時に忘れられた人々【20】ロック数え歌編 2番

【今回は支離滅裂な組み合わせになってしまった】

ROCKHURRAH WROTE:

先週に引き続き、日本語の数え方に沿って「それ風に聴こえるタイトルの曲」を探してきて、どうでもいいコメントをつけるという頭悪そうな特集、その2をやってみるよ。

ROCKHURRAHのブログでは今までに「曜日がタイトルについた曲」とか「世界の地名がついた曲」とか色々な特集をしてきたけど、やってることはどれも大差ないというマンネリ記事ばかり書いてるのが特徴。
しかし70年代のパンクや80年代のニュー・ウェイブに特化した選曲、そしてたまには結構マニアックなバンドについて気軽に書いたりするから油断ならないと一部で評判になっているに違いない(想像)。

今回のもその延長線上にあるのは間違いないけど「数え歌」などとタイトルにあるくせに全然数え歌でもないという詐欺めいた展開。
さて、始めてみるか。

6.ROckWrok / Ultavox!

聴けば誰でもわかる通り「ロックロック、ロックロック〜」と始まるこの曲、6を表すにはこれ以上の選曲はないというくらいにピッタリなイントロだろう。ちなみにYouTubeに表示されているタイトルは誤りでROckWrokが正解だと思う。意味は不明。
ウチのブログでも何度も登場していたウルトラヴォックスだが、ブログを始めて間もない2007年の記事にすでに同じ事を書いていたよ。
ROCKHURRAHの言うことがあの頃と比べて全然変わってないのもビックリだけど、ブログ記事の長さが前よりも遥かに長くなったところだけ変化してるな。

ウルトラヴォックスは1980年代初頭に流行ったニュー・ロマンティックというムーブメント、要するに化粧して着飾った男がやっていたニュー・ウェイブの1ジャンルがあったわけだが、その頃に一緒くたに人気バンドになったという経緯がある。
三宅一生が出演してたサントリーのCMソング「New Europeans」で一躍有名になったんだが、この時のヴォーカルは元スリック、PVC2、リッチ・キッズのミッジ・ユーロだった。
実はその前の時代、ジョン・フォックスがヴォーカルでパンクよりも前の頃からパンク的な音楽をやっていた先駆的なバンドとして知られている。
ジョン・フォックス在籍時に3枚の傑作アルバムを出してるんだが、この時代のウルトラヴォックスこそROCKHURRAHの敬愛するもの。
そしてこの曲「ROckWrok」、大文字と小文字の使い分けの意味は不明だが初期ウルトラヴォックスの中で個人的に一番好きな曲だ。最もパンクっぽいアグレッシブな曲「Young Savage」もいいけど、こっちの方が後のニュー・ウェイブの誕生を予見するような楽器の使い方、早口ヴォーカルの投げやりな歌い方など、素晴らしい名曲。

当ブログの過去の記事では音楽についてよりジョン・フォックスのエラが張った外国のおばちゃんのような顔立ち(写真上)についてばかり言及してたが、老けた今はおばちゃんっぽさがなくなって怖そうなツリ目のじいちゃんになっている模様(写真下)。年取ったらスティング爺ともちょっと似てきたな。
まだ数多くのバンドがパンクをやってた時代にいち早くエレクトロニクスを取り入れた音楽を確立させ、後の時代のエレポップ、テクノポップにも大きな影響を与えた偉大なアーティストなのは確か。枯れたじいさんじゃなくて時代を先導する老師になって欲しいね。

7.Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye / Bananarama

ROCKHURRAHの出身高校は同時代にあった北九州の他の県立高校よりも垢抜けてない校風と女子の制服がダサいので、通ってる時には他校の生徒を羨ましく眺めたりしてたのを思い出す。元が男子校だったみたいで男子のみのクラスによりによって当たったりしてたからなあ。
今はそういう事も全然ないのかも知れないが、当時はまだバンカラなどという死滅したような校風があり、しかもそんな学校で応援団などという男臭い部活をやってた。今のROCKHURRAHからは想像も出来ないような過去だな。
いや、こういう話は特に今書いてる記事とは関係ないんだが、その学校で体育の授業の時に点呼で「ご、ろく、なな・・・」と叫んだら体育教師にひどく怒られた奴がいたのをフト思い出したというだけ。自分ではないよ。
7は「しち」と言うわけで、この学校に限らずどこでもそういう教育だったのかな?滑舌悪いROCKHURRAHは「いち」と区別がつきにくいかも。
「しち」っぽい英語とか他の外国語はそうそう見つからなかったので「なな」と数えさせていただくわけだが、たったそれだけの事で「あの教師から叱られてしまうな」と即座に思い出しただけだ。
上記の無駄な回想は要らなかったね(笑)。

1970年代の最後くらいに流行った2トーン・スカというムーブメントがあったんだが、そのジャンルの大人気バンドだったのがスペシャルズ。
音楽も演奏もエネルギッシュで圧倒的なライブ・パフォーマンスもすごかったんだが、長くは続かずに2つに分裂してしまう。
テリー・ホールを中心とするファン・ボーイ・スリーがその片割れなんだけど、彼らのコーラス隊として抜擢されたのがまだ無名のバナナラマだった。バナナラマをフィーチャーした曲は色々な黒人音楽と昔のガールズ・グループの音楽をミックスしたような古くて新しい、ちょっと独特な雰囲気を持ったものだった。

