時に忘れられた人々【24】小栗虫太郎 第2篇

【こんなシーンはないけどイメージ化してみたよ。陳腐】

ROCKHURRAH WROTE:

この「時に忘れられた人々」というシリーズ企画で小栗虫太郎について書いたのがすでに二年前の事。

「黒死館殺人事件」だけが虫太郎の魅力の全てではないし、他にも個人的に大好きな作品はあるんだが、それはまた別の機会に・・・。

などと書いた「別の機会」が二年後の今日というわけだ。
その間に熟考を重ねたわけではないし、たまたまなんだけど、喜んでスイスイと虫太郎について書けるほどの筆力がないというだけの話だね。
この話題に限らず、思いついてはみたものの、全然完成してないブログの下書きがいくつもあるのがROCKHURRAHの現状だ。
今さら言うのも何だが、遅いし格別気が利いてるわけでもないし、ものを書くのにすごく向いてないんじゃなかろうか? (笑)
書くことが決まりさえすれば結構ハイペースで一気に仕上げるSNAKEPIPEみたいになりたいよ。

小栗虫太郎について知らない人がこのブログの、この記事を読んでるかどうかは不明だけど、よくわからん人は前回の記事を読んでね。
関係ないが、なぜかウチの記事が知らぬ間に「NAVERまとめ」などというサイトに二つも掲載されていた。本人が知らないとは・・・。

まあこのように難解な奇書「黒死館殺人事件」は発表当時(昭和初期)の世間を仰天させた長編小説で、「殺人事件」などとタイトルについてる癖に一向にそれらしくない。
現実の事件や人間の動きはあまり描写される事なく、紙面の大半を探偵の法水麟太郎が衒学的知識のひけらかしで埋め尽くす・・・。
中学生くらいで読んで「何じゃこりゃ?」と唖然としたものだ。ペダントリーという言葉をここで初めて知ったよ。
しかしこのまやかしだらけ、何度読んでもスッキリしない大長編には中毒性が秘められていて、1980年代以降の言葉で言うならサブカルチャーやカルト的な魅力を持った作品ということになるだろうか。大マジメに書かれてはいるがバカミスの一種と言ってもいいくらい。

同時代には夢野久作の「ドグラ・マグラ」もあり、探偵小説の二大奇書と言っても差し支えないだろう。ちなみにWikipediaなどには中井英夫の「虚無への供物」を加えた三大奇書と書かれているが、時代も随分違うし無理やりだな、と個人的には思う。

小栗虫太郎は「黒死館殺人事件」みたいな作風のみの作家ではなく、他にも非常に変わった作品を遺している。今回、特集しようと思っているのがそのうちのひとつのジャンル「人外魔境シリーズ」だ。

これは探偵小説作家を数多く見出した雑誌「新青年」に1939年から1941年まで連載された短編集で、いわゆる秘境冒険小説の一種だ。秘境!魔境!

先日、NHKで放送された 「大アマゾン 最後の秘境」といった番組でも明らかな通り、この21世紀でも一般的に知られてない秘境が地球上にはまだ残されているらしい。
「人外魔境」が出た時代だったらもっと数多くの秘境、謎の場所が世界中にあったのは間違いないだろう。
もしかしたら今では観光地や世界遺産になってるようなところでも小栗虫太郎の時代には魔境だったかも知れないからね。

誰でもみんな、というわけじゃなかろうが、ROCKHURRAHは子供の頃から秘境だの未確認生物だのが大好きだった。文献を読み漁って研究するほどのディープなマニアにはならなかったが、TVのスペシャル番組とかでその手のがあると楽しみにしている(同時に裏切られる)ような少年だった。

そういう嗜好があったからこそ、この「人外魔境」に若年の頃から出会う事が出来た。
確かまだ小栗虫太郎を知る前に「少年キング」で連載されていたのを読んでて、後から虫太郎が原作だったと知ったように記憶する。水木しげるや桑田次郎などが漫画化した作品ね。この時代の少年漫画雑誌は探偵小説を元ネタにしたようなのが多くていい時代だったなあ。
その後も小栗虫太郎だけでなく久生十蘭の「地底獣国」や香山滋の「 オラン・ペンデクの復讐」など、文明世界とは違った場所で繰り広げられる小説は色々と探しまくって次から次へと読んでいた。
ROCKHURRAHの「ヒマがあれば古本屋か中古レコード屋巡り」という後年の趣味が確立したのがこの時代だったのは間違いない。

