伊藤公象  秩序とカオス展

【魚の集合?菊の花?一体何に見える?】

SNAKEPIPE WROTE:

世間はお盆休み。
ROCKHURRAHとSNAKEPIPEもどこかにお出かけしよう、と思いついたのが東京都現代美術館
ここは以前「ダイドー・ブランコ・コーヒー」の時にも行った周りが大きな公園のある非常に立地の良いリッチな美術館である。(げっ、以前と同じギャグ!)
現在開催している企画が「伊藤公象~秩序とカオス」展、同時開催が「メアリー・ブレア」展とのこと。
メアリーの方はあまり興味があるタイプではないようなのでパス。
久しぶりに現代アートに触れてきた。

現代美術といわれてもそんなに詳しくないし、立体を扱う日本のアーティストはほとんど知らない。
実は今回の伊藤公象の名前も初耳だった。
作品の雰囲気からてっきり若い世代なのかと思いきや、なんと1932年生まれというから今年77歳、活動歴の長いアーティストだった。

土をこねて造るいわゆる「陶芸」とはかなり雰囲気が違うけれど、伊藤公象の作品の素材はほとんどが土からできている。
それらはまるで布や石、または金属に見えたりして、とても陶芸品には見えない。
ちょっとトリックめいていて面白い。

今までほとんど現代美術展を観たことがないROCKHURRAHが
「えっ、作品を床とか地面に直接置いてるの?」
とびっくりしていた。
例えば上の写真の作品なども台の上に置いてあったわけではなく、歩いているカーペットの上に直接並べられていたのである。
「きっと毎回展示の度に形が変わってるだろうね」
などと笑っていた矢先に、それが事実であることが発覚!

なんと<アルミナのエロス(白い固形は・・・)>という作品は1984年制作の時の写真と、今回展示されていた作品とは大きく違っていたのである。
恐らく並べたり撤収したりを繰り返しているうちにどんどん作品が崩れていったのだろう、白いレンガの塊だったはずがボロボロになって廃墟のように変化している。
解説にも「自然の作用を採り込む有機的な創作の世界」と書いてある。
うーん、モノは言いようですな。(笑)
時と共に作品が変化する、というのは今まであまり経験ないかも。
ただ、確かにその崩れた後の今回の展示のほうが1984年版よりもSNAKEPIPEは好みだった。
陳腐な言い方だけど「終末感」が感じられたからだ。

他にとても気になったのは同じように土から造った焼き物にプラチナを吹き付けた、というまるで金属にしか見えないようなピカピカのシルバー群。
群と呼ぶほどの、一体いくつあるのか分からないほどのたくさんの造形物が所狭しと並んでいる様は圧巻である。
そう、伊藤公象の作品はほとんどが「群」で構成されているのだ。

一つだけ置かれていたらあまり気に留めないかもしれないけれど、まとまって集合体になると非常に迫力が出てくる。
まるで一つ一つに意味があるんじゃないか、全体で観た場合はどうだろう、などと考えたくなってくるから不思議だ。
ま、そういうところを含めて現代美術なのかもしれないね。
SNAKEPIPEもROCKHURRAHも「ごたく」やら「うんちく」のような理屈(屁理屈?)が必要なアートにはあまり興味がない。
むしろ言葉を必要とする、能書きばかりの作品はアートにしないで文章の世界に入ればいいのではないかと思う。
言葉にできないからアートにするんじゃないか、と考えるからだ。
伊藤公象展は解説がなくても観た瞬間に
「わっ!すごい!」
と思えるアートの根源が感じられて充分に満足できた。
行って良かったな!

常設展として現代美術館所蔵作品が観られるスペースに面白い作品を発見。
伊藤存というアーティストの「しりとりおきもの」という作品。
「りんご」→「ゴリラ」とたどって行った先にあったのは
「ラモーンズ」!
恐らく「しりとり」をクリアできた人は少ないのでは?
だっていきなりラモーンズが入るのは例外だろう。
その次は「頭脳」だったし。(笑)

やー、今回は二人の「伊藤」にやられちゃったね!
現代アートは楽しいな!(笑)

石井聰亙の暴走~追悼:山田辰夫~

【「狂い咲きサンダーロード」のラストで見せた山田辰夫の笑顔。合掌。】

SNAKEPIPE WROTE:

「ぎゃっ」
とROCKHURRAHが叫ぶ。
何事か、と見ると震える手でパソコンを指差している。
なんとそこには俳優、山田辰夫氏死去のニュースが。
実はその26日に何年(何十年?)ぶりかで山田辰夫スクリーンデビュー作「狂い咲きサンダーロード」を観たばかり。
二人で山田辰夫について語り合ったばかりだったのである。
あまりの偶然にびっくりするのも無理はない。
そこで今回は山田辰夫追悼の意味も含めて石井聰亙監督の3本の映画についてまとめてみたい。

石井聰亙監督といえばやはり80年代、新宿だったか吉祥寺だったか忘れてしまったけれどオールナイトの映画館で鑑賞したような記憶がある。
パンクテイストと暴力的な雰囲気が夜にはぴったり合っていた。
恐らく一番初めに観たのは「爆裂都市 BURST CITY」だったと思うけれど、年代順に書いてみようかな。


「狂い咲きサンダーロード」(1980年)は80年代以降にも何度か観ているはずだけど、細かい部分についてはすっかり忘れてしまっていたSNAKEPIPE。
そんなSNAKEPIPEとは違って、さすがは地元北九州で撮影が行われていたというこの映画をROCKHURRAHは何度も鑑賞していたらしい。
石井聰亙監督も福岡出身だしね!
そんな二人で揃って鑑賞したのは今回が初めてだった。
改めて観ると、石井聰亙監督の美意識や描写のカッコ良さがよく解る。
SNAKEPIPEも写真撮影したいな、と思うような風景もたくさん出てきた。
いいなあ、この時代の北九州!(笑)

この作品は暴走族を描いた作品で、一人だけ突出してしまった主人公ジンを演じる山田辰夫が非常に印象的である。
「つっぱり」の信念を貫き通し、我が道を行くジン。
走りたいから走る、嫌なことはしたくない、と自分に正直な人間である。
その正直さが好まれたり、反感を買うことになったりする。
好まれたのは右翼団体に所属する小林稔侍演じるタケシ。
反感を買ったのは他の暴走族チーム。
最後まで自分の好きなことをしよう、と筋を通す人はなかなかいないだろうね。

山田辰夫は顔もそうだけど、なんといっても特徴的なのはその声。
いかにもチンピラ声というのだろうか、野次を飛ばすのに最も適してる声質。
実はこの映画以外の山田辰夫が演じてるのを観たことないSNAKEPIPE。
最近では話題作「おくりびと」にも出演していたみたいだけど、この手の映画はあまり得意ではないので。
「ずっと俳優やってたんだね」とROCKHURRAHと感心していたところに訃報。
53歳じゃまだまだ若いのに、非常に残念である。合掌。


続いて「爆裂都市 BURST CITY」(1982年)。
この映画も「スターリンが出てる」とか「泉谷しげるが嫌な役」などというとても簡単な感想しか覚えていない、かなり昔に観た記憶しか残っていない映画である。
この映画に関してはなんといっても当時のロックスター、ロッカーズとルースターズ(のメンバーが合わさったバンド)、そしてスターリンが実際に演奏してるシーンが観られるだけでも充分ウレシイ!
ミチロウ、若い!(笑)
ストーリーがどうの、というよりも音楽とファッションに興味がいってしまう。
ファッション、と書いてはみたけれど、この映画の中でのファッションというのがやや特殊。
これはどうやらこの当時の北九州では割と当たり前の光景だったらしいんだけど、パンクと暴走族とヤクザが全部ごっちゃになったという妙な組み合わせ。
実際に北九州で生まれ育ったROCKHURRAHによると、パンクと暴走族が友達同士でツルんでるなんてことはざらにあったみたい。
ま、結局「アウトロー」として考えればおかしくないのかな?
ただ、これは東京のパンクシーンとは当然だけど違っていて、地方都市特有の文化なのかな。

この映画には後に芥川賞作家になる元INUの町田町蔵(現在は町田康)と、同じくルポライターで作家の戸井十月がアブナイ兄弟役で出演していたり、暗黒舞踏「大駱駝艦」の麿赤児がうなじに「DEATH」と刺青してたり、若いコント赤信号室井滋の姿を観ることもできる。
80年代を知るのにはとても面白い映画かな?


