映画の殿 第15号 映画の中のニュー・ウェイブ02

【今回は絶体絶命の男たち特集?】

ROCKHURRAH WROTE:

前に予告した通り「映画に使われた70年代パンク、80年代ニュー・ウェイブ」という企画の第二弾を書いてみよう。
やっぱり似たような音楽ネタばかりやってしまうなあ。
映画を観て感想はこれだけ、というほどじゃないんだが、真面目な感想を書くとなるとおそろしく時間がかかってしまうのがROCKHURRAHのいつものパターン。
だから評論でも感想でもない、違った視点で映画を語ってみようというのがこのシリーズの主旨なのだ。

さて今回、最初に語ってみたいのがいきなり映画じゃなくて、しょっぱなから視点が違いすぎという気がするが「ブレイキング・バッド」から。
数年前に大ヒットしたアメリカのTVドラマで日本でも中毒者が続出した、きわめて毒性の高い作品だ。
「ツイン・ピークス」以外の海外ドラマに見向きもしなかったし、日本のTVドラマはなおさら観ないSNAKEPIPEとROCKHURRAHが毎週末を楽しみにして(リアルタイムではない)観たのも記憶に新しい。
結局、まとまった感想はブログでは書かなかったが、前に書いたこの記事で少しだけ触れているね。

ガンを宣告された高校の化学教師ウォルターが、生きている間に家族に財産を残すために考えたのがメタンフェタミンという覚せい剤を製造、販売する裏事業。
元、教え子のジェシーを勧誘してトレイラーでこっそり作りまくる週末。
このジェシーが問題児でトラブルメイカー、ことあるごとに反発してくる。コンビとしては最低の結束力でスタートをする。
ウォルターは今でこそしがない教師だが、過去には素晴らしい業績を残した優秀な科学者という設定だ。だからメス(メタンフェタミン)を作るのも完璧にこなし、純度の高いメスは「ブルー・メス」と呼ばれ市場に出回り、口コミで評判を得てゆく。
作ったメスはさばかなきゃ商売にならない。その売人として現れるのが最低の奴ら。
物語の終了までに売人どもの元締めが何人か現れ、大掛かりな組織も出てくるが、ビジネスの常でどんどん敷居が高くなってゆき、欲に目が眩んだ売人たちとの抗争はエスカレートしてゆく。
ボンクラ弟子のジェシーとも毎回のように争いが絶えず、付いたり離れたりという展開に目が離せない。
こういう裏稼業を家族に内緒で始めて、表向きはいい夫、いい父親でいようとするんだが、いつかは破綻するに決まってるよね。妻や息子に隠すために毎回ウソをついて、そのウソによって自分ががんじがらめになってゆく。おまけにウォルターの義弟ハンクは麻薬取締局DEAのリーダー格であり、ものすごい執念でブルー・メスとそれを作った謎の存在(つまりウォルターなのだが)を追い詰めてゆく。
こういうのが幾重にもからみ合って複雑なドラマになってゆくんだが、最後の方はもう後戻り出来ないところまで行って、共感出来るどころかTVドラマ史上最も憎まれるキャラクターにまでなってゆく過程がすごい。
善良な市民だった主人公が一番の怪物になってしまうというわけ。

このドラマは映像や音楽も色々と凝ってて興味深いけど、今回紹介したいのはこれ。

これは一体何のシーンなのか観たことない人にはさっぱりわからないだろうが、左のハゲが主人公のウォルター。ベッドに座っているのが息子、右のハゲがDEAの義弟ハンク。そしてみんなで観てるのが変な男の変な映像というシーンだ。本来なら家族なごみの時間というシーンなのになぜウォルターはこんなに苦悩の表情なのか?関係ないけどこのドラマ、主要登場人物のハゲ率高すぎ。

途中からジェシーの代わりに麻薬密造の弟子になるゲイルという男がカラオケで歌っているのがピーター・シリングの大ヒット曲「Major Tom」だ。日本ではほとんどこの曲だけでしか知られてない一発屋だな。

「ロックバルーンは99」を大ヒットさせたネーナ、「ロック・ミー・アマデウス」や「秘密警察」を大ヒットさせたファルコなど、80年代初期になぜか英米ではなく、ドイツ語圏から世界的にポツッとヒットしたシンガーが何人か現れていて、この曲もそのひとつだと言える。
ROCKHURRAHがよく語ってるドイツ産のニュー・ウェイブ、ノイエ・ドイッチェ・ヴェレをすでに聴いてしまった後ではドイツ語のロックもポップスも特に目新しいものではなかったが、一般的にはドイツ語の違った語感が斬新に感じられたのかも知れないね。
ちなみにファルコはドイツではなくオーストリアのシンガーだが、ROCKHURRAHがかつて所有していたノイエ・ドイッチェ・ヴェレの三枚組アルバムには堂々と収録されていたな。
さて、この一発屋のヒット曲、メロディーに聴き覚えはあったのだが、歌っているピーター・シリングについてはほとんど知らなかったな。今回の記事を書くために改めて見なおしたがうーん、印象希薄。ここまで歌と歌手の顔が一致しない曲は珍しいかも。曲は有名なんだけどね。