さて、前置きだの回想だのが長くて飽きてきたが「人外魔境」はそれぞれのタイトルと出てくる魔境のキャッチフレーズを読んでるだけで心が高揚してくるような魅力を持った小説だ。
虫太郎の魅力の多くは「ルビ付き漢字」の多用にあり、これが単にカタカナで書いた単語よりもずっとイマジネーションを刺激するのだ。しかしブログのようなWEBではルビ付けるのが結構面倒くさくなるので、その辺の魅力をうまく伝えられないのが残念。
全部挙げてたらキリがないけど、いくつか書いてみるか。

「有尾人(ホモ・コウダスツ)」
コンゴ北東部にある「悪魔の尿溜(M’lambuwezi)」が舞台。
大絶壁の下に広がる大湿林、上空を真っ黒に埋め尽くす蝿や蚊、毒虫の大群のため、歩きでも飛行機でもたどり着く事が出来ないというド秘境だ。恐ろしい。
ふとした事で人間に捕らえられた尻尾のある猿人ドドが発端となって、主人公たちが悪魔の尿溜を目指す話。誰も辿りつけないと言ってるのに割となりゆきで大掛かりな探検隊が編成されるのがすごい。
通常の冒険物だったらまあその話だけで一編モノに出来るけど、平凡を嫌い奇異を好む作家、虫太郎らしくそこには異常なロマンスもあり、聞いたことないような奇病もあり、よくぞこんな話を考えたな。「マックス、モン・アムール」などと呟きたくなる。

そう、この後に続く作品にも趣向を凝らした美女や変な女たちが次々と登場して、エンタテインメント性も忘れてないのが「人外魔境シリーズ」なのだ。
しかし世紀の発見と思える有尾人そのものについては案外ぞんざいな記述しかないので、うーむ、読者もわかったようなわからんような。

「天母峰(ハーモ・サムバ・チョウ)」
第三話であるこの作品から、シリーズ物の主人公である世界的な鳥獣採集人、折竹孫七が登場する。当時の日本人の誰も見たことないような新種、あるいは貴重な生物を発見して捕獲し、その道では世界的に有名らしい。
そして各国に出入り出来るという立場を利用して、実はアジアの奥地を秘密測量しているという裏の顔を持つ人物。スパイ的な活動もあるわけだ。
まさに第二次世界大戦が始まった頃の小説であるから、大東亜共栄圏の構想に基づいて書かれた日本の英雄が折竹孫七だったのだ。

規制が強かったからこの時代、探偵小説は書く事が難しくて、作家は時代劇に走ったりこのような冒険小説(多くは軍国主義寄り)に走ったり、反戦小説書いて捕まったり、岡山に疎開したり、色々と大変だったわけだな。

この話に出てくるのはチベットの巴顔喀喇(パイアンカラ)山脈にある「天母生上の雲湖(Lha mo Sambha cho)」。
4万フィートにも及ぶ大積乱雲に覆われていてどこにあるやらさっぱりわからんという現世の楽園らしい。毘沙門天の楽土がその頂にあるという。どうしたら行けるのだろう?教えて欲しい。ん、「ガンダーラ」の元祖みたいなもんか?
その謎の楽土を目指す折竹。
同行するのが山に登った事もない男と頭の足りないサーカス娘というすごいメンツだ。 小栗虫太郎は必ず意外性のある人物を無理やり話の中に登場されるという癖があるが、まさにそのアンバランスこそファンにとっての魅力。
乱歩の「鏡地獄」を流用したような描写まであり、両方のファンにとってはたまりませんな。
そこに行く目的も壮絶で「祖国をなくした人間がどこの地図にもない安住の地を求める」という、激動の時代だからこその理由だ。

作者(小栗虫太郎)の元を訪れた友達の折竹が冒険譚を語るという構成が多いが・・・しかしいきなり出てきた最初から折竹の秘密(スパイ的活動)を読者にばらしてしまうとは。とんでもなく口が軽いぞ、虫太郎。

「太平洋漏水孔(ダブツクウ)漂流記」
ニューギニア付近(?)の海にある「海の水の漏れる穴(Dabkku)」。
巨大な渦巻きの中心が陥没していて穴が開いてるように見える。
中にいくつか島があるが渦巻きのせいで行っても絶対に帰って来れない場所らしい。しかも温度が45℃もあるという。
うーん、暑さにとても弱いROCKHURRAHならずとも大抵の人間は行けるはずない。
この話は折竹が若い頃に出会った世にも奇妙な物語、という形式で語られる。

