ニッチ用美術館 第2回

【TV番組風のタイトルバック。BGMはまだない】

ROCKHURRAH WROTE:

ちょっと前に始めたシリーズ企画「ニッチ用美術館」だが、本日はその2回目にしてみよう。

ニッチ用と検索するとインテリア通販サイトなどでよく使われている言葉なのがわかる。
家具を配置した隙間、デッドスペースを有効利用するための家具などがニッチ用に分類されてるらしい。
Nicheとは生態学でよく使われる用語らしいが、日常で使われているのは第1回にも書いた通り、大資本がなかなか手を出さないような小さな市場(隙間)を狙った「ニッチ産業」「ニッチ市場」などの言葉。そういうビジネス用語として知られているみたいだね。

どこかの会社員が会議の席などで「我が社としてはそういうニッチな部分に着目して・・・」などと言ってるかも知れないが、ROCKHURRAHとしては「今どきあまり人が語る事のないレコードのジャケット・アートワークについて」割といいかげんに語ってゆこうというつもりでこのタイトルにした。
あまり人が語らないような分野を拾い集めてROCKHURRAHが語ってゆけたら、というのがウチの目標。Webの隙間狙いという意味合いだ。
そうは言っても本当に誰も語らないマイナー路線ばかりはさすがに難しいから、その辺の統一感のなさも特色だと思ってね(また言い訳)。
もちろん、70年代のパンクや80年代のニュー・ウェイブという狭い範囲だけを好みにしているROCKHURRAHだから、語ってる内容も大体ニッチに違いないよ。

SNAKEPIPEがやっている別の企画「SNAKEPIPE MUSEUM」も自分だけの仮想美術館という設定でコレクションを続けている。ROCKHURRAHが目指すのはあくまでレコードのジャケットについてのみなので、方向性は似ているがかぶる事がない。いい関係だね。

TV番組風のオープニング映像も用意して、ジャケットも美術館の展示品風にするといった凝りようで、ROCKHURRAHの意気込みもわかってもらえるかな?

では2回目の展示を順路沿いに鑑賞してみようか。

ROOM 1 捩りの美学
この漢字を書けない人も、こんな字初めて見たよって人も多かろう。子供の時から難しい漢字や当て字の多い小説を読破していたROCKHURRAHだが、自分で今書けと言われても無理だな。パソコンに頼りすぎて漢字を忘れてしまった日本人の一人だと痛切に思うよ。
これは「もじり」と読む。ねじるでも同じ字を使う場合もあるらしいけど。
そこでモディリアーニっぽいジャケットを用意出来たら気が利いてたんだが、不覚にも違う路線にしてしまったよ。

一般的にはこのジャケットのようなのはパロディと呼べば済むシロモノだけど、第1回から全部日本語でチャプターを「○○の美学」と書いてきたから日本語、しかも漢字に置き換えて無知を晒してしまったというわけ。

マネの有名な作品である「草上の昼食」はその後の著名な画家による同じ題材の作品を生み出した、パロディの元ネタとしては大変にポピュラーなものだが、オリジナルは当時のフランスではセンセーショナルなものだったらしい。格別に美術に詳しくないROCKHURRAHなどは「何が?」と思ってしまうが、その当時は女神とか神話の裸婦以外は猥褻扱いされてたとの事。ふーん、西洋絵画なんて石を投げれば裸婦に当たると思ってたんだが、これは意外。
まあ今の日本でも全裸ピクニックは禁止されてるから当たり前なのかねえ。

そんなマネの真似ジャケットとしてニュー・ウェイブ界で名高いのがバウ・ワウ・ワウのこのアルバム「ジャングルでファンファンファン(1981年)」だ。
「あまり人が語らないような分野」などと偉そうに語った割にはいきなりメジャーで申し訳ない。

その後にCDの時代が長く続いたから考えられないけど、レコードはもう古臭いから、これからはカセットテープの時代が来る、などと予見し、1stアルバムをカセットのみで発表した変わり種のバンドだったな。
1979年に発売されて大ヒット商品となったウォークマン。ヘッドフォン付きカセット・プレイヤーの元祖だね。しかし持ってた全員が自宅でレコードを録音出来る環境じゃなかったはずだから、このように録音済みのカセットテープは案外有難かったのかも知れないね。買ったその場で聴けるし。その後、アイワが録音出来るカセットボーイを発売したが、自分で録音するのも面倒って人も多かったんじゃなかろうか?
あるいはその対極にある大型ラジカセ。これを持って街中で踊ったりするヒップホップが流行ったりしたのも80年代だ。
バウ・ワウ・ワウのカセットはそういう人狙いの商法だとは思ったけど、上記のような流行りがその当時のイギリスでもあったのかどうかは不明。
カセットテープの時代が来るってほど普及はしなかったような記憶はある。1984年くらいにはすでにCDウォークマンの元となるような携帯型が開発されて、そっちの方が進化していったからね。

で、このジャケットは2ndアルバム。カセット作戦が売れたのかコピーされまくったのかは知らないが、ちゃんとレコードでリリースされた。

ニューヨーク・ドールズ、セックス・ピストルズなどパンクの仕掛け人として名高いマルコム・マクラーレンが、初期アダム&ジ・アンツからメンバーを引き抜き作ったのがバウ・ワウ・ワウだった。
このジャケットに全裸で挑んだのがこの当時まだミドル・ティーンだったアナベラ嬢。これが母親の訴えにより問題となり発禁・・・ではなく発売延期になったらしい。日本では普通に売ってたような記憶があるが、それ以外の記憶はない。金で解決したわけじゃないのかね?
まあマネのオリジナルもこちらのパロディ・ジャケットも世間で問題になったという点では同じだろうか。

悪名高い詐欺師マルコム・マクラーレンの操り人形みたいにバンドを演じていただけという悪評もあるけど、モヒカンのギターにモヒカンのビルマ系少女がヴォーカルというインパクトの強いヴィジュアルにアフリカンっぽいビート、チョッパー・ベースという音楽性はとても個性的で他にはない魅力を持っていたと思うよ。楽器メンバーがやたらと達者なんだよね。

褒めてはみたものの、メンバーを引き抜かれたアダム・アントがまたもや凄腕を集めて新生アダム&ジ・アンツを大ヒットさせ時の人になった、その不屈の根性(詳細はまるで知らないが)に比べるとセンセーショナルで個性的だったバウ・ワウ・ワウは意外なほどはじけなかったな、という印象がある。
この曲のイントロ部分のビデオは「I Want Candy」とほぼ同じ撮影だと思われるし、結構使いまわしてるなあ。
MTVを最大限に利用し、面白い映像とヴィジュアルで人気を得たアダム&ジ・アンツと比べるとその辺がおざなりな感じがするんだよね。

ROOM 2 西班牙の美学
これまたあまりなじみのない漢字になってしまったが漢字クイズをしているわけではない。昔の本に慣れ親しんだ人にはすぐにわかるだろうけど、これはスペインを漢字で表したもの。
「スペインの血」というタイトルがついた絵画のジャケット。
簡素な線だが土のような色合いと赤が印象的な絵だね。頬杖をついた女性はデビュー当時の原田知世を思わせる(古い・・)が、今の世代だとまた違った少女を思い浮かべる人もいるだろうな。裾から顔を出してるのは傷つき倒れた闘牛士だろうか?
絵柄はまるで違うけど色彩はちょっとロートレックを思わせるね。え?全然?