デヴィッド・ボウイが名曲「Space Oddity」で創作した宇宙飛行士、トム少佐は宇宙の彼方に行ってしまったが、この曲でのトム少佐は帰還したというような内容らしい。
ニュー・ウェイブの世界の人ではないのだろうけど、曲調やSFっぽい歌詞などのムードは明らかにその路線を狙ったものだと思える。取ってつけたようなバックバンドの宇宙服と全員で首を振るヘンな振り付けはクラフトワークとDEVOとゲイリー・ニューマンあたりを意識したつもりか?
演奏は別にテクノでもエレポップでもなくa-haとかの路線。
その辺をごちゃまぜにした「なんちゃって感」が満載という気がするが、肝心の本人がブレザーに白パンツという周りを無視した若大将並みの姿。

「ブレイキング・バッド」に出てくるゲイルはウォルターと同じ化学者だが、変なこだわりと趣味を持つオタクみたいな描かれ方をしている。自撮りで陶酔したカラオケの映像を録画してたら、そりゃ大抵の人間は引いてしまうよな。しかし、そこまで重要人物とは思わなかった彼が思わぬところでドラマのキー・パーソンになるという展開は面白かった。

ひとつ目が長くなりすぎたからすでに疲れてしまったが、次はこれ。
1990年代以降のイギリス映画をリードしたのがダニー・ボイル監督。
大ヒットした「トレインスポッティング」や「スラムドッグ$ミリオネア」「28日後…」などで知られた監督なんだが、この映画はそこまで話題にならなかったのかな?「127時間(2010年 )」という作品だ。

この監督は毎回違った題材で映画を撮っていて、一貫した作風もないのに、スピード感ある演出と映像という点でダニー・ボイルっぽさを感じてしまうというのが特徴だと、ROCKHURRAHは勝手に解釈している。
具体的には走ってるシーンがとにかく多い印象。

「127時間」は実在する登山家、アーロン・ラルストンの体験を原作とした映画でストーリー自体は実に単純そのもの。
主人公はユタ州の広大な峡谷でキャニオニングというアウトドア・スポーツを楽しんでいる。個人的にはあまり耳慣れない言葉だけどトレッキングと様々なスポーツが合体したようなものか?要するに峡谷の中に入り込んで楽しむためにはそういうハードな難関を突破する技術が必要ということだろうね。しかし自然の事故で大岩に片腕を挟まれて身動きが取れなくなってしまう。
誰にも行き先を告げずに来た深い谷の中、ここを偶然に通りかかる人などいるはずもない。そういう絶体絶命で死を覚悟した彼は、持っていたビデオカメラの電池が尽きるまでメッセージ(というより日記)を残す。

広大な自然の中の密室劇で観ている方も息詰まるような緊迫感、絶望感。
たったこれだけの内容で90分ほども飽きずに見せるのは難しいと思うが、想像しただけでその恐怖はわかるだけに目が離せない。
そんなに大げさなものじゃなくても誰にだって何かに挟まって抜けなくなって焦ったような経験はあるだろう。ん?ない?ROCKHURRAHは大昔に狭い隙間に半身を入れたが抜けなくなってものすごく焦った経験があるよ。たぶん落とした何かを拾うためにやったんだと思うが、この程度でも恐怖が脳裏に焼き付いているほど。人里離れた山の中でそんなことになってしまったらどうなるだろうか?

映画の中で主人公が回想する、楽しかった思い出のシーンで使われているのがこれ。

ベルギーの70年代パンク・バンド、プラスティック・ベルトランの大ヒット曲「Ça plane pour moi」だ。
プラスティック・ベルトラン率が非常に高いと一部で有名なウチのブログだが、またまた書いてしまうな。しかもいつどの記事を読んでも同じような事しか書いてないよ。

元々はベルギー産パンク・バンドとしてかなり早い時代から活動していたハブル・バブルのメンバーだったのがロジェ・ジューレ、この人のソロ活動がプラスティック・ベルトランという事になるのか。
「Ça plane pour moi」はベルギー、フランスだけでなく世界中で大ヒットして日本でもプラスティック・ベルトランのアルバムは発売された。
アルバムのタイトル曲は「恋のウー・イー・ウー」だったがシングルではなぜか「恋のパトカー」という邦題がついてたな。どっちも同じヴァージョンなのにね。しかもどっちもどうでもいい、ぞんざいなタイトル。
とにかくものすごい数のカヴァー曲が存在していて英語版の替え歌(?)「Jet Boy Jet Girl」なども含めると星の数ほど(大げさ)。
曲自体はとてもシンプルなロックンロールなのになぜここまで多くの人の心を掴んだのか?奇跡の大ヒットとしか言いようがないけど、誰でも覚えられるキャッチーさあってこその大ヒットというわけかな。

実はこの曲、本人が歌ってなくてプロデューサーだか何だかが歌ったのを口パクしてただけというような情報もあったんだが、そんな事はどうでもいいと思えるハッピーさが炸裂する名曲だなあ。
うんちくやオタクみたいな考察は抜きにして楽しめばいいのだ、と思ってしまう。プロデューサーが歌って本人がTVに出るよりも、見栄えがしたからプラスティック・ベルトラン名義にした。そういう戦略だったのかも知れないし。
ちょっと前のゴーストライター騒動で正義感ぶってたような人間が読んだら「とんでもない詐欺師だ」などと言われてしまうかな?