主人公は独逸ニューギニア拓殖会社(ドイッチェ・ノイ・ギネア・ゲゼルシャフト)というまるでDAF(Deutsch Amerikanische Freundschaft)のような名称の会社に勤めるドイツ人幹部、若くてお洒落との事だ。
趣味が高じてカヌーの長い旅から帰ってみると、何とニューギニアがドイツの占領下からオーストラリアの支配下に変わったという。
海の上にいる間に戦争が始まったというわけね。
周りみんな殺されてしまい、復讐のために敵国司令官の子供を誘拐。んがしかし、勘違いで司令官の子供の友達である日本人の子供を誘拐してしまう。あーあ。
そしてこれまた成り行きで、子供連れで日本を目指す大冒険の旅をする。
そしてまたありえないような身の上の少女まで登場し、三人で日本を目指すのだが。
「オジチャン、オチッコが出たいよ」
「黒死館殺人事件」で初めて知って、難解な小説を書くという先入観で読むと同じ作者とは思えない表現にビックリするね。そして想像するだけで怖い「島」。

この時代の話だから今では問題となるような差別描写も出てくるけど、大海原の小さな舟という密室で違った目的の人間が一緒にいる。この閉塞的なシチュエーションを考えだした虫太郎は素晴らしい、と初めて読んだ時は快哉を叫んだものだ。後のどんなパニック映画もこの域を超えてないと思えるからね。

「幽魂境(セル・ミク・シュア)」
グリーンランド中部高原の北緯75度あたりにある「冥路の国(Ser-mik-suah)」。
1万フィートの大氷河の中にあり、生身の人間が踏破出来る場所ではないと記述されている。死んだエスキモーが橇を駆って氷の涯に向かってゆくという神秘譚が語られる。
「死骸になってから行かされるなんて、おいらの種族はなんて手間がかかるだべえ(エスキモー、アル・ニン・ワの談話)」
そして先占問題(その土地を一番最初に見つけた国の所有権になる)までも絡めた壮大な話だ。その場所が何とグリーンランド(デンマーク領)の内部にあり、発見したのが折竹孫七だと言う。 つまりグリーンランドの内部に日本が先占宣言出来る土地があるというのが今回の話のポイントとなる。
で、今回もまた意外性ありすぎのメンツで冥路の国を目指す。
出てくるのは無疵のルチアーノ(ラッキー・ルチアーノ)、その情婦で魔窟組合の女王、牝鶏フロー(ニッキー・フロー)というニューヨークのギャングスター一味。
ヒロインはサーカスの怪力女、おのぶさんという大姉御だ。
第一話は猿人ドドだったが、ここでは鯨狼(アー・ペラー)という奇獣が出てくる。
何でこんな組み合わせでグリーンランド奥地?などと思ってては虫太郎ワールドにはついてゆけない。これを必然に変える強引な展開こそ虫太郎の素晴らしいところだね。

以上、4つだけピックアップしてみたが、未読の人にこのわけのわからない魅力が伝わっただろうか?

魔境冒険物とは言ってもハリウッド映画並みの大アクション・シーンや恐怖のクリーチャーを期待されても困るし、短編集なので部分的にはあらすじのようなサラッとした描写しかなかったりするのが物足りない感じはする。
これが「黒死館殺人事件」のように延々と描写されてたらそれも困るが、程よいヴォリュームだったらな、と残念に思うよ。
しかしこの小説が太平洋戦争突入直前に書かれた日本人のイマジネーションによる産物だと考えれば、その凄さが多少は理解出来るというものだ。
まさに珍しい漢字とルビの大伽藍。

80年代的に言えばこれだね。
元ゲルニカのメンバーだった大田螢一による「人外大魔境」というアルバムより。
と言ってもゲルニカのフロントは戸川純と上野耕路の二人だったんだけど。太田螢一はグニャグニャした不気味な絵柄のイラストでも有名だね。実写版「ドグラ・マグラ(松本俊夫監督)」のポスターとか描いてたな。そしてこちらは虫太郎。
ヒカシューの巻上公一や細野晴臣、鈴木慶一などと共に作ったグロテスクでイビツなニュー・ウェイブ歌謡がこれだ。
関係ないけど「フールズメイト(音楽雑誌)」の編集長だった故・北村昌士がやってたバンド、YBO²は「ドグラ・マグラ」という大傑作を出してたな。
二大異端作家、音楽で蘇る。
関係あるかどうか不明だが東京ロッカーズのS-KENも「魔都」などという久生十蘭みたいなタイトルの曲をやってて、異端探偵小説の大御所三人がこんな時代に出揃ったわけだ。

