マックス・エルンスト-フィギィア×スケープ

松井冬子展の時と全く同じ構図!ワンパターン!(笑)】

SNAKEPIPE WROTE:

去年の3月に鑑賞した「シュルレアリスム展~ポンピドゥセンター所蔵作品」紹介のブログの一番最初に記事にしていたマックス・エルンスト。
その中で「エルンスト展があったら観に行きたいな」と語っていたSNAKEPIPE。
なんとその夢が実現することが判明したのが、前回の松井冬子展で出かけた横浜美術館だった。
次回の特集がマックス・エルンストと知って狂喜するSNAKEPIPE。
うわー、これは楽しみだ!(笑)

以前よりシュルレアリスムに興味を持ち、様々な展覧会に行ったり画集や写真集を鑑賞したり購入するのが大好きである。
マックス・エルンストについても当然のように名前と顔が一致するアーティストだけれど…それはマン・レイの撮影したポートレイトを知っていたからなんだよね。
マックス・エルンストの代表作は何?と問われてもハッキリ答えられないことが判明。
シュルレアリストのうちの一人と認識しているし、実際に今まで何点かの作品は鑑賞しているけれど、あまり詳しくないアーティストになってしまいそう。
益々マックス・エルンスト展鑑賞の必要性を感じたのである。(大げさ)

今年のゴールデンウィークは5月1日、2日を加えれば最長で9連休。
なんとSNAKEPIPEも今年はその恩恵を授かり、9日連続のお休み中なのである!
だけどね、別に特別どこかにお出かけするわけでもなく、何か用事があるわけでもないんだよね。(笑)
普段のお休みがちょっと長引いてるかな、くらいのゆったりした時間を過ごしている。
「絶対に観に行きたい展覧会」
とROCKHURRAHが珍しく鼻息を荒くしていたのがマックス・エルンスト展だった。
かなり琴線に触れたアーティストらしい。
長いお休み期間中、丁度良い機会だから行こう!とROCKHURRAHと一緒に横浜に向かったのである。

ここでマックス・エルンストについて簡単に紹介してみようか。
1891年ドイツのケルン生まれ。
1910年ボン大学文学部哲学科に入学。
1913年「ライン表現主義者展」に出品。
1914年~1918年第一次世界大戦に砲兵隊員として従軍。
1921年パリでコラージュ展開催。
1925年「第一回シュルレアリスム絵画展」に出品
1946年55歳で画家のドロテア・タニングと4度目の結婚
1976年パリで死去。

1912年に現代美術の展覧会を鑑賞して画家になる決意を固め、その翌年には作品を出品しているなんてすごい!
幻覚を見たり、飼っていたインコの死を妹の誕生を結びつけたりするようなスピリチュアルな一面もアーティストになるべくしてなったような話だよね。
そして驚くのは4回の結婚歴!
1:元大学の同級生(お金持ちの子?)→2:映画監督の妹→3:美術コレクター→4:画家という女性達を次々と虜にしたマックス・エルンスト。
これらのエピソードだけでも充分小説とか映画になりそうだけど、更に作品についての話題もあるから興味が沸くよね。(笑)

ROCKHURRAHは初めての横浜美術館である。
前回SNAKEPIPEが「松井冬子展」に行った時も雨の横浜だったなあ。
今回も雨降りだから、ジンクスになってしまいそう。(笑)
またもや周囲を散歩する試みはくじかれてしまったけれど、周りのゆったりした空間は気持ちが良いね。
展覧会場に入ってすぐに
「この展覧会ではシュルレアリストとしての枠を外し、『フィギュア』と『風景』というモチーフからマックス・エルンストを検証し直しました」
と書かれている。
うわ、なんと!
ROCKHURRAHとSNAKEPIPEが求めていたシュルレアリスム作品とは違う角度からマックス・エルンストを論じようとしているとは…。
本当は本来のマックス・エルンスト展を期待していたのにちょっと残念。
では一体どんなマックス・エルンストなんだろう?
足を進めてみることにする。

会場は3つの章から構成されていて、時代を追う順番で作品が展示されていた。
ここでやはりROCKHURRAHとSNAKEPIPEが目をキラキラさせたのが第1章。
1909年から1927年までの作品が展示されていたためである。
「流行は栄えよ、芸術は滅びるとも」と題された版画集は、当時はケルン・ダダ(反芸術運動)のリーダーとして活躍していたエルンストがデ・キリコの作風に影響を受けて1919年に制作。
この時代はダダイストとしてエルンストの名前が挙がるんだよね。
ダダイストからシュルレアリストになった人って結構多いみたいなんだけど、これって1924年にアンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム宣言」をした前と後のように、年代によって使い分けるということで良いのかしら?
あまりハッキリ言い切れないので、詳細は専門家にお任せかな。(笑)
そして確かに解説にあるように、キリコの顔なし人物と酷似してるよね!
石版に直接描いたリトグラフとのことだけれど、構成主義を思わせる直線が見事。
ダダイズムについてあまり詳しくないSNAKEPIPEだけれど、この版画集のタイトルと版画の内容からなんとなく言いたいことは解る気がする。
ただ思想がどうのなど関係なく、とてもカッコ良い構図の版画集だよね。
ポスターがあったら並べて飾りたいな!(笑)

