時に忘れられた人々【22】同名異曲編

【今回の主役はこの方々。相変わらず意味不明の人選だな】

ROCKHURRAH WROTE:

変更後に一回もブログを書いてなかったので自分で語ってなかったが、5月後半からやっと当ブログのリニューアルが出来て、何とか自分の思ってた形に近くなってきたよ。
たまたまこの期間に訪問してくれた人は目まぐるしくデザインや色、背景などが変わって面食らったはず。今どきは素人でもやらないぶっつけ本番で修正しながらのリニューアルだったのでかなりドキドキしたよ。
見る人が見ればわかる通りロトチェンコもどきに作ってみたんだが、どうだろうか?

さて、今回の企画はひねりも小技もなく「同じタイトルだけど別の曲だよん」というROCKHURRAHにしては珍しいストレートなもの。
色々ひねくれた企画ばかり考えすぎて書けない事が多かったからたまにはこういう路線でやってみるよ。直球なので前置きも能書きもなくさっさと始める事にするか。

クズ、ゴミというようなタイトルがこれほど似合う男たちが他にいようか?
パンク以前のグラム・ロックの頃にアメリカで活躍していた伝説的なバンド、ニューヨーク・ドールズの名曲。
派手なメイクと悪趣味スレスレのオカマのようなファッション、そしてデタラメに粗雑なロックンロールとごつい歌声。全てのマイナス要素が合わさって奇跡的にカッコ良くなるという「最低で最高」の見本が彼らだったな。ありきたりなコメントですまん。
「Trash」は1973年発表、代表曲満載の1stアルバムに収録されてる。
マルチ・ミュージシャンとして有名なトッド・ラングレンによるプロデュースが彼らの持つ荒々しさを台無しにした、などと不評ではあるが、それはライブ活動をメインとするバンドのスタジオ盤には一番ありがちな評価だ。
リアルタイムでライブを見れなかった我々はこれを聴くしかない。

映像はTV出演のものらしく演奏に迫力がないんだけど、デヴィッド・ヨハンセン、アーサー”キラー”ケイン、ジェリー・ノーラン、シルヴェイン・シルヴェイン、そしてジョニー・サンダースという黄金期のメンバーが明瞭に見れるからこれを選んでみた。ジョニー・サンダースの髪型がぺったんこで地味な印象だが他のメンバーは大体いつもこんな感じ。ヨハンセンのスケスケ衣装も道化師のようなシルヴェインも、アーサー・ケインのはみ出した肉もすごい。
全てがToo Muchにデフォルメされていて、上品で健全なロック・ファンには受け入れられないだろうが、後のパンクに与えた影響は計り知れないバンドだったなあ。

それと同名のタイトルなのがこれ、ロキシー・ミュージックが1978年に再結成した時のアルバム「マニフェスト」に収録されている。
ロキシー・ミュージックと言えば「ダンディ」とか「ソフィスティケートされた大人のロック」とか、そういうイメージで語られる事が多いがそれは70年代後半になってからの話。初期の頃はかなりヘンなバンドだった。
ちょうどグラム・ロック全盛の頃にデビューした時はギンギンの派手な衣装と髪型でカッコイイと言うよりは色物バンドみたいだった。
上に書いたニューヨーク・ドールズがロックンロールを極端にデフォルメしたような音楽だとすればロキシー・ミュージックのはプログレッシブ・ロックのデフォルメ化とでも言うのか。的外れかも知れないがROCKHURRAHはそんな印象を持っていたよ。
まあとにかくロキシー・ミュージックは今までに味わったことのないようなユニークな音楽性を持っていて、たちまち有名バンドになってしまった。

強烈な個性の要だったのはこもった声と粘着質な歌い方でロック・ヴォーカルの概念を根本から変えたブライアン・フェリー。そして孔雀のような派手な衣装と不気味な髪型で異彩を放っていたインテリ、ブライアン・イーノ。サックスを時に美的、時にノイズ楽器にまでしてしまうアンディ・マッケイ。この三人の出たがり男が中心となってユニークな音楽が形成された。
が、イーノが脱退してからは元キング・クリムゾンのジョン・ウェットンや元カーヴド・エアのエディ・ジョブソンなど凄腕ミュージシャンのバックアップもあり、ヨーロッパ的美学(何じゃそりゃ?)を極めた洗練されたスタイルを完成させる。