小栗虫太郎は「黒死館殺人事件」で得た「異常でとにかく変な、難しい小説を書く人」という固定観念を覆すべく、様々な作風の(これまたイビツではあるんだが)ものを書いてきた。
新伝奇小説と銘打った「二十世紀鉄仮面」や「青い鷺」などは江戸川乱歩における通俗物のように、探偵役が推理するだけでなく、実際に事件に巻き込まれてピンチになったり冒険したりする境地にも挑戦した。
「白蟻」や「潜航艇『鷹の城』」などは異常な舞台設定で起こるかなり奇妙なテイストを持った作品で虫太郎以外には書けないだろうというシロモノ。
そして秘境冒険小説の体裁を取ってはいるが何でもありの異常な世界「人外魔境」。

小栗虫太郎は三軒茶屋近くの太子堂をホームグラウンドにしてあまり出歩かなかったというような話を読んだ事があるが、この小説も何らかの文献で得た知識と自分の想像のみで書き進めたのだろうか。
実際にそんな場所(「人外魔境」の舞台になった土地)にそんな魔境があったのか?
これを今の情報量で考証するほどのヒマがROCKHURRAHにないからわからないが、かなりの大ぼらが混じった幻想の中の魔境なんだろうと想像する。
それは現実よりもずっと魅惑的な世界なので、このままでいいんだと思うよ。
魔境も神秘もずっといつまでもこの世にあり続けて欲しいからね。

さて、第3篇があるのかどうか?それは何年後なのか?
それではまた、Kwa heri.(スワヒリ語でさようなら)。

映画の殿 第22号 ハッピーボイス・キラー

【本物の首はどれだ?】

SNAKEPIPE WROTE:

通勤時間に読書をするのが習慣である。
活字中毒とまではいかないけれど、「ここ」ではない別の世界に身を置くことで不快な時間をやり過ごしたいから、かもしれない。
最近は「どうしても」の場合を除いて、ほとんどはスマートフォンに入れた電子書籍を読んでいる。
どうしてもの場合というのは、書籍でしか手に入らない本ってことね。
近年出版された本は電子書籍化されているようだけど、過去の作品に関しては本の形でしか読めないからね。
もちろん過去の作品でも電子書籍化されているものもある。
例えば敬愛する江戸川乱歩の作品とか、ね。(笑)

代表作はほとんど読んでいるはずだけれど、短編小説の中には忘れている作品もあり、再読して益々ファンになっているSNAKEPIPE。
先日読んだ「白昼夢」(1925年)は、乱歩の初期の作品である。
浮気癖のある妻を殺し屍蝋にして、「これでもう妻は私だけのものだ」と満足気な様子で語る男。
そしてその屍蝋にした妻をショーウィンドウに飾っている、と告白するのである。
その後の乱歩の作品に度々登場する、死体をマネキンのように展示する手法の始まりが「白昼夢」だったのかもしれないね?
1925年にこんな作品を完成させているとは!
さすが、乱歩だよね!(笑)

「白昼夢」を連想した映画が「ハッピーボイス・キラー」(原題:The Voices 2014年)である。
イラン出身のマルジャン・サトラピという女流監督の作品である。
フランスで活動しているバンド・デシネ(漫画)の作家でもあり、自身の作品をアニメ化した作品も監督しているようだね。

ジェリー・ヒックファンはバスタブ工場に勤める、風変わりな青年。
しゃべるペットの犬と猫に唆されながら、裁判所が任命した精神科医ウォーレン博士の助けを借り、真っ当な道を歩もうとしている。
彼は職場で気になっている女性フィオナに接近する。
だがその関係は、彼女がデートをすっぽかしたことをきっかけに、突如殺人事件へと発展してしまう。

オフィシャルサイトからあらすじを転用させてもらったよ。
シリアルキラーになってしまう、主人公の頭の中を映像化しているところがポイントなんだよね。
映画のキャッチコピーが「キュートでポップで首チョンパ!」なのは、その映像部分を表現しているからだろうね。