前に一回書いたけど個人的な思い出としては、ROCKHURRAHがまだ故郷である小倉の住人だった頃、レコード探しにちょくちょく福岡まで出かけて行って、チマチマとパンクやニュー・ウェイブのレコードを買い漁っていた。なぜかベスト電器という家電量販店の中にすごいパンクのコーナーがあって、そこのスタンプ・カードが満タンになって獲得したのがこのプラスティック・ベルトランのアルバム「An 1」だった。いや、別にどのレコードでも良かったんだが、たまたま探してたのが見つかったから。

それから何十年経つだろうか?おとといも昨日も今日もプラスティック・ベルトランを聴いている、精神的にまるで何も変わってない自分がいる。たかが音楽だけど音楽の持つ力は偉大なり、と思うよ。プラスティック・ベルトランだけじゃなくてROCKHURRAHが普段聴いてる音楽は全てあの頃のまんまなんだよ。

今日はえらく長くなってしまったからたった2つだけでカンベンしてね。
「映画の中で使われたパンクやニュー・ウェイブについて」というテーマはいいかげんに書けるとは思ったけど結構難しい部分もあるな。もっといっぱい映画を観ないとな。
さて、今日は何を観ようかな。

Looking for Johnny ジョニー・サンダースの軌跡 鑑賞

【新宿シネマカリテ前のポスターより。あっち向いたジョニー】

ROCKHURRAH WROTE:

ジョニー・サンダースのドキュメンタリー映画が公開されるのを知ったのは定期的にチェックしているアートや映画の情報サイトで記事を見かけた時だった。
見つけた瞬間は「ああ、またか」という印象しかなく、大喜びで興奮したりというファンの心理とは程遠いものだった。

パンクやニュー・ウェイブ関係のこういったドキュメンタリー映画を今まで一体いくつ観てきただろうか?主要なものは大抵観てると思うけど、面白いと思えるものはほんのわずか。
それ以外は大体同じパターンで、予告を観た時点でほとんど内容がわかってしまうんだよね。
しかしジョニー・サンダースはROCKHURRAHの中でも特別な思い入れのあるミュージシャンなのは確か。例えドキュメンタリー映画として面白くはなくても一度は観ておきたいという心もある。期待を裏切られた時の落胆を想像しての「ああ、またか」という気持ちだったわけだ。

これはROCKHURRAHの好みだが、当時の関係者がそのミュージシャンやバンドについて語ってるばかりの形式はどれも大して興味深くない。
ひどいのになるとあまり関係あったとは思えない人間まで出てきてしたり顔で語る。
この手のパターンのドキュメンタリー映画を観ると映像や音楽もぶった切られてて、本当にこのバンドに対しての愛情があるのか?と疑うような構成のものが多いね。「これは貴重な資料だ!」などと思って観てる人もいるのだろうか?

話がそれるけどこの手のドキュメンタリーよりも面白かったのがどこまでが現実か虚構かわからないタイプのもの。ピストルズの「グレート・ロックンロール・スウィンドル」やジョイ・ディヴィジョンで有名なマンチェスターのファクトリー・レコードについて焦点を当てた「24アワー・パーティ・ピープル」、これなどは真面目に回顧するドキュメンタリーなんかよりずっと楽しめた作品だったよ。

まあそういうわけでこの映画の予想はたぶん苦手な方のタイプのドキュメンタリーだとは思ったけど、SNAKEPIPEに話したら「DVDになるかどうかわからないから行ってみよう」ということになって、まさかの公開初日、第一回目の上映に行くことになった。
「観に行ける場所にいて観る機会があるならやっぱり観た方がいい。面白いかどうかは観たから言える事だから」というのがSNAKEPIPEやこのブログにしょっちゅう登場してる友人Mの持論なのだ。言われてみれば確かにそうだ。こりゃ一本取られたよ。新宿まで電車一本で行けるんだから考えるまでもないね。

シネマカリテは新宿駅を出たすぐのところにある小さな映画館でアクセス的には最高の場所にある。実はここは初めて行くところだったが、さすがの怪しい二人(道に迷いやすい)でもすんなりたどり着いた。
かなり早い時間に着いたにも関わらず、すでに行列が出来ている。たぶんジョニー・サンダースの映画ではなく別の映画の観客なんだろうと思いはしたが、ウチは事前にネット予約しておいたからその点は安心だ。
ここでやる午前中の回を鑑賞したわけだが、入ってみると予想外、いやウスウスと予感してた通りの人種が集まってて意外と大盛況。
年齢層高くてしかもまだまだロック現役、といういでたちの客層が多いね。おそらく自称「下高井戸のジョニー」とか「阿佐ヶ谷のシルヴェイン」「新小岩のアーサー・ケイン」などなど、ここに集結していたのではなかろうか?
いかにも、ジョニー・サンダースの客層としては想像通りだよ。

ジョニー・サンダースはパンク好きの人なら知らぬ人はいないくらいの伝説のロックンローラー、死ぬまでドラッグ漬けを貫いたジャンキーなギタリストとして有名。
今ここでROCKHURRAHが語らなくても誰でも語るくらいのメジャーなアーティストだ。
映画はそのジョニーがトボトボと歩いてる映像から始まる。

1970年代初期、イギリスで流行していたグラムロックに対するアメリカからの回答、というような位置付けでデビューした異端バンドがニューヨーク・ドールズだった。
単なる化粧や女装というよりも一段と悪趣味にデフォルメされたドギツいルックスはこの当時のロックの中でもかなり異質なもの。
後の時代のドラァグ・クイーンやオカマ・バーなどで顕著なスタイルの元祖的存在かも知れない。

そしてこのニューヨーク・ドールズのギタリストがジョニー・サンダースだった。
映画の中で語られてるように「地毛であるとは思えない」ようなイビツに盛り上がった長髪でギターをかき鳴らして素晴らしくアクの強いロックンロールを奏でる。これがニューヨーク・ドールズの魅力だった。
しかしこのバンドはジョニー以外も全員クセモノ揃いで強烈なインパクトを観るものに与えていた。
「観る」などと軽々しく書いたけどその当時はビデオもDVDももちろんなく、動いてるドールズの姿を知ったのはずっと後になってからなんだけど。
※ちなみに今回採用したこれ以降の動画はどれも映画の方とは特に関係ない映像なので勘違いしないように。