この曲はそういった全盛期が過ぎ去った後の時代の作品だ。
彼らが活動してなかった時期に登場したロンドン・パンクとニュー・ウェイブ。
これらの音楽は従来のロックを根本から覆すだけのインパクトがあったのは確かだった。
見て見ぬフリをして今まで通りの音楽作りをした古いバンドも多かったが、デヴィッド・ボウイーやロキシー・ミュージック、ビー・バップ・デラックスなど元から斬新な事をしていたバンドにとっては脅威だったに違いない。ん?そんなことない?
我関せず、という独自の音楽を展開していても何らかの変化はあったのじゃないか?とROCKHURRAHは勝手に想像するよ。
「Trash」はそういうパンクな若い世代の「薄っぺらさ」をおちょくったような内容の歌だったはず。ツッパったりイキガッたりしても所詮は17歳というような感じかな?
全ロキシー・ミュージックの曲の中で最も軽くインスタントな雰囲気に満ち溢れてて、プロモーション・ビデオもどうでもいいようなクオリティ。しかもやけにノリノリなのがウソっぽいな。もしこの一曲だけでロキシー・ミュージックを評価されたら自分たちこそトラッシュ扱いされてしまう危険性をはらんだ曲だと言える。

「野心、野望」というような意味のタイトルがこの曲。
大昔は下北沢、高円寺、阿佐ヶ谷に三店舗を構えた中古ゲーム屋の取締役だったという意外な過去を持つROCKHURRAHだが、ゲームの世界で燦然と輝くビッグ・タイトルだったのが光栄というメーカーの「信長の野望」「三國志」などのシミュレーション・ゲームのシリーズだった。
流行り廃れがあまりなく、金を持った大人が好むソフトなので割と高価でもコンスタントに売れるというメリットがあり、結構儲けさせて頂いたよ、という同時代の同業者だった人もいるだろう。関係ないが子会社のエルゴソフトはMac用の日本語入力システム(Windowsで言うところのATOKみたいなもの)を販売していて、この当時のMac派はデフォルトの「ことえり」の出来が悪いこともあって、みんなお世話になっていたな。
その大ヒットした「信長の野望」は海外版では「Nobunaga’s Ambition」と呼ばれていたのをふと思い出しただけで何行にも渡って関係ない思い出を語ってしまったよ。

ヴィック・ゴダード&サブウェイ・セクトはロンドン・パンクの時代に活動していたバンドだ。初期はクラッシュと同じマネージャーだった事からクラッシュのツアーで前座として同行、必然的に注目を浴びる存在となった。
日本ではほとんど知られてなかったが「Original Punk Rock Movie」という当時のパンク・ロッカーなら誰でも見てるビデオがあって、そこに数曲登場してたので、多少知られるようになった。が、シングルは割と入手困難だった事を覚えている。

彼らの音楽は当時のパンク・ロックの中では異端と言うべきスタイルで、歌も演奏も割とヘロヘロ、ステージ衣装なども特になくてただのセーター着てたりする。しかも曲と曲の間に一言も喋らなかったり、人前で何かをする資格がないと言われそうなバンドだった。
アンダートーンズとかもそうだったが、ロック的なカッコ良さとは無縁の地味さだったなあ。
アルバムもリアルタイムではリリースされなかったし、後にラフ・トレードから「回顧録」などというタイトルでシングル・コンピレーションが出ただけ。
これで消えてしまうかのようなタイプの音楽だったが、1980年にちゃんとリリースしたアルバムではパンク要素もほとんどなく、ノーザン・ソウルに傾倒した珠玉の音楽を作り上げ、さらにその後にはなぜか突然全編フェイク・ジャズというビックリな転身を図る。
かなりの偏屈な変人という噂だが確かに一筋縄ではいかない音楽遍歴を持っているな。ミュージシャン受けも良く元オレンジ・ジュースのエドウィン・コリンズや小山田圭吾も彼の大ファンだったという話も聞いたことがある。
パステルズなどのアノラック系ギター・ポップの元祖とも言えなくはないし、パンクの時代には地味扱いされてた音楽も他の時代には評価されまくってるというわけだ。

「Ambition」はオルタナティブ・チャートの1位を取った曲で彼らのパンク時代の代表曲。動いてる映像がないんでアレだが、たぶんライブ映像でもほとんど動いてないし面白くなさそうな顔して歌ってるだけ。初めて聴いた時は不安定な歌声に不安になったが先の展開が読めない曲調とちゃんとカタルシスのあるサビでファンになったよ。何とも言えない魅力があるんだよね。ジーザス&メリーチェインもこの曲のカヴァーをやってたな。それにしても野望というタイトルには全く似つかわしくないバンドだなあ。