続いて気になった作品はこちら。
「聖対話」と題された1921年制作のコラージュ作品である。
ううっ、1921年にこんなコラージュが完成していたとは!
やっぱり1920年代恐るべし!(笑)
左下に「ガラへ」と書かれていて、どうやら左側の女性の顔もガラという女性みたい。
このガラという女性は詩人ポール・エリュアールの奥様で、後にサルバドール・ダリと結婚する女性なんだよね。
2人のアーティストに愛されたガラ夫人というのが非常に気になるSNAKEPIPE。
昔からファム・ファタール(魔性の女)系の女性には興味があるんだよ。(笑)
そんなブログの企画があっても面白いかもしれないね?
この作品は人体模型図の図版をベースに2羽の鳥や実験航空機の写真に加えて膝部分にボタンが配置されている。
羅列すると不思議な組み合わせなのに、作品として鑑賞するとキレイなバランスが保たれていてカッコ良い。
この作品もポスターあったら欲しいな!(笑)

次は1925年から1952年の作品を展示していた第2章で目を惹いた作品のご紹介ね。
1929年よりエルンストは再びコラージュ作品の制作に取り組み始める。
「コラージュ・ロマン」とエルンストが名付けたコラージュによる小説を発表するのである。
1929年「百頭女」、1930年「カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢」、1934年「慈善週間または七大元素」の3部作を刊行。
これらは19世紀の定期刊行物に掲載された版画を切り取り、継ぎ目が分からないように上手く貼り付けた作品とのことである。
タイトルとコラージュ作品だけが並んだ本で、内容については鑑賞者の自由な想像でオッケーみたい。
小説と言われるとページ毎のつながりを考えてしまうけれど、一枚一枚の作品として鑑賞するだけで充分物語を想像することができそうだよね!
左は「慈善週間または七大元素」の中の一枚で、鳥人間という架空の存在が裸女の足裏にナイフを突き刺している、なんとも幻想的な作品である。
3部作とも容易に入手できそうなので、是非揃えて鑑賞したいね!

今回のエルンスト展では森の絵画や民族的な彫刻、自身が発明したフロッタージュなど、他にも素晴らしい作品がたくさん展示されていた。
時代によっていくつもの顔を持つエルンストを体験することができて良かった。
次回はシュルレアリストとしてのエルンスト展を鑑賞したいね。(笑)

会場を出てから今度は横浜美術館コレクション展、愛称ヨココレ(笑)を鑑賞。
なんとここでは写真によるシュルレアリスム展を開催している!
最初にマン・レイ、次はハンス・ベルメール。
エルンスト観に来て、他のシュルレアリストの作品を鑑賞することができて幸せ!
オリジナルプリントではないにしても、マン・レイの作品は以前鑑賞した「マン・レイ展~知られざる創作の秘密」の時よりもサイズが大きくて鑑賞しやすい。
「シュルレアリスム展~ポンピドゥセンター所蔵作品」ではハンス・ベルメールの作品は1点だけだったのに、今回はズラリと並んでるし!
オマケで鑑賞、なんてとても言えないほど豪華版で良かったね、と言い合っていたところに飛び込んできたのがシュルレアリスム絵画の部屋。
うわー、ダリだ!マグリットだ!デルヴォーだ!ベーコンだ!と興奮しまくり。(笑)
特集展覧会だけじゃなくてヨココレも要チェックだね!

イ・ブル展~私からあなたへ、私たちだけに~

【森美術館の情報サイトに掲載されているトレイラー】

SNAKEPIPE WROTE:

2月から森美術館で開催されているイ・ブル展に行ってきた。
この展覧会は、年末に鑑賞した「メタボリズムの未来都市展」の時から知っていて、長年来の友人Mと「面白そうだから観に行こうね」と約束していたもの。
今まで様々な現代アート展を鑑賞しているSNAKEPIPEだけれど、韓国人アーティストについてはよく知らない。
韓国大好き!な友人Mでも、さすがに韓国のアートシーンまでは詳しくない模様。
二人揃ってイ・ブルのことをほとんど知らないまま展覧会に出かけたのである。

ここで少しイ・ブルの経歴について書いてみようか。
1964年ソウル生まれ、ソウル在住。
弘益(ホンイク)大学で彫刻を専攻。
1990年代後半よりニューヨーク近代美術館を始めとする、世界各国で作品を展示。
1998年にはグッゲンハイム美術館のヒューゴ・ボス賞の最終候補に残る。
アジアを代表するアーティストとしての位置を確立する。

イ・ブルのHPを見ると、どうやら2011年の1月に東京都現代美術館で鑑賞した「Transformation展」にも出品しているとのこと。
ってことは、既に彼女の作品を鑑賞したことがあったんだね。(笑)
現代美術館のHPで調べてみたらちゃんと載ってる!
2000年の作品「クラッシュ」が展示されていたようね。
全然記憶に残っていなくてごめんね、イ・ブル!
現代美術館HPに解説が載ってるんだけど、イ・ブルの作品についての簡潔で解り易い文章だと思うので転用させて頂くことにする。