そして最後は「逆噴射家族」(1984年)である。
この映画のことは以前「さて、今週のリクエストは」にも書いたことがあるけれど、主演の小林克也の大ファンであり、石井聰亙監督の作品上記2本を鑑賞した後のことだったのでとても楽しみにしていた記憶がある。
これまた以前の記憶が飛んでいたので、今回改めて観直した。

タイトル通りに家族の一人一人が「逆噴射しちゃう」という話で(簡単過ぎか?)、実は幸せそうに見えている家族にもこんなにストレスがあるんだな、と日本の病理について描いている作品である。
撮影が浦安だったようで、恐らく当時は開発が今ほど盛んではなかった殺風景さ。
うーん、どうやら石井聰亙監督は「空っぽ」な風景が好みなんだね。
若い工藤夕貴は顔が違って見えたり、狂気が宿ってくる小林克也の顔の変化など見所満載である。
SNAKEPIPEは以前から大学受験を控えている工藤夕貴のお兄さん役の俳優、有薗芳記の異常さに目を奪われていたけれど、残念ながらこの作品以外では知らないな。
原作と脚本が小林よしのりだったとは知らなかったけれど、所々で「らしさ」が出ていたような気がした。

以上石井聰亙監督初期の代表作3本について書いてきたけれど、簡単にまとめてみるならば
「テーマは暴走」
といえるのではないだろうか。
実際にバイクで暴走する場合もあれば、精神的に暴走してしまうこともある。
追い詰められて制御できなくなり、もっと先に突き抜けちゃった状態を描いているのかな。
全部80年代の作品だけで25年も経っているけれど、決して古くない映像だと思う。

調べてみると石井聰亙監督はコンスタントに作品を発表している模様。
上の3本以降については全く知らないので、今度また機会を作って鑑賞してみようかな。
暴走の先に何があるのか。
答えが見つかるかもしれないからね!(笑)

パーフェクトな千年の妄想

【今敏監督の作品には味のあるオヤジがいっぱい登場】

SNAKEPIPE WROTE:

アニメ映画、と聞いて一番初めに思い浮かべる言葉はなんだろう?
オタク?美少女キャラ?秋葉原?
どれも正解だと思うし、「ある一部の人のためのもの」と考える人も多いだろう。
しかしどんな世代の人でも、例えば「となりのトトロ」や「千と千尋の神隠し」などで有名な宮崎駿監督の作品に触れたことはあるのでは?
SNAKEPIPEもそれほど詳しくはないけれども、数本は宮崎監督作品を観ている。
アニメだったら子供時代は「ゲゲゲの鬼太郎」の大ファンだったけど!(笑)

今回は世界的に有名な宮崎監督の・・・ではなく、最近気に入っている今敏監督の作品についてまとめてみたいと思う。
SNAKEPIPEやROCKHURRAHは今まで全然知らなかったけれど、どうやら「その世界」ではかなり有名な監督のようで。
2001年には文化庁メディア芸術祭で「千と千尋の神隠し」と同時に大賞を受賞!
海外での賞もたくさん獲ってるんだって。
なるほどね!
確かに今監督の作品って「大人向き」というか、非常にリアリティがあるからね!
人の顔も「こんな人いる!」という、決して美化したり空想上の美少女とかじゃない設定に好感が持てるし。

前述したようにあまりアニメ映画には詳しくないSNAKEPIPEが一番初めに今監督の作品を観ることになったのはROCKHURRAHのおかげである。
元々ROCKHURRAHが筒井康隆の原作を読んでいたため、そのアニメ化作品を手に入れてくれたのである。
「原作は面白かったけどアニメはどうかな」というROCKHUURAの言葉を横で聞きながら観たのが「パプリカ」(2006年) である。
サイコセラピストが患者の夢の中に入っていき、治療を行う。
まるで「The Cell」だけれど、夢をよく見るSNAKEPIPEからするととても羨ましい。
「パプリカ」の中では患者が見た夢はパソコンに記録することができる仕組みになっていて、巻き戻したり進めたりして、他人と夢を共有することができるのである。
とても面白い夢を見た、と思っても充分に説明しきれない。
夢は本当に個人のためのものでしかないからだ。

治療中に患者の夢の中に入っていく時、主人公のセラピスト千葉敦子は「パプリカ」という名前の少女に変身する。
そのパプリカは空を飛んだり、絵画の中に入ったり、空間や時空を超越した活発な動きを見せる。
その場面の切り替わりの素早さは実写ではとうてい不可能!
そして夢ではよくある「つじつまが合わない」現象や、足がもつれて前に進めない様子なども非常によく表現されていてびっくりした。
背景や人の表情も素晴らしい!
すごい!こんなアニメは観たことないぞ!(笑)