ジャケットだけを見るとニュー・ウェイブのレコードとは思えないが、これはスペインで1980年代初頭から活動していたGabinete Caligariというバンドのもの。
バンド名は傑作サイレント映画「カリガリ博士(Das Kabinett des Doktor Caligari)」のスペイン語だと思われる。
しかし見た目はロカビリーっぽくて音楽はそういうのともちょっと違う雰囲気。哀愁の漂うスペイン風ウェスタン歌謡曲とでも言うようなもの。うーん、ドイツ表現主義とは全然結びつかないなあ。
なんかやってる事とバンド名との繋がりがよくわからんが、デビュー曲もスペインのポジパン/ゴシック系バンド、Paralisis Permanenteとのカップリングでますます活動範囲が不可解。

ちなみにこのParalisis Permanenteの方はラモーンズを暗くしたような音楽と派手な見た目で結構好きな感じ。非常にマイナーな例で大半の人にはよくわからんだろうが、カッコイイのを通り越して笑えるポジパンとして一部で有名なフランスのJad Wioと似た感じなんだよね。うん、今は全然関係ない話だったね。

この「ニッチ用美術館」の第一回でもスペインのエスプレンドール・ゲオメトリコについて書いたが、80年代初頭のスペインのニュー・ウェイブは日本ではほとんど紹介されてなかった。
だから勝手にこちらが「あまりニュー・ウェイブ的な文化がなかった」と勘違いしていたが、意外と奥が深くてやっぱりアートな感性も豊かな民族だなと思ったよ。
このバンドについてはニュー・ウェイブというニュアンスとはちょっと違うんだろうけど、時代としてはモロに当てはまるからね。

1983年のこの曲「Sangre Espanola」はスペインの伝説的な闘牛士フアン・ベルモンテについて歌ったものらしい(推測)。
その手の文化やお国柄が全く違うので日本人が闘牛について理解するのは難しいが、「トーク・トゥ・ハー」や「ブランカ・ニエベス」「マノレテ 情熱のマタドール」など、スペイン映画では闘牛シーンが割と出て来るので、かなりポピュラーなものなんだろうな。
日本で闘牛士について歌ったのはCharくらいのものか。
まあアメフトやクリケットに熱中している日本人があまりいないのと同じようなもんかね。
ビデオは見ての通り、特に語る事もないが、70年代に「悪魔のパンク・シティ」が日本ではまるで流行らなかったモミアゲ男ウィリー・デヴィル率いる、ミンク・デヴィルにちょっと似たルックスだな。

ROOM 3  諧謔の美学
何かわざと日常的でない漢字を使ってないか?と言われそうだがこれまた一般的にはあまり使わない言葉。「かいぎゃく」と読んで、意味はジョークとかユーモアと同じようなもの。
英語で言っても大半の日本人に意味がわかる言葉だから、あえて難しい言葉を使わなくなったという事かな?

ミラン・クンツ(またはクン)というチェコ人アーティストによるポップ・アートなんだが、ちょっとシュールで可愛くもあり時々不気味、漫画っぽいモチーフが印象的な作品を発表している。同じチェコ出身でミラン・クンデラ(「存在の耐えられない軽さ」で知られる)という作家もいたので、チェコではミラン君が割とポピュラーなのかな?

このステキなジャケットはドイツが誇るアタタック・レーベルの中心バンド、デア・プランのもの。ジャケットについて語る人がいないしメンバーに友達もいないので、記載されているクレジットでしか書けないのがもどかしいが、上記のミラン・クンツとデア・プランのメンバーでもあるMoritz Rによるジャケットとの事で、どこからどこまでが誰の分担なのかはよくわからなかったよ。ちなみにMoritz Rもドイツ人の名前なので読めん。確かモーリッツ・ルルルとかそんな名前じゃなかったかな?

デア・プランはDAFの初期ともメンバーが一部かぶっていて、ROCKHURRAH RECORDSでも何度もしつこいくらいに書いているノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ)の大御所バンドだった。大御所バンドなどと書いたものの、曲はチープなシンセ音だし奇妙なかぶりものをしたルックスだし、大御所感はまるでないけどね。
かぶりもの、と言えばアメリカのレジデンツがさらに有名だが、デア・プランの初期もレジデンツをもう少し電子的にポップにしたようなものだった。前衛的ではあるけど難解さを感じさせないところが好きだったよ。
そう言えばミラン・クンツもノーマル・グループという変な絵描き三人組でデア・プランと同じようなかぶりものしてたようだ。この辺がルーツなのかな?

83年くらいからは明らかにポップ路線になって「グミツイスト」など世界でも通用しそうな曲をリリースしたが、日本ではもちろん発売されずヒットもしなかった。
熱狂的な勘違いコンピューター信者をおちょくったような曲で当時の最先端だったIT用語が続々と呪文のように飛び出す、最後にコンピューターの事などよくわかりませんと言うハエが電灯の周りをグルグルしてるだけ、というようなシニカルな歌詞も素晴らしかったんだが。

このジャケットは1981年に出た「Normalette Surprise」という2ndアルバムのもの。片面が33回転、片面が45回転というLPと12インチ・シングルの中間のようなシロモノだったが、この頃はまだ明らかなポップ路線にはなってなくて、エレクトロニクスの実験的な曲が多い。
上のビデオは何年のものか知らないが、その中に収録されている「Lebdoch」のかなり珍しいライブ映像(?)だ。と言っても楽器持って演奏するわけでもなく、変な格好でウラウラしてるだけでさっぱり意味不明。こんな映像見せつけられても大半の人は無言になってしまうね。

ROOM 4 鐵板の美学
何だか前に当ブログでやった「読めん!編」みたいになってきたが、これは何となく読める人も多かろう。そう、鉄板を旧字体で書いただけ。
個人的には小栗虫太郎の奇妙な通俗探偵小説「二十世紀鐵仮面」とか読んでたから当たり前に読めたな。

工場地帯みたいなところをバックに記念写真を撮っている二人。工場からの煙なのか蒸気なのか雲の上なのか、白いもので覆われていて全景は見えない。あたりには他の人の気配はなく、置かれた三脚だけが寂しくシャッターを切る・・・。
などとどうでもいい情景描写を書いてしまったが、往年のシュールレアリスム絵画を彷彿とさせるような幻想的な作風だね。

ROCKHURRAHの大好きなこの絵を描いたのはディック・ポラックというオランダ人だ。そして彼が率いていたのがこのメカノというバンド。これはビックリ。画家かバンドかでバンド選んでる場合じゃないでしょ、というくらいのレベルの絵だよ(個人的感想)。詳しく知りはしないので画家がバンドもやってるというなら別だが。

メカノというのは20世紀のはじめにイギリスで生まれた知育玩具で穴の開いた金属板パーツをボルトとナットで締めて自由な形を作ってゆくもの。
デンマーク生まれのレゴとも似たようなものだが、レゴよりもはるかにメカニカルな感じの出来上がりになって好みが分かれるところ。
パーツが安く普及しやすいというのもあるし、ポップな色彩とメタルじゃ子供はやっぱりカラフルな方を選ぶんだろうな。映画やテーマパークにまでなってるレゴの方が圧倒的に人気だけれど。
SNAKEPIPEの意見は聞いてないがROCKHURRAHと同じで絶対メカノの方を選ぶに決まってる。ちなみに便宜上、鐵板の美学などと書いたが材質は洋銀、ニッケルだとの事。

そう、上の絵の三脚だと思ってたのはそのメカノで作ったロボット(?)の足だったというわけ。ディック・ポラックはメカノのジャケット絵画を描き続けて数十年、身も心もメカノに捧げてきたと言える。
オランダのニュー・ウェイブと言えばファクトリー・ベネルクス、そう、ジョイ・ディヴィジョンで有名なファクトリー・レーベルのベネルクス三国支部をまず思い出すが、日本ではほとんど知られてなかったミニー・ポップスとかね。それ以外にもこのメカノや弟分のフリュー、ミック・ネスなど、初期ニュー・ウェイブの重要バンドを生み出した知られざる先進国なのだ。