イ・ブルの作品は、有機的な身体と機械との融合や、四肢などが異常に発達した動物的身体など、異形の彫刻を特徴としている。
彼女はこれらの身体を純白に、時には彩りを加え、光沢のある滑らかな質感で美しく仕上げることで、生命が必然的にもつ腐敗し滅びゆく一過性を超克しようとする普遍的な願望を投影している。

今回森美術館で開催された個展において、すべての作品に共通する解説ではないかもしれないけど、主旨は上の文章に凝縮されているように思う。
「異形の彫刻」とは一体何なのか?
作品を紹介しながらまとめてみたいと思う。

会場入ってすぐに目に飛び込んできたのが、モンスターシリーズ!
うりゃっ、まさに異形だわい!
天井から吊り下げられている2体(?)の他にも何体かの生息を確認。(笑)
布の中に綿を詰め、その上からアクリル絵の具で着色しているみたい。
これは説明書きを読んだ後で知り得た情報だけど、目の前にこんな立体物があったらかなり不気味に思うこと間違いなし!
上述した現代美術館の説明にある「四肢などが異常に発達した動物的身体」のようなので、未知の生物だから驚くのも仕方あるまい。(笑)
天井から吊り下げられていた赤い未知の生物は、どうやら着ぐるみだったようで、イ・ブル本人がその着ぐるみを着て街に出ているパフォーマンスも写真で展示されていた。
場所が日本だったようだけど、こんな着ぐるみ着た人に遭遇したらSNAKEPIPEは逃げるかも!(笑)
このパフォーマンスを行なっていた時期が、韓国では民主化への移行期で、という説明がされている。
両親が政治思想犯とみなされていて、常に監視され生活の範囲を規制された環境で育ったというイ・ブルは「社会の不条理への怒り、生きることへの不安、心の闇といった実体のないものを形にする」試みとしてこの作品を制作したとのこと。
韓国の歴史に詳しくなくても、そんな状況での生活はさぞ苦しかっただろうと想像できるよね。
作品だから触っちゃいけないんだけど、プニプニ感を試してみたい誘惑にかられたSNAKEPIPEだった。

今回の展覧会の中でSNAKEPIPEと友人Mが最も反応した作品がこの「Infinityシリーズ」。
ステンレス、鏡、ポリウレタン、アクリル、そしてLEDライトなどを素材として使用した、なんとも重厚な機械部品のような立体作品である。
鏡を使うことでずっとずっと遠くまで続いていくような感覚に襲われる。
左の写真のように立てた状態での展示と、床に寝かせた展示方法の2種類があった。
覗きこむ床バージョンよりも、立てた展示のほうが好みだったSNAKEPIPE。
「これ、欲しい!持って帰りたい!」
というSNAKEPIPEに
「そお?私はいらない」
とそっけない友人M。
えっ、今カッコいいーっ!て一緒に叫んでたじゃん!
欲しくはないんだ?(笑)
ROCKHURRAHにこの作品について説明をしていると、
「写真で観る感じではゾイドみたいだね」
と言う。
ゾイドというのは、1980年代にトミー(現タカラトミー)が生産し、アメリカ現地法人であるトミーコーポレーションが「ZOIDS」として発売した玩具だそうで。
動物をモチーフとする架空の兵器をパーツで組立て、動かすこともできるらしい。
現在も販売されているようなので、ご存知の方も多いのかな?
ROCKHURRAHは、その初期型ゾイドにイ・ブルの作品が似ていると言う。
残念ながら初期型ゾイドの画像はネット上で発見できず、似ているのかどうかについてよく分からないSNAKEPIPEだけど、1980年代後半に人気があった商品だったらイ・ブルが知っていてもおかしくないかもね?
いやあ、それにしてもカッコ良い作品だったな!

イ・ブル展には「キラキラした作品」がたくさん登場する。
ビーズやガラス、鏡などを多用した女性らしさを感じる作品である。
「ブルーノ・タウトに倣って(物事の甘きを自覚せよ)」というタイトルの左の作品も、キラキラ・シリーズである。
床面の鏡と合わせて鑑賞することで、より効果的。
床面を鑑賞すると、外側からは見えなかった部分を見ることができたのが面白かった。
もしかしたらこれが狙い?
この作品を観た瞬間に思い浮かんだのが、The Doorsの「クリスタル・シップ」。
Before you slip into unconsciousness(あなたが無意識空間をさまよう前に)から始まるこの曲は、本当にこの作品にピッタリかもしれないね?
チェーンだけで吊られているので、ちょっと揺れたらグラグラ動いてもしかしたら落ちて壊れてしまうのではないかという「あやうく儚い美しさ」を感じる。
ビーズという小さな素材をふんだんに使用し過剰にすることで、ビーズはチープでなない圧倒的な存在になるという思想らしい。
「チリも積もれば山となる」みたいな感じね。
更にビーズ細工が女性の安価な手仕事、という意味も含んでいるとのことで、もしかしたら性差別に対する抗議でもあるのかな?
近づいてじっくり鑑賞し、ビーズ細工が細かくて大変な作業だね、と友人Mと言い合う。
キラキラ系の作品はとてもキレイだったよ!

