岡上淑子 沈黙の奇蹟 鑑賞

20190324 top
【東京都庭園美術館前の看板を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

東京都庭園美術館で開催されている「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」を教えてくれたのはROCKHURRAHだった。
シュルレアリスムやダダには目がないROCKHURRAH RECORDSにとって、よだれが出るような企画。
見つけてくれてありがとう、ROCKHURRAH!(笑)
開催期間が4月7日までなので、急いで出かけることにする。
「まだ大丈夫」と先延ばしにしてしまい、会期終了間際に駆け込むようなケースが今までに何度かあったからね。
そのたびに早めの行動を自分自身に戒めてきたSNAKEPIPE。
今回はその教訓が活かされたかな?(笑)

東京都庭園美術館に行ったのは2015年6月の「マスク展」以来だったよ。
SNAKEPIPEが書いたブログを読み返してみると、会期終了ギリギリに行ったと書いてある。
やっぱりこのパターンだったか!(笑)
そして庭園美術館は1906年(明治39年)に創立した旧朝香宮邸を使用しているため、館内の撮影が禁止されているんだよね。
歴史的建造物で、国の重要文化財だから仕方ないね。 
「マスク展」でも最初の看板しか撮影してないことを思い出したよ。

さて、今回鑑賞した岡上淑子。
1950年代に日本で、しかも女性がシュールなフォト・コラージュを制作していたなんてSNAKEPIPEはこれっぽっちも知らなかった。
実を言うと岡上淑子という名前も今回初めて聞いたんだよね。
「シュールに目がない」などと言っておきながら、MADE IN JAPANの作品やアーティストについてはほとんど調べてないのが実情かな。
まずは岡上淑子について調べてみようか。

1928年 高知県高知市に生まれる。
2、3歳の頃、東京都渋谷区に転居。
1941年 東洋英和女学院に入学。
1948年 小川服装学院に入学。
1950年 文化学院デザイン科に入学。
この頃からフォト・コラージュを始める。
1953年 東京・神田で「岡上淑子コラージュ展」を開催
1957年 結婚。作品制作から遠ざかる。

フォト・コラージュは1950年から、わずか7年ほどの期間限定で制作されていたんだね。
岡上淑子の年齢でいうと22歳から28歳まで、ということかな。
50年代の女性が22歳からデザイン科に入学して学生だった、ということに驚く。
当時の一般的な女性の平均的な歩みとは違うように感じるけど、実際はどうだったんだろう。
この点だけをみても、岡上淑子が先進的な女性だったように思うよ。
ちゃんと調べたわけじゃないし、詳しくもないので単なるSNAKEPIPEの推測として読んでね。(笑)

展覧会に行った日の目黒は絶好の庭園散策日和、とは言い難かったよ。
晴れてはいたけれど強風が吹き荒れ、SNAKEPIPEは何度も風に押されよろけてしまった。
10時の開館を過ぎた頃、庭園美術館に到着。
そこまで人は多くなくて、ゆっくり鑑賞することができたのは良かった。
作品はほとんどがA4くらいの大きさだったので、近付いて観る必要があったからね!

展覧会は第1部マチネと第2部ソワレになっていて、第1部は旧朝香宮邸、第2部は新館での展示になっていた。
岡上淑子の作品と共に、当時ファッション界で注目を集めていたクリスチャン・ディオールやクリストバル・バレンシアガのドレスも展示されていた。
岡上淑子がコラージュしているファッションに合わせて、エレガントなドレスを集めたんだろうね。 

最初にも書いたように国の重要文化財である旧朝香宮邸なので、撮影は原則禁止。
ほんの一部でのみ撮影できる場所があっただけ!
そのためブログに載せている画像は1枚をのぞき、自分で撮影したものではないのが残念だよ。
会場の様子がわかる映像があったので載せておこうか。

この「Inernet Museum」は、先日の「インポッシブル・アーキテクチャー」をまとめた記事にも載せているんだけど、やっぱり素っ気ないんだよね。(笑)
創意工夫はなくて、ただ会場を道に沿って歩く様子を淡々と映しているだけ。
前回も書いたけど「ありのまま」ということなんだろうね。

それでは気になった作品を紹介していこう!
先にも書いたように、岡上淑子の作品は1950年からの7年間に限定されているんだよね。
ROCKHURRAHとSNAKEPIPEが気に入ったのは、背景が黒や赤のシンプルな初期の作品。
例えば左は黒バックにトマトとナイフとマレーネ・ディートリッヒが組み合わされている「トマト」で、1951年の作品。
わりーね、わりーね、ワリーネ・ディートリッヒ!(古い)
空間の使い方と構図の素晴らしさが良く分かるよね。
2013年8月の「SNAKEPIPE MUSEUM #22 Hannah Höch」で特集したドイツのダダイスト、ハンナ・ヘッヒを思い出す。
ハンナ・ヘッヒもシンプルな背景に雑誌などから切り取った写真のコラージュを貼った作品を発表していたからね!

