SNAKEPIPE MUSEUM #52 Jody Fallon

【人間なのか動物なのか?もしくは怪物?!】

SNAKEPIPE WROTE:

今回は久しぶりにSNAKEPIPE MUSEUMをお届けしよう。
最近は展覧会に赴く事が多くて、アーティストを検索する時間が取れなかったんだよね。
たまには、と検索を始めたSNAKEPIPEの琴線に触れたのがJody Fallonの作品だった。

Jody Fallon(ジョディ・ファロン)は1971年、アメリカ合衆国ペンシルベニア生まれ。
アート系の学校に行ったわけではなく、近所の暗い野原や山、森を探索しながら、孤独な感情を表現する方法を探していたという。
その後、アメリカ海兵隊として沖縄にも来ていたらしい。
兵隊経験のある画家って、他にいるのかな?
1996年から2000年の間、ファロンは重要な3人のアーティストを見つけることになる。
フランク・フラゼッタ、ポール・レア、ロン・ウィングらの作品を通して、求めていた表現手段を探し出したという。
2000年以降、週末にペンシルベニアのスタジオでSFのイラストや彫刻を、イーストストラウズバーグの博物館でフラゼッタのイラストを勉強していたという。
漫画家で芸術家のロン・ウィングに師事し、芸術と絵画の哲学を発展させ、自分のスタイルを確立したジョディ・ファロン。
地元ペンシルベニアでの個展やグループ展、ニューヨークのギャラリーで作品が展示されている。
ネットでも販売しているようで、10インチ四方(25cm)の小さな作品で$350、日本円で約36,000円とのこと。
ジョディ・ファロンは現在もペンシルベニアに住み、作品制作を続けているという。

ジョディ・ファロンが心惹かれたアーティストの一人、ポール・レアの作品がこちら。
1950年代から80年代までパルプ本の表紙デザインをしたり、PLAYBOYなどの雑誌のイラストも手がけていたという。
小説の書評を読んでから本を購入するというよりは、表紙の絵を見て興味を持つことが多いんじゃないかな。
読者の気を引く、「そそる」表紙を描くのは大変だけど面白い仕事かもしれないね。
サイエンス・フィクションの世界を支配した、とまで言われたポール・レア。
1998年に亡くなるまで、活動していたという。
ポール・レアの作品も素晴らしいので、いつかブログで特集してみようかな!(笑)

ジョディ・ファロンもきっとポール・レアの作品を観て、ワクワクしたんだろうね。
似た雰囲気の作品もあるけれど、独自のセンスが光る、ちょっと不気味な作品も紹介していこう。

怪奇小説、幻想小説の先駆者であるアメリカの小説家、H.P.ラヴクラフト全集の表紙を手がけたジョディ・ファロン。
モノクロームで描かれた不気味な怪物(?)は、ラヴクラフトの小説にふさわしいように感じるよ。
と、言いながらも、実はほとんどラヴクラフトを読んだことないんだけど。(笑)
目標にしているアーティストが得意にしていた表紙の仕事を引き受けることは、きっとジョディ・ファロンにとって特別な意味を持っていただろうね。
他にもクラシックな小説の表紙を担当しているみたい。
どれも「おどろおどろ」しくて、きっと怖いんだろうと思わせることに成功しているよ!
もし本屋で見かけたら、手に取ること間違いなしだね。(笑)

ジョディ・ファロンのHPには、シリーズ毎に作品が載っている。
「Science Fiction」のシリーズは、まさにポール・レアの後継者と言うべき作品群を観ることができる。
レトロ・フューチャーという、懐古趣味的な未来像を表す言葉の通り、懐かしさを感じてしまう作品なんだよね。
このまま小説の表紙になったり、70年代のプログレッシヴ・ロック系のアルバム・ジャケットになっているような雰囲気。
実際プログレのバンドが、どんなジャケットを使用していたのかよく分かってないんだけどね。(笑)

SNAKEPIPEの琴線に触れたジョディ・ファロンの作品は「Imaginative Realism」というシリーズなんだよね。
この言葉も相反する単語が連なっていて、想像したものをリアルに描いた作品、という意味だと理解したけど、どうだろう?
夕暮れ時なのか、逆光になった人物(?)が、大きく口を開け、叫んでいる。
植物に棘があるのか、手から血が流れているように見える。
非常に不気味な絵で、歯しか見えない黒い物体が、まるでフランシス・ベーコンが描く人物のよう。
「孤独な感情を表現する方法を探していた」という、ジョディ・ファロンの自画像なのかもしれないね?