後にティアドロップ・エクスプローズのメンバーとして知られるようになるデヴィッド・バルフとアラン・ギルがパンクの時代からやっていたのがデレク・アイ・ラブ・ユーという変わった名前のバンド(ユニット?)だ。1980年代以降の音源しか残ってないのでどんな事をやっていたか不明だが、デヴィッド・バルフはリヴァプールの音楽界で非常に著名な人物、いたるところでその名前が出てくるな。
最も有名なのは伝説的パンク・バンドだったビッグ・イン・ジャパンのメンバーだった事だ。ビル・ドラモンド、イアン・ブロウディ、ジェーン・ケーシー、ホリー・ジョンソン、バッジー、そしてデヴィッド・バルフなどが在籍していた。
名前を知らない人が読んでも「?」だろうがメンバーのほとんどが後の80年代には有名人になるから伝説的と言われていたわけだ。
いちいち書くとものすごく長くなってしまうから昔に書いたこの記事を参照して頂きたいが、何とこの記事にも別のリンク参照してくれと書いてるな。昔から割といいかげんなROCKHURRAHだった事がよくわかる。
こういう伝説的バンドだったんだが、中でもバルフはティアドロップ・エクスプローズやリヴァプールの数多くのバンドをリリースしていた中心的レーベル、Zooレコーズをビル・ドラモンドと共に立ち上げて、カメレオンズというプロデュース・チームもやっていたヒットメーカーだった。
その後にはブラーやシャンプー、ジーザス・ジョーンズなどを抱えるFoodレーベルのオーナーとして君臨していた。ミュージシャンとして稼いだリヴァプールの著名人はたくさんいるが、レーベル・オーナーとしてここまでビッグになった人はあまりいないのじゃなかろうか?

さて、デヴィッド・バルフから1000ポンド貰いたいくらいに宣伝してしまったが彼がデレク・アイ・ラブ・ユーに関わっていたのは初期だけで、その後はアラン・ギルの方が主導で地元のミュージシャンと共に細々とやっていたという印象。
一緒にやっていたメンバーの中には後にオーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークで大成する二人も関わっていたり、細々の割には比較的豪華。
時代によって聴いた印象も随分違うが、初期の頃はチープでか細いエレクトロニクスを多用するようなバンドだったが中心のアラン・ギルがギタリストなのでいわゆるエレポップと初期ニュー・ウェイブとの折衷のような音楽だった。

ところが(やっと本題に入ったが)1983年に出たこの「Ambition」で突然にメジャー志向のダンサブルなエレクトロニクスに大変身。あまりいないとは思えるが従来からのファンをビックリさせるような加齢で、じゃなく華麗で派手な音楽を見事に完成させた。
ヒプノシス(レコード・ジャケット・ワークを手掛ける有名なアーティスト集団)によるジャケットも明らかにメジャー志向。
ティアドロップ・エクスプローズの時はいなくてもいいとまで思われていた(あくまでROCKHURRAHの個人的感想だが)アラン・ギルに一体何が起こったのかは不明だが、これはまさにタイトル通り「野望」を感じる80年代的ダンス・チューンの決定版。
大音量でかけると聴いてるのが恥ずかしくなるくらいにキメキメの予定調和に満ち溢れた曲だが、本気出せば地味なバンドでもこれくらいは出来るもんだな、と感心したよ。が、そんな大きな野望を秘めた曲だったが、たぶん全然ヒットもしなかったように記憶する。このビデオも全然プロモーションビデオじゃない雰囲気だしなあ。

ひとつひとつを軽く流せばもっと数多くの同名異曲を紹介出来たはずだが、思ったより細かく書いてしまったな。まだネタはあるからこれからまたパート2とかやりそうな予感だよ。

ではまた来週、Tot ziens(オランダ語で「さよなら」の意味)。

ふたりのイエスタデイ chapter09 / Blancmange

【お菓子のブラマンジェを使った50’Sっぽいレコード・ジャケット】

SNAKEPIPE WROTE:

4月29日は昭和の日!
昭和をこよなく愛するROCKHURRAH RECORDSにとっては嬉しい祝日だね。(笑)
今回のブログは昭和にちなんで、当ブログのカテゴリーである「ふたりのイエスタデイ」にしよう!
ROCKHURRAHとSNAKEPIPEの思い出を混ぜながら、80年代を語る企画なんだよね。
そういえば未だにテレビでイチゴを特集したような番組のBGMとして、「ふたりのイエスタデイ」が流れているのを耳にするんだよね。
ストロベリー・スウィッチブレイドだからっていうのは分かるけど、かなり短絡的で古いよね。(笑)
バレンタインデーの特集の時には「バレンタイン・キッス」(国生さゆり)が流れるし。
「ふたりのイエスタデイ」が1984年、「バレンタイン・キッス」は1986年だって。
80年代の、昭和の文化は根強いなー!

今日の特集は「ブラマンジェ」について書いてみようと思う。
ブラマンジェといってもお菓子のブラマンジェじゃないからね!
そう書いてはみたものの、当時はそのバンド名がお菓子の名前から来ているなんて全然知らなかったよ!
時代は昭和。
情報収集は雑誌かラジオ、もしくはレコードについている解説だけ。
今のようにインターネットで簡単に検索ができるお手軽な時代ではなかったからね!

初めてブラマンジェを聴いたのは、FMラジオだった。
当時はFM番組の雑誌を購入し、毎日の放送内容をチェックし、ニューウェーブ系の番組は必ず録音していたSNAKEPIPE。
いわゆるエアチェックですな!(笑)
タイマー機能が付いたステレオを持っていたわけではないので、時間になるとステレオの前に座り、録音ボタンを押し、テープの長さを気にしながら音に集中して過ごしていた。
昭和の人なら経験あると思うけど、カセットテープが途中で切れそうになると、調整しながらフェードアウトするように音量絞ったり。
慌ててB面にかえて、また録音ボタンを押したり。
毎日のように録音していたカセットテープは、一体何本あっただろう。
SNAKEPIPEは学生だったので、レコードも雑誌もそんなに買えるお金はなかったからね。(笑)
FMラジオでニューウェーブを勉強していたってことになるね。

実を言うと、聴いた瞬間から「好き!」って思ったバンドというわけではないブラマンジェ。
一番ピンときたのは、そのタイトルだったんだよね。
「Blind Vision」という、逆説的な言い回しに興味を持ったわけ。
簡単に訳すと「盲人の映像」とか「盲者の幻想」とでもいうのか。
ふたりのイエスタデイ chapter02」の中でスターリンについて書き、文学少女だったことも告白しているSNAKEPIPE。(ぷっ!)
昭和の時代は文字と音だったんだな、と改めて思う。
インターネットのある今は映像(画像)が主体になっているもんね。
映画を字幕で観られない人が増えるのも当然かな?(笑)

ブラマンジェを知った頃、美術の授業で「レコード・ジャケットを作る」という課題があった。
皆、自分が好きなバンドや歌手(?)をテーマにした作品を作ったはずだ。
その時SNAKEPIPEが選んだのがブラマンジェだった。
「Blind Vision」をテーマにした絵を描きたかったんだよね!

なんと2週連続でROCKHURRAHが「言葉から画像を作成」してくれることになった!
先週は鳥飼先生の作品「樹霊」の中に出てくる、私市康男が撮影した写真を想像で作成し、今週はSNAKEPIPEの作品を再現するとは!
毎週のようにありがとう、ROCKHURRAH!(笑)
またもや「こんな感じで」と注文して、作ってくれたのがこちら。

 

かなり忠実に再現してもらって嬉しい!(笑)
ドレスを着たスキンヘッドのマネキンとダンスする男性。
マネキンには目隠しがされていて、タイトルの「Blind Vision」を表している。
描いたのは水彩画だったんだけど、油絵っぽい仕上げにしていたっけ。
授業での評価はどうだったのか覚えてないけど、80年代っぽいよね?
懐かしいなあ!(笑)

よく聴いているインターネット・ラジオで聴き覚えのある曲が流れてくる。
インターネット・ラジオでは誰の何という曲か、がクレジットされるので非常にありがたい。
見てみるとブラマンジェ、と書いてある!
そうだった、この曲だった、と改めて認識する。
YouTubeで検索して出てきたのが上の映像ね。
どんな人達がやっていたのか初めて知ったよ。(笑)
今聴いても、なかなか良いと思う。
ちょっとデッド・オア・アライブっぽいダンス・チューンだよね!