ROCKHURRAHの言葉や説明なんか要らないと思えるけど、これが最も有名な全盛期メンバーの頃のライブ映像だ。デヴィッド・ヨハンセンの野太い声もジョニーのギター・プレイも最高。
そしてこの映像の一番左でフライングVのギターを弾いてるのが盟友、シルヴェイン・シルヴェイン、今回の映画でメインに回想するのが彼なのだ。
ずっとジョニー・サンダース関連を追い続けたわけじゃないから顔もその名前を聞くのも実に久しぶり、いやー太ったけどそこまで面影なくなってないね。
ニューヨーク・ドールズはセンセーショナルな話題性のあるバンドだったけどあまりに異端すぎて知名度ほどは売れなかった。メンバーのジョニー・サンダース、彼が死ぬ直前まで腐れ縁で付き合ってきたドラマーのジェリー・ノーランなど、ドラッグと深い関係にあるという問題だらけの危なさもマイナスのイメージだったようだ。そしてよくあるようにマネージメントやメンバー間の亀裂が元で解散してしまう。
ちなみに解散前の最後の時期に彼らをマネージメントしていたのがセックス・ピストルズやパンクの仕掛け人として有名なマルコム・マクラーレン。ドールズやニューヨーク・パンクの影響を受け、その後にロンドン・パンクが発生する。
ドールズの残した全部の曲が好きなわけじゃないが「Pills」や「Trash」などパンクに影響を与えた名曲は大好きで今でも愛聴している。個人的には一生古臭くない素晴らしいキワモノの世界だと思う。

ドールズと別れをつげたジョニーが次に関わったのがリチャード・ヘルとのハートブレイカーズだった。これまたニューヨーク・パンクの代名詞とも言える人物でトム・ヴァーラインとテレヴィジョン、ジョニー・サンダースとハートブレイカーズで短い間活動していた伝説のツワモノだ。自身のバンド、ヴォイドイスの「ブランク・ジェネレーション」などはパンクの世界で燦然と輝く名盤だったね。
そのヘルが去った後でジョニー・サンダースがギターとヴォーカルを務めたのが一般的に知られるハートブレイカーズというわけ。
今回の映画でも回想する役として出てくるもう一人のシンガー&ギタリスト、ウォルター・ルー、ビリー・ラス、それにジョニーとドールズ時代から一緒だったジェリー・ノーランによる最強バンド。ドールズよりもさらに薬物依存度を高めたこの危険な4人組は「L.A.M.F.」という大傑作アルバムをひっさげ、ロンドン・パンクにも影響を与えまくった不良の大御所みたいな存在だった。
ギブソンのレスポール・ジュニア、通称TVモデルと呼ばれる50年代のギターを愛用(「中國石」というステッカーが貼ってある)し、時に調子っぱずれのグニャグニャしたギター・ソロを弾く。その音色はうまいとかヘタとかを超越してジョニー・サンダースにしか弾けないような特徴を持ってて、一度ファンになった者にはたまらない魅力だった。そしてあのルックスとファッション・センス。彼の影響を受けてお手本にしたミュージシャンがいかに多いことか。

映画の中でハートブレイカーズの頃を回想するのは上の映像で左側に写っているウォルター・ルーだ。彼らの代表曲と言えば「Born To Lose」や「Chinese Rocks」が有名なんだが、この辺のライブ映像でジョニーよりもある意味で目立ってる男がウォルターだ。しかし映画の回想ではすっかり会社役員風のメガネ男になっててビックリしたぞ。マジメになったのか?
ベースのビリー・ラスはこの頃はリーゼントの老け顔でマフィアっぽかった風貌の男だったのに、回想ではパンクじじいみたいになっててこれまたビックリしたぞ。回想のインタビューは近年なのでみんな見る影もない。オンリー・ワンズのピーター・ペレットはまだマシだったがそこのギタリストとテレヴィジョンのリチャード・ロイドが二大デブおやじになってしまってるし、ああ見たくない世界。

ニューヨーク・ドールズ、ハートブレイカーズとパンクに影響を与えたジョニー・サンダースだったが70年代後半からはソロ活動も行っており、この時代はいわゆる珠玉の名曲なども残していて、ソングライターとしての才能も素晴らしかった。ボブ・ディランが「こんな曲を書きたかった」と言ったほどの名曲「You Can’t Put Your Arms Around A Memory」やシド・ヴィシャスに捧げられた「Sad Vacation」などの哀愁の曲も忘れられないね。

映画ではあまり回想されなかった(ような記憶)が、元スナッチのパティ・パラディンとジョニーの美男美女デュオによる「Crawfish」の気怠い雰囲気は個人的に大好きだった。二人で銃を撃つギャング映画風のプロモーション・ビデオも存在するんだが、画像が最低なのでここでは紹介しなかった。

そしてジョニー・サンダースは1991年に38歳で死んだ。
早すぎた死だと惜しむ声もあればドラッグまみれの人生にしては長生きだったという声もある。白血病にかかっていたという説もあるし暗殺されたという説もあるらしい。
ヘロイン漬けのジャンキーの死についてアメリカの警察はロクな調べもない、というのもリアルに聞こえるよ。そりゃそうだ。
しかし最後にシルヴェイン・シルヴェインが言ってた「アイツはその時が死ぬ時だったんだろう(うろ覚えだけどそんな感じのこと)」という言葉が最もふさわしいと思った。
その翌年、ドールズ時代からの名ドラマー、ジェリー・ノーランも死亡している。

