大人社会科見学—産業科学館—


【鉄を溶かすベッセマー転炉の複製。まるで現代アートだよ!】

SNAKEPIPE WROTE:

9月の三連休はどこかにお出かけしようと計画していたROCKHURRAHとSNAKEPIPE。
いつも行っている例えば古着屋や材料屋では面白くないので、せっかくならば今まで一度も行ったことのない場所にしよう、ということになった。
3日3晩考え続け、出たアイデアが「千葉県立産業科学館」!
面白いかどうかは行ってみてからのお楽しみ。
ワクワク・ドキドキしながらのお出かけである。

予想していたよりも大きく立派な建物だな、が第一の感想。
しかも「県立」だったとは!
入場料を払うより前に「サイエンスドームギャラリー」というブースで「不思議な視覚の世界」が開催されていた。
ここではホログラムやだまし絵、凹凸を利用した錯覚など、様々な視覚の実験作品があり、結構面白い。
えっ、ここまでは無料で入れるの?
さすが、やるね!千葉県!(笑)

少し歩くとチケット販売カウンターがあり、聞いてびっくり入場料は300円!
再入場も可、というなんとも親切な科学館である。
2階からどうぞ、の案内の前にドドーンと巨大な鉄の塊がっ!
どうやら千葉県内で実際に使われていた水力発電の装置らしい。
こんなカッコいい鉄が展示してあるなんて、と期待で胸がいっぱいになるSNAKEPIPE。
そして2階の「現代産業の歴史」のコーナーに向かう。

まずはその入り口のオブジェが素晴らしい!
鉄、ステンレス(?)、ボルトやナットなどを使った現代アートである。
色彩も鮮やかで、ウチに持って帰ってドアにしたい逸品!
どうして美術館じゃなくて産業科学館にあるんだろう?

「現代産業の歴史」は発電所やコンビナート、鉄や石油について詳しく説明されているブースで、SNAKEPIPEがよだれを垂らしそうになるほど大好きなジャンルである。
こんな三連休中にわざわざ産業科学館に出向く人も少なかったらしく、なんと会場にいるのはROCKHURAHとSNAKEPIPEの二人だけ!
係員もいないし、まさにここはパラダイス!(笑)
「ひー、カッコいい!」
「鉄の塊、欲しい!」
などと奇声を発しながら思う存分鑑賞することができたのである。

例えば「ご家庭に電気が届くまで」のような詳しい、本当の意味で勉強になるような説明ももちろん興味深かったけれど、やっぱり目を引くのは完璧な縮尺で複製された鉄を加工するための機械や送電線の断面(実物)など。
断面図にいたってはまるでマンデルブロ集合の図のよう!
これってほとんどアートの領域!
科学と数学と美術の融合ねっ!
先日の「ターナー賞の歩み展」に行った時よりもグッと迫ってくるものがあるのはやっぱりインダストリアル好きだから?(笑)
できればそのままずっとこの空間で過ごしたい、とまで思ったSNAKEPIPEであったが、まだ1階の展示があるのよね。

1階のブースは「先端技術について」と「科学を体験する」コーナー。
科学の体験、とはいっても子供向けの内容なので磁力や圧力を使ってこんなことができますよ、みたいな内容。
印象に残っているのは「無限の部屋」という仕切りを下からくぐって入る三角形の空間。
これはいわゆる乱歩の「鏡地獄」状態で、鏡の中の鏡、と永遠に続く世界。
この鏡のインスタレーションは草間彌生の展覧会でも何度か経験したことがあるけれど、いつでも不思議な感覚にさせられる。
今回はROCKHURRAHと二人だけで体験できたので、
「こんな角度から自分を見たのは初めて!」
「どこまでも続いてて面白ーい!」
などと口々に感想を言いながら楽しんだ。
二人共すっかり子供に戻ったようである。(笑)

300円でこんなにお得感を持つのも珍しい。
二人とも大満足である。
インダストリアル好き、工場系、鋼鉄系が好きな方には是非お勧め!
また社会科見学しようね、と約束したROCKHURRAHとSNAKEPIPEであった。

マルワランド・ドライブ


【今回の話を元にSNAKEPIPEが制作、廃墟遊園地写真】

ROCKHURRAH WROTE:

暑い夏もようやく終わり過ごしやすい季節に、と思った八月後半だったが、やっぱり今年もしぶとく蒸し暑さが残ってるね。

夏生まれのROCKHURRAHだが、暑さには滅法弱く、一番辛い季節が真夏なのだ。
とは言っても単純に暑さだけの問題じゃなく、今までの夏を回想すると何だかひどい事ばかりがすぐに思い出される=夏嫌いという回路になってるのかも知れない。
今回はそういう過去について書いてみよう。
年代は敢えて明らかにしないがちょっと前から昔々のお話。

福岡に住んでいたある夏の事、ROCKHURRAHは「縁日などで屋台を運営する事を生業にしている一家」に連れられて九州の夏祭り巡業ツアーに参加した事がある。
委細面談、即決、高時給という言葉に惹かれ面接場所のドアを開けたとたんに見えてしまったトラの毛皮の敷物。まあ上記のような稼業をしている事務所ではありがちだな・・・と思って初日は福岡の東の方にある神社の夏祭りでデビューした次第。
ここでは最初ビールなど冷やしドリンク担当となった。これは簡単で氷水の中から取り出して売る程度だったからちょろいもんだ。

ところが翌日からの巡業について全く説明がなかったため、また同じ場所でやるのかと勘違いしてとてつもない軽装で気軽に出かけたのが運の尽き。
トラックの助手席から見る風景が違う、などと思っていたらいつの間にか車は高速に入って、着いた先は名も知れぬ山の中のとある村。ここで今夜の村祭りの屋台設営をするのじゃ、という指令とともに初めて今回のツアーの日程が明らかになった。何と福岡から山間部を巡業しながら最終的には大分県の夏祭りまで、約一週間もの間をこの一家と共に過ごすというプランだった。
ちょっと待ってよ、まさか出張とは思ってもいなかったROCKHURRAH。着替えもなく汚れてもいいどうでもいい格好のまま、ロクに金も持たずに完全な手ぶらでこの巡業に参加してしまったのだ。金を持たずに、というのはここから逃げ出してバスや電車に乗って家に帰る事も出来ないという事だ。これじゃどうしようもない、もう一週間この一団のメンバーとして過ごすしかない運命。

こういう職種の経験がある人はそんなに多くはないだろうし、ROCKHURRAHが経験した例が一般的かどうかは全然わからないのだが、主に下っ端は食べ物関係で偉くなるとくじやお面といった設営や下準備があまりいらない商材を扱う事が出来るようだ。当然ながらROCKHURRAHも主にたこ焼きやソフトクリームなどの食べ物屋台で雑用をやらされた。水がない場所という現場もあって、その時は70リットルのポリバケツ一杯の水を台車もない状態で屋台まで何とか持って帰るというとんでもない苦行も経験した。出来るわけないでしょうという状況。たまたまこの時のバイトは一人のみで(他のバイトは全て逃走)、同じ境遇の仲間もまるっきりいないから余計に辛かったんだろう。
食事は車でファミレスとか弁当とか、最低限の保障はしてくれたし、別府のスーパー温泉みたいなところにも連れて行ってくれた。宿はビジネスホテルのツインの部屋で数人雑魚寝という高待遇(笑)。んがしかし、着替え持ってないんだよね。一週間同じパンツだよ。

たこ焼きは多少のコツ覚えて焼けるようになったが少し客が混んでくると売り子と作り手を同時に出来る程の技能がないもんだから、すぐに焦がしてしまうありさま。ソフトクリームに至ってはどうしてもうまくクルクル巻きに出来ず、曲がったままの不安定極まりない作品を平気で売るような低レベル。
これじゃいかんと思ったのかリーダー格の夫婦が最終日近くには自分の屋台のアシスタントとして抜擢してくれて、少しは気楽な仕事が出来るようになった。
やったのはいわゆるベビーカステラというような代物でその屋台では「東京ケーキ」などという名前がついていた。ボロは着ててもサングラスにサイコ刈りという(この時代のこの地方では)特異な風貌は逆に受け、リーダーの読みは当たったらしい。
「東京から来たの?」などと純朴な質問をするお客さん。この時実際に東京からの出戻りだったROCKHURRAH、まさか大分県の山奥で東京ケーキの呼び込みをやるとは。

予想してたような怖い出来事もなく、無事に一週間の仕事を終えて真夜中、帰りの夜道で交通事故直後の車に出くわしたり、かなりインパクトの強い体験ではあった。二度とやりたくはないけど。