ブラマンジェは1979年にイギリスのミドルセックスで結成されたバンドで、メンバーの離脱により男2人組のデュオだったことも初めて知った。
ソフト・セルデペッシュ・モードも入っていたコンピレーションアルバムに参加したことで、デビューのきっかけをつかんだという。
80年代には2枚のゴールド・ディスクを発表しているというから、かなり売れていたバンドだったんだね。
ちなみに89年以前のゴールド・ディスク認定基準は50万枚以上の売上ということになっているというから、余計にすごい!

上の映像もゴールド・ディスク「Happy Families」からのシングル・カット。
中東っぽいメロディが印象的だよね!
音を流していると、横からROCKHURRAHが「シンプル・マインズの曲に似てる」という。

確かに似てるかも!(笑)
ちなみにブラマンジェは1982年、シンプル・マインズは1980年ってことでシンプル・マインズのほうが早いみたいね。
それにしても、30年以上も前の曲のことを語り、新しい発見をするのって楽しいね。(笑)

ブラマンジェは一度解散した後、2006年に再結成し現在も活動を続けているようだ。
50代、60代になってもバンドやってるってすごいよね!
頑張って欲しいと思う。

これからも個人的な思い出と共に80年代を語っていこう。
次回の「ふたりのイエスタデイ」もお楽しみに!(笑)

時に忘れられた人々【21】情熱パフォーマンス編3

【ド派手なパフォーマンスの王者、Tenpole Tudorの勇姿】

ROCKHURRAH WROTE:

最近、ブログの記事では出番がなく、かなりのご無沙汰だったけど、久しぶりに何か書いてみるか。
何をやってたかと言うとブログをリニューアルするために奮闘・・・ってほどには大した事はしてないけど、まあそのような事を陰でやってたわけ。

ROCKHURRAH RECORDSのブログは2006年、何と10年前に始めて、その時からずっと何も変わってないんだよね。WEBの世界で10年といえばかなりの大昔、今は技術も可能性もずっと進んでるしもっと便利になっているはず。
そんな中、昔に作られたテーマ(ブログの外観や操作性)のまんまじゃいくら何でも古臭さ過ぎだったと気付いたが、あまりそういう知識もないので現状維持のままやってたのが実情。
たぶん言葉で書くほど良くはならないし、今と比べてそんなに変わったものを作るつもりもないけど、近いうちに少しリニューアルしてみるよ。

さて、今回はこれまた久しぶりだが、70〜80年代バンドの遺したちょっと意味不明なパフォーマンスを見ながら安易なコメントをしてみよう。
ちなみにこのシリーズの12というのもあるので、書きたい事の概要はわかってもらえよう。
かつてのMTVとかの時代、英米のメジャーなアーティストが作り上げた質の高い、金のかかったプロモーション・ビデオとかではなく、そこまで大ヒットが期待出来ないようなアーティストの埋もれてしまったような映像を中心にピックアップしてゆくのがROCKHURRAHの目指すところ。
では意味不明の情熱パフォーマンスを見てゆこうか。

【つるむ!】
Virgin Prunes / Walls Of Jericho

「つるむ」という言葉自体が情熱的とは言い難いし「!」マークも似合わない気がするが、気のせいか?

ヴァージン・プルーンズは1980年代初頭にデビューしたアイルランドのバンド。パンクからニュー・ウェイブに移り変わった時代、チャートの表側ではエレクトロニクス・ポップ(エレポップ)やニュー・ロマンティック、ファンカ・ラティーナなど流行の音楽が続々と生まれていたが、ちょっとアンダーグラウンドの世界でもネオ・サイケやポジティブ・パンクのような暗い音楽も同時に発達していた。
というような時代背景、 ヴァージン・プルーンズはゴシックやポジティブ・パンクと呼ばれたムーブメントの中で有名になっていった。

音だけで聴かせるようなバンドも色々とはいたけど、やはりこの手のジャンルと言えば厚塗りのやり過ぎ化粧、そして大仰なパフォーマンスといった下品な側面が最も目立つ部分だ。中でもこのプルーンズは異様さで抜きん出た存在だった。

