時に忘れられた人々【32】アウトドア編

20190630 top
【見事に山が全然似合わない野郎ども】

ROCKHURRAH WROTE:

最近、ブログ記事以外の事ばかりやってたので、実に久々の登場となるROCKHURRAHだ。

何をやってたかと言うと、ウチのブログの引っ越しで陰ながら悪戦苦闘していたのだ。
実はここ一ヶ月以上も色々な不具合が起きてて、定期的に当ブログを読んで下さる方々からも、愛想を尽かされかねない状態のままだったのだ。
不具合の原因も特定出来ないし、そこまで試行錯誤の時間もかけていられない。
一番手っ取り早いと思ったのが同じサーバー内で新しいブログを作って、引っ越しするという計画だった。
「その方が面倒」と思われる方も多いだろうが、Wordpress自体はごく簡単にインストール&移植出来るのであまり深く考えず、気軽に作ってしまったよ。

結果として新しい方で問題となった不具合は解消されたけど、あっちをやればこっちが変、というような連鎖で思ったよりは手間取ってしまった。
見た目がほとんど変わってないので実は移転した事に気付かない人も多いだろうけど、もう新しいブログに変わってしまったので、読んで下さる方はブックマークに登録して下さい。
http://rockhurrah.com/blog/
まだ内部リンクの修正とかが全然出来てないので全然違う記事や違う画像にリンクが飛んだり、ブログ運営としては致命的な点も多いのが痛い。しかし、こっそりいつの間にか修正してると思うので、どうか愛想を尽かさないでね。

相変わらず言い訳が長かったけど、今回はこれまた久々「時に忘れられた人々」シリーズを書いてみよう。なんと、このシリーズも2年くらい書いてなかったね。

ちょっと前までは雨が降っても気温がそこまで高くない日が続いて「これくらいの気候が一番いいよね」とSNAKEPIPEと2人で喜んでたのに、当たり前だが季節的にどんどん蒸し暑くなってきて、これからが個人的には最もイヤな夏となる。

先週のSNAKEPIPEの記事でも明らかなようにROCKHURRAHは絵に書いたような雨男だ。
「ハウス・ジャック・ビルト」を観に行った新宿でも、よりによって移動中だけ土砂降りの大雨。
その後のまた別の日、約束してたSCAI THE BATHHOUSEへ横尾忠則を観に行った時の事。
出かけようとドアを開けた途端に雨降り、この日は一日中ムシムシでじっとりしていたなあ。

雨降りが嫌いか?と聞かれると嫌いなのは雨自体じゃなく、傘をさして建物に入る時や乗り物に乗る時にまた畳んで、という煩わしい行為にあるんじゃないかなと思ってるよ。どこかの窓辺で雨を眺めたり雨音を聞いたりするのはむしろ好きだからね。小林麻美みたいだな。

2、3回振っただけで水滴がほとんど落ちるという超撥水の傘を知り、これはいいと買ってみたんだけど、ケチって安物を買ってしまい撥水力は全然なし。メーカーの謳い文句やレビューに完全に騙されてしまった悔しい体験をしたのは去年の事。同時に買ったSNAKEPIPEの有名な傘は文字通りの超撥水だったので一層トホホな思いで雨が降るたびに後悔してるよ。ほんの数千円の違いなのにね。

最近では格別にそういうのに興味なさそうな人でもゴアテックス素材のアウトドア・ウェアーを着てたりして雨なんかへっちゃらな人々が街中に溢れてる状態。街中でこれだからアウトドアのメッカ、山の中はそういうブランドの見本市みたいな状態だろうと想像するよ。

ROCKHURRAHも嫌いではないんだけど、機能性衣類と言えばアウトドアよりもミリタリーの方にどうしても目が行ってしまう。ただし本格的なものはどれも高いのが当たり前の世界だから、そういう熱も最近では少し醒めてきたよ。身につけるにしても、少しでも人とかぶらないマイナーなメーカーをわざわざ探してるもんな。

読んでる人にとっては脈絡のない話かも知れないけど雨→防水→アウトドアという連想が個人的に出来上がってしまっただけ。というわけで今回は夏のレジャー・シーズンに向けてアウトドア特集にしてみよう、というお粗末な前フリだったのだ。

ROCKHURRAHが好きな70年代パンクも80年代ニュー・ウェイブもアウトドアとは無縁のイメージだけど、単に外でビデオ撮影してるだけのものをいくつか挙げて、それでアウトドア特集とはかなり無理があるのは承知で進めてみよう。

不健康そうな見た目とは裏腹にアウトドア度満点?なのがこれ、ジーザス&メリーチェインの1985年の3rdシングル「You Trip Me Up」だ。
いや、単にどこかの砂浜に楽器持ち込んでるだけの映像なんだけど革ジャン、革パンと海辺の陽光、景色との不調和がなかなかだね。VOXのファントム(という五角形っぽいギター)を砂浜に挿したりして本物のヴィンテージだとしたらもったいない。

ROCKHURRAHも大昔に社員旅行でグアムに行った時、ジーザス&メリーチェイン(あるいはシスターズ・オブ・マーシー)とほぼ同じような服装でずっと通して、周りからは違和感を持たれまくったという思い出がある。
当時は自分のスタイルが絶対こうだという事に固執し続けていて、TPOに合わせて服装を変えるなど出来なかった若かりし頃。
今でもスタイルのヴァリエーションが極端に少なくて「今日はこれ風」みたいなのが全然なくて、いつでもどこでも同じような服装をしてるな。いい事なのか悪い事なのかは抜きにしてもあの頃と比べて何も進歩してないよ。

ジーザス&メリーチェインはジム・リードとウィリアム・リードを中心とした兄弟バンドで、スコットランドのグラスゴー近郊、イースト・キルブライドというニュータウンの出身。日本で言えば千葉ニュータウンや越谷レイクタウン出身みたいなもんか?
1980年代半ばにデビューしてまたたく間に人気バンドとなった4人組だが、初期には後にプライマル・スクリームで有名になるボビー・ギレスピーもメンバーだったな。
ストレイ・キャッツのスリム・ジム・ファントムが生み出したスタンディング・ドラム。
要するに立ったまま最小のドラム・セットを叩くだけというスタイルなんだが、ロカビリーでもないボビー・ギレスピーがそれを踏襲してたのが、ニュー・ウェイブのバンドとしては目新しいところ。
そして、生音で聴いたら何でもないような甘い60年代ポップス風の曲に、なぜかギターのフィードバック・ノイズを大々的にかぶせて、ルー・リードっぽく歌うという手法により一躍話題となった。
全く相反する要素(ノイズ+ポップ)によるうまい組み合わせは、デヴィッド・リンチ監督の言う「ハッピー・ヴァイオレンス」みたいなものだろうね。