その後、バナナラマは独立して女3人だけのヴォーカル・グループの代表格にまで上り詰めるが、やっぱりファン・ボーイ・スリーと一緒にやってた頃の方が良かったなあ。
「ななな〜な、ななな〜な」で始まるこの曲「キスしてグッバイ」は独立して間もない1983年の曲。
そうそう、バナナラマと言えばいわゆるアイドル的な服装じゃなくてボーイッシュでかわいいイメージのファッションだったなあ。チェックのシャツにサスペンダー、それに当時のスポーツ女子はみんなこんなんだったよというジョギングパンツ(ジョグパン)。化粧や髪型はニュー・ウェイブっぽいのに服装はなぜか健康的なんだよね。
元歌は1969年、スチームというバンドによる大ヒット曲。原曲の映像も残ってるがヴォーカルが猪八戒みたいな顔でトロンとした目つき、バナナラマよりもむしろこっちの方に見入ってしまうよ。

8.Ja Ja Ja / Trio

「しち」を「なな」と読み替えて苦し紛れに乗り越えたが、実は今回最も苦労したのが8。「はち」などと発音する海外の曲など都合よく存在しないし、検索しても忠犬ハチ公の映画ばかり出てくる始末。
うーむ、などと唸ってたらSNAKEPIPEが「はちじゃなくてやーと発音したら?」とあっさり助け舟を出してくれたよ。
確かに「にー、しー、ろー、やー、とー」という具合に呼ぶ場合もあるからね。
8=やーだったら簡単に見つかった。日本語に訳せば「はい はい はい」というタイトルになるのか?またもやノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ)の脱力バンド、トリオによる曲。

1970年代後半、パンクやニュー・ウェイブがイギリスから近隣諸国に広がってゆき、フランスやベルギー、オランダなどからも次々と新しいバンドが生まれていた頃、当然のようにドイツでもそういう運動が起こった。
どこの国でも自国に元からあった文化・音楽とニュー・ウェイブを結びつけたわけではない。しかし、ドイツの場合は一般的にはわかりにくいジャーマン・ロックやクラウト・ロックという分野が存在していて、元からややこしい状態。その延長線にあるバンドが一緒くたにノイエ・ドイッチェ・ヴェレとしてシーンを形成していった。
だからノイエ・ドイッチェ・ヴェレといっても非常に難解な音楽性のものもあれば欧米でも通用するポップなものもあるという具合。
やってる音楽ジャンルではなく、要するにドイツ語圏という括りでひとまとめにされてしまったという歴史がある。
うーむ、この手の話をすると結構長くなってしまうから毎回割愛してるんだが、だったら最初から書かなきゃいいんだな、と自分で思ってしまうよ。

トリオはそんな中、突如として(たぶん)話題になったバンドだ。
マジックで書いた殴り書きみたいな文字と落書きのようなイラスト、そして「Da Da Da」だの「Ja Ja Ja」だのといった簡素なタイトル。
これはアートなのか単なるいいかげんなのか不明だが、曲の方も人を喰ったような投げやりさに溢れてて、脱力感漂う音楽が繰り広げられる。
このぞんざいなレコードが意外なほどに売れて、苦心惨憺の末に1stアルバムを出したどこかのバンドなんかより知名度が高くなってしまったのも意外だが、それが時代の流れだったんだろうか。
坊主頭でいつも薄笑いしてる無気力なヴォーカルはかなり不気味だし、ゲイっぽくも見える。ウスノロっぽく見せかけてるが意外とケンカは強いパターンだと見た。しかしすごく離れて見たらなぜかオバマ大統領っぽい瞬間があって正体不明。顔の輪郭が似てるんだよね。
これがまあまあ売れる国、ドイツも恐るべし。

9.Q Quarters / The Associates

「きゅー」と発音する英語はいくつか存在していて、曲も少しはあったが本人の好みでアソシエイツのこの曲にした。
アソシエイツはキュアーが所属していたレーベルから80年代初頭にデビューしたバンドで全盛期にはDAFやソフトセルなどと同じように男2人組という編成だった。音楽の方も誰もが書くように「陰影のある」とか「ミステリアス」とかのキーワードがピッタリな曲調、そしてビリー・マッケンジーのオペラのような高音ヴォーカルが最大の特徴。結構見た目も音楽も地味な印象だが、イギリスではインディーズ・チャートの常連でメジャー・ヒットも数曲はあった(はず)。

ウチのブログではなぜかアソシエイツ率も高いが、実はそこまで気に入ってるわけではない。しかし彼らの残した耽美なメロディラインはたまに無性に聴きたくなる事がある。この曲もそのひとつだな。
タイトルの意味はわからないがエキサイト翻訳してみたら何だかシュール極まりない歌詞になってしまったよ。ふむふむ「美はすべての毛穴からしたたる」だって。
この時代のバンドとしては珍しく、いわゆるプロモーション映像とかがほとんど残ってないのも不思議だが、本作もオフィシャルなものではない。よほどPVとかが嫌いだったのかねえ?