主人公・ジェリーを演じたのはライアン・レイノルズ。
精神科医の治療を受けているシーンで、ジェリーには何か問題があることが分かる。
映画の途中でトラウマになる幼少期の出来事が出てくるまでは、何が原因で「声」が聞こえてしまうのか不明なんだよね。
そう、ジェリーには他人には聞こえない「声」が聞こえてしまうのである。

聞こえるだけではなく、会話も成立しているんだよね。
一緒に暮らしている猫のMr.ウィスカーズと犬のボスコが人間の言葉を喋るのである。
邪悪な道へ導こうとするMr.ウィスカーズに対して、人道的な道を説くボスコ。
その2人(2匹?)と会話しながら、次々と殺人に手を染めてしまうジェリー。
精神科医から処方された薬を服用した途端、Mr.ウィスカーズとボスコと会話ができなくなってしまう。
つまり、薬が効くと妄想の世界から追い出されてしまうってことなんだよね。
精神科医からは絶対服用を言いつけられているけれど、妄想世界のほうが楽しい!と服用を拒否するジェリー。
ボスコとMr.ウィスカーズの声が聞こえなくなると、SNAKEPIPEも寂しくなってしまった。
いつも「動物と会話できたらどんなに楽しいだろう」と考えているので、その夢が映画の中で叶っているからね。(笑)
SNAKEPIPEも妄想の世界に浸りたいタイプなのかも?

あらすじに出てきた気になる同僚・フィオナを演じたのがジェマ・アータートン。
イギリスから来た美人という設定で、社内では憧れの的といったところ。
ジェリーがアタックして来るのを、かなりバカにした様子で無視している。
はずみで殺人事件に発展したけれど、恐らくジェリーの内心では怒り心頭だったはずだよ。
ジェリーの味方をするわけじゃないけど、フィオナの態度にも問題あるな、と感じたからね。

現実のフィオナとはうまくいかなかったけれど、フィオナの同僚・リサとはかなり良い感じになっていたジェリー。
リサを演じていたのはアナ・ケンドリック。
そのままジェリーにも幸福が訪れてくれたら、と願っていたけれど…。
なかなかうまくはいかないものだね。
親切心が徒となってしまった。
リサもフィオナと同じ運命に。ゴーン。(合掌)

そして「キュートでポップで首チョンパ!」な場面がこれ!
自分が殺して冷蔵庫に保管(?)している首が生き生きと、笑いながら喋るところなんだよね。
前述したように、映画の大半はジェリーが見えた状態、妄想の世界を映像化しているからね。
猟奇殺人なのにポップ、というアンビバレントが発生する仕組みなのよね。
はっ、またアンビバレントなんて使ってるよ。(笑)

正気を失った人の頭の中を覗く映画で思い出すのは、ターセム・シン監督の「ザ・セル」(原題:The Cell 2000年)かな。
あの映画も映像美が素晴らしかったなあ!
また鑑賞してみよう。(笑)
「ハッピーボイス・キラー」は主人公の脳内映像の映像化に加えて、どうしてシリアルキラーになってしまったのか、というプロセスも描いているのが興味深い。
映画の殿 第2号」で特集したシンディ・シャーマン監督作品「オフィスキラー」も、死体を集めて自分だけの世界を作る話だったね。
主題は似ているけれど、「ハッピーボイス・キラー 」の残忍なのに明るい映像、というのは新しい感じがする。

先日鑑賞した「シリアルキラー展」以来、なるべくシリアルキラー関連の映画を観るようにしているROCKHURRAH RECORDS。(←変?)
そんな映画の中でも、邪悪というよりは明るい「ハッピーボイス・キラー」は異色作だろうね。
机に乗せた首に食べさせているのはシリアル。
シリアルキラーにかけてるんだね!
喋る首に向かって「殺してごめんね!」だし。(笑)

マルジャン・サトラピ監督は、もしかしたらSNAKEPIPEと同じようにデヴィッド・リンチ監督やジョン・ウォーターズ監督のファンなのかな?
リンチの作品にも登場するようなダンスシーン(例えばインランド・エンパイア)が、「ハッピーボイス・キラー」にもあるんだよね。
被害者と加害者が楽しそうに歌い踊るなんて驚きだし、しかも唐突に始まるのには腰を抜かすほど。(大袈裟)