メカノは1978年にデビューしたオランダのパンク・バンドだったが、80年代にはもうすでに音楽性を変えて、ジョイ・ディヴィジョンのようなダークな音作りをするようになった。それだけならフォロワーの一種でしかなかったんだろうが、ヴァイオリンやアコーディオンを取り入れた哀愁のヨーロッパ歌謡みたいな路線もやってて、むしろそちらを好む大人層に人気があった。

ROCKHURRAHがこのバンドを知った頃にはすでに再発盤が出回っていて、オリジナルは入手困難になってたな。ジャケットが違っていてオリジナルにはディック・ポラックの絵が使われていたから探したんだけどね。さらに「Untitled」とか「Entitled」とか違いがイマイチわからんタイトルに似たようなジャケットばかりだったから、どれを買えばいいのかわからん初心者泣かせのバンドだったな。
しかしやっている音楽は思ったよりも骨太で、曲によっては眠くなるようなのもあるけど、目の覚めるような豪快なフレーズとかもあって衝撃を受けた記憶があるよ。長い長いイントロで嫌気がさした頃に突如ベンチャーズ風のリフが心地良い「Meccano」やこの曲「Escape the Human Myth」などは文句なくカッコイイ。
当時の映像が皆無なので年寄りになってしまった近年のライブ映像しかないが、これでも元はニュー・ウェイブやってたんだよ、という想像をしながら聴いてね。え?無理?

ROOM 5 谺の美学
一般的には木霊と書くが谺でも「こだま」と読む。樹木に宿る精霊だとの事だが、生まれてから自分の文章にこの字を使ったのはたぶん初めてだな。山の中を生活の拠点にしてるような人だともしかしたら日常的に使うんだろうか?

樹木に閉じ込められ一体化した女性の横顔。ギリシャ神話にはドリュアスという樹木の精霊が出て来るらしいが、そういうのを原典としてるのかな?不気味だけど美しい、抗えない魅力を持った象徴なんだろうね。
「エクソシスト」で有名なウィリアム・フリードキンによるホラー映画で樹木の精霊が出て来るようなのがあるんだけど、このジャケットよりもずっと後の作品。
何にしても、森でも沼でも人を引き込み犠牲にするようなのは定番だよね。

この幻想的なジャケットに挑戦したのはゴシック/ポジティブ・パンクの聖地バットケイヴ(というナイトクラブがあった)で活躍していた女性シンガー、ダニエル・ダックスだ。
撮ったのはこの手の題材を大得意にしている女流写真家ホリー・ワーバートンという人。
ダニエル・ダックス以外にもオール・アバウト・イヴ(美女シンガーで評判だったイギリスのバンド)のジャケットなどでも有名なので、見たことある人も多かろう。大体いつもこういうタイプのジャケット写真を撮ってるんだけど、このジャケットが(モデルも含めて)一番いいと思ったから今回取り上げてみたよ。

ダニエル・ダックスは元々実験音楽人カール・ブレイクと共にレモン・キトゥンズというバンドでアヴァンギャルドな音楽をやってたんだが、解散後にソロになる。
どういう経緯でかは知らないがそのバッドケイヴでは他のポジパンの連中と同じように、不気味な死体のような白塗り化粧で歌を歌っていた。
かなりグロな人体パーツ福笑いのようなジャケットのアルバムを1983年に出して、ソロ2作目が樹木妖精になった上のレコードとなる。
割と童顔で可愛い顔立ちなのに、やってる事は結構先鋭的というアンバランスさが良かったよね。
その後再びメディアに注目された時(1987年の3rdアルバムの頃)は、今度は竹の子族のようなキンキラ衣装で派手なメイクという姿。短期間で随分健康的になって印象が違ってたのに驚いたもんだ。

やってた音楽はいわゆるポジパンとは違っていて、ガムランや中東っぽい旋律だったりスワンプ・ロックっぽいものだったり、それらのごちゃ混ぜにアヴァンギャルドやサイケデリックな風味も合わせたユニークなもの。すごい低音から高音まで自在に操る歌唱力も文句なし、オルタナティブ界を代表するヘンな歌姫として評価も高く、日本では大してヒットもしなかったにも関わらず、来日公演までしている。
上のジャケットの2ndアルバムではほとんどの楽器を自分でこなし、大きなスタジオに入らず(たぶん)宅録にこだわった作品。はじめて「Evil Honky Stomp」を聴いた時にはレコードの回転数間違ったかと思ったほど低音が印象的だったよ。

その「Evil Honky Stomp」は残念ながら動画がなさそうなので、同じアルバムに収録されてるこちらの曲「Pariah」より。
パーリアとはインドの最下層民とか社会の除け者というような意味らしいが、まるでミュージカル「Cats」から抜け出てきたようなメイク。
どこが認められたかは不明だが(おそらく顔)、この時期は「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」などで知られるニール・ジョーダン監督の初期作品「狼の血族」にも狼少女役で出演しているから、その延長線上のビデオだと思われる。
そしてバックのペインティングと一体感のある衣装で、とても美貌を売り物にしてるアーティストとは思えないところが素晴らしい。

もっと色々書きたい事もあったような気がするが、そろそろ第2回も終わりの時間となってしまったよ。ジャケットについて語れる事がまとまったらまたこの続きも書いてみたい。

それではまた、スラマッ・ティンガル(マレー語で「さようなら」)。

俺たちバーニング・メン

【ROCKHURRAH制作、タイトルそのまんまなバーニング映像。】
ROCKHURRAH WROTE:

前に単発で記事を書いたものとまたまた同じような題材にしてしまったので、いっそのこと新しいシリーズ記事にしてみることにした。題して「俺たち○○シリーズ」。

世代的に「俺たちひょうきん族」を模したと思われるかも知れないが、そういうつもりは全然なくて、これはSNAKEPIPEと共に大ファンであるウィル・フェレルの「俺たち〜」シリーズにあやかってるつもりなのだ。
「俺たち〜」シリーズなどとひとまとめにされてはいるが、これは同じ監督で同じシリーズを作ってるわけではなくて、単にウィル・フェレルが出てる映画が(たぶん)配給会社の垣根を越えて「俺たち○○」という邦題になってしまっただけの話。
実際は「俺たちニュースキャスター」以外はまるでシリーズではないけど、知らない人は全部シリーズだと思ってしまうよね。
しかもウィル・フェレルが出てなくても便乗して「俺たち〜」とタイトルがついた関係ないものも多数。「俺たちフィギュア・スケーター」がまさかの大ヒットをしたから、間違って観る人狙いの商法。
イオンのトップバリュ商品が人気のある食品にそっくりのパッケージで作って、敢えて隣に陳列するというやり方みたいなもんだね。

まあそんなわけで、由緒正しくないタイトルにROCKHURRAHも便乗してみたというだけ。それだけで長々と前置きを書いてしまったよ。
で、何をやってるかと言うと実はROCKHURRAHが書く他のシリーズ記事と構成はほぼ一緒・・・。トホホ。
同じような語句をタイトルに入れた曲ばかりを無理やり集めてみただけ、というお手軽記事なのだ。

さて、二回目の今日は何について書こうか?と悩んだ末、タイトルにあるようにバーニングをふと思いついた。日本語に訳すと「燃焼」だと。この言葉も一回目のライオットと同じで、日常的に使っているのはボイラーマンかガス屋、ダイエット中の人くらいかな?ライオットよりは日常的かね?