この作品も怖いよね!
背景がオレンジ色なので、より一層ベーコンっぽく見えてくるね。
人間には見えない物体もいれば、悲しみにくれ叫んでいるように見える顔もある。
一体どんなシチュエーションなのか不明だけど、こんな青い物体に追いかけられたらさぞや恐ろしいことでしょう。(笑)
夢に出てこないことを祈るよ!

うひゃー!今度は溶けてるよ!
頭は頭蓋骨なのに、腕だけは筋肉組織やら血管が見えるようじゃない?
これも一種の「叫び」なんだろうね。
さっきまで普通に会話していたのに、ウイルスやゾンビに感染した途端、全くの別人になってしまうシーンって、ホラー映画によくあるよね。
かつては人だったのに、今はもう人間じゃない、という恐怖を表現したように見えてしまう。
ジョディ・ファロンはSFとホラー映画が好きに違いないよ。(笑)
あくまでもSNAKEPIPEの想像だけどね。

この作品を観た瞬間、ROCKHURRAHが「永井豪みたい」と言う。
ぐわっと開いた大きな口と乱杭歯。
何かを噛み砕いた後なのか、それとも腹でも刺されて口から血が流れているのか。
状況はよく分からないけれど、尋常な顔立ちではないよね。
そしてこちらが永井豪の「デビルマン」。
雰囲気似てるよね?
きっとジョディ・ファロンは、漫画やアニメも好きに違いないと推測!
永井豪の漫画は今でも海外で人気があるようで、2019年7月にはフランス政府から芸術文化勲章シュバリエを贈られていることを知りびっくり!
エロや暴力を描くことが多い永井豪は、かつて教育に不向きという理由でバッシングを受けていたと読んだことがあったからね。
時代や場所が変わると評価も変わるものなんだと改めて実感したよ。

最後はこちらの作品ね。 
24☓36インチという大きさは、61cm☓91cmなので、恐らく30号のキャンバスになるのかな。
キャンバスについて調べてみたら、Fサイズ(人物)とかPサイズ(風景)のような種類があるんだね?
高校時代、美術部に所属していたSNAKEPIPEも30号のキャンバスを使って油絵描いていたけど、どの種類だったんだろうね。(笑)
黒い頭巾をかぶった黒衣の髑髏は一体何等身あるんだ、というくらいのモデル体型。
地面にはひび割れが見えるので、後ろに積み上がった骸骨の養分を吸い込んで、地面から生えているようじゃない?
すっくと立ったその姿から邪悪な精神は垣間見えないけれど、このまま佇んでいるとは思えない。
この絵から、様々な物語が作れそうだよね!(笑)

有名な美術大学在学中から注目され、個展を開いて、卒業後は当たり前のようにアーティストになる人が多い時代。
今回紹介したジョディ・ファロンは、独学からスタートして、自ら師を探し出し教えを請い、表現を追求しているので、とても身近に感じられるタイプのアーティストなんだよね。
これからもダークで不気味な作品を発表してもらいたいと思う。
調べたところでは、恐らく日本でジョディ・ファロンについて書いている人はいないみたい。
実物を観てみたいと思うのは、日本でSNAKEPIPEだけなのかな。(笑)

ROCKHURRAH RECORDS残暑見舞い2019

20190818_top.jpg
【Der KFCの曲にちなんで作ってみたポストカード。地味だな】

ROCKHURRAH WROTE:

毎年夏になると「今年の暑さは異常」とか「夏嫌い」などと書いてるROCKHURRAHだが、今年こそは本当に危険な暑さと湿度ですっかりグッタリになってるよ。
去年までは汗をかいてもそこまでダラダラじゃなかったような気がしてたが、今はちょっと外に出て下を向くと顔からびっくりするほどの汗が落ちる。周りにそこまでブザマな発汗をしてる人はいないように見えるから、そういう体質なのか病気なのか?
誰からも心配されてないから、きっといつも汗っかきの人だと思われてるんだろうな。