「これぞシュルレアリスム!」といった雰囲気の作品。
イブ・タンギーを思わせるのは、背景が砂漠だからかな。
なんともいえない幻想的な光景が永遠に続くように錯覚してしまう。
岡上淑子は服飾系の学校に通っていたので、ハサミを使うことに慣れていたのかもしれないけれど、とても切り方が上手なんだよね!
糊の使い方もうまくて、近付いてじっくり観ても、切り貼りしたことが分からないほど。
この技術力に驚いてしまうよ!
この腕があったら「紙切り芸人」にもなれたかもしれないね?(笑)

「はるかな旅」は1953年の作品ね。
岡上淑子は絵画や写真の勉強をしたことがあるのかな?
構図がバッチリ決まってるんだよね。
先にも書いた、日本画に近い空間の使い方が素晴らしい!
絵にする、ということに天性の才能があったんだろうな。
犬の体に時計を付けて、マントのフードに花束を配するところに乙女心を感じるよ。
この作品も「まさにシュルレアリスム!」だよね。

頭部が機械になっている男性の後ろには、額からはみ出したダンサー達。
まるで80年代のレコード・ジャケットみたいだよ。
左に置いてあるシルクハットには目があるし。
こんな作品を50年代に制作していたとはね!
それにしても女性のファッションは流行がはっきりしていることが多いけれど、男性のスーツ姿というのはどの年代でもそれほどの違いがないよね?
画像だけ観たら、50年代というのが分からないかもしれない。
もちろん岡上淑子のセンスの良さがあるからだけどね!

ROCKHURRAHが気に入った作品がこちら。
機械(装置)の上を歩く花嫁が、ドイツのバンドD.A.F.の1stアルバムのジャケットに似ているからかもしれないね。
そのジャケットは巨大な機械の中で踊るバレリーナなんだよね。
無機的な鉱物と柔らかいイメージの女性という、2つの相反するイメージの融合は不思議な調和を感じさせる。
岡上淑子の作品にも同じことが言えるのかもしれないね?

岡上淑子は1953年に瀧口修造に出会っている。
瀧口修造というのは、日本におけるシュルレアリスムやダダを紹介した第一人者として知られる人物で、マルセル・デュシャンを調べると必ず出てくる名前として記憶しているよ。
その瀧口修造からマックス・エルンストを教えられ、岡上淑子の作品は変貌する。
今まで1色だけでガランとしていた作品に、背景が加わることになるんだよね。
「招待」は1955年の作品で、鳥の頭の男がタキシードを着ているところや雰囲気が、エルンストそのもの!

瀧口修造のエピソードを知ってからは、1953年を目安に作品鑑賞するようになってしまった。
エルンストを知る前/知った後という線引きである。
圧倒的な存在感を持つアーティストを知ってしまうと、頭の中に強い力を持った他人の作品が居座ってしまうのではないだろうか。 
本人にそのつもりがなくても、つい影響受けてしまうのはよくあること。
勉強するのも大事だけど、何も知らないままほとばしる情熱(ルビはパッションで!)を作品制作の糧とするのも重要なんだな、と改めて認識したよ。
「沈黙の奇蹟」は1952年の作品。
エルンストを知る前ということになるね。
靄が立ち込める鬱蒼とした森の中。
神主さんのような集団をバックに、首なし女が犬を散歩させているゴシック・ホラーのような作品。
首はパラシュートで空に浮かんでいるのがユーモラスに映る。
この作品も素晴らしいね!

唯一会場内で撮影が許可されたのが「幻想」1954年。
女性の頭部が馬になって横たわっている。
他に馬が3頭、バッチリの構図に収まり、シャンデリアには手がぶら下がっている。
背景がどこかの貴族の館のようで、これもまたゴシックな雰囲気だよね。
こうした美意識がどのように培われたのか興味あるよ。

岡上淑子は結婚して子供をもうけてからも、絵を描いたり写真を撮ったりしていたようだけど、フォト・コラージュを制作していた頃の「きらめき」が再現されることはなかったみたい。
本当に期間限定のアーティストだったんだね。
現在91歳の岡上淑子。
その年齢で美術館の個展が開けるなんて、すごいよね!

旧朝香宮邸は重要文化財なので撮影不可とされるのは仕方ないけれど、新館の展示は撮影オッケーしてもらいたかったなあ。
ミュージアム・ショップが商品化するグッズも相変わらずイマイチ…。
作品は素晴らしいのに、美術館に対して残念に思うことが多い展覧会が続いているROCKHURRAH RECORDS。
今度は是非とも撮影オッケーな展覧会に行きたいものだ。 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です