きだった。
木の表面を這う虫や、葉から葉へ飛ぶ虫なんてへっちゃら。
どちらかと言えば、同じ木に集う仲間のような感覚を持っていた。
お気に入りの木を秘密基地にして、放課後を過ごすことが多かった。
ある時、作文に秘密基地について書き、クラス全員の前で発表することがあった。
文章が上手かったせいか(?)、SNAKEPIPEの秘密基地はクラスの男子の好奇心を煽ってしまったようだ。
「秘密基地の場所、分かったから!」
数日後、男子から突然言われる。
放課後になり、気もそぞろに基地に向かう。
木の上に隠していた小さいノートが地面に落ちている。
男子の言葉は嘘じゃなかったようだ。
秘密基地が発見され、荒らされたのだ。
怒り?
悲しみ?
敗北感?
なんとも表現できないような複雑な感情。
頭が真っ白になっていた。
目の前のノートから視線を外せないまま、立ち尽くすしかなかった。
その日以来木登りをやめてしまったのである。
あれほど仲間意識を持っていた昆虫のことも嫌いになってしまったのは、その経験からではないか、と分析しているSNAKEPIPE。
ううっ、今思い出しても苦い味が広がるなあ…。
今回の「トリカイズム宣言」は大ファンである本格ミステリ大賞受賞作家・鳥飼否宇先生2002年の作品、「昆虫探偵―シロコパκ氏の華麗なる推理」についての特集!
長過ぎる前振りでお分かり頂いたように(笑)、現在では昆虫が苦手になってしまったSNAKEPIPE。
そんな人でも、鳥飼先生の「昆虫探偵」を読めるのだろうか?
答えはイエス!
「昆虫探偵」では昆虫が擬人化されて登場するので、あんまり虫々した虫(変な表現だけど)になってないんだよね。(笑)
「昆虫探偵」は前口上、後口上、そして7つの話で構成される連作短編で、それぞれの短編のタイトルがミステリー小説のパロディになっている点も注目。
今回は元ネタ小説のカバーを使って、短編ごとに書いていこうかな!
2008年の記事「不条理でシュールな夏」でも少し触れたことがあるカフカの「変身」。
SNAKEPIPEの人格形成に必要だった小説、と書いているね。
ちなみに昔、家に住み着いていたクモに「ザムザ」と命名していたこともあったっけ。(笑)
「昆虫探偵」は、パッとしない人間だった葉古小吉が「変身」してヤマトゴキブリになったところから話が始まるんだよね。
ぎゃー!Gはちょっと…。
できるだけ遭遇したくない相手!
現実ではそうだけど、「昆虫探偵」の中ではユーモラスな存在なんだよね!
葉古小吉は昆虫界ではペリプラ葉古という名前になっていた。
どうやら学術名から取られたようだけど、検索するのが怖いのでやめておこう。
画像も一緒に出てくるからね。(笑)
ペリプラ葉古は人間だった頃、昆虫とミステリー小説が大好きだった、という設定から熊ん蜂探偵事務所の助手になるのである。
事務所の所長はクマバチのシロコパκ(カッパ)という名探偵!
この2匹(ふたり)に加え、口の悪い雌刑事(おんなでか)・クロオオアリのカンポノタスが難事件に挑む物語なのである。
第一話 蝶々殺蛾事件
横溝正史先生の「蝶々殺人事件」をもじったタイトルが付いているけれど、「人」の部分が「蛾」になっているところがポイント!
「昆虫探偵」の中では「匹」や「虫」などを「人」や「者」としてルビがふられている。
この細かい部分のこだわりに気付くと、より一層楽しめるんだよね!
単なる設定としてのみ、擬人化されているわけではないことが分かるし。
実はSNAKEPIPE、「蝶々殺人事件」未読なんだよね。
「えっ、読んでなかった?」
とROCKHURRAHにも言われてしまった。
読まないとね!(笑)
文中に出てくる「羊たちの沈黙」は「あの手の映画」の先駆け的存在であり、SNAKEPIPEの映画ベスト10には絶対入るフェイバリット!
ドクロメンガタスズメについての解釈は、なるほどねえと感心して読む。
SNAKEPIPEは、髑髏柄が絵になるから採用したんだろう、と単純に考えていたからね。(笑)
第一話である「蝶々殺蛾事件」はムクゲコノハという蛾がオオムラサキという蝶によって殺されたのでは?という事件を解決する話である。
美しい蝶であるオオムラサキの名前がササキアokm(オカマ)というオスだったり、ムクゲコノハはL・ジュノbgn(ビジン)だったり、ネーミングセンスも抜群!(笑)
これらも学術名を元に考えられてるみたいだけど、なかなか気が利いてるよね。
事件はその生物の特徴を知っていないと解けないんだよね。
そういう意味では恐らく生物学者や昆虫に詳しい人じゃない限り、謎解きできないんじゃないかな?