お盆休みが人並みにあるので、その間はここまで汗ダラダラになる場所に行かなくて済むのが嬉しい。

あまりの暑さで外から帰ってくると服が全て汗だく、その場でシャワーを浴びて全部洗濯するのが日課になってる。
しかし先日、汗だくで意識が朦朧として(大げさ)大失敗。
何とポケットにiPhoneを入れたままジーンズを洗濯機に漬け込んでしまったのだ。
気づいたのが水や洗剤を入れて90分後、慌てて取り出したがもはや遅すぎて我がiPhoneはあえなく水没死。

ROCKHURRAHのは防水ではない旧機種なので、汗だくのポケットに入れておくだけでも良くないと前々から危惧していた矢先に、こんな事故になってしまったよ、トホホ。
不幸中のちっぽけな幸いだったのがその日は金曜日、翌日にiPhoneの水没修理をしてくれるところに早速行ったわけだが・・・。
そういう修理に疎いROCKHURRAHはもしかしたら直せるかもと思ってたんだが、要は中のデータをバックアップして新しいiPhoneに復旧させるだけのものです、という説明を受けて修理を断念した。
結局はiPhoneを買い替えしなきゃならないのは必至で、最終のバックアップ後からそこまで死守しないといけないデータはなかったから、さらに数千円(場合によっては数万)の出費はしたくなかったのだ。
その足で秋葉原に行き、全く同じ機種のSIMフリーiPhoneを買って、その日のうちにちょっと前のバックアップから復元。あっさり元の環境に戻す事が出来たよ。
これをきっかけにもう少し新しいiPhoneに機種変更とも思ったけど、たまたま安くなってる目玉商品もない。
この大きさに愛着もあるし機種変更するならSNAKEPIPEと同じタイミングの方が都合がいいから、今は現状維持でいいかなと思ったよ。
持ってはいても大した活用はしてないし、スマホ依存の人種が一体何を活用してるのかさっぱり不明なんだけど、なきゃないで不便なのは間違いない、というのが悔しいよ。

さて、こんな前フリは全く関係なかったが今年も残暑見舞いを作ってみたよ。
毎年、何らかのテーマを決めて作るのがROCKHURRAH RECORDSの方針だったが、今回は上記のハプニングもあって、制作にかける時間があまりなくなってしまって・・・などと言い訳しなくても自分が一番よく分かってる。
とにかく夏場はグッタリしてしまって何かを作る意欲が減退してるのは確かだよ。
自分でも何だかよくわからん「雰囲気だけ」のポストカードになってしまった。
SNAKEPIPEなら「色合いはキレイだったよ(この記事参照)」くらい言ってくれるかな?
毎年言ってるような気がするが、とにかく夏が終わらない事には活動的になれないROCKHURRAHなのだった。

それではまた秋に、さらば太陽圏。

LOOKIN THROUGH THE WINDOW/ANIMITAS II 鑑賞

20190811 06
【GYREギャラリーの入り口を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

約2ヶ月ぶりに長年来の友人Mと約束をした。
待ち合わせたのは表参道。
まずは早めのお昼を頂くことにする。
フレンチ風中華、という一風変わったスタイルだったけれど、さすがは友人Mのお勧めだけあって、とても美味であった。
価格もお手頃で、雰囲気も良かったよ!

友人Mとは前回の「トム・サックス」と「横尾忠則」も展覧会のハシゴをしているんだよね。
なんと今回もまた同じ経験をしてしまったよ。(笑)
そこまで大規模な展覧会ではなかったけどね!
最初に向かったのは表参道GYREギャラリー
ここは今年2019年のゴールデンウィークに「デヴィッド ・ リンチ 精神的辺境の帝国展」を鑑賞した場所なんだよね。
リンチ関連の企画でお馴染み、キュレーターの飯田さんが絡んでいない日本人の写真展とのことだけど、どうだろうね?