10.Ju-Ju Money / Comsat Angels

さて、いよいよ大詰め、大抵の数え歌ではラストとなる10だ。
「じゅう」と読めそうな曲名でこれくらいしか思いつかなかったよ。アルバムのタイトルだったらスージー&ザ・バンシーズの「JuJu(呪々)」とかあったんだけど。

シェフィールド出身のバンドと言えば個人的にはヒューマン・リーグやキャバレー・ヴォルテールがすぐに出てくる名前だが、こんなバンドもいましたっけ?と言う代表格がこのコムサット・エンジェルスだ。まさに「時に忘れられた人々」というくくりでは最適とも思える人選。
コムサという名前は使ってもファイブフォックス系(80年代に流行ったDCブランドのグループ会社)なわけでもなく、むしろルックスは二の次、という地味な雰囲気のバンドだったな。 曲もあまり特色がなく、一応ネオサイケっぽくもあったが、個人的には素通りしていたタイプ。
レコードのジャケットはなかなか派手で目を引くから、ジャケ買いしててもおかしくはないのに。
映像はイギリスの「The Old Grey Whistle Test」というTV番組出演時のライブなんだが、ヴォーカルの表情が凄すぎ。このしかめっ面は突然の激痛か発作かと思えるくらいのレベルなので、リアルタイムで見てたら視聴者の方がビックリするだろうね。その後死んでないようで良かった良かった。

以上、筆の遅いROCKHURRAHとしては珍しく2週連続で頑張ったよ。
日本語の数え歌はこれで終わりなので次回は中国語編でイー、アール・・いや、それは無いって。

時に忘れられた人々【20】ロック数え歌編 1番

【7年もかけてやっと20回、スローペース過ぎの連載企画だな】

ROCKHURRAH WROTE:

遂に20回を突破したROCKHURRAHの長寿企画「 時に忘れられた人々」シリーズだが、これを記念して今回は数え歌形式で矢継ぎ早に展開してゆくという荒業に挑戦してみたい。
数え歌というのは今の時代でもあるのか?例えが古くて今どきの人にはわからんだろうが「ひとつ人より力持ち〜」とか「いっぽんで〜も にんじん」とかを即座に思い出してしまう。
しかしロック、特にROCKHURRAHの得意とするパンクやニュー・ウェイブといった70-80年代音楽でそんなものあるのか?熟考した末に英語のOneとかじゃ当たり前だから、日本語のいち・に・さん・し・・・と続くようなタイトルのものをチョイスしてみたよ。
もちろん洋楽でそのものズバリな曲など滅多にないから、そのように聴こえるのを列記してみるだけ。
一部、かなり苦しいが、そんなバカっぽい事をやった者はあまりいないはず。挑戦する価値はあるね。ん?ない?

1.Ich Lieb Sie / Grauzone

Ichはドイツ語で「私」のこと。「イッヒ」と発音するらしいのでイチではない。こりゃいきなり数え歌失敗の危機だね。
そんなことはわかってるんだが、ドイツ語かぶれの家庭ではもしかしたら数える時に「イッヒ・ニー・サン・ズィー(sheという意味のドイツ語Sie)」などと言ってるかも知れないな。そんなわけない?
Grauzone(読めん)は英語で言うところのグレーゾーンだとのこと。
ドイツ語を使ってるがスイス出身の初期ニュー・ウェイブ・バンド、これは1981年の作品だ。
スイスと言えば見た目がいかついガールズ・バンドのクリネックス(後にリリパットと改名)とか、ルドルフ・ディートリッヒという「貴族か殿下か?」 と思わせるすごい名前の男がやっていたブルー・チャイナ、硬質なネオ・サイケをやってたガールズ・フロム・タヒチなどを即座に思い出すがこのバンドは素通りしていたよ。バンド名読めないし。昔はジャケットをよくレコード屋で見てたけど、ドイツともスイスとも思わなかった。

デペッシュ・モードの初期あたりを思わせる初々しいエレポップで途中に語りまで入る、聴いてて気恥ずかしい青春の曲ですな。ノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ)だとディー・ドラウス・ウント・ディー・マリナスの路線に近いのかもね。このバンド自体が一般的にはあまり知られてないから、例えがわかりにくいか?

2.Neat Neat Neat / The Damned

次は70年代パンクの世界でセックス・ピストルズ、クラッシュと並んで賞賛される三大パンク・バンドの一角、ダムドの超有名曲より。
この時代のパンクはどのバンドも違ったカッコ良さがあって、ROCKHURRAHも数多くのバンドから影響を受けまくっていたなあ。
ダムドの場合はラウドで激しい演奏と悪ノリしすぎのハチャメチャなパフォーマンスが特徴。
とにかくデイヴ・ヴァニアンとキャプテン・センシブルの個性が際立っていて一般人が考えるパンクのイメージとはかなり違う、それでも間違いなくこれこそパンクと言えるところが素晴らしかったな。

ニートを三回早口で言うと222でこの曲に決定した。 ガレージの帝王ビリー・チャイルディッシュがやっていたマイティ・シーザーズもこの曲のカヴァーを「Ni Ni Ni」と表記していたくらいだから、本国でもお墨付きの発音。
この映像はTV出演のもので本当に演奏はしてないけど、勢い余ったキャプテンがずっこけるハプニングもあってダムドらしい。デイヴ・ヴァニアンのドラキュラ・メイクも世界一だね。

