ROCKHURRAH紋章学 ペントアワード編5

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【中国のGOLDEN AGE RICE BEERは米の漢字をデザインに組み込んでいて面白い!ビールの味も気になるね】

SNAKEPIPE WROTE:

世界的に有名な国際的パッケージング・デザイン・コンペティションである「pentawards(ペントアワード)」の2025年受賞作品が発表されている。
昨年中に確認するのを忘れてたよ。(笑)
どんな作品が受賞しているのか見ていこう!

大賞であるダイアモンド賞を受賞したのは、アメリカのTilt Beautyという化粧品ブランドのデザイン。
ピーナッツ型のスポイトみたいでユニークと思ったSNAKEPIPEだけど、このブランドには使命があったんだって。
関節炎財団から依頼を受けて、慢性痛から視覚障害まで、さまざまな身体的課題を持つ人々にとって使いやすく、しかも誰もが魅力を感じる美しいエルゴノミック(人間工学的)メイクブランドを作ることだったという。
持ちやすさを改善し、詰め替え可能でデザイン性に優れた製品の開発に5年かかったとサイトに書かれているよ。
視覚の弱い人のために点字の商品説明も付けられているんだとか。
幅広い人々が使用可能なオシャレな商品だよね。
医療とデザインが結びついている例は斬新だと思ったよ!

続いてプラチナ賞7点の中から、気になったデザインを紹介していこう。
ファッション・ブランドのステラ・マッカートニーとフランスのシャンパーニュメゾンであるヴーヴ・クリコがヴィーガン・レザーを共同開発したという。
画像ではシャンパンを持ち運ぶバッグのようになっているね。
ヴーヴ・クリコのブドウ畑で廃棄されるブドウの茎を原材料として、植物性オイルや農業由来の天然繊維と組み合わせて再生可能なリサイクル原料で作られているんだとか。
ステラ・マッカートニーのサイトには、同じ素材を使用したバッグや靴が販売されているよ。
ベスト・コラボレーションとしての受賞は納得だね!

スペインのクリエイティブ・スタジオSimple Packaging Studioが手掛けた、「PUEBLO」という加工肉メーカーのパッケージもプラチナ賞に輝いているよ。
古い村の家の日干しレンガの赤や、天日で乾かした麦わらの黄金色という土の温もりを感じさせるノスタルジックな色合いに、力強いタイポグラフィを意識してデザインされたんだとか。
そして極めつけは、生ハムなどの加工肉には欠かせないロープを組み込んでいること。
スペインらしさ全開のインパクトがあるパッケージだよね!
この商品がスーパーに並んでいたら手に取ること間違いなしだよ。(笑)

イタリアのGENTLEBRANDがデザインしたのはチェスの駒から着想を得た12種類の香水コレクションだという。
とても美しいパッケージだよね!
香水使わなくても全種類揃えたくなるよ。
この駒でチェスをやったら優雅な気分になりそうじゃない?
実際に販売されているのかは不明だけど、欲しいと思う人は多いだろうね!

プラチナ賞の最後はこちら。
サスティナブル・デザイン部門で入賞したのは、イギリスのShellworksが発明したVivomer(ヴィヴォマー)という素材を使用したパッケージなんだよね。
植物などの廃バイオマスを原料として発酵と独自の配合をした、従来のプラスチックのように使える素材なんだとか。
Vivomerの特徴は、52週間以内(1年以内)に水と二酸化炭素に完全分解される点!
「植物から作られ、有害物質を含まず、地球に還る素材」で、使用中は安定していて処分後に分解が始まるとは画期的。
大量生産も可能で、実際にパッケージを使用したボディソープなどを販売しているショップもあったよ!
今後はVivomerのような素材に変わっていくのかもね。

国際的なパッケージ・デザイン賞であるペントアワードを追っていると、世界の流行や企業の考え方が分かるね。
デザイン的に優れているだけではなく、環境問題や人のためになるプラスアルファが必要になっているのは最近の傾向。
新素材を知ることができて大変勉強になったSNAKEPIPEだよ!
2026年のペントアワードも楽しみだね。(笑)

SNAKEPIPE MUSEUM #79 Herbert Bayer

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【1936年の「メタモルフォーシス(変容)」は印象派の静物を抽象化した実験的な写真作品】

SNAKEPIPE WROTE:

今年最初のブログはSNAKEPIPE MUSEUMをお届けしよう!
SNAKEPIPEの琴線に触れた、様々な時代のアーティストの作品をお届けするカテゴリーだよ。
今回は大好きな1920年代にバウハウスで教鞭をとっていた画家、デザイナーで写真家のヘルベルト・バイヤーを特集しよう。
最初に経歴を調べてみようか。