タイトルは「LOOKIN THROUGH THE WINDOW」、訳すと「窓ごしの眺め」って感じか?
撮影可能だったので、作品の感想を添えて紹介していこうか。
白塗り暗黒舞踏集団だっ!
山海塾?白狐社?正解は大駱駝艦だって。(笑)
大駱駝艦といえば、麿赤兒!
この手の舞踏ダンサー(変な言葉か?)は、裸体を晒していることがほとんどなので、着衣に違和感があるよね。
しかもモデルとして撮影されているから余計だよ。
この写真を撮影したのは、小浪次郎という写真家。 

小浪次郎は1986年東京生まれ。
2010年、東京工芸大学芸術学部写真学科研究生課程修了している。
卒業前から展覧会に参加していたようで、2009年に富士フォトサロンの新人賞を受賞しているという。
現在はニューヨーク在住で、商業写真を撮っているようだね。
この画像は雑誌「VOGUE」に掲載された一枚とのこと。

タイトルが「KUMAGAYA」となっているので、埼玉県の熊谷と思われる。
気温が高い地域として有名だよね。
そこに住んでいる「バッド・ボーイ」をモデルにしているということなのか。
和彫りのモンモンが入った男性の写真が、何枚も使用されている。
最近はファッション雑誌などでも、こういった組写真を採用しているよね。
見慣れてしまったせいか、新鮮さはないけれど、色がキレイだったよ。

こちらは水谷太郎の作品。
やや、次郎に続いて太郎だよ!(笑)
順番を逆にするべきだったか?
水谷太郎は1975年、東京都生まれの写真家。
東京工芸大学芸術学部卒業後、写真家としてファッション、コマーシャルフォト撮影を中心に活動しているという。
大きなモノクロームの岩肌をバックに、小さめの写真が組み合わされている。
ネイチャー・フォトとでも言うのか、地層研究している気分になるね。
意味は分からなかったけど、色合いはキレイだったよ。

石田真澄の作品は壁一面を使用した大型の組写真だった。
一人のモデルだけを撮影しているので、夜の2時間程度の散歩風景といった感じかな。
同じ写真を重ねたり、別の角度や場所で撮影した写真を組み、ギザギザに貼り付ける手法はデヴィッド・ホックニーが有名だよね。
今から30年以上も前に発表されている「ジョイナー・フォト」が素晴らしいので、この作品が稚拙に見えてしまうのは仕方ないかもしれない。
目の覚めるような赤の色合いは鮮やかだったよ!

やはりキュレーターが飯田さんじゃない展覧会は物足りないね、と話しながら次の会場に向かう。
目指すのは、同じ通りにある「エスパス ルイ・ヴィトン東京」である。 
モノグラムで有名なフランスのブランド、ルイ・ヴィトンのアート・スペースなんだよね。
フォンダシオン ルイ・ヴィトンが所蔵する作品を展示していて、入場料は無料!

フォンダシオン ルイ・ヴィトンは現代アートとアーティスト、そして現代アーティストのインスピレーションの源となった重要な20世紀の作品に特化した芸術機関です。
フォンダシオンが所蔵するコレクションと主催する展覧会を通じ、幅広い多くの人々に興味を持っていただくことを目指しています。

なんて素晴らしい理念なんでしょう!
EAMES HOUSE DESIGN FOR LIVING」を鑑賞した、竹中工務店が支援する公益財団法人ギャラリーエークワッドも同じような理念に基づいて運営していたよね。
大きな企業は余裕があって良いですな!(笑)

エスパス ルイ・ヴィトン東京に行くのは、今回が2度目になるSNAKEPIPE。
2014年4月から8月にかけて展示されていたスティーブ・マックィーンの映像作品「Ashes」を鑑賞してるんだよね。
あの時から5年も経過していたとは…。(遠い目)
この展覧会についてはブログに書いてなかったみたいだね。
今回はなんと、クリスチャン・ボルタンスキーの「ANIMITAS II 」の展示だという。
つい先日、国立新美術館で「Lifetime」 を鑑賞したばかり。
友人Mは、未鑑賞だという。
「もう少し空いてから行く」とのこと。
SNAKEPIPEにとっては復習、友人Mには予習となるボルタンスキーだね。(笑) 