映画は特にドラマティックなところもなく、割と淡々としたもので予想通り。しかしライブ映像なども少なくて一曲まるまる使われるシーンもなく、本当に当事者のインタビューの方がジョニー・サンダース本人の映像、特に歌ってギターを弾くシーンよりも重要という扱いがやっぱり気に食わない。「当時」などと言えばもう30年も前の映像しか残ってないのは確か。それはこの監督(スペインの監督らしい)の撮った映像ではないのが当たり前だが、もう少し音楽満載の内容であって欲しかった。
偉大なミュージシャンのドキュメンタリーは今後も同じパターンで作られ続けるだろうけど、観に来るファンは回想する人じゃなくて本人のファンなのだから、その辺をちゃんと考えた演出にして欲しいものだ。
ジョニー・サンダースの演奏は途中でフェイドアウトするくせに、エンドロールでジョニー・サンダースにまつわる別の人の歌だけはちゃんと流すというのもどうかと思うよ。
ここで元サブウェイ・セクトのヴィック・ゴダードによるそのものズバリ「Johnny Thunders」という曲がかかったのが個人的には嬉しかったのでまあいいか。ピストルズのアナーキー・ツアーでハートブレイカーズと共にドサ回りしたヘロヘロなヴォーカルの変人。

書きたい事がもっとあったはずなのに肝心な部分で何かが抜け落ちてるなあ。映画を観た当日に帰って来て感想を書くというのが初めての経験だから、不完全なのは仕方ない。
もうさすがに限界なので今日はこれで勘弁してね。
ではまた来週。

誰がCOVERやねん外伝

【音楽同様にごちゃまぜ感満載、マノ・ネグラのジャケット達】

ROCKHURRAH WROTE:

今まで同じシリーズ記事を立て続けに書いた事なかったんだが、今回は珍しく連続でこのシリーズを書いてみよう。
こないだは「あまりカヴァー・ヴァージョンが存在しない曲(またはアーティスト)」のカヴァーという難しいテーマに挑戦したけど、今回もその延長線となる。
カヴァー・ヴァージョンの曲をテキトーなコメントで紹介するだけという企画自体が安易なので、それくらいの努力はしてみよう。

前にもちょっとだけ書いたがウチでSNAKEPIPEと二人、毎週末に楽しみに観ていたのが海外TVドラマ「ブレイキング・バッド」だった。
アメリカではすでに2013年に放送終了してて、知ってる人から見れば「何を今さら」なドラマなんだが、ウチの場合は去年の後半から毎週末にだけDVDで楽しんでいた。

肺がんにかかってしまった高校の科学教師が、死ぬ前に家族に財産を残すために、教え子と二人でメタンフェタミンという覚せい剤を作り、麻薬の世界でのし上がってゆく、というのがごく簡単なあらすじだ。

科学のプロなもんだから大変に品質の高いメタンフェタミンを作る事が出来て、ブランド化された「ブルーメス」を巡っての複雑なドラマが展開する。
この設定が実にうまく生かされてて観ている者もどんどん深みにハマってゆく。
多くの人がこのドラマに魅せられて色んなところで感想とか書いてるから、SNAKEPIPEもブログ記事は書きにくいと言っていたな。結構な長さのあるドラマだけに本気で感想書いてたらすごく長文になってしまうしね。
感想文が苦手なROCKHURRAHも書けないけど、このドラマの最初の方のエンディング・テーマで2つの懐かしいものを見つけたので、今回はそれについて書きたかっただけ。

この曲の原曲はフランスで1990年代初期に大活躍したマノ・ネグラのもの。
人から勧められて見始めたドラマでいきなり自分の好きだったバンドの曲(カヴァーだが)がかかったのでビックリしてしまったよ。
マノ・ネグラはスペインからの移民、マヌー・チャオを中心にフランスで結成された多民族構成のバンドだ。

19世紀末にスペインのアンダルシア地方でLa Mano Negra(黒い手)というアナーキストの秘密結社があったそうだが、それがこのバンド名の由来となっているのだろうか。
黒手組というのはスペインに限らずセルビアにもあったそうだし、日本にも長州黒手組などというのも存在したらしい。
そう言えば江戸川乱歩の初期作品にも「黒手組」というのがあったな。
マヌーの両親が当時のスペインの独裁者、フランコから逃れるためにフランスに渡ったらしいが、脱出出来ずに捕まったり処刑されたりというやり切れない内容の映画をウチでは結構観ているな。
「ブラック・ブレッド」とか「デビルズ・バックボーン」「パンズ・ラビリンス」などもその手の印象的だった映画だ。いや、今回の話とは関係ないけど、あまりその手の事を語る機会がなかったからついでに書いてみただけ。

マノ・ネグラはパンク、ラテン、ロカビリー、スカ、レゲエ、ヒップホップ、フレンチ、ラスティックなど様々な要素を詰め込んだ音楽に英語、スペイン語、フランス語にアラビア語の歌が飛び交うという大変にエネルギッシュな音楽で元気に満ち溢れた世界。
元々が路上ライブの出身だけに、とにかく勢いとパワーに溢れたライブ・パフォーマンスは伝説となっている。