別のある年の夏。またしても実家のある北九州で帰省中の出来事も書いておこう。
他の地域の人にはあまり馴染みがないかも知れないがここには平尾台というカルスト台地があり、山口県の秋吉台に秋芳洞があるように鍾乳洞がある。日本三大カルストのひとつらしいが、鍾乳洞の方は三大の中に入ってないからそこまでの規模ではないのかも知れない。
北九州からだと秋芳洞もそんなに遠くないという事もあって、幼少の頃より、他の地域の人よりは鍾乳洞に慣れ親しんでいたものだ。
ほとんどは遠足とかそういう行事で訪れていたんだが、たぶんこの時は久生十蘭の「地底獣国」とか小栗虫太郎の「人外魔境」とかそういう小説の影響か何かで洞窟探検大好き、という心情だったのだろう。

秋芳洞は規模も大きいためにエレベーターなどの施設もあり観光客も多く、スケールの大きな鍾乳洞が満喫出来るのは去年の「SNAKEPIPEの九州旅行記」にも書いてある通り。それに比べ平尾台の鍾乳洞はまだ、というか整備する気も費用もないのか入るには多少の覚悟がいる鍾乳洞だ。入洞する時は靴を脱いでサンダル、というかぞうりに履き替えないとならない。これは地下を流れる川の中に入っていかないと先に進めないためだ。まだ未開の立ち入り禁止部分や照明ないような場所もあり、道に迷ったらかなりデンジャラス。

しかし今回書きたいのはその洞窟の中での出来事ではなくて帰りの恐怖体験なのだ。
福岡の山奥で生まれ北九州で育ったROCKHURRAHもすっかり東京の時間感覚に慣れてしまって、洞窟を出たのは17時を少し過ぎたくらいの、夏場ではまだ明るい時間。今はどうか知らないが、この時点ですでに最終バスは出た後という事態に気付いて慌ててしまった。田舎で本数も少ないし最終も驚くほど早いんだよね。

そしてどう判断を間違ったものか、この平尾台を歩いてふもとまで(少なくともバスの通ってる場所まで)降りるという、あってはならない決断をしてしまう。行きに車で送ってもらった時にはそんな距離に感じなかった、という乗らない人特有の錯覚なんだろう。
まあほんの気軽な散歩という気持ちで歩き始めた。まだ携帯電話のない時代でこんな道路には店もコンビニも公衆電話もなかった。タクシーなんかもまるっきり通らない。だから歩く以外に帰る手段はなかった。
そのうち、今までの人生で一度も出会った事がないような濃霧がいつのまにか発生していて、2メートル先は全く見えないくらいの薄暮時の山道で歩道もないというところを歩く羽目に。これはヘタしたら遭難deathという大変危険な状況で一時間以上は歩いただろうか。

この時の状況を思い返すならば、異界と世界をつなぐ道からの帰還、というようなもので、もし冷静に周りを見渡す事が出来ていたら、絵的にはかなり素晴らしかったのではなかろうか(大げさ)。

ちなみにタイトルにあるマルワランドというのは平尾台に実在した遊園地で、すでに大昔からかなり寂れていたか潰れて廃墟化していたような記憶がある。北九州付近には丸和というスーパーのチェーン店があるから、もしかしたらそのスーパーの経営だったのかも知れない。
マルワランドは今ではすっかりなくなったらしいが、今回の話をSNAKEPIPEにしたら想像の中での風景を写真で作ってくれた。

この話のオチは大した事ないが本人にとっては劇的で、帰りの遅いROCKHURRAHを案じた兄が濃霧の中、車で探しに来てくれて無事に帰還する事が出来た、というもの。この時そのマルワランドがまだ存在していたのか見えたのかは全く記憶に無いが、まさにタイトルそのまんま。

デヴィッド・リンチ・ファンならばニヤリとしてくれるだろうか?

Win族大移動?