イ・ブル展には他にもサイボーグシリーズやカラオケポッドなど、機械っぽいモチーフも展示されていた。
ここらへんが「現代アート」だな、と感じるよね。(笑)
サイボーグシリーズはアニメや映画からの着想で、現代版ミロのヴィーナスとして制作された彫刻だそうで。
カラオケポッドは一人用の実際の車が展示されていて、完全個室で思い切り歌える空間が用意されていた。
カラオケボックスでよく見かける歌詞付きのビデオもイ・ブル作。
このビデオはちょっと意味が解らなかったなあ。
ただ3曲収録されていたうちの1曲は「Nothing Compares 2 U」だったんだよね。
イ・ブルがこの曲を選択したのはなんとなく理解できるけど、あんまりカラオケで歌いたくない曲じゃない?(笑)

以前鑑賞したことがある韓国人アーティストは2010年「医学と芸術展」でイ・ビョンホという作家の作品だったみたいね。
あの作品も腰を抜かす程怖い作品だったことを思い出す。(大げさ?)
今回のイ・ブル展もその斬新さ・奇抜さに大変衝撃を受けたSNAKEPIPEなので、これからも色々な国のアーティストの作品を鑑賞していきたいね!

ロトチェンコ-彗星のごとく、ロシア・アヴァンギャルドの寵児-

【会場壁面に書かれていた広告文字を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

SNAKEPIPEが初めてパソコンを購入したのは、1990年代後半のこと。
デジタルカメラを先に買ってしまい、撮影を終えた後の処理をどうしたら良いのか分からず新宿ヨドバシカメラの店員に尋ねたところ
「えっ、パソコン持ってないんですか~?」
と呆れられてしまった。
仕方なく急遽パソコンを購入するハメになったSNAKEPIPEに
「写真やるんだったら本当はMacが良いけれど、ウィンドウズならVAIOがお勧めです」
という。
パソコンのことを何一つ知らなかったSNAKEPIPEは、その店員に勧められるままにVAIOを購入。
ただずっと「写真やるならMac」というセリフは頭に引っかかっていた。

月日は流れ。
Mac派のROCKHURRAHと知り合い、Macの魅力について教えてもらうことができた。
写真に限らず、グラフィックでも、DTPでも音楽でも、パソコンを使って表現をしたい場合にはMacのほうが適していることはよく解った。
最近はウィンドウズでもできることは増えてきていると思うけど、初期状態ではMacが断然有利みたいだね。

ROCKHURRAHが何気なく使っているアプリケーションのインターフェイスやデスクトップ画面、スクリーンセーバーなどもすごくオシャレでカッコ良いものが多い。
「ずるーい!SNAKEPIPEもカッコ良いスクリーンセーバーにしたい!」
と言うと
「これはMac専用だから」
と言われて何度悔しい思いをしたことか!
ある時、また違うスクリーンセーバーが動いているのを見て
「おおっ!今度はモホリ=ナギだね!」
と言ってそのカッコ良さに惚れ惚れしてしまった。
実際にはモホリ=ナギじゃないんだけど、似たような構成主義っぽいスクリーンセーバーだったからね。
何やら人名らしき文字が動いていて、アレキサンダー・ロドチェンコ?
よく分からないけどカッコ良いね!と言い合っていた。

「観に行きたい展覧会がある」
ROCKHURRAHから提案されて驚いた。
なんとそれがアレキサンドル・ロトチェンコ展だったからだ!
読み方が間違っていたこともここで判明。(笑)
これは例のスクリーンセーバーの人じゃないの!
偶然にもこの展覧会を発見した、というROCKHURRAH、さすが~!
うわー、行きたい行きたい!
と喜び勇んで銀座に出かけた春分の日。
世界最大規模のユニクロ銀座店がオープンしたばかりできっと大混雑だろうと予想していた割には、そこまでの人の多さじゃなくてホッとする。
そういえば銀座店オープン記念としてリンチTシャツ売ってるんだよね。

映画のポスターをそのままTシャツにしました、っていう非常に安易な構成だし、しかも何故だかユニクロだし?
人ごみも嫌だから行かないけど、なんでリンチに焦点を当てたんだろうね?
値段が990円ってどうなの?
リンチに失礼な安値じゃない?