このフィードバックによる甘美なポップというスタイルは当時としては斬新だったけど、それじゃ一発芸みたいなもので飽きられるに違いない。
って事でこの手のノイジーなポップは1stアルバムの数曲しかなく、残りは大体同じパターンのフィードバック・ノイズなしの甘い曲という路線で、なんかコード進行も似たり寄ったりの曲が多いな。
ROCKHURRAHは飽きたけど女性ファンを中心に、数年間は栄光を掴んでたバンドだったという印象だ。
限定盤のシングルや編集盤なども含めてレコードはかなり出してたような記憶があるけど、やっぱり最も初期の「Upside Down」や「In A Hole」「Never Understand」が一番良かったように思えるよ。

肝心のアウトドア要素については全く触れてないけど、太陽の下に出て大丈夫なのか?と思えるようなバンドなので、不問にするか。

次のアウトドア派はこれ、キッシング・ザ・ピンクの1983年の曲「Mr. Blunt 」だ。
ブラントは「鈍い」とか「なまくら」という意味らしいが・・・。
記事の最初の方に超撥水の傘について書いたけど、ケチった方じゃなくてそれより前に使ってたのが「風に強い」というニュージーランドのブラントという傘だった。
これはむしろそれなりに高級品と言えるくらいの値段だったけど、開いた形が気に入って買ってみたもの。
形も開いたり閉じたりも申し分なかったんだけど、折りたたんだ時にやたら大きくて重い、開いた時にはとても小さい(ちょっとした雨でも濡れる)というもの。折り畳み傘の「コンパクトに畳める」という重要な要素を一切無視した、ある意味すごい商品だな。
まさにこれこそブラントの名にふさわしい。

キッシング・ザ・ピンクはロンドンの王立音楽院の学生たち、その友達のホームレスなどが参加した大所帯バンドで、80年代前半に結成。全員で一軒家に共同生活をしながらバンドとしてのキャリアを築いていったという羨ましい境遇だよ。

1stシングルがいきなりジョイ・ディヴィジョンで有名なマーティン・ハネットによるプロデュース。
その後はマガジンやヒューマン・リーグ、デュラン・デュラン、オンリー・ワンズなどの名盤を手がけた事で高名なコリン・サーストン(デヴィッド・ボウイの「Heroes」のエンジニアだった)によるプロデュースという、80年代バンドとしては夢のようにラッキーな出だしを飾った、かなり恵まれたバンドだったと思える。
日本盤も出なかったし当時の日本ではあまり話題にならず、知名度がイマイチな英国バンドだったという気がするが、本国では「The Last Film」のヒットもあり、メジャーでもそこそこいけるニュー・ウェイブ・バンドだったんだろう。

他の曲のプロモーション・ビデオやTV出演の映像を見ると、パッと見は結構モード系のいかにも英国って雰囲気なんだけど、よーく見ると格別ルックスに自信がありそうなメンバーがいなさそう。
この時期のイギリスの準メジャーなバンドは「レコード会社に着させられた」ような衣装のバンドが多くて、そのパターンだったんだろう。
キッシング・ザ・ピンクは曲によって全然違った印象があって「こういうバンド」と一言では言えないところが特色か。ヴォーカルもその時によって違うような気がする。

ROCKHURRAHは当時このバンドの事を全く知らなかったけど、「Maybe This Day 」というシングルをなぜだか買ったのを覚えている。ジャジーな雰囲気の渋い曲でヴォーカルも男だか女だかわからないけど、その当時この系統のものを探してたわけではないから個人的にはイマイチの印象しかなかったよ。
しかしこの曲が一番「らしくない」曲調だったと後になってわかったのを思い出す。懲りずに入手した「The Last Film」は全然違う感じだったからね。

さて、ビデオの曲「Mr. Blunt 」は他のビデオ映像で見る彼らとは全然違っててカジュアルな私服。
どこかの牧場で演奏しながら歩いてゆくだけの映像でこれがアウトドアなのか?と聞かれれば「うーむ」と答えるしかないシロモノ。
このちょっと前に一瞬だけ流行った、キング・トリガーの「River」とかにも通じるドラム連打の曲調と、伸びやかに歌う楽しげな雰囲気が仲良しサークルっぽいね。今どきは誰も言わないと思うが「えんがちょ」なシーンもお約束だね。

お次はこれ、当ブログの「80年代世界一周 西班牙編」でも紹介したスペインの変なデュオ、Azul y Negroだ。
スペインのエレポップ、シンセ・ポップの分野では最も早くから活動してるとの事で1981年から2016年くらいまでコンスタントに作品を発表している大ベテランだ。
しかし、前にも書いた通り、ニュー・ウェイブのバンド(ユニット)とは思えない微妙な服装のヒゲおやじとラメ系が似合う長身の男という、どうにもチグハグなルックスの二人組。

今回のビデオ「Me Estoy Volviendo Loco(自動翻訳による邦題:私は夢中です)」は1982年のヒット曲だそうだが、見ての通りゴルフ場に白塗り女を連れてきて、芝の上で踊らせながら演奏するという、ありえないようなシチュエーション。
女は新体操上がりなのかリボンを使ったようなパフォーマンスしているのだが、この歌と踊りが一体何を表してるかが全く不明。このビデオがアウトドアなのか?と聞かれれば「ファー」と答えるしかないシロモノ。

そして注目なのがやっぱりヒゲおやじの眼力、一体何が嬉しいのかわからんが絶えず表情を変えてノリノリの様子。鍵盤をパシャっと叩いて指先を上げるオーバーアクションなんてピアノならともかく、シンセサイザー演奏の時にはそうそう見られないと思うけど、それを臆面もなくやってニヤニヤしてるよ。
フラメンコに闘牛といった派手なアクションが多いスペインのお国柄だから、これでいいのか。
アウトドアと言うよりは外で出会ったら厄介な怪しいおっさんと言ったところかな。

今回のROCKHURRAHの記事は珍しくメジャーなのが多いけど、そもそもあまりマイナーなバンドにはプロモーション・ビデオもない場合が多いから仕方ないね。
で、アウトドアと言えば思い出すのがこの曲、クラッシュの1982年のヒット曲「Rock The Casbah」だ。
ROCKHURRAHと同じくらいの世代(つまり80年代が青春の人々)にとって、夏に聴いて元気が出る曲の決定版だろう。働いてた喫茶店の有線でしょっちゅうリクエストしてたのが思い出だよ。

何人か音楽や服装の好みが合う友人がいて、たまり場にしてた店だったんだけど、ROCKHURRAHはマスターに誘われてバイトを始めたのだ。
マスターが生活破綻してるような人間で朝に来ない日もしょっちゅう、ROCKHURRAHが自分で店を開けてランチタイムまで一人で切り盛りしてたなあ。今、同じ事をやれと言われてもパニックになりそうだけど、若い頃は意外とそういう順応性があったんだな。