アニメがあまりに面白かったので原作も読んでみたけれど、ところどころの設定は違っていてもかなり原作に忠実にアニメ化されていることが分かった。
逆に言うとアニメだからこそ忠実に再現できた、ともいえるのかな。

「パプリカ」で興味を持ち、また今監督の作品があったら観ようね、と言っていたらすぐにまたROCKHURRAHが手に入れてくれたのが「パーフェクト・ブルー」(1997年) である。
これはまた趣向が全然違っていて、B級アイドルとストーカーの話だった。

アイドルもいかにもいそうなタイプだったし、ストーカーの男も実際にいそうな顔立ちや行動を起こすためアニメというよりはドラマを見ているような感じ。
ここでもアニメだからこそ可能な表現として採用されていたのが、どこからが夢でどこまでが現実なのか分からなくなるシーン。
観ているこちらもだんだん分からなくなってくる。

この作品では「狂気」がテーマだったのかな。
ラスト近くでは本当に「人間って怖い」と思ってしまったSNAKEPIPE。
「笑い」や「正義」「戦い」のような従来のアニメとはかなり違っていて、これも大変面白かった。

続いては「妄想代理人」(2004年) 。
これはテレビ用のアニメで全13話。
「人々の内側で蠢く不安と弱さが最大限に増幅されたとき少年バットは現れる」
というキャッチコピーに示されるように、ストレスにさらされる現代人の「病み/闇」に焦点を当てている作品である。
前にタイトルは忘れてしまったけれど、作家乙一の作品でも似たような主題を読んだことがあった。
「逃げる時の言い訳」として造り出されてしまった架空の人物が独り歩きを始める。
皆が共通の「言い訳像」を持ち出すことで現実味を帯びる、というのは理解できるけれど、実在してしまったために問題が発生する。

全13話のうち、最初の5話くらいまでは一人の登場人物に焦点を当てた話で1話が完結したので、「世にも奇妙な物語」のアニメ版のような雰囲気。
ここまででも充分に見ごたえがあった。
途中で少年バットをめぐるサイドストーリーが3話入っていて、それがちょっとだけ長かったかな。
せっかく盛り上がっていた気分が少しだけ削がれたような感じで、SNAKEPIPEは1話だけで良かったのかな、と思ってしまったけど。

それにしても1話から登場しているアニメキャラクターデザイナーの鷺月子に魅力がないのが残念!
実際にいそうなタイプだけど、もし身近にいたらかなりイライラさせられるだろうな。
とても創造的な人間には見えなかったのに、ねえ?(笑)

次に観たのが「東京ゴッドファーザーズ」(2003年)。
今回はなんとホームレス3人が主人公、というこれまたあまりアニメでは有り得ない設定。
そのうちの一人はオカマだし。(笑)
簡単に言ってしまうと「ドタバタコメディ」かな。
笑いあり涙あり、のとても人間味あふれるドラマ仕立てになっている。
クリスマスに赤ん坊を拾うところから始まるストーリーで、その子供を両親に返そうとすることからいろんな事件に巻き込まれてしまう。
最後はキレイにきっちりハッピーに完結する。
大人も子供も誰もが安心して観られる、クリスマスシーズンにどうぞ、とお薦めしたくなる作品である。
3人のホームレスの性格描写、過去の話などが上手くまとまっていてこれも非常に良く出来た作品である。

最後、「千年女優」(2001年)。
なんと今度の主人公は「おばあちゃん」。
かつては銀幕の大スターだった元女優が今までの人生について語る、というストーリーである。
テーマはなんと純愛。
インタビュアーが元女優の話を、その当時が再現された設定の中に共存し体験する場面が面白い。
映画の話なら映画の中に入り、元女優が行く場所に一緒に付いて回る。
その時々に、設定通りの服装や人物に成り切って登場するインタビュアーがいい味出している。

元女優はかなり浮世離れした夢見がちな性格で、非常に女優に向いている女性である。
いつまでも「お姫様」のまま、少女のような様子で一人の男性を追い続ける。
でも現実は厳しい。
年を取らない人間はいないのは当たり前だ。
その現実に直面した元女優は
「老いた自分を見られたくない」
と女優を引退。
追い求めていた男性のことも同時に諦めてしまう。
うーん。
元女優は前述したように「夢見がちな性格」なためなのか、自分が年老いた、ということは相手の男性も同じように老いている、ということに気付いてなかったのか。
それともそのことも分かっていて、だからこそ幻想を抱き続けたかったということなのか