この曲はマノ・ネグラの1991年の3rdアルバム「King Of Bongo」に収録されているが、上に書いたような「エネルギッシュな音楽で元気に満ち溢れた世界」とは少し違う哀愁の曲。
イギー・ポップにおける「The Passenger」みたいなもんだろうか。
彼らの雑多なおもちゃ箱のようなアルバムには必ず郷愁あふれる曲なんかも収録されていて、見た目の力強さだけじゃない懐の深さも感じるんだよね。
しかし、サッカー好きなのはわかるけどマヌーのこのファッション・センスはひどすぎる。
とてもプロモに出る格好じゃないね。

そして「ブレイキング・バッド」の中で使われていたこの曲をカヴァーしたのがミック・ハーヴェイ、個人的には実に久しぶりにこの名前を発見してビックリしたわけだ。

1970年代末期にオーストラリアで活動していたボーイズ・ネクスト・ドアというバンドがあった。
このバンドは後で再評価されたもののリアルタイムではあまり知られてなかった。
しかし5人のメンバーがそのままバースデイ・パーティと改名、音楽性も大きく変えて、その後イギリスの4ADやMUTEレーベルで活躍して有名になった。

今ではどういうジャンル分けされてるかは知らないが、当時はジャンク系、カオス系というように呼ばれていたなあ。
原始的なズンドコしたドラムに地を這うようなベースライン、そしてヒステリックな歪んだギターにアグレッシブな部族の咆哮のようなヴォーカルが絡む、という重厚で計算出来ない展開の音楽が一部のファンの間でもてはやされた。
1980年代初期、世に言うポスト・パンクの時代、バースデイ・パーティはその中でも最重要のバンドのひとつだったのだ。

このバンドの中心人物はニック・ケイヴ(後のバッド・シーズ)なんだが、ボーイズ・ネクスト・ドアからバッド・シーズまで30年くらいもニック・ケイヴに付き合った盟友がこのミック・ハーヴェイだった。
ギター、ベース、ドラム、キーボード、ヴォーカルまでをこなすマルチ・ミュージシャンである彼は、どのバンドをやってた時でも音楽的な要(かなめ)だったに違いない。
がしかし、バースデイ・パーティの時は堕天使のような退廃的美形ギタリスト 、ローランド・ハワードがいたし、バッド・シーズにはノイバウテンのフロントマンだったド派手な半分人間、ブリクサがいたし、そもそも主人公のニック・ケイブが大変にワイルドな野蛮人のような風貌で、こういう中にいたミック・ハーヴェイにはこれといった外見上の特徴がない。
技術の割には「人を惹きつける華がない」タイプのアーティストだったんだよね。
その不遇なところも含めてROCKHURRAHは評価するよ。
バッド・シーズが渋谷のクアトロで公演した時も大迫力のカッコ良さだったしね。
ニック・ケイヴとブリクサとキッド・コンゴ・パワーズが。ん?ミック・ハーヴェイは・・・?

まあとにかく、時代によって少しずつ変わったりまた戻ってきたりしたROCKHURRAHの音楽遍歴が、偶然観たこのドラマによって不思議な邂逅をした瞬間がこの曲「Out Of Time Man」だった。
単にそれが言いたいだけで、ここまで長く書いてしまったよ。うーん、説明ヘタだなあ。

マノ・ネグラはそういう雑多な音楽性と民族性を飲み込んだバンドだったので、カヴァーするにしてもどうしてもラテン系への理解と情熱が必要。
色々と調べてみたが出てくるのはやっぱり似たような系統、編成のバンドが多かった。
たまたま見つけたメキシコのGallo Rojoというバンドもついでに載っけてみよう。

原曲は1988年発表、マノ・ネグラの1stアルバム「Patchanka」 に収録された曲だ。
この曲のヒットにより注目されてフランスのヴァージン・レーベルと契約したらしい。
ROCKHURRAHも最初に買ったのがこのアルバムだったな。
元々マヌー・チャオはホットパンツという恥ずかしい名前のロカビリー・バンドの出身で「Mala Vida」もそのバンドのレパートリーだったが、マノ・ネグラでも同じ曲をやってるわけだね。

大昔のサイレント映画のようなコミカルなPVだが、ちゃんと本人たちが演じてて役者も出来るんじゃない?というくらい完成度が高い映像。音楽以外の才能もなかなかのものだな。

で、それをカヴァーしたGallo Rojoなるバンド、あまり日本で知られてないメキシコ製のバンドだから実は書いてるROCKHURRAHも何もわかってない状態なのだ。
このビデオ見てもカッコ良さもパワーも全然ない素人っぽいバンドなんだが、アコーディオンやラッパが入ったちょっとテックスメックス+スカといった雰囲気なのかな?
他の曲のPVではピエロ風のメイクしたりドクロの被り物したり、やっぱり南米のテイストが出ていて、この辺がちょっと面白いと思っただけ。
メキシコのバンドと言えば勝手に背中から指先にまで彫られた全身刺青男たちによるコワモテ集団を想像してしまうが、このバンドにはそういう点が皆無で弱そうなところが持ち味だと見た。

軽く書くつもりだったのに今回はたった2つのカヴァーだけで時間切れとなってしまったよ。 だから正規のシリーズ記事とは別に外伝という扱いにしてみた。
次もまたシリーズは違ってもやってるパターンはみな同じという記事を書いてゆくのでうんざりしながら待っててね。

誰がCOVERやねん5

【今回も80年代ネタ満載の独自路線で頑張るっちゃ(小倉弁)】

ROCKHURRAH WROTE:

ROCKHURRAHが最も得意とする音楽ジャンルは70年代のパンク・ロックとそこから発展していった70〜80年代のニュー・ウェイブなんだが、その辺を元ネタとするカヴァー曲ばかりを特集したのがこのシリーズ企画だ。

今回の趣向としてはあまり数多くのカヴァー曲が存在しないバンドのカヴァーを敢えて選ぶ、という難題に取り組んでみよう。

しかしカヴァーがあまり存在しない理由とは一体何だろう?