などと言い合いながら銀座グラフィックギャラリーに到着。
あれ?まだ開いてないのかな?
ん、んんんん?な、なんと!日曜祭日は休館…。
せっかく来たのにガッカリ!
ちゃんと調べてこなかったのが悪いね。
この日は仕方なく銀座6丁目にある「支那麺はしご」で大好きな「だんだんめん」を食べて帰宅。
ROCKHURRAHとリベンジを誓い合う。(大げさ)

そしてついにリベンジの日が来た!
一度行っているので銀座グラフィックギャラリーまでの道のりは万全。(笑)
思ったよりも寒い日で、しかも雨降り。
リベンジに燃えるROCKHURRAHとSNAKEPIPEは熱い想いを支えに、会場に向かうのであった。
恐らく銀座グラフィックギャラリーに来たのは初めてだと思う。
だってここは写真や絵画などのアートではなくて、グラフィック専門のギャラリーだもんね?
「知っているグラフィックデザイナーの名前を挙げよ」と問われても、誰の名前も浮かんでこないかもしれないから、当然とも言えるのかな。
Wikipediaで調べてみると国内・海外のグラフィックデザイナー一覧が載っている。
海外で知っているのはアルフォンス・ミュシャ、国内では横尾忠則と立花ハジメだけだった。(笑)
名前だけは知ってるということならば粟津潔とか宇野亜喜良も入るけどね。
ま、そのくらいグラフィック、と限定されてしまうと知らない世界なんだよね。

ここで簡単にアレキサンドル・ロトチェンコについて紹介してみよう。
1891年 ロシアのサンクトペテルブルク生まれ。
1911年 美術学校に入学。
1916年 未来派展に幾何学的なデッサンで初出品する。
1923年 芸術左翼戦線機関誌「レフ」創刊号の表紙を担当する。
1924年 写真を撮り始める。
1925年 パリで開催された現代装飾美術・産業美術国際展覧会に参加。
1956年 モスクワにて死去。

今回展示されていたのは、ほとんどが1920年代から30年代の作品だった。
恐らくロトチェンコにとっては、1925年パリにおける国際展覧会に参加したあたりが最も華々しい時期だったのではないか。
左の作品はその国際展覧会「ソ連部門」カタログの表紙とのこと。
赤・白・黒・グレーといういかにも構成主義らしい配色とソビエトユニオンだよ!と一目で判り易い文字、そして鎌とハンマー!
今まで知らなかったんだけど、この鎌とハンマーは農業労働者と工業労働者の団結を表してるんだって!
皆さん、ご存知でしたか?(笑)
1910年代から1930年代初頭までにロシア(ソビエト連邦)を席巻していた芸術運動である、ロシア・アヴァンギャルド。
その中心的存在だったロトチェンコは当時20歳から40歳という体力的にも精力的にも活動しやすい年齢だったんだろうね。

ここでちょっと注釈。
アヴァンギャルド、と聞いてどんな意味を想像する?
SNAKEPIPEもROCKHURRAHも前衛的で破壊的な革新的な物事を示す言葉だと考えていて、「ロシア・アヴァンギャルド」と聞いた時には非常に斬新で難解なアートなんだと勘違いしちゃったんだよね。
ところが、ロシア・アヴァンギャルドは
1: レイヨニスム
2: シュプレマティスム
3: ロシア構成主義
という3つの芸術理念があり、いずれも過去の様式を断ち切り革命以後の新たな生活様式をデザインしようとした運動のことを指すらしい。
ロシア・アヴァンギャルドという括りの中にロシア構成主義が入ってるんだ、ということも初めて知って驚き!
SNAKEPIPEはロシアの歴史についてもあまり詳しくないので、調べてみた。
1917年 ロシア革命
1924年 レーニン死去
この年以降からスターリンが再び社会主義化していき、社会主義リアリズムが重視されるようになる。
そのためロシア・アヴァンギャルドは政治的な抑圧を受け、一般大衆からの支持もされなくなってしまい1930年代には終わってしまったようである。
歴史や政治に翻弄されてしまったアート、ということになるのかな。

銀座グラフィックギャラリーは、驚くべきことに無料なんだよね。
きっと無料開催ってことはそんなに大した展示数じゃないに違いない、と思ったあなた!
それは大きな間違いよ!(ちっ、ちっ)
ROCKHURRAHもSNAKEPIPEも驚くほど、とてもキレイな会場でしかも150点以上の展示数。
会場受付1階と地下1階にはスーツ着たお姉さんが出迎えてくれる、至れり尽くせりの会場だったのである。
無料で、しかも立派なチラシまで作ってあって、どういう資金繰りで開催してるのか興味あるね。(笑)
こんなに素敵な企画を実現してくれて、ありがとう、銀座グラフィックギャラリーさん!

ロトチェンコは写真撮影も行なっていて、今回は写真作品も展示されていた。
どの作品もデザイン的な要素満載だったのが印象に残る。
何気なく撮っているように見えても、やっぱりグラフィカルなんだよね。
写真もグラフィックの表現の一つと考えていたように見受けられる。
産業や工業の発展というのがこの時代の重要なテーマだったようで、インダストリアルな写真作品もありウットリしてしまうSNAKEPIPE。
左の作品はそんな産業系の写真とロトチェンコのグラフィックが融合されたもの。
どうやら探偵小説の表紙らしいんだけど、内容と表紙がマッチしているのかは不明。(笑)
ロシアの探偵小説っていうのも気になるところだよね?
ロシアの小説で読んだことがあるのは、ドストエフスキーの「罪と罰」とトルストイ「イワンのばか」くらいのものか?
ちょっと時代が古過ぎか。(笑)
映画ならエイゼンシュテインの「戦艦ポチョムキン」「ストライキ」がまさに1925年で、ロシア・アヴァンギャルドの時代ぴったりだけどね。
あとはロシア・アヴァンギャルドより少し前の時代の画家としてカンディンスキーを知っていたくらいか。
あまりに知識がなさ過ぎってことを露呈しただけだったね。(笑)