元女優の生まれた時から現在までを振り返る長い年月を、紙芝居のような技法で表現していたのがとても面白かった。
ん?本来は紙芝居が先でアニメが後か。
昔っぽい表現で逆行していたから新鮮だったのかな?(笑)

上にまとめてみたのはSNAKEPIPEが観た順番だけれど、実際に今監督が制作したのは
パーフェクトブルー(1997年)
千年女優(2001年)
東京ゴッドファーザーズ(2003年)
妄想代理人(2004年)
パプリカ(2006年)
である。
「サスペンス」→「恋愛ドラマ」→「コメディ」→「ドラマ(?)」→「SF」というように様々なジャンルにまたがって作品展開していることが分かる。
「妄想代理人」はどのジャンルにしたらいいのか迷ったので「ドラマ(?)」と書いてみたけど。(笑)
これだけ幅広くいろんなテーマに取り組める今監督は、とてもユニークな個性と才能を持つ器用な方なのね。

音楽に焦点を合わせてみると、今監督はなんと平沢進の大ファンらしい。
平沢進って、ほらP-MODELのっ!(笑)
「千年女優」「妄想代理人」「パプリカ」での音楽を担当している。
ヨーデル風の声がよう出るわ!(ぷっ)
そして「東京ゴッドファーザーズ」の音楽は鈴木慶一!ムーンライダース!
やっぱり80年代なのね、と思わずニヤリ。(笑)

日本が世界に誇れる文化というとやっぱりアニメ。
今監督の作品は同じ日本人として胸を張りたくなるほどSNAKEPIPEもROCKHURRAHも大ファンになってしまった。
今度はどんな世界を魅せてくれるのか。
とても楽しみである。

CULT映画ア・ラ・カルト!【02】石井輝男

【日本人離れしたルックスに人間離れした動きの土方巽。凄過ぎる!】

SNAKEPIPE WROTE:

先週に引き続き、今週もカルト映画邦画編を書いてみたいと思う。
何本かまとめて作品を観ているため、先週はくくりに入れなかった石井輝男監督を特集したいと思う。

石井輝男氏は1924年生まれ、すでに2005年に亡くなっている監督である。
代表作は高倉健を主役にした「網走番外地シリーズ」だろう。
そのヒットのお陰で好きなことができたのか、、石井氏は「異常性愛路線」にも力を入れている。
日本のカルト映画監督では最も有名であろう。
今回まとめたいのは石井輝男が監督した乱歩作品の映画化2本と、変なヤクザ映画。(笑)
まずはヘンなヤクザ映画から書いてみよう。

怪談昇り竜「怪談昇り竜」は梶芽衣子主演の1970年の作品である。
女囚さそり」よりも前、梶芽衣子の頬がパンパンで若い!(笑)
ヤクザの親分の家に生まれ、出入りの際に敵の親分を斬殺。
その事件のせいで刑務所行きになる。
そこで毎夜黒猫の怨念に悩まされる梶芽衣子。
実はタイトルの「怪談」となっている理由の一つがこの黒猫。
黒猫の怨念には梶芽衣子への恨みの意味が込められていたのだった。

そしてもう一つの怪談は盲目の女剣士、ホキ徳田の手下として登場する土方巽である。
調べてみたら、ホキ徳田ってピアニストでアメリカ人作家ヘンリー・ミラーの妻だったとは!
いやあ、全然知らなかったなあ。
とてもいい味出してました、はい。
映画途中で見世物小屋のシーンが出てくるのだけれど、その中にすんなり溶け込み登場する土方巽。
ホキ徳田への絶対的な献身を示すかと思うと、勝手な行動を起こしたりして、結局のところ何がしたいのかよく分からない役どころ。
猟奇的で予測不可能な行動は怖さ倍増!
訳分からない白いハイソックスも怖いぞ!(笑)
土方巽の圧倒的な存在感と不気味さこそが怪談だったのではないか、と思う。
ヤクザ映画にある緊迫感に怪談のおどろおどろしさをプラスしたところが新しかったんじゃないかな?