リンチやジョン・ウォーターズが愛する時代、50’s(フィフティーズ)要素満載なのもこの映画の特徴なので、余計に2人の監督の影響を感じてしまうね。
ジェリーが住んでいるのはボーリング場の2階。
50年代にはボーリングが盛んだったらしいからね。
一緒に観ていたROCKHURRAHが「羨ましい」と言う。
ガランとした広い場所で、隣近所に誰もいない環境は確かに憧れちゃうね!(笑)
車じゃないと行かれないような場所、というのも犯行に適していたんだろうね。
ジェリーが会社で着ていた「つなぎ」のピンク色も、いかにも50’sのカラーだし。
劇中で流れる音楽も50年代っぽかったしね。
マルジャン・サトラピ監督はイラン出身でフランスで活動しているのに、アメリカの50’sっぽい、というのが不思議。(笑)

愛する人を殺して、ずっと自分だけの物にしておくという点が乱歩の「白昼夢」と「ハッピーボイス・キラー」の共通項かな。
そしてどちらの殺人者も、事件後とても幸せそうだったのが印象的なんだよね。
きっと「ハッピーボイス・キラー」の映像のように、妄想世界に生きているからだろうね。
もし乱歩が「ハッピーボイス・キラー」を鑑賞したら、どんな感想を持つだろう、と想像すると楽しくなる。
もしや、これも妄想世界か?(笑)

SNAKEPIPE MUSEUM #39 Max Beckmann

【1938年の作品「Bird’s Hell」。鳥は何の象徴だろう?】

SNAKEPIPE WROTE:

「変わった画家がいる」
と教えてくれたのはROCKHURRAHだった。
黒い線が特徴的な、非常に不気味な絵。
いかにもSNAKEPIPEが好きな雰囲気!(笑)
さすがにROCKHURRAH、SNAKEPIPEの好みを熟知してるよね。
この画家は一体誰なんだろう?

調べてみると、マックス・ベックマン(Max Beckmann)というドイツ人だった。
前回のSNAKEPIPE MUSEUMもドイツのアーティストだったなあ。
どうしてもヨーロッパに目が向いてしまうんだよね。

マックス・ベックマンは1884年ライプツィヒ生まれ。
1925年にStädelschule Academy of Fine Art(読めない)のマスタークラスを教えていたという。
そこまでの経歴についての詳細は不明なんだけど、かなり優秀だったんだろうね。
上の画像は1901年の自画像。
計算すると17歳くらいなのかな?
まるでフランシス・ベーコンを思わせる口の開け方!
フランシス・ベーコンの絵については「フランシス・ベーコン展鑑賞」に詳しく書いているので参照してみてね。
ベーコンが参考にしていた映画「戦艦ポチョムキン」は1925年だから、それよりももっとベックマンのほうが早かったね。(笑)

自己愛が強かったのか、1番身近なモデル(?)だったためか、ベックマンはセルフポートレートを多く描いていることで有名な画家だという。
オレンジ色の壁をバックにしている右の絵は「Self-portrait with champagne glass (1919)」である。
35歳くらいになってるのかな。
葉巻を挟んでいる手首の返り方が不自然なほど「ぐんにゃり」曲がっていて、デッサンのミスなのかと思ってしまうほど。(笑)
試してみると同じポーズが取れたけど、もしかしたらベックマンもSNAKEPIPEと同じように「猿腕」だったのかも!
もう一点非常に気になるのがベックマンの後方にいる人物。
メガネをかけて笑ってるんだけど、どうしても藤子不二雄の漫画に出てくるような男性にみえてしまう。
実際に当時のドイツにはこんな人がいたんだろうか?

少し笑いが出てしまったけれど、同時期に描かれたベックマンの代表作の一つが左の「Night(1918)」という作品。
クリックして拡大してみると、この絵、かなり怖いんだよね。
左には絞殺された男性、手を縛られ尻を見せている女性は拷問を受けている最中だろうか。
純朴そうに見える田舎者が結託して残酷な行為を平然と行い、秘密を守り合うことによって更に村人同士の絆を深めているような印象を受ける。
結局は誰もが持っている残虐性について描きたかったのかなと想像する。
僻地の閉鎖的なムードは、例えば横溝正史の作品などからも理解できるよね。
ベックマンは「ヨーロッパの憂鬱」を題材にしていたようなんだよね。

順風満帆だったはずのベックマンだけれど、ナチス・ドイツによって「退廃芸術」と烙印を押されてしまい、1937年にはオランダに移住する。
第二次世界大戦後はアメリカに渡り、生涯を過ごすことになったというからドイツに戻ることはなかったようだね。
「Triptych of the Temptation of St. Anthony (1936-1937)」はドイツを離れた頃の作品ということになるね。
「聖アントニウスの誘惑」は、フランシス・ベーコンでお馴染みの三幅対で表現されているね。

諸々の誘惑を象徴するかのような怪物に囲まれ、苦闘する聖アントニオスの姿は美術の題材として好まれた

聖アントニオスについて調べると、こんな記述があったよ。
1番右に、まるで「20世紀少年」の「ともだち」のような異形がいるのは、怪物だったんだね。(笑)
この絵も拡大すると、かなり怖いのでチェックしてみてね!