店にはもう一人、夕方からのバイト女がいて、結構ツンケンしたタイプのヤンキー上がり、しかもどうやらジューダス・プリーストとかアイアン・メイデンだとかそういうのが好きらしい。
パンクでニュー・ウェイブなROCKHURRAHとは水と油みたいなものだけど、そのうち打ち解けてしまったのも若い頃の順応力だよ。
その人のお姉さんが有線放送で働いてて、リクエスト受付だったから、矢継ぎ早に色々リクエスト電話してたもんだ。こっちは感じの良い人だったな。

友達はそういう店をたまり場にしてて結構長居するタイプだったんだけど、彼らは遊びに来てるだけでこっちは仕事中、そしていつかは友達も帰ってしまう。そういう、一人だけ取り残されたような寂しさも青春の思い出だよ。
うーむ、思い出話ばかりになって、もはや「時に忘れられた人々」もアウトドア要素もなくなってしまった気がするが、きっと気のせいだろう。

クラッシュのこの曲はドラマーのトッパー・ヒードンによるもので、ちょうど流行っていたファンカ・ラティーナとパンクとイスラム調がうまく融合した、ノリノリの名曲だと思う。
油田の中みたいな場所で演奏してるだけなのにとにかく絵になるカッコ良さ。アーミーな出で立ちのポール・シムノンに憧れたものだ。ミック・ジョーンズに至っては虫よけキャップ(顔のあたりがヴェールになってる)みたいなのをかぶったまんまで最後にやっと脱ぐという、ちょっと損な役回り。そして肝心の作曲者、トッパーがドラムじゃないというのが物悲しい。この時は薬物中毒ですでに脱退してるんだよね。

クラッシュはこういう暑そうなビデオもあるけど、「London Calling」のようなすごく寒そうな船の上のビデオもあって、全季節対応のアウトドア野郎だと言えるね(いいかげん)。

最後のアウトドアなビデオはこれ、1981年に出たバースデイ・パーティの「Nick the Stripper」だ。

1970年代後半にボーイズ・ネクスト・ドアという名前でデビューしたオーストラリアのバンドだが、全く同じメンバーでバースデイ・パーティと改名。
オーストラリアでそれなりに成功してた頃は割とポップで普通の印象があったけど、改名後は原始的なビートとヒステリックにかき鳴らした耳障りなギター、それにかぶさるニック・ケイヴの迫力ある歌声というフリー・スタイルな音楽性に開眼した。
メジャーなヒットとは無縁となったが、80年代初頭にオルタナティブな音楽のバンド達が次々に新しいスタイルを確立した時期にもてはやされて、インディーズの世界では確固たる地位を築いた重要なバンドだった。
ROCKHURRAHが書いた記事「俺たちバーニング・メン」でも同じような事書いてるな。

ビデオはサーカスのテントのようなところから外に出たバンドの面々が瓦礫か荒れ地みたいな野外パーティの中を練り歩くというもので夜のアウトドア満喫(?)の映像だ。
この頃のニック・ケイヴはまだ野生少年みたいな若々しいルックスで「10歳までフクロオオカミに育てられた」と言っても信じる人がいそうなくらい。タイトル通りに布をまきつけたパンツ一丁で、不気味な群衆の中で踊る映像は音楽ともピッタリで好みのもの。
ローランド・ハワードはタバコ吸いすぎというくらい、いつも咥えタバコの美形ギタリスト、ベースのトレイシー・ピュウはいつもテンガロン・ハットがトレードマークのナイスガイ。健康的なバンドとはとても言えないけど、この二人ともすでにこの世を去ってしまってるのが残念だよ。

バースデイ・パーティのライブを観る事はかなわなかったけど、その後のニック・ケイヴ&バッド・シーズの来日チケットは取る事が出来て、ど迫力のライブに感動したものだった。この時はブリクサ・バーゲルト(アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン)、バリー・アダムソン(元マガジン)、ミック・ハーヴェイ(元バースデイ・パーティ)、キッド・コンゴ・パワーズ(元ガン・クラブ)といった黄金のメンツで演奏も最高だったよ。

さて、海、牧場、ゴルフ場、油田、荒れ地と巡ってきたアウトドア特集だが、やる前からわかってたように通常の意味でのアウトドアな要素は皆無だったね。選んだバンドも不健康そうなのばかり。
昔は確か夏=アウトドアというイメージが定着してたけど、実際は夏の屋外と言えば熱中症や日焼け、雷雨やデング熱やマダニなどなど、危険がいっぱいという印象があるのは確かだね。
ブームと本気でやってる人との格段の差が現れるジャンルでもあるから、自然を侮らないようにね。

それではまたレヒットラオート(ヘブライ語で「さようなら」)。

時に忘れられた人々【31】萌えよ!動物王国編2

20171126_top.jpg
【SNAKEPIPE作だまし絵。さて、この風景に何匹の動物が隠れてるでしょうか?】

ROCKHURRAH WROTE:

「動物王国」などと壮大なタイトルをつけたものの、前回はちょっとしか紹介出来ずに終わってしまったので渋々続きを書くことにする。 

前も書いた通り1960〜70年代のロックは動物名がついたバンドが結構たくさんあって、ロック好きだったら即座にいくつかの有名バンド名がすんなり出てくると思う。でもそれはROCKHURRAHが語るようなものがほとんどなく、強いて言えばヘンリー・カウとかアート・ベアーズとかレコメンデッド・レコード系くらいか?

ROCKHURRAH RECORDSとしては70年代のパンク、80年代の初期ニュー・ウェイブをメインとしてるので、そんな中から動物名のついたバンドを探してみたのが前回のブログというわけ。
が、生き馬の目を抜く80年代に動物名バンドは向かなかったのか、あまり大したのは思い出せなかった。
そういうわけもあって思ったほど動物を集める事が出来なくて動物王国もまだガラガラの状態だよ。
平たく言えばテーマに沿ったバンド(尚かつ何かコメント書けそうなバンド)があまり見つからなかった。だから結構大変だなという予感がして「渋々」書いてるのが今のROCKHURRAHの心の中なのだ。

で、バンド名ではちょっと難があるという事で今回のは曲名に動物名がついたの、と方向転換してみたよ。これならバンド名よりは数多く出てくるだろうと思う。

自分も猿の仲間のくせに猿を見てかわいいと思った事はなく、例えば動物園に行っても素通りしてしまうだろう。別に憎んではいないけど、これはもう好みの問題だから仕方ない。

猿が意志を持ってワンランク上の存在になった瞬間と言えば「2001年宇宙の旅」の冒頭や、現在もしつこく続編が作られてる大河猿ドラマ「猿の惑星」などで描かれているが、猿には興味ないくせにこの手の題材は大好きなのだった。
大昔の「宇宙猿人ゴリ」などというどうでもいいようなのまでついでに思い出してしまった。ゴリの部下がラーという安易極まりないネーミング・センスにも絶句したもんだ。