1900 オーストリアのハーグ・アム・ハウスルックに生まれる
1917–1919 父の死によりウィーン美術アカデミー進学を断念
建築と応用美術を学ぶため、リンツとダルムシュタットで見習いとして修行
1921 ドイツのバウハウス(ワイマール校)に入学
カンディンスキーやモホリ=ナギらに学ぶ
1925–1928 バウハウス・デッサウ校のタイポグラフィ・広告ワークショップで教師に任命される
広告・デザイン・タイポグラフィを教える
1928 バウハウスを退職してベルリンへ移り、商業デザイナーとして活動
1938 アメリカ合衆国へ移住(ニューヨーク)
1944 アメリカ市民権取得
1946 コロラド州アスペンへ移住
アスペン研究所の総合デザイン計画(建築・環境・グラフィック)を担当
1950–1960 Container Corporation of America や Atlantic Richfield Company などのデザイン顧問を務める
1970– アスペン滞在を続けながら、美術とデザインの両面で活躍
1975年頃、健康問題によりカリフォルニア州モンテシートへ移る
1985 モンテシートで死去

バウハウスで4年学んだ後、教師になっているんだね。
25歳で任命されているので、抜きん出た才能を持っていたことが分かるよ。
父親が17歳で亡くなってしまったので、美術の勉強を諦め職業に直結する道を選ばざるを得なかったと書かれているね。
その時は断腸の思いで、涙を拭きながら見習いとして学んでいたかもしれないけれど、長い目で見ると才能が開花するきっかけだったのかもしれない。
写真家・画家・デザイナーという輝かしい経歴を持った人生を送っていたんだね。

実を言うとヘルベルト・バイヤーは、当ブログ内で何度か登場したことがある名前なんだよね。
左のTシャツは、2010年7月に東京ステーションギャラリーで鑑賞した「開校100年 きたれ、バウハウス」のミュージアム・ショップでROCKHURRAHが購入したもの。
タイポグラフィの作品が、今回特集しているヘルベルト・バイヤーとモホリ=ナギの共同制作「Staatliches Bauhaus in Weimar 1919-1923(ワイマール国立バウハウス1919–1923)」。
シンプルなのに印象的でかっこ良い!(笑)
 バウハウスの理念そのものだよね。
ヘルベルト・バイヤーの他の作品を制作年順に観ていこう。

まずはバイヤーがバウハウスで学んでいた1923年の作品から。
バウハウスの開校展覧会を宣伝するためのポストカードとして制作されたものだという。
三角と丸、正方形を3色で塗り分け、直線と文字だけで構成しているシンプルなデザインに惚れ惚れするね!
機能性と合理性を兼ね備えた美意識。
アーティストと職人の区別をなくすことも理念だったというバウハウスの教育は、バイヤーに強く刺さったんだね。
ポスターに選出される優秀な生徒だったことがよく分かるよ!
ちなみにこの作品はイギリスのネットショップで、様々なサイズで販売されているのを発見。
一番大きな61 × 91.4cmサイズで12,000円ほど。
日本へ配送できるのか確認してみようか?

黒をバックに直線で人の横顔(のように見える)が描かれた作品も、上と同様に宣伝用のポストカードとして制作されたらしい。
直線の横顔から「トリスウイスキー」のキャラクター「アンクルトリス」を思い出してしまったよ。(笑)
もしくはジャン・コクトーの作品にも見えるね。
バイヤーによる左の作品を目にした途端、ROCKHURRAHが「バウハウスだ」と声を上げる。
ニュー・ウェイヴ初期のゴシック・バンドであるバウハウスのベスト盤に使用されていたのが、バイヤーの作品だったとは!
右にバウハウスのアルバム・ジャケットを載せてみたよ。
確かにバイヤーの作品だね。(笑)
バウハウスのLPを所持していたROCKHURRAHは、80年代にはすでにバイヤーの作品を見知っていたことになるよ。
2026年になってアーティスト名が分かって良かったね!(笑)

1927年の作品を2つ並べてみたよ!
左のタイポグラフィは「ヨーロッパ工芸美術展」の宣伝ポスターだって。
色4色と文字だけを使用したシンプルなデザインに、グッと来るね!
黄色バックのほうは「シュレージエンの住まい」という雑誌の表紙みたい。
シュレージエンとは、かつて中央ヨーロッパにあった地域の名称らしい。
現在でいうとポーランドやチェコ、ドイツにまたがる地域だったようだね。
遠近法を使い、山型を配置した大胆な構図と色彩に目を奪われるよ。
この2つともTシャツになって欲しいデザインだよね!
ROCKHURRAHが絶対買うはず。(笑)