ドギツイ化粧におばちゃんのようなスカート姿で歌うギャビン・フライデーとグッギという強烈なヴィジュアルの男2人が繰り広げる狂的な掛け合い、これはまるでホラー映画に出てくるような世界で圧倒されてしまう。パフォーマンスもアングラ劇団っぽい雰囲気で素晴らしいね。
声がまたこの姿にピッタリのいやらしさ、変態っぽく見せかけてるような無理がなく、自然体の変態なんだろうね。

このバンドをやる前の少年時代はU2のボノとも悪ガキ仲間としてつるんでいて、メンバー間も血縁関係があることから「裏U2」というような呼ばれ方もしていたな。U2の初期のアルバム・ジャケットに写ったきれいな少年もグッギの弟という深い関係。がしかし、見た目も音楽も方向性が違いすぎ。同じホームグラウンドで過ごした少年達が随分かけ離れた世界に行ってしまったもんだよ。

【舞う!】
The Icicle Works / Whisper To A Scream (Birds Fly)

舞う、とは言っても踊ったり宙を舞ってるわけでもない。舞ってるのはおびただしい量の枯れ葉みたいなものだ。情熱パフォーマンスは彼らではなく枯れ葉だという点で、すでに書き始めた事が失敗だったと気付いたよ。

アイシクル・ワークスは英国リヴァプール出身のバンドで1980年代前半にデビューした。
リヴァプールと言えば70年代半ばのデフ・スクール、後半のビッグ・イン・ジャパンなどから有名ミュージシャンが続々と登場して、彼らの周辺から実に多くのバンドが生まれ、ひしめき合っていた時代があった。それが80年代のリヴァプールの音楽シーンを盛り上げていたわけだ。
有名なところで言うとエコー&ザ・バニーメンやオーケストラル・マヌヴァース・イン・ザ・ダーク、デッド・オア・アライブ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドなどなど、みんな名前長いな。
このように音楽界のビッグネームを数多く輩出したのもリヴァプール。もう少しマイナーなものも含めるとその何十倍もニュー・ウェイブ・バンドを産出してたのがリヴァプールだったのだ。しかもどこかで誰かが関わってるという複雑な人間関係なもんで、専門書まで出ていたくらいだ。

アイシクル・ワークスはその辺のリヴァプール関係でゆくと「元どこそこのバンドにいた」などという経歴はあまりなくて誰も知らないような出身。がしかし、1983年に出たアルバムとシングルだったこの曲は結構なヒットをして、日本盤もちゃんと出ていたな。 枯れ葉だか木の幹だか知らないが、とてもウッドな感じのジャケットも有名だしメンバーも何となく林業系な見た目。そんな事実はたぶんないと思うが。

ビデオがリアルタイムの枯れ葉吹雪の中なのか映像をかぶせてるだけなのかわからないが、もし本当にこれだけ吹き荒れてる中の撮影だったら目鼻口に入ってきて大変だったろうな。花粉症の人にはとても出来ない技。

【漕ぐ!】
King Trigger / River

ROCKHURRAHは以前はかなりの分量のレコードを集めていたんだが、いわゆるマニア的な気質はあまりなくて、いつも何かテキトウに買っていた。それが後に伝説の名盤になったりして自分の先見の明に驚いたりもしたが、反対に何で買ったのか不明、というレコードもたくさん持っていた。
その時持っていた何かの情報で買ってるんだろうけど後で思い返しても何で持ってるのかわからないというシロモノ。
これは好きなタイプの音楽だったから結果的には持ってて良かったモノ、という事になるんだが、一体何を根拠に買ったものなのか?

キング・トリッガーの活躍したのはほとんど1982年の一年間限定の情報しかない。要するに一発屋だったんだろうが、この一曲だけでちゃんとしたプロモーション・ビデオが作られているのも不思議だ。何か大いに売る気があったのに頓挫してしまったバンドなのだろうか?
音楽の方はジャングルっぽいトライバルなビートに割と骨太の歌、ビッグ・カントリーやバウ・ワウ・ワウ、アダム&ジ・アンツあたりとも少しは相通じる世界なのか、個人的には心地良いタイプ。
それにしてもこの黒人女性メンバーの目つきや表情、動き。ものすごいインパクトだね。 周りのメンバーがかすんでしまうよ。まさにシャーマニック!
ビデオもタルコフスキーの「ストーカー」を思わせる地下水道で雰囲気的にはかなり良いね。「ストーカー」は眠くなってしまったが(笑)。

【浮かれる!】
Eddie Tenpole Tudor / The Hayrick Song

イングランドやスコットランド、アイルランドなどの歴史や風俗には詳しくないんだが、このプロモーションに出てくるような服装はどの時代なんだろうか?近世のペザント(農民)・ルックだと思えるが、全然根拠はないので大嘘だったらごめん。
日本でも鎌倉時代の農民と室町時代の農民の区別なんか、よほどの大河ドラマ・マニアじゃない限りわからないはず。一般的にはほとんど知られてないんじゃなかろうか?え?みんなわかる?