  • 原曲があまりにも素晴らしすぎて、または個性的過ぎてカヴァーしても自分の無力さに気づくだけというパターン。俺って才能ないのかなあ?
  • 元ネタのバンドがマイナー過ぎてカヴァーだと大きく明記しない限り誰も気づかないパターン。明記しなかった時に限って気づくヤツ続出で盗作呼ばわりされる。
  • 原曲が駄作で、なんかこれをカヴァーした自分が情けなくなってしまうパターン。あぁ恥ずかしい。

大きく分ければこんなもんか。もっとある?ROCKHURRAHはあまり理屈っぽくないと自分では思ってるのでこれ以上は考えられないのだ。

そういう被カヴァー率の低そうなのを、その場限りの思いつきで少し選んでみたので早速進めてみようか。

原曲は当ブログでもしつこいほどに何度も出ているビー・バップ・デラックスの1stアルバム「美しき生贄」に収録されている曲。
1974年から1978年までの間に6枚のアルバムを出した英国のバンドで初期はグラム・ロック寄りの音作りをしていたが、ビル・ネルソンのSF趣味をふんだんに盛り込んだ凝った楽曲で本国ではまあまあの人気だった。そのうちギターだけではなくシンセサイザーを多用して未来派ロックなどとも呼ばれたが、後の時代のニュー・ウェイブ、特にエレクトロニクス・ポップに多大な影響を与えたバンドだ。
あまり大した事は書いてないが当ブログのこの記事で特集してるからそっちも参照してみてね。

この曲は「空間の聖地」などと邦題がついてるようだが、個人的には「ロケット大聖堂」でいいじゃないか?と思うよ。
関係ないがイメージとしては「聖マッスル」と並ぶ伝説のカルト漫画「地上最強の男 竜(風忍)」に出てきた仏塔みたいなヤツ。
何とビー・バップ・デラックスの中で唯一、ビル・ネルソンがヴォーカルを取ってない(作詞作曲も別のメンバー)という珍しい曲でもあるな。

そんな曲をカヴァーしたのが全然接点がなさそうに見えるこの人、元ストレイ・キャッツのブライアン・セッツァーだ。
今の時代に誰でも知ってるとは言えないかも、という人物だがビル・ネルソンよりはよほどメジャーだろうな。
1980年代初期に流行ったネオ・ロカビリーという音楽ジャンルの中心的存在がストレイ・キャッツだった。ポールキャッツやロカッツ、レストレス、デイブ・フィリップスなどなど、ネオロカと呼ばれたバンド達は見た目も音楽もキメキメ(死語か?)でROCKHURRAHもかつてはネオロカなリーゼントしてたなあ。
ストレイ・キャッツはあまりにも王道過ぎて、聴くのも買うのも気恥ずかしかったからごく初期しか知らないけれど、ブライアン・セッツァーのギターはさすがにキレが違うな。
そしてこのライブ映像はもう随分歳取った恰幅の良い姿。
芸術的なリーゼントにタレ目、威勢のいいやんちゃ小僧だったあの時代を知ってるだけに少し悲しいよ。

セッツァー本人も「歌詞はひどいがギターは素晴らしい」というような発言しているようだったが確かにひどい歌詞。「俺のロケット大聖堂は宇宙を目指してるぜ」だってよ(笑)。ビル・ネルソンの作詞じゃなくて逆に安堵したよ。
原曲の方でもビル・ネルソンのギターは縦横無尽にはじけまくってて個人的には素晴らしいと思う。後にはギターはアンサンブルの一部となって、突出したギター・ソロが目立たなくなるバンドだが、この初期はまだ個人プレイで突っ走っていたなあ。

ビー・バップ・デラックスの曲はこれ以上再構築するのが難しいくらいに完成されたものが多いからか、これをちゃんとしたカヴァーでやったプロのバンドが少ないのかもね。

スキッズもウチのブログ「時に忘れられた人々【01】」で特集していたが、ROCKHURRAHに多大な影響を与えてくれたバンドだ。いや、別に自分で音楽作ってるわけじゃないから影響も何もないんだけどね。

スコットランド出身の彼らはロンドン・パンクの真っ只中、1977年にデビューした。
勇壮なスコットランド民謡を大胆にパンクとミックスさせてバグパイプのようなギター奏法と応援団風の体育会コーラスで仕上げた、というありそうでなかった正攻法ストロング・スタイル、壮大な音楽を得意としていた。
これを武器にスキッズは人気バンドとなってゆくが、バンドとして一番ピークの頃にバグパイプ奏法のギタリスト、スチュアート・アダムソンが脱退して自身のバンド、ビッグ・カントリーでまさかの大ヒットを飛ばす。
残った老け顔のリーダー、リチャード・ジョブソンはますます老成して、たかが20代前半にして渋いトラッドにのめり込んだ音楽を完成させてしまった。彼らの最後のアルバムはもうパンクもロックもなくて「土と伝統と共に生きる」というような内容が異色だったな。
その後ずっと老成して若年寄のまんまかと思いきや、1984年にはスキッズ×マガジンの残党とアーモリィ・ショウというバンドを組んでニュー・ウェイブの世界に舞い戻ってきた。上記の老成した境地が1981年の事だからわずか3年くらいの自然主義だったというわけか?