1932年の写真作品がこちらの2点だよ。
シューーールーーーー!(笑)
左は「The Lonely Metropolitan(孤独な大都市)」。
左右の手のひらにそれぞれ男女の目が映っている単純な仕掛けだけど、インパクトが強い。
タイトルと共に意味を考えたくなる雰囲気だよ。
右は「Humanly Impossible (Self-Portrait)(人間的に不可能(自画像))」で、バイヤー自らモデルになって制作された作品だという。
バイヤーはまず鏡に映った自分の姿を撮影しプリントした上に、水彩絵の具やガッシュをエアブラシで描きこみ、また撮影。
更にプリントし右下に署名した後、更に撮影。
3回目にできたネガからプリントされたものが作品として目にしているものらしい。
いわゆる「切り貼り」でのフォト・モンタージュではなく、アナログでphotoshop加工を行っている感じなんだね。
バイヤーの時代にphotoshopあったら、どんな作品を見せてくれたんだろう?(笑)

バイヤーは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の創設館長であるアルフレッド・H・バー・ジュニアの招きにより、アメリカに渡る。
無事にドイツを離れることができて良かったよ。
伝わるところによれば、わずか25ドル(約4,000円!)だけ持ってニューヨークに着いたらしい。
25 dollars in my hand(ベルベット・アンダー・グラウンドの歌詞のパクリ)だったんだね。(笑)
1938年の展覧会「バウハウス 1919–1928」の展示設営を手がけるためで、左はその宣伝ポスター。
大胆な構図と抑えた3色のみ使用した色使いなど、いかにもバウハウスらしいデザインだよ!
アメリカでバイヤーは大きな成功をおさめる。
そのキャリアのスタートが25ドルだったとは驚きだよ。(笑)

バイヤーは広告の世界でも活躍したという。
左は1959年の「Olivetti(オリベッティ)」で、オフセット・リトグラフ技法が使用されている。
タイトルの「Olivetti」はイタリアの事務機器メーカー名で、タイプライターの製造・販売で創業した会社とのこと。
恐らくこの作品は「Olivetti」の宣伝ポスターだろうと予想するよ。
数字や四則が描かれ、曲がりくねったインクリボンが配置されているのはタイプライターをイメージしているからなんだね!
タイプライターを知らない人は、インクリボンの存在が分からないかもしれないな。
かつてSNAKEPIPEはタイプライター使っていたし、ワープロ世代の人にはお馴染みなんだけどね。(笑)

1962年にバイヤーが語った言葉がこちら。

私の仕事全体は、現代の芸術家が産業社会と対立する存在ではなく、その内部に組み込まれながら創造性を発揮しうることを示す表明である

これは先に書いた「アーティストと職人の区別をなくすこと」「機能性と合理性を兼ね備えた美意識」だよね。
バウハウスの理念のもと、生涯活動を続けていたというバイヤーを特集できて良かった。
作品観る度、ワクワクしてたもんね!
SNAKEPIPEの温故知新は続くよ!(笑)

2026年元旦

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【ギリギリまで完成しなかった今年の年賀状。暗いかな・・・】

ROCKHURRAH WROTE:

明けましておめでとうございます。

そこまで信心深いわけではないが、毎年元旦には初詣というのがROCKHURRAH RECORDSにとっては重要な恒例行事になってる。
千葉県民から東京都民になり、そして今は神奈川県民となって数年。
前は成田山での初詣が当たり前だったけどこっちに越してからは川崎大師も参詣したし、去年はSNAKEPIPEの病気快癒を願って寒川神社にもお詣りしたが、やっぱり何かしっくり来ないという感想を2人とも持っていた。
そこで今年の正月はまた成田山に行きたい、ということで2人が最も思い入れの強い成田まで行ってきたよ。
ただし東京からでも結構遠い道のりだったので、今年は元旦に無理しないように大晦日から泊まりで出かけるという、これまでにない年越しとなったのだった。

大晦日の午後から余裕を持って成田まで出かけたが、家を出た直後にちょっとしたハプニングがあって、予定した電車には乗れなかったけど、そこまで遅れることはなく到着。
結構カッチリ予定をたてるタイプだから、予定が狂うと焦ってしまうけど、落ち着いて対処出来たから良かった。
少しは大人になったなあ、え?大人になるの遅すぎ?