5人が背中向きになると彫った龍の刺青が合体し、頭から尻尾までの一匹になるというのも面白かった。
この配置にするためには並ぶ順番を間違えないようにしないとダメで、頭と尻尾の人が隣あわせになったりしたら「おじゃん」である。
頭部分を彫っている梶芽衣子はまだ一人でも絵になるけど、尻尾の人、胴体部分の3人は一人だけだと一体何の彫り物なのか不明でちょっとかわいそう。
本当にあんな彫り方するんだろうか?
(ROCKHURRAH註:本宮ひろ志の「群竜伝」と同じ設定。この映画が元祖だったのかねえ)

ラストは梶芽衣子とホキ徳田の女同士の立ち回り。
ヤクザ映画で女二人の決闘シーンって珍しいような?
SNAKEPIPEはヤクザ映画に詳しくないので、違ってたらごめんなさい。
梶芽衣子の堂々とした立ち回りのカッコ良さ、相手役のホキ徳田の静かな物言いと筋が通った女ぶり。
どちらも凛としていてシビレた~。(笑)

恐怖奇形人間続いては1969年の作品「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間 」。
この作品、上のリンクのWikipediaにも書いてあるけど、どうやら国内では未だにビデオ・DVD化されていないらしい。
まず、タイトルからしてアブナイしね。(笑)
そして乱歩全集とは書いてあっても、「孤島の鬼」と「パノラマ島奇談」が主なストーリーになっている。
いや、それにしても「孤島の鬼」を映画化する、とはすごい!
それだけでも充分興味をそそられてしまう。

いきなり乱歩の原作にはない精神病院から話は始まる。
主人公、人見広介役の俳優、吉田輝雄ヒカシューの巻上公一に似ていておかしい。(笑)
サーカスの少女に出会うところから、広介は運命の糸に操られ故郷に帰ることになる。
そこで待っていたのはまたもや土方巽だった!(笑)

初めに登場するところから土方巽、おかしい!
広介の父親役、というのが全く似合ってない(年齢とか原作における風貌とか)のはもちろん、その不気味な動きはなに?という感じでやりたい放題である。
動いている土方巽を観たのはこの映画が初めてで、細江英公写真集「鎌鼬」のモデルとして知っていただけだったため、非常に衝撃的だった。
土方巽を知らない人も多いかもしれないので簡単に説明をすると、1928年秋田生まれ1986年に死去。
60年代に活躍した舞踏家である。
暗黒舞踏だから、ああいう独特の動きになるんだろうね。

そしてこの父親が「パノラマ島奇談」と「孤島の鬼」の合体版で、自身が夢見る王国の建設に加え奇形人間製造も計画する。
奇天烈で「これが王国?」と突っ込みたくなるようなチープさだけれど、ROCKHURRAHとSNAKEPIPEが思う乱歩世界そのもの!
そういう意味ではよく再現、表現されていて、素晴らしい出来だと思う。
原作では「秀ちゃん」「吉ちゃん」だった双生児は、少し名前が違っていたけれどこれもよく出来ていた。
それにしても特殊メイクしてた片割れが近藤正臣だったとはね!(笑)

どうしてもいくつかの乱歩作品をまとめると無理が出てしまい、ラストはかなりムチャクチャな展開に。
だけど確かに「パノラマ島奇談」はこんな最後だった。
だからこれでいいのだ!(笑)

盲獣vs一寸法師 そして最後は石井輝男監督の遺作となった2004年の「盲獣vs一寸法師 」。
これもまた乱歩の「盲獣」と「一寸法師」をミックスさせたストーリー。
話の展開で「踊る一寸法師」も混ざっている。
どうしても先週書いた増村保造監督の「盲獣」と比較してしまうが、どっちと聞かれたら増村監督を選んでしまうな。

乱歩が好き、という共通項から集まった同志による配役、石井輝男に触れたいと望むスタッフ達が奮闘したんだなということはよく解るけれど、全体的にイマイチ。
「遺作」としての重みはなく、映画を学ぶ学生の卒業制作といった感じか。
もしかしたら予算の関係があったのかもしれないけどね。

そして1969年の「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」と比べてみても、力不足を感じる。
あっ、そうか!
この作品にはもう土方巽が出てないんだ!
土方巽とセットになることで、あの雰囲気が出たんだな。
石井輝男監督は亡くなってしまった土方巽の不在を悲しみ、きっと出演を望んでいただろうな。
と言ってもどの役で出てもらおうか?
盲獣役?一寸法師?それとも全く原作にない人物として?
いろいろ想像するのも楽しいかもしれない。

石井輝男の「異常性愛路線」はなかなか手に入り辛く、我が家の近所のレンタル屋などには決して置いていない。
映画5本組になっている2万円以上するBOXセットを買うつもりもないし。(笑)
また運良く別の作品を観られる日を楽しみにしていよう!