【これが有名なWin族大移動地図か!(笑)ROCKHURRAH制作】

SNAKEPIPE WROTE:

22日のことだった。
急にパソコンが再起動を繰り返す現象が起きた。
最終的には全く起動しなくなってしまったのである。
パソコンがない生活なんて考えられないSNAKEPIPEなので、1週間ほどとても辛い思いをしてしまった。
そしてなんとか先週のうちに復旧することができたので、まずはホッと胸をなでおろしているところである。
今後また同じようなことが起きた時のための備忘録として、また同じような現象でお困りの方のためにも、どうやって復旧したのかを書いてみたいと思う。

前述のように再起動を繰り返すようになったのが22日。
それ以前に行っていた原因として考えられそうなことは、
1.メモリを増設した
2.WindowsXPサービスパックを3にアップグレードした
3.いくつかの画像処理ソフトをインストールした
などがある。
そのうちに再起動繰り返しのスパンが短くなり、ブログを書くのもままならないような事態になったのが土曜の23日。

こいつは困った、と上の3つの原因かもしれない問題について検討。
記憶が定かじゃないのが、WindowsXPサービスパックのアップグレードととメモリ増設の順番。
メモリは19日に増設しているのだが、どっちが先だったのか残念ながら覚えていない。
仕方ないので、一番初めに行ったのが画像ソフトのアンインストール。
「プログラムの追加と削除」でやってみたが、事態は変わらない。
ついでにデフラグもやってみた。
普段は短時間で済むのに、ものすごい時間がかかってる。
デフラグ後も状況は変わらず。
次に行ったのがWindowsサービスパック3のアンインストール。
これ、実はあんまりよく調べないでやっちゃったんだよね!
これがいけなかった!
アンインストールした後、マウスカーソルが動かなくなってしまった。
矢印、画面の真ん中で固まってる!
ぎゃっ。まずいよ、まずいよ!

仕方なくセーフモードで起動して「システムの復元」を試みることに。
途中までは説明されてるように進んで行ったのだが、「システムの復元に成功しました。再起動してください」の画面にならない!
なんと画面は真っ黒のまま!
動いているのか止まっているのかすら状況がさっぱり分からない。
動いている、と信じてその真っ黒画面のままおよそ5時間放置。
調べてみると復元に30時間かかった、なんて記事もある。
気が短いSNAKEPIPEは30時間も待てないよー!
手を打ちたくても画面が黒いため何もできない。
本当に致し方なく、電源長押しで強制終了。
「これでデータが飛んでも仕方ないね?」
とROCKHURRAHに念押しされ、冷や汗流しながらの決行である。
それからまた電源を入れてみると、またもや画面真っ黒の前の状態になってしまった。
どうしよう、もうこれは完全にダメだ!

夕方にまたもや恒例のY電機へ(笑)。
これはデータ入れ替えができるように新しいHDDを購入するため。
うまくいくかどうか確証はないけれど、とにかくどうにかしてデータを守り、パソコンを使えるようにしなければ、ということで出した結論である。
パソコンの仕様書を確認の上、HDDを購入し、急いで帰宅。
ROCKHURRAHにHDD増設をお願いするが、なんと残念ながら新しいHDDと本体を接続するSATAケーブルがない!
がちょーん!てっきり本体に付属しているものと思っていたのに。
この日は仕方ないので、作業を断念。
明日ケーブルを買いに行くことにする。

翌日、SATAケーブルと念のために電源ケーブルも購入の上増設開始。
初めに使っていたHDD(以降旧HDDと呼ぶ)を取り外し、これを外付けHDDにする。
ROCKHURRAHのMacで確認してもらうとデータはちゃんと生きていた!
良かった!(笑)涙が出るほど嬉しい!(大げさ)
Intel MacはNTFS形式が読み取れることにROCKHURRAHは驚いていた。
一番大事なデータもMacでバックアップを取ってもらう。
これで安心して新しいHDDの作業(以降新HDDと呼ぶ)にとりかかれる。

ここからが復旧作業である。
不調の原因かもしれない増設メモリを外し、前のメモリに付け直すことから始めた。
次に新HDDにOSを入れ、新HDDから起動できる状態にする。
最終的にはXPにするけれど、XPが入った旧HDDが動かないためである。
OSのインストールに成功し、パソコンの起動を確認。
そこへ外付け旧HDDからデータやプログラムファイルをインストール。

次は外付け旧HDDを新HDDと入れ替えパソコン本体に取り付け作業。
旧HDDのリカバリである。
二つ入れたままでもイイけれど、万が一失敗した場合のことも考えて安全のためHDDはひとつだけ認識させることにした。
XPのリカバリは初めてである。
リカバリCDを入れてパソコンを起動させると、なんとCDが英語!
ちょっとドキドキしながらも、なんとか無事にリカバリ成功!
ここでまた新HDDを増設し、データをXP側にインストール。
これでデータも保護され、なんとか通常通りに作業ができるようになった。
まだ足りないソフトのインストールなどは残っているけれど、とにかく安心できる状態に戻ったのである。

次に行ったのはデータの丸ごとコピー。
旧HDDにすべてが戻ったので、今度はそれを新HDDにバックアップする寸法。
今回購入した新HDDには付属のCDがあり、それを使ってバックアップ。
これがなんとも簡単!
ひとつひとつを手作業で行うとすればかなりの時間を使い、神経をすり減らしていたと思われるが、最近は簡単便利なソフトがあるのね。
その分料金上乗せだったけど、ソフトが付いてるHDDを買って良かった。
これで本当に安心してぐっすり眠れるようになった次第。(笑)
めでたし、めでたし!