ハイ・ブランドのショップに入ることは滅多にないけれど、店の前を通りかかると大抵のショップでドア・マンが待ち構えているのを見かけるんだよね。
ルイ・ヴィトンもご多分に漏れず、ドアの前には白い手袋したドア・マンがおいでなすったよ。(笑)
最上階にあるギャラリーに行くためには、そのドアを開けてもらう必要がある。
友人Mは慣れているのか、すんなり開けてもらったドアを通ってエレベーター前へ。
SNAKEPIPEは「買い物するわけじゃないのにスミマセン」オーラを発しながら、急ぎ足で友人Mに続く。
サービスでドアを開けてくれるのは分かっているけど、なんとなく居心地が悪いんだよね。(笑)

エレベーターを降り、会場に入ると目に飛び込んできたのは大きなスクリーン。
全く同じ大きさのスクリーンが向かいあわせにもう一つ設置されている。
スクリーン前の床は藁や草、野花などで埋め尽くされている。
自然の中にいる疑似体験ができるような仕組みなんだよね。
ボルタンスキーの作品「アニミタス(ささやきの森)」の映像とつながっているように錯覚してしまうよ。
「ささやきの森」が撮影されたのは、瀬戸内海の豊島らしいね。
日本が舞台だったとは知らなかったよ。
撮影許可が取れたので、友人MもInstagram用にバシバシ撮り始める。

こちらはもう一つのスクリーンで上映されていた「アニミタス(死せる母たち)」である。
場所はイスラエルの死海とのこと。
先日国立新美術館で鑑賞したのは「アニミタス(白)」だったので、ケベックのオルレアン島バージョンだったんだね。
これは死者を祀る路傍の小さな祭壇へのオマージュとして、制作されているという。
ボルタンスキーが生まれた日の星座の配列をなぞるように、細い棒を大地に突き刺している。
その棒の先で300個の日本の風鈴が揺れるインスタレーション、と説明されているよ。
説明の文章がなくても、微かな風鈴の音色とガランとした風景で、厳粛な気分になること間違いなしだよ。
ガラス張りのギャラリーなので、外に教会が見えるのもイメージに合っていたね。

会場を後にし、帰ろうとした時にもう一点展示があることに気付く。
ボルタンスキーのインタビューを交えた作品紹介の映像だった。 
これこそ先日鑑賞した「ボルタンスキー 50年の軌跡」を復習するのに、最も適した教材といったところか。(笑)
初見の友人Mは感嘆の声を上げながら、一生懸命撮影している。
「それは撮影可能エリアにあった作品」
「これは撮影できなかった作品」
などと横で情報を与えるSNAKEPIPE。

撮影をしながら「あっ!そうだ」と声を出したのはSNAKEPIPE。
この作品紹介のビデオを見るためのヘッドフォンまで含めて、一枚の写真としたほうがボルタンスキーらしさが表現できるんじゃないか。
ボルタンスキーの特徴は、黒い電源コードを写真の顔部分などにかけた状態で作品となっているわけだからね。 
こうして撮影した祭壇の作品とヘッドフォンを組み合わせた画像がこれ。
「いかにもボルタンスキー」になったよね?(笑)

表参道で鑑賞した2つの無料展覧会について感想をまとめてみたよ!
GYREギャラリーは、是非ともキュレーターの飯田さんに登場して頂き、素敵な企画をお願いしたいね。
エスパス ルイ・ヴィトン東京には、ドア・マン対策を強化してから出かけよう。(笑)
都内には無料も含め、たくさんのギャラリーがあるので、これからもいろんな作品を鑑賞していきたいね!

メスキータ展 鑑賞

20190804 top
【東京ステーションギャラリー前を撮影。光が反射してますな】

SNAKEPIPE WROTE:

どうしても行きたい展覧会がある、とROCKHURRAHから提案されたのが東京ステーションギャラリーで開催されている「メスキータ展」だった。 
展覧会のポスターには、まるで漫画のような絵が載っている。
メスキータって初耳だけど、どんなアーティストなんだろう?