「バーニング」と聞くと真っ先に思い出すのが同名のホラー映画(1981年)だな。
「ゾンビ」や「13日の金曜日」などで脚光を浴びた特殊メイクのスーパースター、トム・サヴィーニがメイクを担当したので注目して観たが、あらすじ以外は覚えてないほど。
少年たちの悪質ないたずらによって大やけどを負ったキャンプ場の管理人がどデカいハサミを持って復讐してゆくというような話だったな。原因も目的もハッキリした殺人犯なので「何だかわからんから余計怖い」というホラーの醍醐味がまるでない真っ当なシロモノ。
「13日の金曜日」の亜流扱いされたし、ハサミを振りかざした影絵のポスターはチェーンソー振りかざしたレザーフェイス(「悪魔のいけにえ」)のマネとも思える。
よそのタイトルをパクって使ってるROCKHURRAHだから亜流を批判は出来ないけどね。

今回もROCKHURRAH RECORDSのいつもの約束、70年代パンクと80年代ニュー・ウェイブ限定で書いてみよう。

音楽の方でバーニングと言えばクラッシュの「London’s Burning」がやっぱり代表的なものだろうか。
パンクの洗礼を受けた者としては真っ先にこのタイトルが出てくるよ。
こないだのライオット族でも真っ先にクラッシュだったな。
パンク・ファンにはおなじみの曲なのでクラッシュの代表曲のひとつなんだが、実はシングルにはなってないというのが意外。「Remote Control」のB面にライブ・ヴァージョンが入ってるけどね。
イントロのタカタカタッタッターというドラムで誰もが飛び跳ね、高揚する、ロンドン・パンク屈指のキャッチーな名曲ですな。

いやもう、この当時パンクのカッコ良さに目覚めた少年だったら誰でもジョー・ストラマーやジョニー・ロットン、シド・ヴィシャスやミック・ジョーンズ、ポール・シムノンに憧れたに違いない。
中には「ポール・クックこそパンクの代名詞」「やっぱドラムはテリー・チャイムズ(クラッシュの初代ドラマー)でしょう」というような通好みもいるだろうけどね。

ちなみに三大パンク・バンドのもう一つ、ダムドのメンバーについては全く言及してなかったが、デイヴ・ヴァニアンのカッコ良さは充分に理解していても、あのメイクは普段街を歩いてる時にはなかなかマネ出来ないからね。デイヴ・ヴァニアン化して全然違和感がない日本人は元MAD3、ヘル・レイサーのエディ・レジェンドくらいのものだね。
キャプテン・センシブルも通常ルックスならOKだが、上下モコモコの変身後のスタイルはとても無理だもんな。関係ないが山下和美の初期漫画でもキャプテンっぽい登場人物が出てたのを思い出す。

クラッシュはライブ・バンドとして絶大な人気を誇っていたが、ステージ・アクション(決めポーズ)を重視するあまり、コーラスや演奏がおろそかになったりもする。
ギターをジャンジャカ弾いてる時はあまり動けない、などパフォーマンスの弱点もややあったけども、そんなことお構いなしにエネルギーの全てを放出するその熱さが多くのパンク・ファンを沸かせた。
音楽もロックも随分変わったこの現代でも、全然色褪せてないね。さあみんなでバーニング。

クラッシュやセックス・ピストルズによるパンクの衝撃が全世界に広まったので、日本でもこんなバンドが登場した。当時の本当のパンク・ファンは「何じゃこりゃ?」と思ったかも知れないアナーキー。
何のことはない「London’s Burning」の替え歌なんだが、これでも日本の不良社会に一石を投じたのは確かだろう。
彼らがデビューした1980年。ヤンキーなどという言葉もまだ(たぶん)なかったような時代、この頃は暴走族やツッパリというのがどこの街にもウジャウジャいて、弱いヤツをたかったり、弱いヤツや強いヤツとケンカしたり、シンナー吸ったり、道にツバ吐いたり、事故って死んだりしてたもんだ。
そういう旧態依然とした不良スタイルとは別に、パンクな生き方をするという新しい不良のあり方を提示して「これもカッコイイかも」と思わせたのが、この時代に出てきたアナーキーやめんたいロックなどと呼ばれたバンド達かも知れないね。
この辺のバンド達はパンクというにはちょっと・・・という路線ではあるんだけど。

石井聰互の「爆裂都市」を観るとパンクなのかヤンキーなのかよくわからん集団がいっぱい出てくるけど、あれはその当時の地方都市(例えばROCKHURRAHの故郷、北九州とか)の本当にリアルな姿なんだよね。
よほどマジメに育った人以外は友達の半数以上がヤンキー化するというすごい時代だから、バンドの仲間が暴走族というのは珍しいことでもなかった。

実際にはパンクは不良専門の音楽ではないんだろうけど、ロカビリーやテッズとかが出てきた時もまず不良と結びついたという故事があるからね。
おっとまた得意の三流評論調になってしまったなあ。

特攻服の代わりに(旧)国鉄の作業服を着て天皇批判や団地のオバサン批判をストレートに展開するこのバンド、個人的にROCKHURRAHは日本のバンドはほとんど聴かなかったからいいとも悪いとも言えないが、支持する者も多かっただろうな。さあ、東京でもみんなでバーニング。

わけあってこちらのYouTube画面だけ大きさが違うようだが諸般の事情なので気にしないように。
さて、お次のバーニング・メンはこちら、バースデイ・パーティによる「Sonny’s Burning」だ。

元々70年代末にオーストラリアでボーイズ・ネクスト・ドアというバンドをやってた五人組が、そのまんまのメンバーで改名してバースデイ・パーティとなった事は何度もこのブログで書いてるはず。
最初は割とポップな路線でやってたのが、次第に野性味を帯びた暗黒度の高い音楽に変貌していったのも興味深い傾向だった。同じオーストラリアのサイエンティスツもそういう路線変更があったので、オーストラリアという土壌に何かあったのか?これは80年代ニュー・ウェイブ史を研究してる者とすれば恰好のテーマなんだが・・・そんな人はいないか?

オーストラリアのミッシング・リンク、イギリスでは4ADやミュート・レーベルといったあたりからレコードを出していたが、オーストラリアではあまり受けそうな気がしない音楽性だと思うよ。実際はどうだったんだろうね。

このバンドはとにかくルックスがカッコ良くてファンも多かったに違いない。野生児のようなボッサボサの髪の毛を逆立てたニック警部、じゃなかったニック・ケイブ。堕天使か悪魔か?というほどの退廃した美形なのにノイズ界のジミヘンみたいなギターを弾くローランド・ハワード。堕天使の写真がなかったから一部想像でね。ちんぴらヤクザよりはちょっと格上に見えるミック・ハーヴェイ、そしていつもカウボーイ風のトレーシー・ピュウ、各メンバーの個性が際立っていたね。

彼らの得意とする音楽はどこかの部族っぽいビートに耳障りなギター、そしてニック・ケイヴの荒れ狂う雄叫びのようなヴォーカルというフリー・スタイルなもので、これまでのロック的完成度とは対極にあるような不安定なもの。オルタナティブというジャンルの中でも当時は「ジャンク系」「カオス系」みたいな分類されてたけど、今はそういうジャンルの呼び名はないみたいだね。

活動してた時代としてはネオ・サイケやポジティブ・パンク(ゴシック)あたりと同時期なんだが、この辺とは全然違った路線、でも暗黒面を目指してるという点では一致していて、フォロワーにもどっちつかずのバンドもいて(アウスギャングとか)部外者が理解するのが難しい音楽だったね。