それにしてもロシア文字っていうのが、慣れていないせいもあるんだろうけど、フォントそのものが記号的で、グラフィックデザインにマッチしているように感じるのはSNAKEPIPEだけではあるまい。
1980年代にジャン=ポール・ゴルチエがロシア文字に注目して、ファッションに取り入れてたことを思い出す。
SNAKEPIPEもロシア文字の入ったゴルチェ巾着持ってたなあ。
えっ、また古過ぎ?(笑)

先週のハリー・クラークの記事にも書いているけれど、やっぱり1920年代のアートってとても進んでてカッコ良いんだよね!
ロトチェンコはアートと商業の融合を目指していたようで、広告や例えばキャラメルのパッケージのような身近にある物までなんでもデザインしていて、当時のソ連の美意識の高さを初めて知ることができた。
子供の頃から当たり前のように、あんなに優れたデザインに接しているロシア人ってすごいなあ!(笑)
そうだ、憧れのロシア人がいたことを思い出したよ!
漫画/アニメ「ブラックラグーン」に登場するバラライカさん!(笑)
顔に大きな火傷の跡があるけれど、美しく気高く冷酷な軍人気質はとてもカッコ良いんだよねー!
漫画読んでアニメ見てる時も「ロシアについて知りたい」と思ってたんだった!
もっとロシアのことを調べてみよーっと!(笑)

松井冬子展鑑賞~世界中の子と友達になれる~

【毎度お馴染みの展覧会ポスター。美術館入り口上方にあったため見上げて撮影。】

SNAKEPIPE WROTE:

今日はSNAKEPIPEの誕生日!
おめでとう!SNAKEPIPE!(笑)
何回目なのかは秘密だよ!
ROCKHURRAHが5.11のカッコ良いタクティカル・ブーツをプレゼントしてくれた。
これでますます本格的なミリタリーファッションが楽しめるね。
ありがとう、ROCKHURRAH!

今回のブログは今まで何度も計画を練って、そのたびに何かしらの理由によりおじゃんになっていた松井冬子展鑑賞について書いてみよう。
やっと今回鑑賞することができたんだよね。

何度もこのブログに登場している、長年来の友人Mから連絡があったのが1週間程前のことである。
そのメールはM本人が書いたものではなく、九段にある成山画廊から配信されたメールを転送してきたものだった。
「お待たせ致しました。松井冬子初の映像作品がついに公開されます。」
と書いてある。
今回の松井冬子展を紹介する横浜美術館のHPにも、大々的に映像作品についての告知がされていたので、展覧会が始まってから2ヵ月近くが経過してやっと発表される作品があることに驚く。
そしてその初公開日がMと約束をしている3月2日!
丁度良かった、ラッキーだね、と言いながら横浜美術館に向かったのである。

残念ながらこの日の天気は雨。
しかもかなり土砂降りで寒い日だった。
初めての横浜美術館なので、本当は美術館周りを散策したかったのに残念!
横浜という土地柄のせいなのか、駅周辺も美術館入り口付近も非常に空間をゆったり使った造りになっている。
晴れた日には散歩コースに良さそうね!

美術館入り口を入ってすぐに大スクリーンが目に飛び込んでくる。
これが例の成山画廊からお知らせのあった映像作品なのね!
この映像作品だけは会場の外にあるため、誰でも鑑賞することができるようになっていた。
SNAKEPIPEとMが到着した時には、何故だか小学生の団体が鑑賞中。
小学生はどんな感想を持つんだろうね?(笑)
「侵入された思考の再生」というタイトルのその作品は、心臓のドックンドックンという鼓動音のリズムをバックに展開する。
・何度も松井冬子の作品モチーフとして見たことがある、ボルゾイという白い大型犬を舐めるように移動するレンズ。
・ミルクのような、石灰水のような少し重量感のある白い液体が沸騰しているように下から突き上げられ、円錐形を形作る。
・松井冬子本人のアップ。
・髪を後でまとめているのか、顔だけになるとまるで後藤久美子のよう。
・日本人離れした美貌。
・目を閉じる松井冬子。
・髪が顔にまとわりつく。
・きれいな弧を描き、まるで生き物のようにどんどん顔を覆い隠すように巻き付く。
・ボルゾイの俯瞰。
・自らの長い尻尾を追い掛けるように走り、白い円を描く。
・松井冬子の眼球アップ。
・眼球横向きのショット。
・眼球の黒色部分が沸騰したように円錐形に盛り上がる。

順番は違っていると思うけど、こんな感じのおよそ3分程の映像作品だったんだよね。
うーん、映像を文章にして説明するのは難しい。
松井冬子の初映像作品として、全く期待を裏切られなかった、という思いと想像通りだな、という感想を持つ。
厳しい言い方をするなら、良い意味でも悪い意味でも「平均点」かな。
ロレックスが協賛とのことなので、せっかくならCFにしたほうが話題作になりそうだよね?