子供の時に一番最初の「猿の惑星」を観て衝撃を受けたし続編も観た事はあったけど、後の方になると記憶もあやふや、何となくしか覚えてない。SNAKEPIPEも子供の時にTVで最初のヤツを観たのみだったので、ウチの中で何年か前に「シリーズを通して観てみよう」という企画があった。それで「続・猿の惑星」や「新・猿の惑星」などもひと通りは観てるし、近年のリブート版のももちろん観ている。 
ただしあまりにも長年に渡ってひとつの世界観につじつまを合わせようとしてるため、新作が出ても前のストーリーがすっかりあやふやな二人だけどね。

モンキーをタイトルに使用した曲はたぶんいくつも存在してて選び放題なんだろうけど、たまたま思い出したので今日はこれにしてみる。

パンクからニュー・ウェイブに時代が変わり、色々な音楽が一気に登場した1970年代の最後に一大ブームとなったのが2トーン・スカと呼ばれるムーブメントだ。
60年代にジャマイカで発生したスカを、この当時の現代人(表現変か?)にわかりやすく、ビートを速めてパンク的な熱気も加えて大衆にアピールし、大成功を収めたのがネオ・スカという音楽。
2トーンというのはそれらの主要アーティストをリリースしていたレーベルの事で、白黒の市松模様を大胆に使ったレコード・ジャケットやロゴマークが斬新で一躍流行の最先端となった。細身のスーツにポークパイと呼ばれるツバの狭いハットをかぶったファッションも色々なブランドがこぞって真似して出して、街中はにわかにスカっぽいヤツらで溢れるほどだった。
その2トーン・レーベルの中でも筆頭に人気があったのがスペシャルズやマッドネスだった。
イギリスの工業地帯、その労働者に多かったジャマイカ人の故国の歌がそこかしこに流れてるような環境で育った若者にとって、レゲエやスカは身近な音楽だったんだろう。さらにジャマイカよりはパンクもニュー・ウェイブも身近にあるので、その両方の要素が合わさる事には何も違和感がない。これぞワンランク上の存在になった猿と同じで進化の瞬間なんだろうね(大げさ)。まあ日本人が取ってつけたようにスカ始めるよりは自然な出来事だろう。

スペシャルズは2トーン・レーベルを立ち上げたジェリー・ダマーズを中心とする白人とジャマイカ人の混成バンドなんだが、インパクトが強く目立っていたのは鋭い目つきの短髪男、テリー・ホールのカッコ良さと観客をノセる盛り上げの帝王、ネヴィル・ステイプルズの活躍だろう。

映像は1980年に初来日した時のものらしいが、エネルギッシュなライブ・パフォーマンスに定評があるバンドだけに音も声もよく出ているな。 「Monkey Man」はオリジナル・スカの時代に人気のあったトゥーツ&ザ・メイタルズのカヴァー曲だが、スペシャルズ・ヴァージョンもメリハリのある元気の出る曲としてROCKHURRAH家では定番の名曲。「モンキー・マン」と言っても猿人間の事を歌ったわけではなくイカサマ野郎とかそういう意味合いの歌だと字幕には書いてあるな。これで動物王国に入れて良いのか?という問題もあるが、ノリノリになれるからまあいいよね。

馬の思い出がある人は犬や猫との思い出がある人よりは少ないだろうが、キツネやアルマジロとの思い出がある人よりは多いんじゃなかろうかと推測するよ。実際の馬を見たり触ったり乗ったりした経験がない人もいるだろうけどね。
ROCKHURRAHは確か子供の頃に阿蘇山で乗った覚えはあるけどいわゆる乗馬とは程遠い。金持ちでもなく騎馬隊でも開拓者でもない一般レベルではこれくらいが関の山だろうね。無論これ以上に馬との緊密な時間を過ごした人も数多くいるのは確か。

馬と言えば思い出すのはだいぶ昔にのめり込んでやってた光栄(というメーカー)の「ウィニング・ポスト」という有名な競馬シミュレーション・ゲーム。アスキー(というメーカー)が出してた「ダービー・スタリオン」という一世を風靡した競馬シミュレーション・ゲームと双璧をなすタイトルだった。
自分が馬主となって仔馬を購入し、自分の牧場で育てて調教し、レースに出て賞金を貰う。そういう事を繰り返してだんだん大馬主として成功してゆくというようなゲームで、いわゆる育成シミュレーションの醍醐味を味わえる大人向けの内容だったな。確か桜子という秘書がいて何だかんだ言ってきたり、たまにドラマティックなイベントが発生したり、キタサンブラック並みの名馬が生まれたり、退屈なルーティン・ワークに飽きが来ないような設計で延々と遊んでいた記憶があるよ。レースの時は見てるだけで自分では特に何も出来ないというもどかしさが良かったな。
馬の名前はもちろん好きだったバンドのメンバーにしたり、楽しみ方も色々だった。
これや「ダービー・スタリオン」の影響で実際の競馬ファンになったという人も多数だろう。

このように毎回、本筋とは関係ない話ばかりしてるので長さの割には中身のないブログになってるけど、音楽評論が書きたいわけじゃないからこんな中途半端なスタイルになってしまうよ。

そんな身近な存在の馬ちゃんについて歌ったのがデス・カルトです。デスという言葉が入ったバンド名の時はお約束でなぜか丁寧語になってしまう。
1983年作の「Horse Nation」を取り挙げてみよう。ROCKHURRAHは歌詞を解読もしてないし単にHorseとタイトルにあるだけでここに紹介してるのみ。実際のところ何についての歌なのか一切理解してないというありさまだけど、そういう短絡的な姿勢を貫いてるのでこれからもよろしく。

このバンドがデビューしたのは1981年。
イギリスで退廃的な化粧をして死とか悪魔とかアンチ・キリストとか、欧米社会ではあまり快く思われない題材の歌で若者に人気があったジャンルがポジティブ・パンクと呼ばれる暗ーい音楽。その中枢を担う人気バンドのひとつだったのがサザン・デス・カルトというバンドだった。それからサザンがなくなってデス・カルト、デスもなくなって最後には単なるカルトだけになったという短縮の美学を極めた。
Horse Nation」はカルトになる前のデス・カルト名義の頃のシングル収録曲だが後のカルトになってもしつこく歌い続けてる。同じ頃のシングル「Gods Zoo」が派手でノリの良い名曲なのでそれに比べれば地味な感じなんだけどね。
サザン・デス・カルト時代からこのバンドの中心だったイアン・アストベリー はこの頃はGSバンドのメンバーみたいなルックスにデカ・タンバリンのパフォーマンスが冴えた美形の化粧男。甲高い声がどうも好きになれず、ポジパンにもっとドギツイものを求めてたROCKHURRAHにとってはちょっと物足りないバンドだったな。
ビデオは音や映像の途切れがひどいけど、どうしてもデス・カルト時代のが良かったからこれにしてみた。