で、この「Sonny’s Burning」はバースデイ・パーティとしては最後の方の曲なんだけど、全然枯れてなくて相変わらずのズンドコ・リズムが心地良い。後にバッド・シーズとなって大人な曲を得意となってしまうニック・ケイブの一番輝いてたのが、このバースデイ・パーティの時代だと思うよ。
さあみんなで、ソニー(誰?)と一緒にバーニング。燃やしてしまえ。

次はヴィジュアル系ネオ・ロカビリーとして名高いロカッツのそのものズバリ「Burning」。
どこからどこまでがネオ・ロカビリーの時代になるのかは不明だが、アメリカで元タフ・ダーツのロバート・ゴードンがロカビリーを復活させたのが1970年代後半の話。
リーヴァイ&ザ・ロカッツがロンドンでデビューしたのもこの頃なので、まあ元祖と言っても良い存在なのは間違いない。しかしリーヴァイ&ザ・ロカッツはルーツを求めてアメリカへ、逆にアメリカのバンド、ストレイ・キャッツがイギリスにやってきてネオ・ロカビリーはブームとなった。
リーヴァイ&ザ・ロカッツはその世界では成功したものの、古いロカビリーやよりルーツ的なものを求めるメンバーとパンクやニュー・ウェイブも取り入れたロカビリーに挑戦したいメンバー、そういう方向性の違いで解散。

で、色んな物を取り入れたかった方のメンバーが新たに作ったのがリーヴァイ抜きのロカッツというわけ。
何かひと言で説明済んだのに長々書いてしまったなあ。
初期ワイアーのプロデューサーで知られるマイク・ソーンがプロデュースし、これまでのネオ・ロカビリーの常識を覆すシンセサイザーなども取り入れたロカッツ。
クラブヒッツとして名高い「Make That Move」によって全世界で大々的に知られるようになるけど、バンドとしては三大キャッツ(ストレイ・キャッツ、ポールキャッツ、ロカッツ)の中では一番順風満帆ではなかったという印象があるね。
この曲も「Make That Move」の延長線上にあるような曲でウッドベースさえ弾いてない、曲調はまるでビリー・アイドルみたいだし、言われなければネオ・ロカビリーだと気づかないよね。
同じように化粧っ気のあるポールキャッツがロカビリーっぽくない曲のカヴァーなどでニュー・ウェイブのファンまでを虜にしていた時代だけど、こういう異種の音楽のミクスチャーから新たなヒントが出てきて、後の時代に影響を与えてゆくのはいい事だと思うよ。

福岡に住んでいる時にはネオ・ロカビリーやサイコビリーばかりを聴いててサイコ刈りにしていたROCKHURRAHだが、ガスコンロの点きが悪くてカチカチしてたら、急にボッと火が出て前髪が燃えてしまったという恐怖体験(大げさ)がある。ちょっとチリチリでプリンスみたいになってしまったよ。
というわけでリーゼントもサイコ刈りもバーニング注意。

日本であまり使われる事のない言葉だと思っていたが意外なところにバーニング・メンが潜んでいた。
80年代初頭にP-MODEL、プラスチックスと共にテクノポップ御三家として知られていたヒカシューの「何故かバーニング」だ。
テクノポップの元祖とも言うべきYMOは既に一流ミュージシャンだった3人によるものだったが、その後に出てきたこの御三家などはそこまで機材を揃える事が出来なかったのか、テクノとは言っても通常のバンド形態に電子楽器が加わるだけというお手軽な編成。そのチープな具合が逆に効果的に奇妙なテイストを打ち出していた。

ヒカシューの場合は元々演劇や映像の分野で才能を発揮していた巻上公一によるバンドという事で、奇抜さでは際立っていたね。不思議な歌詞に奇妙な旋律とエキセントリックな歌、不気味でグロテスクなのに笑えてしまうところが魅力でもあり嫌われる部分でもあるな。

ROCKHURRAHは前に書いたこの記事に出てきた同級生に借りたレコードによってこのバンドを知った。
熱狂している音楽が他にも多数だったのでそれほど聴いてはいないが、SNAKEPIPEはもっといっぱい聴いていて、歌詞もスラスラ出てくるほど。よほど聴き込んでいたんだろうね(笑)
ではこの曲に限ってはSNAKEPIPEと一緒にバーニング。

今回は珍しくパンクに始まってパンクで終わる事にしよう。
どちらかと言うと変わり種や人があまり言及しないバンドばかり拾い集めて記事を書くのがいつものROCKHURRAH流なんだけど、あまりマイナー過ぎると動いてる映像がなかったりする。それじゃ退屈だろうから、少しは気を遣ってるつもりだよ。

最後のバーニング・メンはラッツの「Babylon’s Burning」にしてみた。
ユダヤ教やキリスト教的な土壌がない日本ではバビロン、バベルなどと言っても大多数の人には意味を持たない単語だろうけどね。由緒正しい(?)レバノン幼稚園出身というROCKHURRAHにしてもさっぱりわからないよ。 関係なかったか?

関係ないついでに語るならば、バベルの塔に住んでいる「バビル2世」という横山光輝の漫画を思い出してしまった。5000年前に地球に落ちてきたバビルという宇宙人の子孫がなぜか日本人で悪の帝王ヨミと戦うというメチャクチャな設定の漫画だったが、巨大ロボットや謎の生命体などの下僕を使いこなすのが目新しく、ヒットしたものだ。
SFなのに主人公バビル2世やヨミの顔が髪型を変えたらそのまま「三国志」に登場してもおかしくないところがいかにも横山光輝。設定を変えても基本キャラクターがどれでも同じというパターン。ある意味、設定を変えてもブログの構成がいつも同じというROCKHURRAHとも通じるものがあるな。
ちなみに横山作品では七節棍(7つに分かれ自在に繰り出す武具)を操る片目の武芸者が活躍する異色時代劇「闇の土鬼」や、中国に渡った日本人が馬賊のリーダーとなる異色冒険漫画「狼の星座」が好きだった事も思い出した。キャラクターはやっぱりどれも「三国志」なんだけどね。
「狼の星座」の影響で南部十四年式という拳銃のモデルガンをぶっ放してた少年時代だったのを思い出す。

かなり横道にそれてしまったが、ラッツは70年代ロンドン・パンクの第二世代くらいに活躍したバンドだ。
ヴォーカリストのマルコム・オーウェンのしゃがれた声と骨太の力強い音楽、そしてレゲエにインスパイアされた曲調もあることから、クラッシュの後継者というような位置付けにあったバンドだったな。
レコード・デビューが出遅れた(1979年)事とマルコムがヘロインにより死亡してしまった(1980年)ために、全盛期の活動期間が非常に短かったバンドだという印象だが、今回選曲した代表曲「Babylon’s Burning」はパンク史に燦然と輝く名曲で人気も高い。
明るい曲があまりなくてダークで荒削りなのが魅力だったね。
さあみんな、バビロン(どこ?)でバーニング。燃やしてしまえ。

新シリーズなどと言って勢いで始めてしまったけど、見事なまでにいつもの他の記事と同じ路線になってしまったな。まあそれでも書いてる本人が飽きないように続けてゆこう。

それでは、またやーさい(沖縄弁で「またね」)。

ふたりのイエスタデイ chapter11 / Depeche Mode

【80年代のデペッシュ・モードが分かる映像だね】

SNAKEPIPE WROTE:

最近はとんとご無沙汰だけれど、以前はライブハウスに行くのが大好きだったSNAKEPIPE。
ファンだったROBINが2011年に解散してしまったのが理由だね。
あれからもう6年経ってるとは…。
観に行く(聴きに行く)だけで、自分で楽器を弾いたことはほとんどない。
ROCKHURRAHは弦楽器が得意で、現在もギター数本が家にあるんだよね。
最近弾く機会はなくなっているけれど。
そのROCKHURRAHから教えを受け、少しだけウクレレに挑戦したことがあったっけ。
練習を重ね、「I Fought The Law」を弾けるまでになったのは嬉しかった。(笑)