SNAKEPIPEはあんまりパソコンについて詳しくないので、このやり方が実際のところ正しいのかどうか分からない。
ROCKHURRAHもMacのことなら分かるけれど、Windowsについては詳しくない。
例えばWindowsパソコンを2台所持している環境であればもっと簡単に済んだ話だし、我が家のようにWindows1台にMac2台というのはまだ恵まれてるほうで、パソコンが1台のみの場合には調べることもできなくなってしまう。
人それぞれ違う環境だから難しいよね。
実際にこの記事を読んで試す場合には、もう一度調べて検討して頂きたいと思う。

今回のことでいくつかの教訓を持ったSNAKEPIPE。
そんなの当たり前じゃん、と言われてしまうかもしれないけど、これもまたメモとして残しておこう。
1.日頃からバックアップを取る習慣を持つこと
2.現在使用中のパソコンの仕様書はすぐに取り出せるようにすること
3.メモリやHDDの増設に関しては慎重に行うこと(型番やケーブルの確認)
4.むやみにソフトをインストールしないこと
5.不調の前に行った出来事や日時を覚えておくこと
こんな感じかな?

まだ原因が特定できたわけではないので、一応念のためにWindowsXPサービスパック3へのアップグレードはやめている。
そしてこれからメモリの問題も検証することにして。
前と全く同じ状態に戻すには時間がかかりそうだけど、少しずつ頑張っていこう。
皆様もお気を付けあれ!

好き好きアーツ!#04 スタンリー・キューブリック

【キューブリック作品をキューブにしてみた。イカス!】

SNAKEPIPE WROTE:

特別に好み選んでいるわけではないのに、実はほとんどの作品を観ている映画監督にスタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)がいる。
既知の通り1999年に亡くなってしまったので、もう新作の鑑賞ができなくなってしまい残念である。
最近ROCKHURRAHとよく映画鑑賞をするのだが、ほとんどが旧作。(笑)
キューブリック作品も多く登場している。
今更ながらではあるが、SNAKEPIPEが自分自身のまとめの意味も含めて好きな作品について書いてみたいと思う。

年代順に、ということで最初は「2001年宇宙の旅(2001: A Space Odyssey)」から。
改めて鑑賞してみたが、やっぱりすごい!
これが1968年に公開されていた、という事実も調べて2度びっくり。
40年前とは思えない程に洗練された美しい映像に圧倒される。
その後の宇宙モノ(例えばスターウォーズなど)ほとんどすべてがこの映画からの影響を受けているだろうな。
「人類の夜明け」の猿のシーンがとても印象的。
「武器の所持」と「仲間殺し」の始まりである。
きっと地球上でもあんな感じで物事が始まったんだろうなあ。
急に出現する物体「モノリス」に猿と一緒に動揺してるうちに舞台は宇宙へ。

意志と感情を持ってしまったコンピュータ、HAL9000の存在が怖い!
機械なので表情は見えないけれど、どの位置からでも監視が可能な赤い光が不気味。
思考部分を徐々に削除されて言語が乱れていくシーンは「ハンニバル」を思い出させる。(あの食事のシーン!)
仲間を失い、一人になった船長の絶対的な孤独も恐怖だ。
そして人類未踏の木星への道のりがキレイだけれど、目が開けていられないほどの光の洪水。
ラストシーンは個人個人で違う感想を持つのではないだろうか。
「スターチャイルド」と名前が付いているので、転生や誕生でいいのかな。
原作も読んでいるはずなのに、昔のことなので忘れてしまった!
頭が冴えている時に観ないと、かなりゆっくり静かに映像が流れるシーンが多いため眠くならないように注意が必要かも。(笑)
それにしても「モノリス」といい「HAL」といい、未だに見かけるネーミング!
影響力絶大な映画の一本だと思う。