美形バンドじゃなきゃ人気になれなかったのがポジティブ・パンクだったんだけど、中でも気色悪くなくて普通の意味で美形だった彼は不気味なセックス・ギャング・チルドレンやヴァージン・プルーンズなどよりは女性受けしそうなルックスだったね。同時期に日本のパンク・シーンで活躍したウィラードのJUNと髪型やヘアバンドが似すぎなのは偶然なのかどっちかが真似したのか?どちらにしろ後の時代のヴィジュアル系とかに強く影響を与えたバンドなのは確かだろう。
この後、カルトになるとメイクを落として長髪になり、ハードロックっぽく変貌してゆくんだけどやっぱり個人的にはこのポジパン時代が一番いいな。

田舎育ちのROCKHURRAHは子供の頃、普通にアオダイショウが近くを横切ったりしてるようなところで育ったし、おそらく家の屋根裏や床下にいるんじゃないか?とも思っていた。怖さを知らなかったからだろうが、毒蛇として名高いヤマカガシなども全然恐れる事なく近づいて行ったりもしたものだ。
今は見るのも触るのも苦手な虫を捕まえてたのも子供だったからだね。同じように昔は平気だったヘビも今では怖く思うかも知れない。

ヘビ、スネークと言えば当ブログで最も有名なのはSNAKEPIPEだが、この名前は一体どこから来てるのか?
かつてROCKHURRAHと知り合う前は写真を志していて東京近郊を撮影して歩き回っていたSNAKEPIPE(この時はまだその名ではなかった)、 ある時、川崎の工業地帯で「スネークパイプ株式会社」なるものを発見し、衝撃を受けてからSNAKEPIPEを名乗るようになったという事らしい。うーん、勝手に自称してるだけか・・・。
「この人物名はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません」 と但し書きをしなければ。
というわけでヘビとは特に関係ない名前だった事はわかったが、もう後には引けないのでこのままスネーク談義を続けるよ。

ポジパンつながりで大好きだったこのバンドを挙げてみよう。マーチ・ヴァイオレッツの「Snake Dance」だ。
上のサザン・デス・カルトと同じくらいの時代に活躍したポジティブ・パンク、あるいはゴシックと呼ばれた系列のバンドなんだが、その筋で大変に有名なシスターズ・オブ・マーシーと同郷のリーズを拠点にして初期の頃は同じマーシフル・リリースというレーベルからレコードを出していた。
同じように生ドラムがなくドラム・マシーンを使うバンド構成なので必ずと言っていいほどに比較され続けてきたが、聴けばわかる通りシスターズ・オブ・マーシーとは特に似てもいない。
マーチ・ヴァイオレッツの方は押し殺したような低音のヴォーカルではなく、サイモンDのややチンピラ風の下品な歌い方と輪郭のハッキリした演奏が際立ったもの。ポジティブ・パンクという音楽的にはよくわからんシロモノのいかがわしさ、みたいなものが詰まってた素晴らしいB級バンドだと個人的には思うよ。 

グシャグシャの長髪、髭面のサイモンDの歌声と濃い顔立ちの魔女っぽい美女、ロージー・ガーランドとの掛け合いが魅力だったけどこの二人がいない時期もあり、その時はもう同じ名前がついてるけど別物のバンドだとしか言いようがない悲惨なもの。何か妙にメジャー志向の時があったんだよね。

マーチ・ヴァイオレッツはどういう経緯でかは知らないが10年前くらいから再結成したようで、年老いてしまった近年の映像が結構出てくる。「Snake Dance」は1984年の曲で彼らの代表曲なんだが、当時の映像はさすがになくてこの近年のビデオしか用意出来なかったのが残念。サイモンDはビア樽のように太ったおっさんになってしまった(元からその傾向はあった)が横で歌ってるのはロージーなのかどうか?それすらもよくわからないけど本人なんだろうな。だとしたら今いくつなのか?まさに魔女は不滅だな。

家の宗派はまるで違うくせに、なぜかレバノン幼稚園という変わった名前のカトリック系に通ったROCKHURRAHだ。
迷える子羊がどうのこうの、という説話はたぶん色々聞いてるはずだが全く身につくはずもなく、どの宗教にも心の拠り所がないまま現在に至ってる。

各地の牧場やふれあい広場などで大人気のはずの羊だが目つきを見ると意外と怖く、本物を見て可愛いと思うかは不明だな。 ぬいぐるみとかイラストで見ると必ず可愛く描かれているのはなぜ?と思ってしまうよ。

昔、小倉(福岡県北九州市)の実家にいた時は朝刊のチラシを見るのが日課になっていたが、普段は絶対に行かないような紳士服店の正月のチラシで「AvirexのB-3 半額」というのを見て心が動いたのを思い出す。カジュアルな洋服屋じゃなくてスーツとか売ってるような店。毎年のように倒産セールやってるけど延々と生き延びてるんだよね。
知らない人のために一応書くがアヴィレックスというのは大昔に米国空軍にフライトジャケットを納入していたメーカー。納入してた当時はエアロ・レザーという名前だったな。MA-1などの誰でも知ってるフライトジャケットも作ってるけど有名なのはメーカー名でわかる通り、革製のフライト・ジャケットだ。特にムートンを使った内側モコモコのヤツが得意技でB-3もその代表格なのだった。
その当時はアヴィレックスも大人気の時代でB-3も十数万円してたはず、それが半額なのはチャンスだと思って出かけてみた。が、試着してみたら思ったよりずっとデブに見えてしまい全く似合わなかった、結局買う事はなかったという他者にはどうでもいい話。
B-3はムートン部分が分厚すぎるから保温性は抜群なんだけど見た目がイマイチ。MA-1や海軍デッキ・ジャケットN-1などは「タイト」なモデルも出てるのでそういうのがムートンでも出ればいいのにね。細すぎて腕も動かせないようなのは困るけどな。

羊と言えばどうしても弱っぽいイメージがあるのでパンクやニュー・ウェイブの題材にはなりにくいけど、最も平和そうなこのビデオを選んでみたよ。
1986年に出たハウスマーティンズのシングル「Sheep」だ。