もちろんウクレレの定番「あ〜あ〜あ、やんなっちゃった〜」も練習したけどね!(ぷっ)
中学生の頃に一度だけギターを練習したことあったけど、練習本の一番最初が「荒城の月」で、ちっとも楽しくなかったんだよね。
コードが簡単だから、という理由なのかもしれないけど、もう少し「弾ける喜び」が感じられたら続けられたのにね?
そんなSNAKEPIPEなので、楽器に関しては完全に素人!
それなのに、一度だけバンドを組んだことがあるんだよね。(笑)
今回はその経験を元に「ふたりのイエスタデイ」を書いてみよう。

高校生だった今から数千年前にタイムスリップしてみよう。(おおげさ)
美術部に所属していたSNAKEPIPEだけれど、当時の最先端だったニューウェーブにどっぷり染まっていた「とんがりキッズ」(死語)だった。
髪の毛は刈り上げ、文学と音楽(ニューウェーブ)の話に花を咲かせながら絵を描く女子高生。
美術部の同級生は皆同じ趣味を持った仲間で、放課後が楽しい時間だったなあ。
美術部の活躍する場といえば、文化祭!
どうしてそんな話になったのかは覚えていないけれど、「バンドをやろう」ということになった。
文化祭は美術部としての活動だけでも忙しいはずなのに、加えてバンドでも参加しようと考えるとは出しゃばり過ぎだよね。(笑)

SNAKEPIPE以外に他2人の美術部員に加え、もう1人ニューウェーブ好きの同級生が入って4人で即席のバンドが結成された。
皆すっかりやる気になり、2名がキーボード、ベースが弾ける人が1名、ドラムはリズムボックスという編成になる。
ニューウェーブ好きだった同級生がリズムボックスやキーボード類の機材を持っていたこと、美術部員の1人は元々バンドでベースを担当していたというのが理由なんだけど、即席にしては「ニューウェーブらしい」感じになってるよね?
そしてなんとSNAKEPIPEは楽器全般ができないので、ボーカルとして参加することになったのである。

ここでSNAKEPIPEは演出を考える。
照明を消し、演奏している自分たちに向かって花火の映像を映すことにしたのだ。
市のライブラリで16mmフィルムの花火映像を借り、高校にあった16mm映写機を使用することで実現できるからね。
花火映像は、SNAKEPIPEが16mmフィルムの映写資格を持っていたことで借りることができたはず。
そんな資格持ってたんだよ。(笑)
どうして花火にしたのかというとアンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイヤモンド」に印象的なシーンがあったから。
当時は古い映画をよく鑑賞していて、影響受けてたんだよね。

バンド名も考えたっけ。
「Orchestral Manoeuvres in the Dark」の長いバンド名が非常に気に入っていたので、負けないくらい長くて不条理な名前にしようと熟考したなあ。
その結果「Muslim For The Mind Strangeness」という名前にしたんだよね。
女子高生だったSNAKEPIPEの単なる言葉遊びで、宗教的な意味は全くないので4649!

肝心なのは「どの曲にするか」だよね。
これもSNAKEPIPEの独断だった。

The Stranglersの「All Roads Lead to Rome」という曲なんだけど…。
前述したようにギターが不在、そして当時がニューウェーブ全盛だったということを考慮しても、どうしてこの曲にしたのか不明だよね。(笑)
この「ささやき」のようなボーカルをSNAKEPIPEはどのように表現したのか?
しかも歌詞は「聞き取り」だったはずなので、苦労しただろうね。(笑)
唯一分かるのはタイトルにある「すべての道はローマに通ず」だけだからねえ。
他の友人達もよく賛成してくれたよ。

もう1曲はニューウェーブ界のお坊ちゃま集団Depeche Modeの「Meaning Of Love」だったね。

この曲もギターなしで全く問題ないよね?
バンドで演奏するにはボーカルが大人しいから、実際にはパンク風に叫んでいたと思う。
花火映像に染まりながらのデペッシュ・モードのパンク版。(笑)
この時の文化祭はバンド参加希望が多くて、審査を通過した数組だけが演奏できることになっていた。
その審査での一幕での出来事である。
選曲、演出、演奏全てが上手くいったと自画自賛していたけれど、実際には全く理解されなかった。
「照明を消す」という点にも高校側から難色を示されたし、映写機の準備などに時間がかかったのもマイナスだったのかもしれない。
田舎の高校だったから、というのももちろんあるだろうね。(笑)
当然のように審査は通らず、バンドはその時の1回限りで解散となった。(笑)
高校を卒業してかなりの年月が経ってから、同じ高校に通っていた同級生から「何がしたいのか分からない集団に見えた」と言われたことがある。
その人は数年経ってから分かってくれたらしいけど。(笑)

ニューウェーブの波は高校時代で終わり、SNAKEPIPEはそれ以降はパンクの道に進む。
やっぱりデペッシュ・モードをパンクで歌ったことが原因かな?(笑)
デペッシュ・モードに再会するのはそれから何十年も経った大貫憲章さん主催のロンドンナイトである。

カバー曲だけど、よりポップなダンスチューンに変身してるよね。(笑)
「これは?デペッシュ・モード!」
突然耳に飛び込んできた懐かしいメロディラインに、かつてニューウェーブに熱狂していた青春時代が蘇る。
やっぱり80年代いいわ!と改めて認識した瞬間だったね。

デペッシュ・モードは現在も活動を続けているようだ。
Wikipediaによれば、ここに来るまでには自殺未遂、薬物依存、アルコール中毒など「お坊ちゃま集団」とは無縁のはずの単語が並んだ人生を送っていたようだ。
そういった苦難を乗り越えてきたせいなのか、最近の音は80年代とはまるで別物!
あの頃のデペッシュ・モードを期待して聴くとびっくりしちゃうね。
それでも現役で続けている姿を見ることができたのは良かったよ。

80年代、デペッシュ・モードはヒット曲を連発した大スターだった。
SNAKEPIPEも好きな曲がたくさんあるよ!
最後はその中の1曲を載せて終わりにしようか。

ニューウェーブはやっぱり良いね!(笑)

ニッチ用美術館 第1回

【NHKもビックリ?ROCKHURRAH制作の番組タイトル。】
ROCKHURRAH WROTE:

新企画、つまり通常のブログで言うところの「カテゴリー」みたいなものを新たに作りたいと思って日夜考えていたよ。
ウチの場合はブログの右サイドバー「シリーズ記事」というのがそれに当たるんだけど、タイトルだけ見ても一体何について書いてるかさっぱりわからないね。記事一覧の上の方には一応概要みたいなのは書いてるんだけど。

まあそれはともかく、その新シリーズ。
SNAKEPIPEとの企画会議(大げさ)の末、やりたい方向性は早い段階から決まってたんだが、インパクトのあるタイトルが思いつかなくてなかなかお披露目出来なかったという企画だ。
「悩んだ末のタイトルがこれか?」と呆れる人も多かろうが、題して「ニッチ用美術館」に決定。

ニッチ(Niche)とは「自分の適所」「隙間」みたいな意味らしいが、少なくともROCKHURRAHは日(ニッチ)常的に使った事はない言葉だな。適所も隙間も大好きなくせにね。
近年は「ニッチ市場」「ニッチ産業」みたいにビジネスの世界でよく使われる言葉だとの事。