3.Sun Goes Down / Killing Joke

サンっぽい英語はSunとSonがあって、どちらにも適当に書けそうなものはあったんだが、今までキリング・ジョークについて書いてなかったからこの曲にしてみた。

ロンドン・パンク第二期くらいの世代、1978年に結成したバンドでパンクのオムニバスにも収録されてたりするが、どちらかと言うとポジティブ・パンクとかダーク・サイケと呼ばれた音楽の元祖として知られているな。
まだそんな名称がなかった時代に例えばバウハウスやスージー&バンシーズ、UKディケイ、そしてジョイ・ディヴィジョン、キリング・ジョークなどはただのパンクではなく、明らかにダークな方向性を目指していたが、それぞれ別個の活動なのでシーンなどはなかった。混沌の時代だね。
ベルリンの壁みたいなものを乗り越える人々(?)がジャケットとなった1stアルバムはひたすらに重苦しく、原始的に荒々しいリズム、ギターとベースが一緒くたになって脳天に響いてくるような音楽に満ち溢れてて、この激しいエネルギーに圧倒されたものだ。

ただしヴォーカルのジャズ・コールマンのちょっといやらしい顔つきと声があまり好みじゃなかったので、その後心酔することもなかった。本人は自分で悪魔的と思ってるんだろうけど、周りは単にイヤな奴としか見てないに違いない。かなり適当な感想だがファンに呪われてしまうかな?

4.She Goes To Finos / Toy Dolls

お次はすばしっこく軽快に動くコミカルなギタリスト、オルガを中心にしたトイドールズのこの曲。
ヨンで始まる曲名はそうそうないから、Sheを4に当てはめてみたよ。
ん?いちいち言い訳しなくてもわかる?

80年代初期と言えば70年代型のパンク・ロックはすでに多くが消滅していて、代わりにハードコアとかOi!の時代になっていたが、トイドールズの音楽はそのどちらでもなくて、とにかくポップでコミカル、そしてキャッチーなものだった。タイプは違うがレジロスとかの路線を受け継いだ広義のパワーポップとも言える。
パンク版ラジオ体操みたいな「ネリーさんだ象」のバカバカしいプロモ、そして今回取り上げた「She Goes To Finos」でも、格別にギャグがあるわけでもないのに、見てるだけで何となく笑えてくるのはキャラクターが際立ってるからだね。
極端に刈り込んだ短髪に四角いサングラスもどこかのコミックバンドみたいだし、難しいことは考えずに誰もがノリノリになれる名曲をたくさん残してる。しかもそれでいてちゃんとパンクのツボは押さえてるという点が薄っぺらなコミック・パンク・バンドと違うところだと思う。後の時代のメロコアや日本のバンドに与えた影響も大きいはず。
日本ではバップレコードの強烈な売り込みもあって、入手しやすいパンク・バンドとして広く普及したなあ。最近は中古盤屋もほとんど行かないが、一時期はパンク・コーナーでまたか、というほど見かけたもんだ。

5.Go Buddy Go / The Stranglers

いつもより短いけど数え歌の半分までで一番は終わりとする。 今回は珍しく王道ものが多かったな。いつものROCKHURRAHの選曲だと敢えてひねりすぎの曲を持ってくるパターンが多いんだが。
さて、5がGoというひねりも何もない選曲なんだけど、「Go Goセール!」とかで55円均一になるようなもんかね?
やってるのはパンク界きっての空手の達人、ジャン・ジャック・バーネルを擁するインテリ武闘派バンド、ストラングラーズだ。
ロンドン・パンクが起こる前から活動していたストラングラーズは、長い活動歴を誇るバンドとしても有名だな。
パンクのちょっと前に流行ったパブ・ロックとドアーズのようなサイケなキーボードが合体した独特の音楽性、そして極めて硬質なベースラインと過激な歌詞。 ピストルズやクラッシュのようにファッション的に憧れるような部分がなかったから日本での人気はイマイチだったが、音の方はまさに唯一無二の個性を持ったバンドだったな。
これはTV出演の時の映像で本当に演奏はしてないんだが、ヒュー・コーンウェルとジャン・ジャック・バーネルのギターとベースがテレコ(入れ違い)になってるというレアな映像。シニカルなジョークのつもりなのかも知れないがドキッとするね。

「空耳アワー」のようにオチがあるわけでもなく、単に同じような発音の曲を探してきただけの安易企画、もはや書いてる本人すら数え歌2番をやる意義も見い出せないんだが、次回も何とか頑張ってみるよ。

ロックンロール世界紀行 Transit05

【今回は魅惑の島国、エキゾチック・ジャパン特集】

ROCKHURRAH WROTE:

去年から始めたこのシリーズ記事も案外進まず、まだ4回しか書いてない。しかも最後に書いてからもう数ヶ月も経ってしまってる事にさっき気付いたよ。ROCKHURRAHが主に書いてるシリーズ記事でこの手のパターンが多いな。

国名や都市名がついた歌は結構あるから簡単に書けると思ってたんだけど、意外と困難で・・・という事もすでに前回のTransit04で書いてるね。
そもそも英語力皆無のROCKHURRAHが曲の内容について語る事など出来るはずもなく、理解なんかしてないまま、いいかげんに書いてるのが現状だから、困難なのは間違いない。それでも何かは書くけどね。