80年代前半からニュー・ウェイブの世界でひそやかに浸透していったネオ・アコースティックやギター・ポップというジャンルがあった。この手のバンドは服装も普段着だし見た目の華やかさや派手なパフォーマンスもなかったものが多かったから、他のムーブメントに比べると地味な印象しかない。ひそやかに浸透するくらいしかなかったわけだ。
しかし大仰なロックと違い等身大の若者の青春(?)を歌い上げるのも必要な事で、その手の地味なバンドでも多くの聴衆にアピールする事が出来た。その辺を元に80年代後半には数多くのバンドがよりパーソナルな分野のロックを展開していったというのが大雑把な説明だ。
このハウスマーティンズもその辺の潮流に乗ってヒットしたバンドのひとつだろうか。
1983年に英国北東部のキングストン・アポン・ハルという街で結成されたバンドだが注目されたのは1986年、「Caravan Of Love」というアカペラのカヴァー曲が大ヒットした事による。これは個人的にはどうでもいいような曲なんだが、同時期のHappy Hour」はさわやかな青春ギター・ポップの名曲として名高く、人気を不動のものにした。
見た目も歌もいい子ちゃんっぽくていわゆるロック的な格好良さは皆無なんだけど、 淀みの全くないシャキッとしたギターは同時代に活躍したブリリアント・コーナーズやジム・ジミニーあたりにも通じる路線。
このバンドが有名なのはその辺のヒットだけではなく、後にファットボーイ・スリムとして大ブレイクするノーマン・クックが在籍していたので、後になって再評価された部分にもある。やってる事が全然違うのでその根底が謎なんだけどね。

この「Sheep」もヒットした「Happy Hour」の延長線にある曲でビデオも何てことないが、いくら何でも可愛らしくし過ぎでないかい?という軟弱なクネクネなダンスが逆に男として異常に見えてしまう。これでいいのか大英帝国? 

最近はハリネズミをペットにしてる人が増えてるらしい。確かに映像で見ると小さくて丸くて可愛らしい。狭い日本の家屋でも飼えそうだし犬や猫のように大声で鳴いたりしないだろうから隣近所の迷惑にはならなさそう。
ヤマアラシはハリネズミと似たような扱いを受けていたり、似たような比喩に使われるけど全くの別物であまり可愛いとは言われないくらいの大きさがある。性質も攻撃的なようで針毛で実際に刺してきたりするらしいから恐ろしい。これをペットにしたいとは滅多に思うまい。
しかし見た目からすればパンク的に例えられる生き物なのは間違いないだろうね。

パンクの時代に誰もがやってたツンツンに逆立てたヘアスタイル。今でも廃れる事なく同じような髪型の若者を見かけるが、美容室も床屋も一切行かないROCKHURRAHはヘアスタイルの名前さえ知らないよ。
その昔は自分で切ってたし今はSNAKEPIPEに切ってもらってるからね。
最も短かったのは高校で不祥事を起こしてしまい坊主にさせられた時、最も長かったのはシスターズ・オブ・マーシーのアンドリュー・エルドリッチみたいな長髪にしてた時。今もその頃に匹敵するほど長いけど、帽子かぶってない時は落武者みたいにも見える不気味な髪型。
ROCKHURRAHの場合はその時好きで聴いてた音楽のスタイルによって髪型が決まるのでリーゼントやサイコ刈りにしてた時期もあったけど、やっぱりトータルで言うとツンツンの頭にしてた時期が長かったかな。昔はあまり良い整髪料がなかったからデップと呼ばれるジェルを塗りたくってドライヤーで固めてようやくツンツンになってたが、生まれついての天然パーマらしくピシッと直毛にはならないので苦労してたよ。時間が経つと全ての毛先がクリリンと曲がってきてパンクとは程遠い髪型になってしまうんだよね。
柳屋の名前は忘れたけど「練れば練るほど激HARD」みたいなキャッチコピーのワックスが出た時は整髪力の強さに驚いたものだが、その頃はもう逆立てる髪型じゃなくなってきた頃だったので、いつ買ったか覚えてないくらい昔のワックスが今でも家に残ってるよ。ツンツンやってた頃にこれがあれば苦労しなかったのに。

ヤマアラシを英語にするとポーキュパインだそうだが、それを曲名にしたのがエコー&ザ・バニーメンの「Porcupine」だ。1983年に出た傑作3rdアルバムのタイトルでもあったな。
ジョイ・ディヴィジョンやバウハウス、スージー&ザ・バンシーズのように暗い曲調を得意とするバンドを元祖として影響を受けたバンド達が次々とデビューしていたのが1980年くらいの話。上の方で書いたポジティブ・パンクなどもその系譜のひとつだが死化粧みたいな不吉なメイクや暗黒舞踏のようなパフォーマンスが音楽よりも先に話題となってしまった。
似たような暗い音楽をやってても化粧っ気がなくてもう少し内気っぽいのはネオ・サイケデリックと呼ばれる音楽にカテゴライズされていたが、本人たちの多くは「ネオ・サイケ?何それ?」という風潮があったくらい、あまり定着しなかった呼び名だったな。しかし呼び方はどうでも、この手の暗い音楽は当時のイギリス(あくまでもインディーズ界)では主流と言えるくらいに数多くのバンドを輩出したのは確かだ。
エコー&ザ・バニーメンもその手のジャンルに属するバンドで、ネオ・サイケ・バンドの宝庫とも言えるリヴァプールから出てきた。当ブログでは何度も語ったので書いた本人も飽きてるが、その昔にティアドロップ・エクスプローズのジュリアン・コープ、ワー!のピート・ワイリーと一緒にバンドを始めたのがバニーズ(80年代にはカッコつけてエコー&ザ・バニーメンをこう略していた)のイアン・マカラックだった。ちなみにこれも毎回のように書いてるが現在のWebに出てくる表記はマカラックではないのが多いけど、ROCKHURRAHは80年代風にずっとマカラックと呼んでる。

聴けば誰にでも「イアンの声だ」とわかる特徴的なヴォーカルと正統派ネオ・サイケのお手本のような端整で美しく力強い曲、誰もが忘れない分厚い唇にツンツンの頭。たちまちのうちにネオ・サイケ界を代表するバンドになった。美しく雰囲気のあるレコード・ジャケットも統一感があってさすが一流。
3rdアルバム「Porcupine」は氷山のようなところを四人のメンバーが歩いてる写真のジャケット、見るだけで寒そう。
The Cutter」や「Back Of Love」などのヒット曲も含まれてるけど今回採り上げたこの「Porcupine」はロシア民謡みたいな異色のネオ・サイケ。
ルースキイ・アヴァンガルト、わかりやすく言うならロシア・アヴァンギャルドの絵画が浮かび上がってくる中で歌ってるだけの何てことない映像なんだけど古いロシア映画っぽい色調になってて、通好みのビデオだよ。
 歌詞とか全然知らないんだけどヤマアラシ要素はあるのかな?

もはや全ての記事で全く関係ない方向の話になってしまってるが、前の記事と合わせて多少は動物王国らしくなったかな?どうでもいいような事ばかり書いてるがそれはそれでエネルギーを使うね。

それでは、アバール デカホベ(ベンガル語で「また会いましょう」)。 

時に忘れられた人々【30】萌えよ!動物王国編

20171022_top.jpg【「ROCKHURRAH紋章学」ではないけど動物のロゴマークを集めてみたよ。】

ROCKHURRAH WROTE:

何だこの、おざなりなサブタイトルは?
いくつかこのシリーズ記事を読んでくれた人だったら即座にわかる通り、今回は動物の名前がついたバンドを特集してみよう。このタイトルだったら他に展開ないよね?