SNAKEPIPEのお気に入りはこれ!
「Journey on the fish (1934)」は、まさにシュルレアリスム真っ只中の時代に描かれているんだよね。
ナチス・ドイツによって迫害される前だった、ということも含めてベックマンがのびのびと自由に描いているように思う。
ベックマンは表現主義や新即物主義として位置付けられているらしいけど、この作品はシュールな感じだよね。

顔なのか面なのか分からないし、うつぶせの人物の頭部がどこにあるのか、じっくり観察してもよく分からない。(笑)
ベックマンの作品には魚が多く登場するんだけど、きっと意味あったんだろうね。
魚に乗って旅行なんて楽しそう!
いや、生臭くなるかも?(笑)

歴史的な事実や思想を絡めてマックス・ベックマンを語るべきなのかもしれないけれど、SNAKEPIPEは作品そのものについての感想にとどめておこうと思う。
1番最初に持った「黒い線が特徴的な不気味な絵」という感想は、観れば観るほど強くなっていった。
人間の持つ残虐性を寓話性を持たせた、少しコミカルなタッチで表現するのは、後のピカソに通じるように思う。
右はピカソの「The Rape of the Sabine Women(1962)」。
とても良く似た雰囲気だよね!

ベックマンの回顧展は日本で開催されていないようなので、全貌を鑑賞してみたいな!

怖い浮世絵展鑑賞

【太田記念美術館前のポスターを撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

情報収集能力に優れている長年来の友人Mや、ROCKHURRAHから勧められたり誘われて展覧会に行く事が多いSNAKEPIPE。
今回もROCKHURRAHから「面白そうだから行こう」とお誘いを受ける。
それは2012年「没後120年記念 月岡芳年展」で訪れたことのある太田記念美術館で開催されている「怖い浮世絵展」であった。
これは楽しみ!(笑)

梅雨が開けて、すっかり陽射しが真夏の原宿。
それでも表参道には「けやき」の木が生い茂っているため、大きな木陰を作っているので涼しく感じる。
自宅近辺より原宿のほうが涼しいとはね!(笑)
歩いて数分で太田記念美術館に到着。
アクセス抜群の場所にあるんだよね!

調べてみると太田記念美術館は1980年にオープンしたという。
ROCKHURRAHもSNAKEPIPEも1980年代には原宿を毎週闊歩していたので、太田記念美術館の前は何度も通っていたんだろうね。
特別浮世絵に興味がなかったからだろうけど、太田記念美術館のコレクションを今まで観ていなかったとは!
その時代から鑑賞していたら、人生形成に何かしらの影響を及ぼしたんじゃなかろうか。(笑)
もしかしたらある程度の年齢になったからこそ、理解できることもあるかもしれないけどね!
さて、今回はどんな「怖い浮世絵」が展示されているんだろう?

前述したように場所は原宿だというのに、太田記念美術館の中は、それほど混雑していなかった。
オープンしたばかりという時間帯のせいだったのかもしれない。
できればゆっくり自分の好きなように鑑賞したいと思っているSNAKEPIPEとROCKHURRAHなので、とても良い環境だよね。
前回も似た状況だったので、太田記念美術館はいつでもこんな感じなのかな。
江戸東京博物館で開催されている「大妖怪展」だったら、大混雑でゆっくり鑑賞することは不可能だっただろうね。(笑)

展示はチャプターで分かれていて、

1 幽霊
2 化け物
3 血みどろ絵

とされていた。
上の画像は「 化け物」にあった歌川国芳の作品、「源頼光公館土蜘作妖怪図」(1842年〜1843年)である。
水木しげるがお手本にしたんじゃないかと思われるほど、妖怪達の賑やかで多種多様な表情が見事である。
ユーモラスな雰囲気もあるところが、怖い表現だけにとどまっていないんだよね。
江戸時代には妖怪は娯楽の対象で、キャラクター化され人気があったというのがよく分かるね!