個人的に今年の夏はお盆休みらしきものもほとんどなくて、夏を全くエンジョイしてなかったなあ。海外も日本の避暑地も全く無縁で、休みといっても最小の行動力(暑さが苦手のため)。

今回はそんなROCKHURRAHが選んだ「日本特集」にしてみよう。
前にブライアン・フェリーの事を書いた時に

東京は外国人にとっても憧れの場所なのか、ここをテーマにした歌は実に数多く存在する。

と書いた通り、タイトルにJAPANとかTOKYOと付いた曲は過去から現在まで数多くあるのは間違いない。しかし日本の事を歌った海外のミュージシャン達はどれだけ日本を理解してるのだろうか?
今はネットを調べれば何でも情報は出てくる時代だけど、それでも結構な数の勘違い外人はいるに違いない。特集するのは今ではなく80年代くらいに活躍した人々ばかりだから、その頃は余計に情報もなく、勘違い外人はもっと多かったはず。

しかし自分の胸に手を当てて考えるまでもなく、海外のメジャーな都市でもそこの文化に精通して完璧に理解している日本人は少ない。
その辺はまあ、おあいこって事で話を進めよう。
さて、音楽に国境はなくて文化の溝を埋める事は出来るのだろうか?

まずはジャパンのこの曲から。

ジャパンは1970年代半ばから80年代前半まで活動していたイギリスのバンドだが、当初は本国では大した知名度もなく、日本でだけ大人気というよくあるパターンのバンドだった。

このジャパン人気の元を作ったのはおそらく当時の音楽雑誌「ミュージック・ライフ」の強烈なプッシュがあったためだと思われる。
創刊は何と1930年代だというから、おそろしく歴史のあった老舗音楽雑誌らしい。70年代にはロック少年少女向けのアイドル的バンドを発掘し、広く知らしめるという方向性で、美形バンド・ファンの発展に大きく貢献した。
ROCKHURRAHの実家では二人の兄が「音楽専科」とか「プレイヤー」とかの音楽雑誌を読んでいたが、自分で選んで読んでたのは「ロックマガジン」と「DOLL(昔は「ZOO」)」、そして「フールズメイト」の三誌で東京に出てからは「ZIGZAG EAST」や「NEWS WAVE」「オブスキュア」などの雑誌まで毎号律儀に買っていた。たまに洋書までも手を出してたから雑誌代もかなりかかってたのを思い出すワン。
「ロッキン・オン」とか「クロスビート」とか「ミュージック・マガジン」とか、主流の音楽雑誌が全然出てこないところがいかにもROCKHURRAHらしいね。ん?個人的な雑誌談義はどうでもいいか。

「ミュージックライフ」はたぶん兄弟の誰も読んでなかったと思うが、書店の音楽雑誌コーナー見るとイヤでも目に飛び込んでくるこの手の表紙。
ジャパンはその辺でよく見かけたな。
美形と呼ばれたロック・ミュージシャンは時代によって色々だろうが、ジャパンのデヴィッド・シルビアンやミック・カーンはこの時代では代表的なもので、彼らのヴィジュアルがまず音楽よりも先行しての人気だった。
音楽の方は最初の頃はグラムロックの延長線にディスコ・ミュージックをくっつけたような曲もあれば、ロキシー・ミュージックのあまりヒットしなかった曲みたいな雰囲気もあり、どちらかと言えば見た目ほどにはキャッチーではなかった印象がある。ミック・カーンの顔と演奏はすごいインパクトはあったけどね。

1979年発表のこの曲もニュー・ウェイブ真っ只中という時代を考えると案外地味だが、この後、1981年の「錻力の太鼓」あたりになると中国や日本の旋律をうまく取り入れた独自の音楽性で高い評価を得る。が、この曲は直接的には日本も東京も特に感じない曲調。

何十行にもわたって書いた後で言うのも何だが、実はROCKHURRAHはジャパンのレコードを所有していた事がなくて、個人的には特に思い出のないバンドなんだよね。好きとか嫌いとか以前にあまり知らない、しかも知らないくせに何かそれっぽい事を書いているという仰天のいいかげんさ。最初からこんなんでいいのか?

次は1980年に大ヒットしたヴェイパーズのこの曲。
なぜだかこのビデオだけ別サイトのものだが仕方ない。見栄え悪くてごめんね。
そういう企画自体がすでに大昔の事となってしまったが、一時期「消えた80年代ヒット曲」とか「一発屋特集」みたいな企画があった場合には、かなりの確率で取り上げられていたと思われる一発屋の典型だな。
これはモロにパワーポップ全盛期のノリの良い曲で、タイプは全然違うがレジロスや初期XTCなどと同じくアップテンポでキレのある演奏。
ザ・ジャムのプロデューサーによるプロデュース作品で全英3位のヒット曲にまでなったが、その時の1位がジャムの「Going Underground」だった、要するに同じプロデューサーにNo.1を阻まれたというエピソードがあるらしい。
ヴォーカルの男が前髪パッツンなのに後ろが長い、昔の関西のヤンキー子供みたいな髪型なのが時代を感じさせるね。アメリカのパンク・バンド、ディッキーズのヴォーカルも確かこんな髪型だったな。ブライアン・イーノやマガジンのハワード・デヴォートも同じ系列の髪型なのでまとめてみた。軽薄で身軽な動きと顔つきが「ズーランダー」の頃のベン・スティラーに何となく似てるような気がするな。

ビデオの方は典型的な勘違いだけど、日本では決して美人と言われないタイプの芸者、そしてサムライではなくて居合い抜きの剣術家などが登場する。(註:現在このビデオがどうしても見当たらないので別のビデオで代用)
曲のイントロは外人が「日本の音」だとよく勘違いする中華風メロディ。
これだけで日本を表現する安易さがツッコミどころ満載だが、 居合い抜きがちょっとだけ他にない発想だったかな?もしかしてこれを=侍だと勘違いしてたのかな?