ROCKHURRAHとSNAKEPIPEは本気の動物好きとは全然言えないけど、道を散歩してるよその家の飼い犬とか見て「かわいい」とか言い合ったり、ペットショップの前で目尻を下げて見入ったり、割と普通の動物好きだとは思うよ。
しかしペットショップ店員の側から見たら、戦闘的な服装でサングラスの不気味なカップルが毎日のように立ち止まってこちらを凝視している。それだけで何か不安になるかもね。実は目尻を下げててもサングラスじゃ表情までわからないだろうからなあ。

子供の時に飼ってた犬(自分ではなくて家で飼ってただけ)でトラウマになるような出来事があったので、もう動物は自分では飼えないと諦めてはいるが、一日中ずっと家にいられる境遇になったら一緒にいたいとまた考えるかもね。
SNAKEPIPEはもし一緒にいたら可愛がりすぎて、もう家事も何も出来なくなると最初から断言してるよ。確かに一日中相手してそう。

さて、シリーズ記事は違ってもROCKHURRAHが書く記事は大体いつも同じような趣向になってしまうんだが、今回も見事にそのパターンを踏襲しているよ。ある意味予想通り。
ちなみにでこれまでやってきた活動(ブログ記事)は以下の通り。

  • イマドキ誰も語らないような過去のバンドをジャンル別に紹介してゆく特集。
  • イマドキ誰も語らないような過去の女性バンドを特定のくくりによって紹介してゆく特集。
  • イマドキ誰も語らないような80年代ニュー・ウェイブのカヴァー・ヴァージョン特集。
  • 世界の地名がついた曲ばかりを列挙する特集。
  • 少年少女時代に影響を受けたバンドについて思い出す特集。
  • 1から10まで日本語に聴こえるタイトルを集めたバカ特集。
  • 日〜土まで曜日がタイトルについた歌を集めたインスタント特集。
  • ハロウィンや秋葉原系とはまるで違う意味でのコスプレ特集。
  • 同じタイトルだが違った曲ばかり集めたありきたり特集。
  • 妙な情熱にかられた映像ばかり集めたトホホ特集。
  • 色のついたバンド名ばかり集めた浅はかな特集。 

書いてて情けなくなるがまあこういう一般的にはどうでもいい企画ばかり考えてずっと書いてきたわけだ。頭を使う方向性を間違ってないか、書いてる本人が一番危惧してるよ。

で、今回は動物名がついたバンド特集ね。 

元々猫派だったROCKHURRAHだけど近年はSNAKEPIPEと二人で犬のけなげな様子に目尻を下げてニヤニヤ、やっぱり傍から見たら危ない奴らなんだろうな。

最近のワンちゃん映画は全然知らないがROCKHURRAH世代で言うなら「ベンジー」・・・などと言うと思ったら大間違い。
なぜか思い出すのはダビングまでしてずっと持ってたフランス映画「バクステール」なのだった。SNAKEPIPEと一緒に見ようと思ってわざわざ京都から持ってきたんだよね。
ブルテリアという個人的にはあまりかわいいと思わない犬が主人公で、ずっと心の中のモノローグで語ってくる。要するに飼い主に構われなかったり身勝手な扱いされて事件を起こしてしまう不幸の飼い犬の話、最後にナチスかぶれの少年と出会っていい関係に巡り合ったかに見えたけど・・・みたいなちょっと怖い感じの暗い映画だったかな。

ちなみに京都からわざわざ持ってきて一緒に観ようと思ってた映画の中には知る人ぞ知るミンディ(メリンダ)・クラーク主演の「キラークィーン 舌を巻く女」などもあって、そう言えばあの映画にもオカマのプードルが出てきたよな?と思い出した。「バタリアン・リターンズ」でも主演してたミンディ・クラークなんだけど、当時は好きな女優だったんだよね。「キラークィーン」はVHSビデオだったが観ようとした矢先にテープが絡まる事故があって、結局一緒には観れなかった苦い思い出があるよ。
DVD化されてないようなので残念。

犬や猫はもっとも身近なペットなのでそれをバンド名につけた例は多いが、パッとすぐに思いついたから今日はこれにしてみよう。

バズコックスやドローンズと並びマンチェスターの最も有名なパンク・バンドだったのがスローター&ザ・ドッグスだ。
スローター”大虐殺”と”犬”がついたバンド名から不吉で不穏な意味を想像するが、デヴィッド・ボウイの「ダイアモンドの犬」とグラム・ロック時代のボウイの相方でもあるミック・ロンソンの「スローター・オン・10th・アベニュー」、このふたつのアルバム名からインスパイアされたバンド名だとの事で単なるグラム・ミックス。緊張して身構えたこっちがバカを見たよ
パンク始める前はグラムにどっぷりだったんだろうね。

同郷のバズコックスが誰でも覚えられるポップなメロディと素っ頓狂な歌声でパンクの人気バンドになったのとは対照的に、このスローター&ザ・ドッグスはラウドな演奏と激しいアクションで当時のリアルなパンク・ロックを歌い上げて有名になっていった。などと書くとありきたりか?
うーん、言葉で説明するのは難しいけど、この時代の一般的な若者がやってる等身大のパンクな生き様に近い世界だとROCKHURRAHは思ったよ。
要するに上から下までキメキメのステージ衣装みたいなのじゃなくて、普段着がジーンズに古着ライダースの鋲ジャンみたいな、まあそんなイメージだ。あまり金がかかってない隣のちょいワル(たぶん死語)兄貴みたいなわけね。
曲も割とミディアム・テンポのロックンロールが多く、ハートブレイカーズやニューヨーク・ドールズあたりの影響を受けてるんだろうと感じる。

で、ビデオの曲が代表作のひとつでデビュー曲「Cranked Up Really High」だ。
このバンドの70年代にちゃんと動いてるライブ映像がこれくらいしか残ってないので、画像ひどく悪いけど載せておこう。

大昔に「Original Punk Rock Movies」というドン・レッツが撮った映画で観たのと同じヴァージョンだなこれは。
どうやら冒頭で何か白い粉を撒き散らしたようで、粉まみれショーとなってる模様。俺はちょっと頭がおかしい男だぜ、というサイコな様子を表現したかったんだろうが至近距離で浴びた観客は大迷惑。
しかも舐めてみたら「あ、片栗粉だ!野郎、騙しやがったな」という感じなのか。

パンク・バンドの主義主張なのか単なるめぐり合わせなのか、人気なかったのかわからんが、ダムドやジェネレーションX、シャム69、ストラングラーズなどは例えば「Top of the Pops」などの歌番組にも気軽に出演して「くちパク演奏」もするけど、このバンドはたぶんそういうのにも全然出演してないんだろうね。 