毎年、朝の早い時間に行くから、初詣の時に横目で見ながら食べることはなかった成田山名物のうなぎだったが、今年は夕方前に着いたので余裕を持って食べることが出来たよ。
初めてだから数あるうなぎ屋のどれがいいとかはわからなかったけど、みんなが認める名店に並ばずに入れて良かった。
1年間、病気と闘ってここまで元気に回復してくれたSNAKEPIPEと2人でささやかなお祝いをしたかったんだよね。
いつも整理券を配ってて店の前は人でいっぱい、群衆嫌いなROCKHURRAH RECORDSはそれだけで並ぶ気がしなかった店なんだけどね。
元旦じゃなくて大晦日の夕食には少し早い時間に行ったのが正解だったな。
うなぎはこれまでになく柔らかで都内よりはリーズナブルな気がするし、2人とも大満足。

しかし元旦が混むのはわかってたが大晦日の夕方に、参道にはこっちが予想もしなかったほどの人がいて認識が甘かったな。
全然下調べもしてなかったから「なぜ大晦日なのに参拝客?」と思ってたけど、年籠りとか年末詣などという習慣が昔からあったそうで、「初詣が恒例行事」などと冒頭で語った割にウチの方が世間知らずだったわけだ。

何度も行った成田でやっとうなぎを食べられて満足したが、せっかく泊まりで来たなら日付が変わる時の除夜の鐘も体験しようということになった。
いつもなら夜に除夜の鐘も聞くことがないし、その後夜中の電車で遠くまで帰るのもキツい。
カウントダウンなども全く興味ない2人だったが、ホテルから散歩がてら歩くのもいいかと思って今年は初めて行ってみた。
写真の上の方の白く輝いてるように見えるのは三体艦隊ではない。
成田山に行くのはいつもは元旦の早めの時間で、この程度の混雑なら普通に進めるというくらいしか体験したことない2人だったが・・・。
参道の入口入ってすぐのところで全く進めなくなり、道いっぱいに若者の集団だらけ。
ROCKHURRAHやSNAKEPIPEの世代どころか大人なんてほとんど見当たらないし、周りはうるさいし、言ってることも叫んでることもありきたりで無法地帯。
遂には夕方に入ったうなぎ屋(写真のうなぎマークの店ではない)にさえたどり着かない場所でカウントダウンが始まって、こんな場違いなところで年越しをしてしまった。
しかも期待した除夜の鐘なんて周りのどんちゃん騒ぎで全く聞こえないから、2人は先に進むのを諦めてホテルに戻ることにしたよ。
時代の流れというか何と言うか、成田の雰囲気が好きで通ってたのに、これだけは少し残念。

気を取り直して元旦朝の初詣に来たよ。
いつも着く時間と同じくらいの、比較的空いてるとされる時間を狙って参道を進む。
夜中とは打って変わって若者率が低いな。
あの無法集団は朝になって滅亡したとみえる。

去年は年末のブログにも書いた通り、SNAKEPIPEの病気や他の散々な出来事が全部いっぺんに来たような年だったから、今年は2人とも良い運勢で、元気でいられるようにしたいね。

恒例のおみくじ、毎年パッとしないのがここ数年の傾向だったけど、今年はどうかな?
SNAKEPIPEは吉でまずまずの運勢。
病気は「全快する」とあってこれはめでたいね。
ROCKHURRAHの方は今年は凶と出た。
物事に障害があって、思いが通じない。などと不穏な言葉が連ねてあったけど、他の誰にも通じなくてもSNAKEPIPEにだけは思いが通じてるから、それだけでいいのだ。

去年はいいことも悪いことも含めて初めての体験が多い年だったけど、今年も色々新しい経験をしてゆきたいな。

ではまた、svāhā(梵語で「息災あれ」)

思い出のサマリー・ビート 2025

【80年代ハードコア・パンク・バンドのDisorder、当時の映像だよ!】

SNAKEPIPE WROTE:

今回が年内最後のブログになるんだね。
師走と言われるだけあって、12月はあっという間だよね。
今年は特にROCKHURRAHもSNAKEPIPEもせわしない日々を過ごしたよ。
なんとか無事に乗り切り、安心して正月休みを迎えたところ!(笑)
2025年はどんな年だったのか、1年を振り返ってみようか。

元旦に八方除で有名な寒川神社で健康をお祈りしたけれど、謎の発熱は収まらなかったSNAKEPIPE。
今から思えば、1月に敬愛する映画監督デヴィッド・リンチの訃報を知った時から、2025年の運命が決まっていたのかもしれない。