この曲は代表曲「Into The Valley」と並ぶスキッズ初期のヒット曲で陰影のある曲調が印象的な名曲。スキッズのアルバムは必ず威勢の良い曲とこういうマイナーコードの曲がバランス良く収められていて、サビの盛り上げどころが非常にうまいバンドだったな。
時代的にパンクの括りで語られる事が多かったけど、後のパワーポップにも充分通じるところがあったな。全盛期のライブを見たかったよ。

U2とグリーンデイが一緒にやってるカヴァーが有名なんだが王道過ぎて面白くない。
で、ROCKHURRAHが選んだのがドイツのVon Thronstahlというバンドがカヴァーしたもの。うーん、読めん。
何度も何度も書いてるように80年代のノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツ産ニュー・ウェイブ)とかは好き好んで買っていたが、このバンドが出たのが2000年代前半あたりと言うから、さすがにもう世代が違うね。どうやらインダストリアル要素とフォークがミックスされたダークな感じのバンドらしいが、見ても聴いても「これだこれ!」というような高揚感は全然なくて、ああなんか最近のバンドっぽいね、くらいしか感想が湧かないんだよな。
ただPVの雰囲気はいかにもドイツ。この国でやっていいんかい?というようなナチ風の衣装はかつてのライバッハあたりを思わせるね。
いわゆる「ちょいナチ」系?ん、そんな言葉はないのか?
写真の写り方も往年のインダストリアル・バンドっぽくて方向性はわかるんだけど、生まれた時代が悪かったと思って諦めて下さい。

70年代パンクがじきにニュー・ウェイブと呼ばれる音楽に進化していった頃に異彩を放っていたバンドがワイヤーだ。

「ロックでなければ何でもいい」などというカッコイイ名セリフが語り継がれているが、ROCKHURRAHはこういう言葉に変な理屈はつけたくない。
その時代に言う普通のロックとはパンクロック誕生以前の古い世代のロックの事で間違いないだろう。そしてワイヤーは確かに既存のロックからの影響を感じさせない音楽を作り出したバンドだと思える。

後にDOMEあるいはギルバート&ルイス名義でアヴァンギャルドな音響工作に走る2人と、サイケデリックだが奇妙にポップという独特の世界を紡ぎ出すコリン・ニューマン(+ロバート・ゴートゥベッド)と完全に2つに分かれてしまうんだが、この4人による個性のぶつかり合いが様々な音楽を生み出す。
まだこの頃にはジャンルとして確立されてなかったニュー・ウェイブの音楽ジャンルのいくつか、その元祖的な事をすでにワイヤーは1977年にやってしまっていた。要するに実験性に富んだ曲作りをしてたってワケね。
そういう先進性を持っていたものの、演奏力はあまりなかったために曲はシンプルでスカスカ、このイビツな感覚こそが真骨頂でもある。
アートの世界で言うならこれはダダイスムと言うべきかな。

ちなみに4人組のバンドで真っ二つに分かれてしまって片方は実験的、片方はポップ路線と言うとどうしてもそれより前の時代の10ccとかぶってしまうが、その辺は「ロックでなければ何でもいい」などと言ったバンドと対比する自体が間違ってるのか。

関係ないがROCKHURRAHは小倉(福岡県)の図書館の視聴覚室で何度もワイヤーの「ピンク・フラッグ」をリクエストして聴いてた思い出がある。買えばいいのになぜか図書館で聴いてたなあ。

この曲は「The 15th」と並んでワイヤーの中でも最もポップで聴きやすいのでカヴァー曲も多少存在しているな。上に書いた「ピンク・フラッグ」ではなくて2ndアルバム「消えた椅子」に収録されている。

さて、これをカヴァーしたのは在英日本人のハーフ娘がヴォーカルという変わり種、ラッシュというバンドだ。
カタカナで書くと写真左(RUSH)と間違いそうだが右の方(LUSH)ね。ヴォーカルのミキは真っ赤な髪の毛で日本人としては微妙な顔つきだが、母親が「プロテクター電光石火(70年代の海外TVドラマ)」に出てた日本人女優という微妙な人物なので、きっと遺伝なんだろうな。男女二人ずつという構成のこのバンドは1980年代末から90年代初頭にかけて英国4ADレーベルで活躍した。
4ADと言えば初期はバウハウスやコクトー・ツインズ、バースデイ・パーティにデッド・カン・ダンスなどなど、80年代ニュー・ウェイブの中でも特に暗黒な香りのするバンドの宝庫だったレーベルだ。前述したワイヤーのコリン・ニューマンもギルバート&ルイスもここからレコードを出してたな。
そういう初期の大物たちがひしめいてた最盛期の4ADからすでに10年近く経ったわけで、 ラッシュが登場した頃の音楽シーンは時代を引っ張ってゆくほどの大きな流れがなかった。彼女たちの音楽はポップな時もあるし暗い時もある、というどっちつかずの印象。正直あまり多くは知らないが、まあ90年代的って事なんだろうね。←安易な表現。
このバンド、ワイヤーの事がよほど気に入ってるみたいで彼らのデビュー曲「マネキン」もカヴァーしている。

さて、今回も何だかよくわからんものばかりをチョイスしてしまったが、カヴァー曲はまだまだ尽きない。これからも安易な選曲でたびたびこのシリーズ企画を続けてゆくからね。

ではまた来週。