この民族衣装に身を包みゴキゲンに浮かれて踊っているのがエディ・テンポール・テューダーとその仲間たちだ。ウチのブログで何度も登場しているから何度も書いてるけど、もう一度おさらいしておくか。
エドワード・テューダーポールは元々はコメディアンで役者だったようだが、セックス・ピストルズの映画「グレート・ロックンロール・スインドル」に出演して注目されるようになった。映画の中でも数曲歌っているな。
その彼のバンドがテンポール・テューダーというわけだ。バンド名とソロの時の名義が若干違うけどあまり気にはならない程度。
バンドはパンクの時代から存在していたがレコード・デビューは結構遅くて、主に活動していたのは1980年代になってからだった。
パンクとテディ・ボーイ(テッズ)、そしてスコットランド民謡を取り入れたような壮大で元気の良い音楽と中世騎士などの独特なコスプレ、そしてコミカルで勢いあり過ぎなステージ・パフォーマンスで唯一無二の個性を発揮した、個人的に大好きなバンドだった。うーん、何かいつも同じような事ばかり書いてるなあ。

その彼のソロ名義で出したシングルがこの曲「The Hayrick Song」だ。
アコースティック・ギターとフィドルが印象的な音楽はこれまでのテンポール・テューダーの楽曲よりもずっとトラディショナルで、この少し前のスキッズから少し後でデビューしたポーグスあたりに通じるもの。

プロモーションでは相変わらず大げさな身振りのテューダーポールがとにかくハッピーそうに歌って踊る。この曲にこの衣装、映像は最適のマッチングだと言える。細身で手足の長いスタイルだからタータンチェックのスカートの着こなしもバッチリだね。
このド派手な身振り手振り、まさに情熱パフォーマンス大賞間違いなし。
しかし見ている分にはコミカルだが、もし近場にいたらかなり鬱陶しい存在だろうね。

以上、何だか情熱の意味がよくわからない映像ばかりをよりによって選んでしまったが、懲りずにまた色々ピックアップしてみたい。
それではスラーナグット(ゲール語で「さようなら」)。

ふたりのイエスタデイ chapter08 / Art Of Noise

【今見ても意味不明のレコードジャケット。その謎に惹かれるんだよね】

SNAKEPIPE WROTE:

SNAKEPIPEとROCKHURRAHがこれまでの人生において好きだったことを語っていく「ふたりのイエスタデイ」。
過去恥部的な企画のせいか、なかなか書き辛いのが実情なんだよね。
なるべく恥ずかしくないように努力すれば大丈夫かな?(笑)

天気予報と時刻を知る目的のため、朝だけはテレビをつけるけれど、それ以外の時間はつけるとしたらラジオである。
以前何かの記事にも書いたけれど、最近はインターネットラジオでパンクか80年代ニューウェイブのチャンネルを聴くことが多い。
かつて大好きだったあの曲、あのバンド。
最近は人の名前や映画のタイトルをすぐに思い出せなくなっているのに、どうして80年代のバンドと曲名はあっさり口をついて出てくるんだろう。
若いうちに勉強しておいたほうが良い、というのがよく解るね。(笑)
今日はそんな大好きだったバンドの中からThe Art Of Noiseについて書いてみよう。

ここからはカタカナ表記でアート・オブ・ノイズと書いていくのでよろしく!
アート・オブ・ノイズって何?という人のために、少し説明をしてみようか。
などと大それた書き方をしてしまったけれど、当時はほとんど情報がなくて「トレヴァー・ホーンのZTTレーベルからデビューした謎のバンド」というような紹介しかされていなかった。
トレヴァー・ホーンって大ヒット曲「ラジオスターの悲劇」で有名なバグルスのリーダーね。
最初は覆面バンドで、誰がバンドのメンバーなのか全く知られていなかったんだよね。
現在では、例えばWikipediaにもメンバーについての情報があるので、SNAKEPIPEも今回調べて初めて知ったことばかり。(笑)
特にメンバーや使用していた機材についての知識がなくても、その革新的な音楽には聴いた瞬間から魅了されてしまったのである。