1868年 アムステルダムでユダヤ人の家庭に生まれる。
1885年 国立応用美術学校に入学し建築を学ぶが、1年後に国立教育大学に転ずる。
1893年 初めてエッチングを試みる。
1895年 バティック(ろうけつ染め)の技法を始める。
1896年 初めて木版画を制作。
1900年 染織デザイナーとして、カーテンやテーブルクロスなどのデザインに従事。
1902年 この年から、ハールレムの応用美術学校で教師として働く。
1904年 M. C. エッシャーが同校に入学し、メスキータの指導を受ける。
1908年 この頃、アムステルダム動物園に通い、異国の動物たちをテーマに多くの木版画を制作。
1909年 ロッテルダムで初めての個展を開催。
1919年 リトグラフで多くの作品を制作。
1921年 グラフィックアート協会の会長に就任(~1924)。
1926年 応用美術学校が廃校となり、教師を辞める。1933 国立視覚芸術アカデミーの教授となる(~1937)。
1940年 ナチスによるオランダ占領。オランダのユダヤ人迫害は、他のナチス占領地域と比べて最も過酷であったと言われる。
1944年 1月31日夜、妻、息子とともにナチスに拘束される。アトリエに残された作品は、エッシャーや弟子たちが命懸けで持ち帰って保管した。妻とメスキータは3月11日にアウシュヴィッツで、息子は20日後にテレージエンシュタットで殺された。  

東京ステーションギャラリーのHPから転記させて頂いたよ。 
いつもなら略歴をそのまま載せることはないんだけどね。
エッシャーとナチスについての記述があったので、改変しなかったよ。

漫画チックに見えたメスキータの作品だったけれど、今から150年前に生まれた人だったとはびっくりだよ。
そして最初にポスターで見た作品が木版画だったとは意外だね。
この作品を実際に会場で鑑賞すると、バックの網の目部分が非常に細かく繊細に彫られていることが分かり、その技に驚嘆したSNAKEPIPEだよ。
ROCKHURRAHが絶対行きたいと言うのも納得。
東京ステーションギャラリーに行くのは、初めてのこと。
道に迷わないと良いけど?

東京ステーションギャラリーはまさにその名の通り、東京駅直結の場所だったので、方向音痴のSNAKEPIPEでも問題なく到着できたよ。(笑)
美術館の入り口には大きな看板があり、横には「メスキータ展」の宣伝用映像が流れていた。
その様子はトップ画像で確認できるよね。
チケットは、自動販売機になっていて、まるで駅の改札で切符を買うみたい。
エレベーターで、会場である3階に向かう。
アクセスの良さが原因なのか、会場はかなり多くのお客さんで溢れている。
「エッシャーが命懸けで守った男」というコピーが効果的だったのかも。(笑)

作品の前に立ち、鑑賞することはできるくらいの人の多さ。
少しずつ感想を書いていこうかな。
東京ステーションギャラリーでは、作品は全て撮影不可だったのが残念だよ。
「メメント・モリ」と題された作品は、メスキータ本人と対峙する頭蓋骨がモチーフになっている。
1926年に制作されているので、この時メスキータは58歳くらい?
もう少し年寄りに見えてしまうよ。
1920年代といえば、ROCKHURRAH RECORDSにとって憧れの時代!
ついフランスやドイツのアートを考えてしまうけど、オランダはどんな状況だったんだろうね。
シュールレアリズムや構成主義の影響はあったのかな。
「メメント・モリ」は「死を忘れるな」という意味なので、ゆっくりと死へ向かう自分と、未来の自分(頭蓋骨)というダブル自画像なのかもしれないね。

白と黒のコントラストが強烈な「トーガを着た男」は、1923年の作品。
ものすごくシンプルな線だけで、男の顔や輪郭が見事に表現されているんだよね。
それにしても「トーガ」って何だろう? 
調べてみると「古代ローマ市民が着用した外衣で、半円形または楕円形の布をからだに巻くように袈裟がけに着る物」らしい。
マントとかショールといった感じかな?
まるで80年代のニューウェーブ時代にいた人みたいだよね、とROCKHURRAHと話す。
やっぱり1920年代、良いよねえ!