前代未聞のミステリー小説だよね。(笑)
第二話 哲学虫の密室
笠井潔氏の「哲学者の密室」のタイトルをもじっているとのこと。
この小説も非常に面白そう!
そして気になるのが、カバーに使用されている絵。
ヒエロニムス・ボッシュみたいだけど、ちゃんと確認できなかったよ。(笑)
「者」が「虫」になった第二話に登場するのは、ダイコクコガネ。
地中に作った育児室から子供が失踪した、という事件である。
地中の、糞球の中から、母親を見張りをくぐり抜けるという3重の密室における失踪という難題!
これもまた生物ならではの特徴が生かされた謎の解明になっている。
第二話のネーミングも最高で、4578でロクデナシ、11041でイトオシイ、0931でオオクサイ!(笑)
謎解きもさることながら、SNAKEPIPEが一番気になったのは子育てする昆虫がいるという点。
羽化するまで見守るなんて!
自然界の生存競争って本当に過酷で、その中を生き抜いて種の保存を一番に考えていくってすごいことだよね。
3cm足らずの昆虫にも知恵があって、それがDNAで継承されているという事実には驚かされる。
第三話 昼のセミ
北村薫氏の「夜の蟬」のパロディだという。
氏の作品は何冊か読んだことがあるけれど、この作品は未読!
読みたいリストがどんどん増えるね。(笑)
第三話では行き倒れの外国虫、ティティウスシロカブトが登場する。
昔大好きだったゲーム「どうぶつの森」で、夜中にしか現れないヘラクレスオオカブトを採るのに苦労したことを思い出すね。
2006年に「最近はまっていること2」として画像載せてたね。(笑)
ひゃー!10年前だよ、こわいこわい。
外国虫であるティティウスシロカブト、TIT(タイタン)からアメリカのジュウシチネンゼミが全く鳴かないという話を聞き、調査に出るにしたシロコパκとペリプラ葉古。
外国虫の会話の時にはちゃんと「オーイエース」などと英語交じりの日本語になっているところが面白い。(笑)
第三話の謎は、かなり深刻な問題提起だよね。
この小説が書かれた2002年は今から14年前だけど、その時点でこのような現象が報告されているとしたら、現在はもっと危ないかもしれないね?
鳥飼先生の小説には、警鐘を鳴らし危機感を持つことを教えてくれる話があるのも魅力の一つだと思う。
蝉は土の中での生活が長くて、地上に出てからは短命とは聞いていたけれど、ジュウシチネンゼミは16年もの間土の中にいるとは驚き!
そういう種類の蝉がいることすら知らなかったからね。
虫生(じんせい)いろいろだねえ。(笑)
第四話 吸血の池
二階堂黎人氏の「吸血の家」を一文字変えたパロディね。
吸血と聞いて一番最初に浮かぶのは蚊かな。
ぶうぅぅぅーんと耳元で聞いたあの独特の音だけど、最近あまり聞かないんだよね。
えっ、加齢で音が聞こえなくなる?
そのせいなのかなあ?(笑)
第四話はその蚊が主役ではない。
フチトリゲンゴロウが体液を吸われた状態で殺されているのが発見された、という事件を見ていたG・パル*(アスタ) というアメンボが話を進行させる。
聞いているのは、すでにお馴染みになった熊ん蜂探偵事務所の2匹である。
思いもよらない肉食の方法を持つ昆虫がいる、ということが書かれていて恐ろしくなってしまう。
オタマジャクシや小魚を昆虫が食べるとは!
水面に浮かんだ昆虫を魚が食べるのは知っていたけど、逆もあるんだね。
そういえば蟻の大群が牛を飲み込むように覆い尽くし、あっという間に骨にしてしまう映像観たことあったっけ。
昆虫も怖いなあ。
体外消化、なんて初めて聞く言葉だったよ。
なるほどそれで吸血の池、なのね。(笑)
第四話の中で面白かったのは「手のひらを太陽に」についての解釈。
アメンボだって生きているという歌詞は失礼だ、とG・パル*が怒るのである。
ケラに「お」が付いている点にも言及されていて、確かにそうだと納得する。
今まで(というか子供の頃)は、意味を考えずに歌わされていたので、全然気付いてなかったことなんだよね!