「市場規模が小さく、誰も手を付けていない分野」まあ、つまりアレだな。

“今どき大半の人が欲しがらないような80年代のレコードをそれなりの高値で売る”
我がROCKHURRAH RECORDSがやってる事もまさにニッチ市場のど真ん中にあるということか・・・。
しかし、あまりにも高踏的にニッチを狙いすぎて大失敗した例がウチってわけだろうな。

この企画で何をやりたいかと言うと、その隙間から70〜80年代のレコードを拾い出して来て、キュレーターとなったROCKHURRAHがレコードのジャケット・アートについて語ろうという目論見なのだ。
うーん、我ながらいい着眼点だな(笑)。
取り上げたアーティストが好きかどうかより、ジャケットの良し悪し次第で選ぶってのが今までにない試みだね。

前にこの記事で書いたけど、イチイチ読み直す人はいないと思うのでROCKHURRAHの言葉を引用しておこう。

ジャケットというのは絵画や写真だけの作品とは違って完全に正方形の中で展開するアートで、ほとんどの場合は絵や写真だけでなくアーティスト名やタイトルまでを含めたトータルなグラフィック・デザインだ。 ROCKHURRAHに限らず、古今東西でこのジャケット・アートワークに魅了された人は数多く存在しているに違いない。

そういう観点でジャケット・アートを収集してみたので、いつもの音楽主体のブログとはちょっとだけ違った趣きになるに違いない(希望)。
では順路沿いに展示を見てみようか。

ROOM 1 斜めの美学
まずはROCKHURRAHもSNAKEPIPEも大好きなロシア構成主義とダダイスムに影響を受けたデザインから。アレクサンドル・ロトチェンコやエル・リシツキーは知らなくても、現在でも色んなデザインで使われているはずのスタイルなので「こういう感じのデザイン見たことあるよ」って人も多いだろう。
そういうわけで実はこの手のレコード・ジャケットはどの時代でも意外と多数存在しているし、絵心がなくてもレイアウトがうまければ案外作れてしまうというシロモノ。
もちろん人をうならせる作品を作るにはセンスがないと出来ないとは思うけど。

個人的な好みで、この企画でもこれから何度も出てくるデザインだと予想出来るが、白またはクリーム色、黒、赤という色使いと斜めの使い方がポイントになる。

ウチの二人とも無条件に好きな形式なので、最初に語るにはふさわしいジャケットだね。
ちなみにROCKHURRAHのブログやショップでもこういうスタイルをマネたっぽいデザインを使ってるんだが、知ってた?え?マネがヘタ過ぎて気付かなかった?

このアルバムはスペインのインダストリアル・ノイズ・バンド、エスプレンドール・ゲオメトリコ(ジオメトリコ)の作品。
「Moscú Está Helado」という曲のオリジナル以外は全て他のアーティストによるリミックスの競演という趣向となってて、まさにこの曲づくしの大会となっている。
原曲は初期のキャバレー・ヴォルテールあたりを思い出す、なかなかカッコイイ曲なんだが、基本が同じ曲の別ヴァージョンばかりなので、よほど愛してやまない人以外はもう勘弁してくれ、と言いたくなるよ。

エスプレンドール・ゲオメトリコが出てきたのは1980年代初頭。
スペインはニュー・ウェイブ的土壌があまりない国だと思ってたけど、英米でまだインダストリアルな音楽がそれほど出てなかったような時代によくぞやった、と喝采を送りたくなるよ。

このユニットは他にも「これぞインダストリアル」というようなジャケットで多数出してるから、きっとアートワークにもこだわりがあるんだろうね。
しかしなぜスペインなのにレーニンでモスクワ?

ROOM 2 破損の美学
こちらも同じ色使いだがロシア構成主義とは違った表現方法。

見てわかる通り、ダンボール箱そのものに印刷したというのが面白い。
現代アートでミクストメディアという手法がよくあるけど、こちらのジャケットは本来は実用で使うだけのダンボールをデザインっぽく作ってみただけ。
別にこのジャケットが先駆者なわけではなくて、そういうアートを試みた人は多数なんだろうね。

世の中のほとんど全てのモノには何かのデザインがある。
それが全ていいデザインとは言えないけど、思いもしないところで素晴らしいデザインに出会ったりするのが楽しいよね。
以前は職業柄、海外からのダンボール箱が毎日届くような仕事をしていたが、中に「これは」というカッコイイものがあったからね。このジャケットみたいにステキなダンボールが送られてきたら、捨てずに取っておきたくなるよ。
しかし角が破れて到着はいかんな。写真撮って配達業者にクレーム入れないと。
※本当に破れてるわけでなく、破れたダンボールの写真を使ってるだけだったような記憶がある。説明するまでもなかったか。

このずさんな配達業者を使ったのがフランスの伊達男集団、レ・ネグレス・ヴェルトのジャケットだ。
ウチがよく扱う80年代よりはちょっと後の時代、80年代後半から90年代前半にかけて活躍した。
ちょうど同じ頃に活躍したマノ・ネグラと共に「フランスのストリート・バンドがすごい」と噂になり、ワールド・ミュージックのヴァリエーションのひとつとして日本にも紹介されて人気を誇ったもんだ。見た目が素晴らしくカッコ良かったもんね。
さまざまな音楽をごちゃ混ぜに取り込んで、エキサイティングなステージをしたマノ・ネグラよりはこちらの方がいかにもフランスの民族音楽っぽくて大人の雰囲気、好き嫌いが分かれるところ。
どちらのバンドもミクスチャー系ではあるんだが、パンク、レゲエ、スカ、ロカビリー、テックスメックス、ラテンなど分かりやすい要素が多かったのがマノ・ネグラ。
対するレ・ネグレス・ヴェルトはラテンはラテンでも、詳しくない人にとっては違いがよくわからんようなミクスチャーがなされていて、ごちゃ混ぜ具合に整合性があったように感じた。あくまでも個人的見解だけどね。
このいやらしい歌声が大好き。

で、上のジャケットの作品は彼らの曲を他の人がリミックスしたものばかりが入ったものだった。
ROCKHURRAHはあまりリミックス物は好きじゃないけどCDで持ってたな。

トリック・アートみたいなプロモーション・ビデオもクオリティ高くて、メンバーもまるでジゴロかヒモ・・・いやいや俳優のようなカッコ良さだったから人気があったけど、メインだったヴォーカルのエルノが薬物で死亡。
その後も続いたけどいつのまにか人気なくなってフェードアウトしてしまった感じがする。

1stシングルだけだったのかどうかは覚えてないが、メンバーに犬がいて、ちゃんと声も入ってる(メンバー・クレジットにも名前載ってる)から、愛犬家にもオススメのバンドだワン。
伊達男に似合うような犬だったけど、ROCKHURRAHとSNAKEPIPEだったら断然サモエド犬にしたいな。
え?ウチの好みはどうでもいい?

ROOM 3 赤黄の美学
これも大好きなジャケット。
最初のところでロシア構成主義などと口走ったので、以降も既存のアート様式と絡めた文章を書くと思ったら大間違い。美学生でも美術部でもないし、アートの事などそんなに詳しくはないのだ。
ただ自分の好き嫌いだけはわかるから、何かコメント出来そうなものだけ展示してゆくだろう。
こんないいかげんでもニッチ用美術館では館長であり学芸員、いい身分なのだ。

形式でいくとどこのジャンルに含まれるのかはわからないけど、やっぱり1920年代くらいのヨーロッパによくあったデザインという気がする。
その手のモダニズム広告とかを集めた画集を持ってて、そこに出てきたようなのと似てるから。
日本にも大昔には片岡敏郎というすごいコピーライターがいて斬新きわまりない広告を作っていたが、日本でも外国でも、この商業デザイン業界が当時の最先端のアートやタイポグラフィ、キャッチコピーなどをいかに貪欲に取り入れていたかは少し調べれば誰でもわかる。それに比べて今のCMのていたらく、カッコ良さもアートも何もないよな。ん?ジャケット・アートとは特に関係ない話だったか?