そしてこれ、ビー・バップ・デラックスの一番最後くらいにリリースされた1977年の曲で、この後バンドは解散。ビル・ネルソンはもっとパンクやニュー・ウェイブ真っ只中の音楽をやるためにレッド・ノイズ、そしてソロとなる。
ビル・ネルソンについてはウチのブログで特集してるから、大して詳しくは書いてないけどそっちも参照してみてね。
このバンドが早くから日本や東洋に目を向けていたという事はないが、中期の頃の曲「Blazing Apostles (狂信者)」では「Old Japan」という歌詞のところで例の勘違い中華メロディを弾いてるから、やはり日本への理解度も他のバンド同様ということかね。
80年代、ソロの時代にはYMOの高橋幸宏と交流があり、お互いのソロ・アルバムにギターとドラムで参加したり、YMOのツアーにギタリストとして参加したりもした。奥さんも日本人なので並みの英国人よりはずっと日本に対する理解も深いはず。
この曲はそういう時代の前なんだけど、まさにニュー・ウェイブ夜明け前といった雰囲気でこのバンドの先進性を物語っている。まだYMOも登場する前にシンセサイザーとギターによる擬似テクノみたいな音楽をやってるんだもんな。 おそらく日本の童謡とかにインスパイアされたであろうメロディがチープながら印象的。ビデオの方は誰かが後で編集したもので全然オフィシャルじゃないけど、キャリアの割には動いてる映像が非常に少ないバンドだったので、こんなので許して。

今回はあまりひとつの曲について詳しく書かなかったから短いけどこれで最後。
スコットランドのヘンな歌姫、アネカの大ヒット曲だ。
1981年に全英1位になってるから上に書いたヴェイパーズよりも一瞬の人気は高かったという事になるのか?
81年と言えばおそらくニューロマンティック全盛期あたりで、チャートに上がる音楽以外にも様々なジャンルがひしめいていた時代だ。それだけ層の厚い時代にこんなインチキ・ジャパニーズがまかり通ってたとは逆に驚きだが、主にニュー・ウェイブの世界ばかりを見てきたROCKHURRAHと世間一般の音楽事情には少しズレがあるのは当然。
博物館みたいなところで激しく剣道の試合中という意味不明のシチュエーション、しかも特にオチもないし、日本を表現しているとも思えないよ。着物を着てなぜか合掌ポーズ、そして割り箸?プロペラ?みたいな奇妙なかんざしのアネカが歌うのが「外人が感じる典型的な日本的メロディ」ってヤツ。
うーん、ヘンはヘンだけど勘違いというよりは プロモーション・ビデオの監督が何だかよくわからない人だった、という気もするな。
外人が感じる典型的な日本のイメージを逆手に取ったサンディー&サンセッツの方がよほどそれっぽい映像を残してるよ。

以上、もっと日本っぽい曲や勘違い甚だしい映像とかも探せばあるんだろうが、70〜80年代にこだわってROCKHURRAHが集めたのがこういうのになってしまった。延々とダラダラした長い記事やセンテンスが一部で有名なROCKHURRAHの文章だが、今回は実に控えめ。夏の疲れが出たかな?

ではまた涼しくなったら会いましょう。
さらば夏の日(前にも書いたよ)。

誰がCOVERやねん6

【今回は陽気 VS 陰気で対極なバンド特集】

ROCKHURRAH WROTE:

この「誰がCOVERやねん」という企画はただのカヴァー・ヴァージョン特集ではなくて、1970年代から80年代のパンクやニュー・ウェイブにまつわるカヴァー曲だけを独自のセレクトで紹介(というほど詳しくは書いてないが)してゆくというもの。
元歌、またはやっているアーティストのどちらかに興味ない場合はいかに優れたカヴァーでも書かない方針なので、ROCKHURRAHの偏った好みだけで展開してゆく。
今まで書いた傾向はメジャーで誰でも知ってる曲よりも、知る人ぞ知る音楽に焦点を当てているのが特徴かな?ヘタしたら元歌のバンドもカヴァーやってるバンドもどちらも一般的でなかったりするから、読む人を限定する特集なのは間違いないな。もっとマニアックな人は世の中にゴマンといるだろうけど、読んで少しでもウチの路線を理解していただけたらありがたいな。

前回まではまずカヴァー曲を提示しておいて、それの元歌はこれなんだよという配置の仕方だったけど、今回からは先にオリジナル、次にカヴァー曲という構成でゆきたい。いや、誰も気付いてなかったと思うし別に大差ないのはわかってるけど。