さあ、それではいよいよ会場に入っていこうか。
松井冬子初の公立美術館における大規模な個展は9章に分けられて展示されていた。
それぞれの章ごとに気になる作品についてまとめてみようかな。

第1章 受動と自殺
第1章から重たい言葉の羅列!
そんな言葉を熱心に読んでいるお客さん達。
予想通りだけど、やっぱり女性ばっかりだったんだよね。(笑)
松井冬子は女性ファンが多いだろうから。
ボルゾイをモデルにした「盲犬図」からスタート。
「痛み」「狂気」「死」という松井冬子にとっての3大テーマに沿った作品が展示されている。
「ただちに穏やかになって眠りにおち」では白い象の入水の様子が、「なめらかな感情を日常的に投与する」ではところどころ体が千切れている双頭の蛇が描かれている。
第1章から痛いよー!
SNAKEPIPEがこの中で一番気になったのは、展覧会タイトルにもなっている「世界中の子と友達になれる」(2004)である。
このタイトルは第3章で展示されている松井冬子の卒業作品と同じタイトルで、「あれ?」と思ったSNAKEPIPE。
調べてみると「自分にとって大事な作品には同じタイトルを付けている」とのこと。
記述したい時には「世界中の~」のあとに年号を入れる方法で良いのかな?
上の作品は真ん中に大きな花が咲いていて、右下には女性の足、左には横たわるまたもやボルゾイが配置されている。
キレイに咲く花が、女性の養分を吸い取っているように見えて、それはまるで梶井基次郎の「櫻の樹の下には」を思い起こさせる。
鑑賞者の想像によって、いくつもの物語が作れそうで、とても気に入った作品である。

第2章 幽霊
「夜盲症」という作品は以前にも鑑賞したことがあり、その制作のプロセスについて語る松井冬子の言葉も聞いたことがある。
松井冬子はジャンル分けされると「日本画家」となるようだけど、その制作方法は伝統的な日本画のそれとは大きく違っているようだ。
デッサンを繰り返し、デッサンをコピー、必要部分を切り取り、貼り付け、コラージュをする。
確か「夜盲症」という作品は幽霊っぽく細長く見えるように「拡大縮小コピー」をした、と語っていた記憶がある。
確かにその方法は効果的で、足がないとされる幽霊らしさが良く表現されている作品に仕上がっているよね!
だけど、そういう方法を語っちゃって良いのかな?
その点がとてもユニークな方だな、と逆に感心してしまったSNAKEPIPE。
第2章の中では、「思考螺旋」という逆立った女性の髪の毛だけを描いている作品に、女性の怨念のような強い意志を感じた。

第3章 世界中の子と友達になれる
この作品は松井冬子の東京芸大卒業制作である。
この作品も松井冬子の代表作として非常に有名なので、SNAKEPIPEも以前より知っていた。
もちろん実物を鑑賞するのは今回が初めてである。
テレビ画面や画集からは知ることの出来なかった、なんとも言えない後味の悪さを感じる。
少女の手足の先ににじんでいるのは、どうみても血にしかみえない。
どこに向かって、誰に対して呼びかけているのか。
揺りかごからいなくなった赤ん坊を探しているのか。
びっしり描きこまれた蜂の大群。
今回実物を鑑賞することができて良かった作品である。
そしてこの作品のプロセスが解るような、例のコピー、コラージュなどによる制作方法を知ることができたのも良かった。
揺りかごが途中からグレードアップして、高そうな品に差し替えられていたのには笑ってしまった。(笑)

第4章 部位
この章では作品制作のための下図やスケッチ類が展示されていた。
日本画家の制作課程として小下図や大下図を描くと説明がされていて、松井冬子もその伝統的な手法に沿って制作をしているとのこと。
コピーとコラージュは独自の手法みたいだけど、それ以外は本来の日本画家と同じだったんだね!
それほど日本画について詳しくないSNAKPIPEには新鮮な発見だった。
そしてこれらのスケッチ類の見事なこと!
他の東京芸大の方のスケッチを拝見したことがないので、松井冬子の技量が他の方と比べて格段に上手なのか、それとも芸大だったら当たり前のレベルなのかは不明だけどね。
いやあ、紙と鉛筆があれば人はここまで遠近法や立体感を出した絵が描けるんだね。
それにしてもスケッチの外枠に本人手書きの考察ノートみたいなのが書かれてるんだけど、「鬼描き」って一体何だろうね?(笑)
ROCKHURRAHに聞いてみると、あっさり「NHKのトップランナーの時に『鬼のように細かく描写すること』って本人が司会者に言ってたよ」と疑問を解消してくれた。
なーんだ、そういう意味だったのか。(笑)
そしてかなり小さなスケッチまで「○○蔵」って書かれてるの。
ほとんどの作品が誰かの所有物になっていることにもびっくり!
松井冬子コレクターがいっぱいいるんだね。

第5章 腑分け
「腑分け」というのは江戸時代に行われた人体解剖の意味とのこと。
この章では、人の内部、それは内臓や脳といった表面からは見えない部位を開いて描いている絵を集めていた。
全体的に、まるでソフトフォーカスされたようなにじんだ技法。
内臓だからグロテスク、という通俗的な概念とは少し違う印象の日本画である。
美しい、と言うとちょっと違うけれど嫌悪感を持たずに鑑賞することができる作品群。
好みは分かれるだろうけど、SNAKEPIPEは好きだな!