「これカッコいいっ!」 
ROCKHURRAHが興奮気味に感嘆の声を上げる。
体の輪郭が彫られていないのに、光と影、体の立体感が表現されているところに着目したらしい。
メスキータの木版画は、その手の手法を取り入れていることが多かったよ。
それにしてもROCKHURRAH、鑑賞の仕方がプロっぽくないか?(笑)
左が「喜び」で右が「悲しみ」と題された1914年の作品である。
100年以上前に、こんな作品が存在していたとは驚いちゃうよ。
ポスターになっていたら、購入していたこと間違いなし!
残念ながら、ミュージアム・ショップで見つけることができなかったよ。

「こ、これはっ!」
すごいよね、と「喜び」と「悲しみ」の感想を言い合いながら隣の作品を観た瞬間、思わずSNAKEPIPEが発した言葉なんだよね。
1922年の作品「エクスタシー」 である。
「カッコいい」を連発していた矢先、この作品に遭遇し驚く。
同じ作者の作品とは思えないほど、コミカルに映ってしまったよ。
思わず「プッ」と吹いてしまったほど。
天高く両手を上げた裸婦もさることながら、両脇の顔もすごいよね!(笑)
そしてタイトルが「エクスタシー」(恍惚)とは。 
SNAKEPIPEには、あまり恍惚の表情に見えなくて、かなり意味不明の作品だったんだけどね。
ビザール・ポストカード選手権!34回戦」 で紹介した「ハルナー」を思い出してしまったよ。
どこが似てるかと言われると答えに詰まるけど、なんとなく雰囲気が近い気がしたんだよね。

メスキータは木版画を制作する前に、実際にモデル(もしくは知人?)のデッサンをしてるんだよね。
油絵も描いていたし、水彩なども扱っていたみたい。
左は「緑色の服の女」、1913年のパステル画なんだけど。
まるで別人の作品に見えてしまうんだよね。
木版画以外は、メスキータらしさが全く垣間見えないの。
どうしてこの手の絵から、カッコいい木版画に生まれ変わるのか?
非常に不思議でならないよ。(笑)

メスキータは人物以外にも、植物や動物をモチーフにした作品を多く残している。
略歴にも「動物園に通った」と書いてあるよね。 
動植物にも、たくさんカッコいい作品があるんだけど、あえてこの作品を選んだのには訳があるの。
どこかでみたことがあるような気がして、あとで調べようと思っていたからなんだよね。
調べて思い出したのがこの作品。
どお、ちょっと似てない?(笑)
河鍋暁斎の版画、「雨中白鷺図」なんだよね。 
もちろん河鍋暁斎は1889年に亡くなっているので、メスキータのほうが40年以上後の時代だけど。
オランダの有名な画家であるゴッホも浮世絵に影響を受けた一人だったので、後年のアーティストも日本の版画を見る機会はあったのかもしれないね?
そう考えるとオランダと日本のつながりを感じてしまうよ。

メスキータは版画や絵だけではなく、デザインの世界でも活躍していたという。
これは1918年から1932年に、アムステルダムの出版社が刊行していた「WENDINGEN」という建築と美術の月刊誌なんだって。
メスキータがデザインした表紙、なんてオシャレなんだろうね!
ヨーロッパはこの時代から、アートと建築を別のジャンルとして分離しないで、同じ次元として捉えていることを改めて知ったよ。
バウハウスも同時代だから、同じ思想だろうね。
月ごとにテーマを変えて刊行していたようで、どんな雑誌だったのか見てみたかったな!

総点数約240点という、大掛かりな展覧会だったよ。
鑑賞を終えると、足が棒になってる感じだったからね。(笑)
出口に向かうと待っていたのは、大きなポスターだった。
このエリアだけは撮影オッケーとのこと。
もちろん複製だけど、大きさがあったので迫力満点!
こんなロール・カーテンあったら嬉しいな。(笑)

略歴にも書いてあるけれど、メスキータはユダヤ人だったため、ナチスに拘束され命を落としている。
その事実を知った時、強いショックを受けた。
こんなに偉大なアーティストが悲惨な最期を遂げたなんて、悔しい気持ちになったよ。
先月2019年7月に記事を書いた「クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime」でも、ナチスが暗い影を落としていたことを思い出したSNAKEPIPEである。

「メスキータ展」は、多くの素晴らしい作品を鑑賞することができて大満足だった。
ROCKHURRAH、誘ってくれてありがとう!(笑)