テッズ=テディボーイは50年代のロンドンで流行した不良のスタイルで丈の長いテッズ・ジャケットに細身のパンツ、ラバーソールの厚底靴、そしてリーゼントの髪型などが特色だった。
アメリカ発祥のロカビリーとも似たようなものだが、ダボッとしたズートパンツに開襟シャツが主流だったロカビリーに対して、テッズの方はもう少しスリムな印象があるな。
生き様としてもファッションとしてもピシっとスジが通った魅力に溢れてて、個人的には大好きな部類。
人によっては大嫌いな部類かも知れないが、それはどんなムーブメントでも一緒。
セックス・ピストルズのマネージャーだったマルコム・マクラーレンも元々はテッズ畑の出身だった、という事からもわかる通り、ファッションの世界でも札付き、じゃなかったお墨付きの不良カルチャーだったわけだ。
その後も多くのデザイナーを魅了してテッズっぽいデザインの服はある程度の周期でリバイバルしているな。
ロッカーズはテッズのようなシティボーイ(死語)じゃなくてトライアンフなどのバイクに乗ってかっ飛ばす集団ね。
革の上下キメキメで魅了はされるけど、バイクに乗ってなければやはり決まらない。
趣味とライフスタイルの全てがそうじゃないと真似出来ない点でテッズよりも難しいと思える。

テンポール・テューダーは1970年代のパンクの頃に活動していたバンドでパンクとテッズ、ロッカーズ風味を融合させて、そこにスコットランド民謡風の勇壮なメロディをうまくミックスさせた個性的なスタイルを作り上げた。
元々はパンクやモッズとテッズ、ロッカーズは敵同士なんだけど、まあ固い事言わずに仲良くしましょうや。
モロにテッズ要素満載なわけではなく、メンバーの髪型やルックス、そして音楽性に垣間見えてるところが「時代に合ってた」ということになるんだろうな。
彼らのもう一つの特色は中世の鎧甲冑の騎士や海賊、三銃士などなど、華麗に時代がかった衣装をジャケット写真に使用してプロモーションもそういう装束で行っているコスプレ・バンドだったこと。
別にこの格好で演奏するわけじゃないが、同時代に大ヒットしたアダム&ジ・アンツの海賊ファッションなどと比べると知名度が低い。もっと注目されても良かったのではないかと思うよ。

俳優、コメディアンとしても活動していたエドワード・テューダーポールはセックス・ピストルズの映画「グレート・ロックンロール・スウィンドル」の中で映画館の受付役(掃除人?)として出演、映画のサントラでも何曲か入っていて注目はされたものの、アルバム・デビューが遅くてパンクも過ぎ去った頃になってしまったのがやや不遇だったかな。
アレックス・コックスの「ストレート・トゥ・ヘル」でもジョー・ストラマーやポーグスと共演。
「そうそうたる人々と共演したで賞」を与えたくなってしまう逸材なのに日本ではあまり知名度がないなあ。

この曲「Swords Of A Thousand Men」はそんなテンポール・テューダーの魅力が満載のヒット曲で、PVもROCKHURRAHが書いた通り派手な身振りの騎士姿。
前にウチのこの記事でも書いた名曲「Wunderbar」と共にみんなで大合唱出来る壮大で陽気な曲だね。
テューダーポールのこれでもか、という派手なオーバーアクションもすごいけどギターのモミアゲ男の「濃さ」も負けてないね。男気ムンムン。

そんなテンポール・テューダーの名曲をカヴァーしたのがこれ、ミッドナイターズというバンドだ。
1980年代後半のサイコビリー系バンドでかなりマイナーな存在だとは思えるが、なぜかこのレコード・ジャケットも覚えてるしカセットテープ(古っ!・・・)にも「Easy Money」とか録音して聴いてたような記憶があるが、バンドの印象はすっかり記憶にない。
サイコビリーの中でも特にアクの強いバンドばかりを好んで聴いていたから、この手の軽快な演奏は敬遠していたかも。
元々テッズっぽい要素もあるテンポール・テューダーの曲をネオロカ、あるいはサイコビリーでカヴァーというのはある意味当たり前の発想なので、飛躍がないのは書いてる本人にも痛いほどわかってるよ。まあ見逃してやってね。
しかし、ミッドナイターズというバンドが他にもあるようで、しかもそっちの方が遥かに立派なようで、この見栄えのしないトリオは検索でもほとんど出てこない。
バンド名つける時に「同じバンド名だ」とか気付かなかったものかねえ?
出だしからしてすでに間違っとるよ。

ROCKHURRAHの書くブログ記事では何度も登場していて「またかよ」と言われそうなジャンルが1980年代初頭に流行ったポジティブ・パンク、略してポジパンというムーブメントだ。
ウチでも大昔に記事でまとめたこともありましたなあ。
ウィキペディアでゴシックについて調べてたら、ゴシック趣味の音楽についてウチの書いてる事と同じような事が書かれてたからビックリ。こんな一文を真似て書くほど落ちぶれてないROCKHURRAHだが、ウチの駄文を真似るほど落ちぶれた人間もいるとも思えない。
うーむ、偶然にも列記してるバンド名まで一致した、などという奇跡な解釈でよろしいのかな?