第6章 鏡面
全てがそうだったわけではないけれど、この章のテーマはシンメトリー。
このセクションの中で気になった作品は左の「従順と無垢の行進」である。
椿の樹を真っ二つに切り開いた状態、と説明がされている。
松井冬子の、今までの作品には見られなかった太い黒い線が非常に力強い。
そして、ロールシャッハテストのよう、と書かれているけれど、それよりはやっぱり子宮をイメージしてしまう。
松井冬子が植物や花を描く時、SNAKEPIPEには全部子宮に見えるんだけどね?
これは平成22年のもの、というから割と最近の作品みたい。
テーマは変わらなくても、今までの細い線で描いてきた作品とは違って、線の強さで新しさを感じることができた。
今後の松井冬子の新境地、になるのかな?

第7章 九相図
これも松井冬子の代表作といえるだろう「浄相の持続」を更に展開させて、現代の九相図としてシリーズにした作品群である。
「浄相の持続」はかつて成山画廊で鑑賞したことがあったけれど、今回は計5作として展示されていた。
鎌倉時代に描かれた九相詩絵巻の、人が死んでから朽ち果て、ついには骨だけになるという段階を踏み「戒め」を強調した主旨とは違う観点から制作されているとのこと。
そのためなのか、鎌倉時代の「人が死んだらこうなるんだよ」というリアリズム重視の作品とは性格が異なっている。
鎌倉時代の九相詩絵巻は、修行のため煩悩を捨て去る目的で制作されたという。
と、いうことは僧侶=男性が鑑賞するための作品だったんだよね。
修行の目的のために女性死体を利用した、みたいな感じか。
松井冬子の作品は、男性対象に制作されているわけではない。
その死体である、女性自身が主役で、その女性が主張したいがための作品なのである。
「私の生き様ってこんなだったのよ」みたいな、ね。
なんとなく言ってる意味、解ってもらえるかしらん?(笑)
このシリーズはまだ続くようなので、今回鑑賞した5枚の他にどんな作品が仕上がるのか。
とても楽しみである。

第8章 ナルシシズム
この章で展開されていたのは3点の作品のみ。
「陰刻された四肢の祭壇」はとても大きな作品で、あとずさって遠目から鑑賞しないと全体像が掴めなかった。
内臓を引きずりながら歩いていると書いてあるけれど、何故彼女はあんなに穏やかに微笑んでいるんだろう?
争う動物達、手に持つ子宮と双子、胸に透けてみえる髑髏など鑑賞すればするほど謎を感じてしまう不思議な作品である。

第9章 彼方
最後のセクションでも平成21年から平成23年までの、最近の作品4点のみを展示。
この中の「無償の標本」はかつて「医学と芸術展 MEDICINE AND ART」で鑑賞済み。
「積年のドロドロした黒い塊を体内から少しずつ吐き出しながら、苦しんで描いていたような雰囲気が消えかかっているよう」だと書いてるね。(笑)
今回鑑賞しても、やっぱり同じ感想を持ってしまった。
平成22年作の「喪の寄り道」も、やや力不足な気がした。

初の大規模展覧会ということで、見応え充分!
松井冬子の全仕事を鑑賞することができて満足だった。
いくつかの作品には、松井冬子自身の言葉で解説がされていたのに、図録には収録されていなかったのが残念。
もう少しじっくり読んでみたかった文章だったからね!

前述した「医学と芸術点」のブログに
「松井冬子が前向きで明るい性格になり、『今までの怨みは全部忘れたわ』と視線が過去から未来に向かう日が来たら一体どんな作品になるんだろう?」
と書いたSNAKEPIPEだけれど、今回の展覧会で少しその答を知ることができたように思う。
やっぱり「ドロドロした黒い塊だった恨み」は、塊から粉状に変化し、もしかしたら強い風によって飛ばされ、形をとどめていないのかもしれない。
松井冬子にとって創造の源が負のエネルギーだったとすると、最近は幸せな日々を送っているのかな。
最近の作品はセルフカバー、かつて評判の良かった作品の練り直し、悪く言えば二番煎じのように感じられたからね。
そしてそれらが以前よりパワーアップしていたようには見えなかったように思うのはSNAKEPIPEだけだろうか。
一つだけ新しく感じたのは「従順と無垢の行進」の筆使いかな。
ここに今後の可能性があるのかもしれないね。