上の画像は歌川国芳の弟子だった歌川芳員の「新田義興の霊怒て讐を報ふ図」(1852年)である。
妖怪画として興味があったというよりは、直線の使い方が気になったんだよね。
漫画の一コマのような感じもするし、横尾忠則の作品のような雰囲気もある。
もちろん横尾忠則が影響を受けて描いているんだろうけどね。(笑)
月岡芳年の作品にも、後の時代に影響を与えているような劇画チックな作品があったので載せておこう。
右は「羅城門渡邉綱鬼腕斬之図」(1888年)という上下2枚で構成されている作品である。
これも直線を効果的に使用しているんだよね。
右の作品では、右上に書かれているタイトル部分にまで直線が引かれているところに注目してしまう。
なかなかここまで大胆に描いている作品はお目にかかれないのでは?
かなりの迫力で、これもまた漫画の中の一コマのように見えたよ!
今から130年程前に、こんなにも斬新な手法が確立されていたことに驚いてしまうね!(笑)

歌川芳員の「大物浦難風之図」は1860年の作品だという。
「だまし絵」で有名な人物といえば例えばエッシャーがいるけれど、エッシャーが活躍していたのは1930年以降のようだね。
古いところでは1500年代のアルチンボルドになるのかな?
浮世絵の世界にも「だまし絵」は存在していて、歌川国芳の「みかけハこハゐが とんだいゝ人だ」は有名な作品だよね。
上の歌川芳員の作品にも「亡霊に見える」部分があるんだよね!
クリックすると大きな画像になるので、確認してみてね。(笑)

「幽霊」の章で印象的だった作品はこちら。
歌川国芳の「四代目市川小団次の於岩ぼうこん」(1848年)である。
「東海道四谷怪談」で演じられたシーンを切り取った作品だという。
美しい娘の「お岩」と亡霊の「お岩」がシンクロしている様子を表現しているとのこと。
この「薄ぼんやり」とした亡霊を木版にするってすごいよね!
浮世絵には、透けた布の表現などもあって、技術の高さに驚いてしまう。
若い娘だと思っていたら亡霊だった、というのは上田秋成の「雨月物語」にも似た話があったような?
江戸時代の人はホラーが好きだったんだね。(笑)

「怖い浮世絵」と聞いて最初に思い浮かんだのは、妖怪とか幽霊ではなくて「無残絵」だったSNAKEPIPE。
きっと前回同じ太田記念美術館で鑑賞した月岡芳年を思い出したからだろうか。
最終章である「血みどろ絵」は期待通り(?)無残絵が数多く並んでいた。
芝居の中のワンシーンを切り取った物もあれば、実際に起きた事件を題材にした作品もあった。
右の画像は月岡芳年が「郵便報知新聞」のダイジェスト版に載せた錦絵(1875年)である。
これは離縁した妻に復縁を迫ったが思い通りにならなかったため犯行に及んだという、実際の事件を題材にした作品とのこと。
再現フィルムならぬ、再現錦絵といったところか。(笑)
はっ、前回の記事の中では「報道浮世絵」と書いていたSNAKEPIPE。
似た表現になってしまうのは仕方ないね。(笑)

「血みどろ絵」を得意とする月岡芳年は、赤絵具に膠(にかわ)を混ぜてドロドロしたドス黒い赤で血を表現していたというから、並々ならぬ執着心が伺える。
「月岡芳年といえば無残絵」とイコールで結ばれるほど、芳年と血は密接だからね。
さすがに迫力のある「血みどろ絵」、大いに堪能させてもらったね!

「怖い浮世絵展」を鑑賞して、改めて思うのは江戸時代と現代の感覚にほとんど差がない、ということ。
「幽霊」も「妖怪」も「血みどろ絵」にしても、みんなが見たい物だったから人気があったことの証だよね。
現代でも「残酷」で「グロテスク」な事件に関心が集まるのは、同じ原理だと思う。
科学が進歩しても、人間そのものはそれほど変わっていないんだね。
逆にいえば、江戸時代の人は思った以上に進んでいたんだな、と思う。

世界中の人が驚いたというけれど、日本人でありながらSNAKEPIPEもROCKHURRAHも驚嘆してしまう浮世絵。
絵師に注目が集まることが多いけれど、木版にして刷る技術も素晴らしいよね。
日本が誇れる独自の文化、これからも注目していきたいと思う。