アーティスト(バンド)がレコード制作のどこまで関わるのか、あるいはどこまで口出し出来るのかは不明だが、音楽だけ作って「ジャケットは任せるよ」みたいなのはちょっといただけない。
「さすが曲がいい、ジャケットもいい」などと思ってたのに、バンドの方はアートワークに一切関与してなかったなんて聞くと悲しくなるもんね。このジャケットはどうなんだろうね?

このステキにレトロなジャケットはドイツのニュー・ウェイブ(ノイエ・ドイッチェ・ヴェレ)の有名バンド、フェールファーベンのシングルだ。
フェールファーベンについては「映画の殿 創刊号 レヴォリューション6」でも書いたが、ノイエ・ドイッチェ・ヴェレと呼ばれた音楽の中でも活動歴が古く、パンクからニュー・ウェイブ時代に大活躍した。
ジャケットだけでなくROCKHURRAHの大好きなバンドでもある。

ここに収録された「Ein Jahr」は代表曲のひとつだが、サックスやふざけた電子音が入った一見、軽薄なナンバー。
ちょっとファンカ・ラティーナとかディスコっぽく聴こえるけど、歌い方はパンクだし、声も素晴らしいね。
ノイエ・ドイッチェ・ヴェレのバンドは英米とは敢えて違う手法で個性や音楽性を確立したのが多い印象だけど、フェールファーベンはオースドックスな実力で英米に引けを取らなかったのがあっぱれだよ。

ROOM 4 無残の美学
この手の写実的な画風は本来あまり好きじゃないんだけど結構陰惨な絵だな。

子供の頃に好きだったフランク・フラゼッタ(「英雄コナン」シリーズの表紙などで有名な画家)。
レコードを買った頃はそのフラゼッタに似てると思ったもんだが、このジャケットの絵のほうが時代はもっと前だった。

知ってる人にとっては有名な絵なんだろうけど、ジョルジュ・ロシュグロスの「Ulysse ordonnant la mort d’Astyanax」という作品らしい。
歴史的な首チョンパの無残絵を得意としてたのかどうかも不明だが、画像検索するとエキゾチックな妖艶美女も得意にしてた模様だね。

こういういかにも絵画なジャケットだと聴く前に先入観を持ってしまうけど、プログレかヘビメタか?こんなジャケットでまさかテクノやアコースティックは想像するまい。いずれにしても明るく爽やかな音楽じゃないのは間違いないね。

この絵をジャケットにしたのは1980年代前半にデビューしたアメリカのポジティブ・パンク/ゴシック系バンド、クリスチャン・デスです(お約束)。
キリスト教徒の国でこのバンド名をつけるだけで勇気がいるとは思うけど、見た目も音楽も当時のアメリカではあまりいないタイプの暗黒なもの。
アンチ・キリスト的な主題の暗い音楽と不気味な白塗り化粧、そういうのがポジティブ・パンク(ポジパン)の代表的なイメージだけど、このバンドもまさにその傾向のど真ん中にあった。

元々アメリカではデスメタルでよく見かけるような安っぽいジャケット(下のYouTube)で発売されていた1stアルバム「Only Theatre Of Pain」だが、フランスのL’Invitation Au Suicideという暗黒音楽を得意とするレーベルよりまるで違う装丁(上のジャケット)で発売されていて、ROCKHURRAHはそっちの方を買ったんだよね。アメリカ盤のまんまだったら絶対手を付けてなかったと思う。

L’Invitation Au Suicide(自殺へのいざない)という不謹慎な名前のついたレーベル、インビタシオン、個人的にはひどく懐かしいよ。
このレーベルにはレ・プロヴィソワールとかペルソナ・ノン・グラータ、サートゥン・ジェネラルなど、好きなバンドが多くて特に注目していたわけだ。
レーベル買いでクリスチャン・デスにたどり着いたというわけ。

インビタシオン盤の方は中にマックス・エルンストの作品などが印刷された割と豪華な冊子が入ってて、その辺にもそそられたよ。オマケ付きには弱いのじゃ。

ジャケットに注目するという今回の企画だから映像も音声も要らないんじゃなかろうか?という気もするが、やっぱりROCKHURRAHはいつも通りになってしまうな。
「Romeo’s Distress」は1stに収録の代表曲で、この鼻声も重厚な演奏も素晴らしい名曲。
イギリスで言うならスペシメンあたりに近いテイストなのかな。
バンドは長く続くがヴォーカルのロズ・ウィリアムスは後に自殺、一番良かったのがこの1stの頃だったね。
時代全体がこの手のバンドを受け入れていたからね。

ROOM 5 五輪の美学
これまたノスタルジックな絵柄で、こういうのばかりが好きな奴だと誤解されてしまうな。
フェールファーベンのと色調も似てるので、黄色と赤が好きなのねと思われてしまうかも。

こういう絵柄は何年代なんだろうか?美術に詳しくないので、見てすぐに「○○っぽい」と言えないところがもどかしいが、誰が見てもわかる通り、これはオリンピックをモチーフにした絵画らしい。

これはスコットランドの有名なパンク・バンド、スキッズの2ndアルバムのジャケットだ。
リリースされたのが1979年なので1980年のモスクワ・オリンピックに先駆けてのものなのか?と勘ぐったが、Wikipediaには「The album was initially released with an Aryan album cover reminiscent of the 1936 Olympics, complete with Germanic Gothic-style lettering. 」と説明されており、特に関係なかったみたいだね。

同じ頃にD.A.F.(Deutsch Amerikanische Freundschaft)の2ndアルバムやモノクローム・セット、オーケストラル・マヌーヴァース・イン・ザ・ダークなどで知られるDindiscというレーベルのコンピレーションでも(なぜか)冬季オリンピックっぽいジャケットが使われていて、これまた同じ年に開催されたモスクワ・オリンピックとはあまり関係なさそう。そういうジャケットがブームだったのか?

スキッズについてもウチのブログでは何度も書いているけど、応援団のような男っぽいコーラスと壮大な曲調、スコットランド民謡を取り入れた音楽は、元・応援団員という意外な過去を持つROCKHURRAHの琴線に触れる大好きなバンドだった。
特にこの2ndアルバムはこれまたROCKHURRAHの心の師匠、元ビー・バップ・デラックス、レッド・ノイズのビル・ネルソンがプロデュースしていてポイント5倍。

このROCKHURRAH好みのジャケットなんだが「シンセサイザーが入りすぎててギターの音が小さい」などとメンバーからクレームが出て、ミック・グロソップ(パンク、ニュー・ウェイブで活躍したプロデューサー)がミックスし直したものが後に出た。ついでにジャケットも違ったのに変えられてしまって、まさに期間限定の貴重なものとなった。
人の好みは色々だろうけど、ROCKHURRAHは断然こっちのオリンピック・ジャケット盤の方が好きだな。
ビル・ネルソンと言えばスキッズのギタリスト、スチュアート・アダムソンの師匠格に当たる人なのに、よくダメ出ししたものだよ。

新企画と銘打った割にはいつものROCKHURRAHのシリーズ記事と大して変わらなかった気がするな。
ただし、若い頃からずっとレコード・ジャケットの魅力には取り憑かれていたので、こうやってまとめる機会が出来たのは嬉しい。これからも色々なジャケットを紹介してゆこう。

それではまた、ピル・ミレーンゲー(ヒンディー語で「またね」)。