ポジパンの大まかな定義とかは上のリンクを参照すれば、割とうまいこと書いてると自画自賛出来る力作(ブログ記事が)。
いやあ、ROCKHURRAHのブログ、タメになるなあ。

そのムーブメントの一番最後に登場した大物がこのシスターズ・オブ・マーシーだ。
ジョイ・ディヴィジョンやバウハウスによって確立した「何かわからんけど暗くて重苦しいロック」という不明瞭なジャンルを踏襲したバンド達が幾多も存在したが、そのトドメとも言える重苦しいヴォーカルが衝撃的だった。
この重低音ヴォーカリストのアンドリュー・エルドリッチを中心に80年代初頭に英国、リーズで結成。
ポジパンが一番旬の時代だったのが1982年くらいだから、その時にはすでに存在していたはずなんだが、当時は細々とシングル出してたけど日本ではまだ無名だった。

シスターズは多くのポジパンのバンドがやってたような白塗り化粧とかホラー映画風のメイクとは無縁のルックスで、長髪にレイバンの大きなサングラス、丈の長い黒っぽいコートにつばの広い帽子というような格好だったから、通常の意味でのポジパンっぽいところはなく、そういうシーンの中では浮上して来なかったんだろうかな?
ただしゴシックという幅広い意味では見事に一致してて、ゆえに「ゴスの帝王」などと呼ばれていた。
音楽も見た目も雰囲気も真似したくなる要素に溢れてて、フォロワーも多かったな。

本人はゴシックなどという言葉が大嫌いと明言していて、ポジパンやゴシックなどというムーブメントとは距離を置いていたらしいが、近い方向性なのは間違いない。
ドクター・アバランシェと名付けられたドラム・マシーンによる無機質なビートに繊細なギター・サウンド、そしてくぐもった低い声が特徴的な音楽はジョイ・ディヴィジョン=イアン・カーティスと共に「押し殺した声のヴォーカリスト」2大巨匠だと言える。

彼らは自身のレーベル、マーシフル・リリースより出したシングルをインディ・チャートに数多くランクインさせて、1985年にアルバム・デビューした。
「マーシーの合言葉」という意味不明の邦題で日本でもリリースされたが売れたんだろうか?

すでに大半のポジパンのバンドは過ぎ去っており、そういう路線での生き残りは難しかったが、一般的には売れなくても伝説のすごいバンドとしての地位は揺るぎないものだったろう。
しかしかなり偏屈な男として名高いエルドリッチは他のメンバーとうまくいってなく、メジャー・デビューした後にあっさり解散。次のバンドを巡ってイヤな泥沼のような争いを起こしたが、この辺はROCKHURRAHの嫌いなところなので省略。
彼一人さえいればそれがシスターズ・オブ・マーシーという考えのワンマン社長、「派遣は覇権を争うなよ」というのが言い分らしい。

その後も別のメンバーでやってたりはするけどROCKHURRAHが個人的に好きだったのはアルバム当時のシスターズまで。
ポジパン最後のスターだっただけにそのカッコイイ姿が見られるライブ映像も比較的残っている。
この曲「No Time To Cry」は一番最後くらいのリリースで(1985年までの)暗くてもダンサブル、重苦しくても躍動感に溢れてるという名曲。見た目も格好良くて憧れるな。
個人的にエルドリッチの真似して髪を伸ばして黒ずくめだった時代もあったなあ。
今はまた時代が廻って案外遠からずの風貌になってしまったROCKHURRAHだよ。

そんな時代の寵児だったシスターズだからカヴァー・ヴァージョンも多数存在してるだろうと思ったが、当たるのはヘンなバンドばかり。
彼らの良さをひとつも理解してない醜い見世物バンドとか、要するにゴシックの表面だけをなぞって間違えてしまった類いの奴らとか。
実はここまで書いてきて取り上げようと思ってたバンドがそれだったわけで、急遽取り止めにした次第だ。
シスターズ部分に熱を入れて書いたからもう書き直し出来ない、困ったニャーなどと思いながら何とか勘違いではなさそうなのを見つけて来たのがこれ。
特別に気に入ったわけでもないし映像もなくてつまらんが、ないよりマシというレベル。
実は全然知らなくてどうやらフランスのレーベルから出している最近のバンドらしいが、なぜか「特攻花」とか「神風」とか不穏なタイトルのレコード出してるな。
他の曲の曲調も聴いてみたが、まさに80年代、具体的にはエコー&ザ・バニーメンとかウェステッド・ユースとかの正統派ネオ・サイケっぽく感じた。
90年代くらいにもシューゲイザー=靴を見つめる人=うつ向きかげんに観客と目を合わせない内向的バンドというのが多数出たが、その延長線にも見えるな。
タイトルもそうだが日本語のサンプリングみたいなのも入ってて、こちらが聴くとちょっと気恥ずかしい気分もする。

ポスト・パンクみたいな事を今の時代に再現しようと思うとこういう風になってしまうね、というような見本市。
いくら自分が盛り上がってても周りの空気は違うという現実に突き当たる。

ROCKHURRAHは若い世代で今やってるサイトを始めたわけではなくて、ちゃんと熱かったあの時代を知ってるからSNAKEPIPEと二人でも80年代のままで続けてゆけるけど、このバンドはどうだろう?
時代は巡ってくるからまた80年代みたいになるといいんだろうけど、それは本当の80年代ではない。
この辺のギャップに彼らもウチも悩みそう。

今回も意外と長くなってしまったからたった2つのカヴァーのみ、しかもオリジナルに思い入れがあってもカヴァー曲には特に何も感じないというのが続いてしまったね。
また今度別な方角から探ってみよう。