トレヴァー・ホーン発明と言われる
「オーケストラヒット」や、
当時1000万円以上したサンプラー「フェアライトCMI」によって作り出されたサウンド・コラージュと、
当時最新鋭の技術であった「サンプリング」を駆使して、車のエンジン音や物を叩く音など
身のまわりのノイズを再構築することで
音楽に仕立て上げた「騒音の芸術」

いやはや、文章で表現するとこんな感じになるんだね。(笑)
「におい」や味と同様に、音楽についても実際に聴いてみないとわからないと思うけど、実験的なエレクトリック・ミュージックだということは分かるよね。
アート・オブ・ノイズの場合は、そんな機械的なイメージに文学的要素をプラスしたため、知的な音楽集団というイメージになったんだよね。
「afraid」「close」「fear」などのネガティブな単語を使ったタイトルにも興味を持ったことを覚えている。

Wikipediaからの受け売りだけど、グループ名は、イタリア未来派の画家・作曲家・楽器発明家 ルイージ・ルッソロの論文「騒音芸術(Art Of Noises)」から採用されているという。
ちなみにレーベル名である「ZTT」もイタリア未来派の詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティのサウンド・ポエム・タイトル「Zang Tumb Tumb」や「Tuuuum」という単語から影響を受けているとのこと。
サウンド・ポエムってなんだろう?
調べてみると「意味を拒絶した音の響きだけで成り立たせようと試みる詩」で、ダダイストのH.バルやシュルレアリストのA.アルトーは純粋な音響詩を試みているらしい。
これってもしかしたら先週の「映画の殿」で書いた
Digue dondaine,digue dondaine,
Digue dondaine, digue dondon!
みたいな感じなのかも?
意味を拒絶、という定義に当てはまるのかどうか分からないけどね。

最初に聴いて衝撃を受けたSNAKEPIPEは、すぐにLPを購入する。
「Who’s Afraid of the Art of Noise?」、邦題は「誰がアート・オブ・ノイズを…」だった。
どうしてこの邦題になったのか不明だけど、このタイトルにも文学的な匂いを感じていたSNAKEPIPE。
当時は文学少女だったから反応したんだろうね。(笑)

文学的と書いたけれど、実はほとんど歌詞はなく、インストゥルメンタルな曲ばかり。
実験音楽に触れたのは初体験だったけれど、すんなり馴染んだのはリズムとメロディラインがはっきりしたポップなチューンが多かったからだろうね。(この表現は古めかしい!)

当時はミュージック・ビデオを見る機会は限られていたので、上のビデオも初めて見たよ。
どこで撮影したんだろうか。
まるで「映画の殿 16号」 で特集したタルコフスキーの「ストーカー」の中に出てくるような場所だよね。
やりたいことはよーく分かるんだけど、撮影技術がついていっていない感じの、少し残念なビデオ。
もうちょっとアートにできたと思うけどなあ。


実はアート・オブ・ノイズが来日した時、長年来の友人Mと一緒にライブに行ってるんだよね。(笑)
Wikipediaによると1986年日本青年館で東京公演とあるので、多分それを観たんじゃないかな?
あまりはっきり覚えていないけれど、上の画像にある仮面が舞台の上部に飾られた真っ暗な中でのライブだったような?
そのため本当に今、ここで演奏しているのか不明で、もしかしたらレコードをかけていても分からないような状態だった感じ。
なんだかせっかく出かけて行ったのに、肩透かしを食らった気分だったっけ。 (笑)

数年してからテレビから聴いたことがある音楽が流れてくる。
そう、日本ではもうすっかりお馴染み、Mr.マリックのテーマとして認知されてしまった「Legs」である。
あの知的な文学性を持ったアート・オブ・ノイズが、ハンドパワーのマジシャンに採用されるとは意外だったよ。(笑)
手品師の音楽といえばポール・モーリアの「オリーブの首飾り」を思い出すけれど、同じようなイメージがつくのはちょっと残念!

トレヴァー・ホーンは2010年に大英帝国勲章を授与されているという。
現在はThe Producersというバンドで、かつて自分が関わった曲のカヴァーを演奏しているみたい。
もう一度何か世間をあっと言わせるようなことを仕掛けてくれないかな?