続いては「時計じかけのオレンジ(A Clockwork Orange)」1971年について。
この映画に関しては「アドビ製じゃないFIREWORKS」の時にも少し書いているけれど、もう少し書き足してみようか。
この映画の素敵なところはファッションと美術!
白いシャツにサスペンダー付きの白いパンツ、編み上げブーツにボーラーハット(山高帽)を合わせたところがポイント!
紳士の国イギリスなので、帽子はマナーなのかな。
いや、それにしても通常ならあの服装にあの帽子は合わせないんじゃないの、というところを合わせてスタイリッシュに見せたところが素晴らしい。
ADICTSをはじめ、HATTRICKERS(笑)などのPUNKバンドや、数多くのOi!バンドにも影響を与えているファッションだ。
70年代初期にはモロに影響を受けたCOCKNEY REBELなどというバンドもいたらしい。(ROCKHURRAH談)
現代でも十分通用するファッションだと思う。

この映画の美術監督は誰だったんだろう?
調べてみるとピーター・シールズとラッセル・ハッグと出てきたが、他の映画で特別目立った活動はしていない模様。
色彩、フォルムや空間のバランス、壁にかかっている絵画の一つ一つがすべて素晴らしい。
SNAKEPIPEもコレクションしたくなるような作品がいっぱいである。
なんといってもお気に入りは「コロヴァ・ミルク・バー」で、あんなバーがあったら行ってみたい!
あのマネキン人形も一体欲しい。(笑)
ストーリーや以前書いたスラングなどの魅力はもちろんだけれど、細かい演出がカッコいい映画である。
早回しの映像はどうやら松本俊夫監督の「薔薇の葬列(1967年)」からの影響を受けているらしい。
やっぱり?そっくりだもんね!(笑)

続いては1980年の「シャイニング(The Shining)」。
何度観ても怖い映画である。
ジャック・ニコルソンの怪演が見事なのは言うまでもないけれど、奥さん役の女優さんや息子役など、すべてが完璧!
時々挿入されるイメージが更に恐怖心を煽り効果的である。
姉妹が手をつないで並んだショットは写真家ダイアン・アーバスからの影響だな。
ん?意外とキューブリックは流用が得意な監督なのか?(笑)
大量の血液がものすごい勢いで流れ出て、部屋中いっぱいに広がるシーンは背筋が冷たくなる。
キューブリックは人が恐怖を感じるための最大公約数を知っていたのだろう。
ネット上で発見した2004年の記事によるとロンドン王立大学の研究チームがホラー映画の恐怖度を決定づける数学的公式を開発し、世界最高のホラーを「シャイニング」に決定したらしい。
ホラー映画の重要要素は緊張感、リアリズム、血に加えて、緊張感を高める音楽、現実と虚構のバランス、どれくらいの血や内臓が含まれているかを考慮し研究開発した、というから信憑性が高い!
堂々の一位とはすごいぞキューブリック!えらいぞ、ジャック!(笑)
原作のスティーヴン・キングがこの映画を気に入らなかった、という記事を読んだけれど、いやいや素晴らしいですよ!キングの旦那さん!(←人差し指くねくねシャイニング中)

最後に1987年の「フルメタル・ジャケット(Full Metal Jacket)」。
ベトナム戦争を描いた映画である。
割と最近観た記憶があったのに、かなり前だったとは!(笑)
前編、後編と2部構成になっている映画で前編だけ強く印象を持っていた。
結局のところ前述のシャイニングと同じで「人格崩壊」がテーマなんだよね。
ジャック・ニコルソンの演技と比較してしまうとかわいそうだけれど、迫力が違うためやや狂人らしさに欠けるのが残念。

後半は戦場のシーン。
アメリカ兵に対する対照的な女性の姿が印象的だった。
かたやお色気勝負、アメリカ兵は金の成る木と体とくねらせる女。
かたやどこかで厳しい訓練を受けたのか凄腕のガンマン(ウーマン)。
「Shoot Me!」を繰り返すシーンはなんとも言えない残酷な気分とせつなさとが混ざった、かなり複雑な心境になってしまった。
うーん、やっぱりどうも戦争映画は得意じゃないな。

キューブリック作品は他にも「ロリータ」「博士の異常な愛情」「アイズ・ワイド・シャット」を観ているが、上の4本でやめとくか。
「キューブリックは最高の恐怖映画監督」としてまとめにしよう。