3文字にしたいなら「おケラ」じゃなくても、いるだろうに。(笑)
そして飴のように甘い匂いがするからアメンボだったことも知らなかったよ!
第五話 生けるアカハネの死
山口雅也氏の「生ける屍の死」の「屍」が「アカハネ」になっているね。(笑)
アカハネは地名の赤羽じゃなくて(笑)、アカハネムシで、有毒のベニボタルに擬態している甲虫だという。
そのアカハネムシ、名前をシュードピロ・2356(シガナイ)から依頼を受ける熊ん蜂探偵事務所。
依頼内容は擬態の効果なく、仲間が殺(や)られている、というものだった。
捕食者が行う擬態と被食者の擬態についての説明は非常に興味深かった。
狩る側と食われる側、それぞれ知恵比べしてるってことね。
環境に適したように進化させたり、例えば体毛の色を変化させたりして生存競争に勝っていこうとする生物を知ると、
「何故人間にはその能力がないのか?」
といつも考えてしまうSNAKEPIPE。
退化してしまったのか、元々持っていない能力なのか。
生き物としての弱さを痛感するなあ。
第六話 ジョロウグモの拘
京極夏彦氏の「絡新婦の理」からのパロディだね。
2008年に「鵼の碑も蜂の頭もないよ」という京極夏彦氏の「妖怪シリーズ」に関する覚書を書いているSNAKEPIPE。
「んな、ばかな!」というラスト近くは息をつかせぬ激しい展開。
最後まで読んだらまた最初に戻らないといけない小説その2。
と書いていたね。
ちなみに「最初に戻らなきゃいけない小説その1」は「鉄鼠の檻」としているね。
いつ出るか、と待っていた京極夏彦の新作予定の「鵼の碑」は、一体どうなってしまったのか。
待っていたことすら忘れていたよ。
自分で書いた覚書を読んで、今までの「妖怪シリーズ」を思い出したけど、かなり記憶が薄れてきてるなあ。(笑)
以前だったら「あの分厚い本」を持ち歩くのは大変だったけど、今なら電子書籍で読めるからね!
そういう意味では便利な世の中になったもんじゃわい。(笑)
子供の頃に祖母の住んでいた田舎で大きな蜘蛛を見た記憶がある。
子供の目には天井一面が蜘蛛の巣に見えるくらいの巨大さ。
あれは何という種類の蜘蛛だったんだろう。
祖母宅の縁側の下にあった蟻地獄で遊んだのは、楽しかったなあ!
昆虫嫌いになる前の話だね。(笑)
第六話で最初に登場するのはジョロウグモ。
張ったクモの糸が、いつの間にか切られる事件が発生したという。
ああ、蜘蛛の糸!
「好き好きアーツ!#08 鳥飼否宇 part2–太陽と戦慄/爆発的–」でも少し触れたっけ。
芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」の中では、糸を切るのはお釈迦様だったけれど、第六話には別の犯虫(はんにん)がいるんだよね。
この話もその種ならではの理論(というのか)があるんだよね。
ジョロウグモの名前の由来も初めて知ったよ。
勉強になるよね!(笑)
第七話 ハチの悲劇
法月綸太郎氏の「一の悲劇」の「一」が「ハチ」になってるよ。(笑)
第七話の主人公は熊ん蜂探偵事務所の探偵であるシロコパκなんだよね。
「昆虫探偵」の最終章は、驚くような内容になっていた。
まさかそんなことになるとはね。(笑)
そして後口上で、更にびっくり仰天させられてしまうのだ!
たまに四足で駆けている夢を見るSNAKEPIPEにとっては他人事じゃない気がするね。
読み終わって、シロコパκやペリプラ葉古に会えないのを残念に思う。
いつの間にか親しみを感じていたみたいだね。
「昆虫探偵」は昆虫の世界における事件を、その昆虫の特徴に基づいて謎解きする非常に珍しいミステリー小説なんだな、と再認識する。
登場するのが全て昆虫だもんね!
その中に光るネーミングセンスやギャグ、それぞれの昆虫の生き生きとした存在感、そしてタイトルまでパロディにしているところも含め、鳥飼先生にしか書くことができない独創的な小説だと思う。
「昆虫探偵」の続編、読みたいなあ!
もっと昆虫のことを知りたいと思ってしまうね。
あれ?昆虫、苦手じゃなかったっけ?(笑)