2月の定期検診先で緊急入院となってしまい、3月下旬まで病院生活をする。
何の準備も予備知識もないまま入院したので、ほとんど全て初めての経験だったよ。
毎日お見舞いに来てくれたROCKHURRAHには、苦労をかけてしまったね。
画像は病院食の一例だよ。
魚、きゅうり、たけのこにご飯といったシンプルな食事で、ほぼ毎日お腹空いてたっけ。
退院したら肉が食べたいと切実に願っていたよ。(笑)

点滴の針が抜け、約30日後に退院できた時はホッとした。
真冬の服装で入院したので、退院の時には暑いくらいだったよ。
今年は無理かもと思っていた桜を観ることができたのは嬉しかったね。
入院中にSNAKEPIPEが夢中になっていたのは、小説「三体」を読むことだった。
退院してからは、ドラマ化された「三体(テンセント版)」を鑑賞し、原作に忠実に再現されていることに感激する。
ドラマのOSTに参加している中国のポスト・パンク・バンドRe-TROSをを知ることができたのは収穫だった。
80年代っぽい雰囲気があり、ROCKHURRAHと共にファンになったよ!
ビデオもレトロ感満載で好きだわ。(笑)
「TV Show (Hang the police)」を載せておこう。

4月の下旬にバジルの種をまいてみる。
画像は5月中旬のもので、少し大きくなっているよね。
昨年はバジルソースをつくるほど「わさわさ」に成長したバジルだけど、今年は不調だったなあ。
来年はもう少しうまく育てたいよ。

5月には「ジャパン・アヴァンギャルドポスター見本市」や「>ゾフィー・トイバー=アルプとジャン・アルプ」を鑑賞する。
自由に動ける日常生活のありがたさを感じる。
SNAKEPIPE愛用のiMacのモニターが突然映らなくなってしまい、急遽買い替えを迫られる。
障害発生part2だよ。
今年はSNAKEPIPEの厄年かな。

6月には9ヶ月ぶりのジャイルギャラリーで「創造と破壊の閃光」を鑑賞。
久しぶりに表参道を歩けて良かった。(笑)
下旬にROCKHURRAH RECORDS玄関の棚が崩落して、あわや大惨事という始末に。
この棚は7月にラブリコで修復したので一件落着だけど、障害発生part3よ。

7月にはROCKHURRAHの誕生日に銀座でお食事したあと、ギンザ・グラフィック・ギャラリーとポーラ美術館で展覧会を鑑賞する。
銀座に行くのが1年半ぶりだったとは、びっくり!
ROCKHURRAH RECORDS事務所の給湯器が壊れ、お湯が出なくなる。
またもや障害発生part4…。
ここまでくると祟られてる気がしてしまうほど。
買い替えと工事で無事だったけど、今年は出費が多いなあ。

8月には予定していた手術のため入院する。
2月の時とは違って、あらかじめ準備できたし期間もある程度決まっているので安心感があったよ。
画像は入院した部屋に飾られていたもの。
どうやら18世紀イギリスで制作された新古典主義の版画のようだけど、病院にあるのが不思議な感じだったよ。
手術が無事に終わり、約10日ほどで退院したSNAKEPIPE。
入院前とほとんど変わらない体調に喜ぶ。
またしても退院した日は肉を頬張ったよ!(笑)

10月にはエスパスルイ・ヴィトンで「ANDY WARHOL SERIAL PORTRAITS」を鑑賞する。
無料の企画とは思えない充実した展覧会だったよ。

11月は今年初めての小旅行で箱根へ。
短距離ではあるけれど、SNAKEPIPEの回復ぶりを証明できて良かった!
ポーラ美術館、箱根彫刻の森美術館を訪れる。
画像は宿泊したホテルからの眺望で、遠くに海が見えてキレイだよね。
海の近くは魚が美味しくて、晩御飯も朝ごはんも食べ過ぎるほどだったよ。(笑)

12月は先にも書いたけれど、ROCKHURRAHもSNAKEPIPEも激務で、とても忙しい日々を送っていた。
正月休みはいつもより少し丁寧な掃除をして、のんびり過ごす予定だよ!

1年を振り返ると今年は障害に見舞われた年だったことが分かるね。
ROCKHURRAH RECORDSが決定する今年キーワードは「Disorder(障害)」だよ。
一番上に載せたのは80年代ハードコア・パンク・バンドの「Disorder」の「Life」。
来年はいっぱい笑える楽しい年にしたいね!

今年もお世話になりました。
また来年もROCKHURRAH RECORDSをよろしくお願いいたします。
どうぞ良いお年を!