ワンちゃんと言えば世界的に有名なファッション・デザイナー、アレキサンダー・ワン。
ROCKHURRAHには似合いそうもないし、洋服の方はよくわからないデザインが多いけど、柔らかい革を使ったバッグは高級感もあり実用的でお洒落な「さすが」と言える逸品。
SNAKEPIPEや友人Mは早くから注目していたようでいくつか所有してるな。
女性のブランド物バッグには目の玉飛び出るような金額のが多いが、これなら価格に見合った商品と言えるのだろうね。
彼の写真見てて誰かに似てると思ったが「タイガー&ドラゴン」に出てた時の塚本高史だった。どちらも今回のブログの内容とは全然関係ないけど、ワンちゃんから始まった連想の連鎖でここまでたどり着いてしまったワン。

そんなワンちゃんつながり(?)でこんなバンドもフト思い出したよ。
ナイジェリア出身のマリオン・カッツ嬢を中心としたスコットランドのバンド、ドッグ・フェイスド・ハーマンズだ。1980年代後半に活躍したバンドだが、変則的なビートとキンキンに耳障りなギター、トランペットなど、いわゆる普通のロックからははみ出た分野のフリー・スタイルな音楽を得意としていた。マリオン嬢も何か叩いたり吹いたり歌ったりでかなり忙しい職場だな。

そう言えば同時代のイギリスで、ノイジーな不協和音によるバンドを次々とリリースしてたロン・ジョンソン・レコードというレーベルがあったな。ここにも似たようなバンドが色々いたけど、割とオシャレなアート系女性のようなヴォーカリストだったから、こっちのドッグ・フェイスド・ハーマンズの方が見栄えがよろしい。実はよく見ると結構「犬顔」なので、歳とってからの写真はさらに犬化が進行してるのが残念。
ROCKHURRAHもSNAKEPIPEもブルドッグみたいに口角が下がらないように変顔体操しなければ。

様々なジャンルのバンド名に使われている犬と比べて猫はロカビリー系バンドによく使われる事で有名だ。服装や髪型から由来したものではないだろうし、何でキャッツなのかは不明だけど、まあ流行りみたいなものか。この手の幾多もあるキャッツ系からROCKHURRAHが選んだのが80年代ネオ・ロカビリーの有名バンド、ポールキャッツだ。
ポールキャットとはヨーロッパケナガイタチとの事だけど、詳しい人でもない限り即座に出てこないだろうね。これを改良してペットにしたものがフェレットらしい。
ここまで書いてようやく気付いたけど・・・。ん?猫じゃないニャン。

鼬(イタチ)と聞いて個人的に真っ先に思い浮かべるのが筒井康隆が1984年に発表した不条理極まりない、ものすごい実験小説「虚構船団」だ。
宇宙を突き進む文具船、文字通り搭乗しているのは擬人化された文房具ばかりなんだが、乗組員全員が狂ってしまっている。それぞれに人格があり狂ったエピソードも人間関係(?)もあり、最初のうちはとても面白く読み進んでいた。
が、その文具船の敵がなぜかイタチばかりが住む惑星であり、文具船は単体でその星に上陸、敵を殲滅せよという命令を受ける。理由も何も一切不明。
ここから凶悪なイタチ族の1000年の歴史が語られるが分厚い本の半分くらい、延々と歴史が続くところで読むのが辛くなってしまう。地球の世界史概要ともよく似た話なんだがイタチも十種類もいてそれぞれが戦争して栄枯盛衰してるような複雑な話。
この話とは特に関係ないが、子供の頃に「ドグラ・マグラ」や「黒死館殺人事件」を読んでて、知識が足りず途中で読むのが辛くなる部分があった事を思い出した。
こちらは読んでわからないというほど難しくはなかったが歴史も得意ではないし、イタチの名前がやたら出てきても覚えられず、読破するのにかなりエネルギー使ったからね。
次に上陸した文房具とイタチの戦いが様々な視点から描かれていて、この部分はまた面白く読むんだけど、後半はどこからどこまでが誰の話なのか非常にわかりにくくて、どんどん脱線して錯綜して破綻してしまう。この辺が筒井康隆の真骨頂だと思うが、読んだ人全ての精神がおかしくなるような大傑作だったな。
いや、単にヨーロッパケナガイタチでちょっと連想しただけで今、ROCKHURRAHが書いてる文章とは何もリンクしてないんだけど。今回はその手のが多いな。

ポールキャッツは1977年にロンドンで結成されたネオ・ロカビリー・バンドだが、この頃はまだ単なる50’sロカビリーの焼き直し、カルト・ヒーローズという名前で活動していた。
その彼らが話題となったのが1981年のデビュー作「Polecats Are Go!」というアルバム。
大体同時期にレコードをリリースしたストレイ・キャッツがネオ・ロカビリーの代名詞のような音楽とルックスだったのに対して、ポールキャッツの特色はグラム・ロックなど、通常のロカビリー・バンドがカヴァーしない異種ジャンルの音楽をうまくロカビリーに取り入れてカヴァーした、抜群のセンスにある。
見た目もこの時代のネオ・ロカビリーではまだ(たぶん)誰もやってなかったはずだが、グラム風の化粧をしたインパクト抜群なもの。そのうちネオ・ロカビリーから派生したサイコビリーでキレイと言うよりはグロテスクなメイクが流行ったけど、この時代のイギリスはやっぱり化粧男の宝庫だったよね。
今はあまりそういう風潮はないが、ポールキャッツは同時代にはロカビリーというよりはニュー・ウェイブの一種みたいな扱いを受けてたように記憶するよ。

ビデオの曲はロック好きだったら大体誰でもおなじみ、Tレックスの「Jeepster」をカヴァーしたもの。ポールキャッツはデヴィッド・ボウイの「John, I’m Only Dancing」もナイス・カヴァーしていてオリジナル曲よりも代表曲みたいなもんだが、どちらもロカビリー調にカヴァーしやすいのを選んでるね。
全員ミリタリーのG.I.っぽい服装と言えばクラッシュ「Rock The Casbah」を思い出す人も多かろうが、ポールキャッツの方が早かったんだよね。ヴォーカルのティムがリュック背負って(通信兵のつもり)はしゃいでるのも子供みたい。
しかしこの耳に残る中性的な声、やっぱりポールキャッツはいいね。

こんな時代になってもなのか、こんな時代だからなのかは不明だが、最近でもネズミは廃れる事なくて街中でもごくたまに見かけてしまう。ちょっと前に家の近所の美容室を改装してた時に床下から追い出されたのか、道を横切る姿も見たよ。こんなところにもやっぱり生息してるのか、と驚いたもんだ。
最も都市と共存出来そうな生き物はカラスかネズミなんだろうね。

鼠と聞いて思い出すのはやっぱり大昔の映画「ウィラード」だろうか。
鳥やネズミ、他の動物でも何でも、人を襲うというのはパニック映画の定番とも言えるから、おそらく数多く存在してるとは思う。ROCKHURRAHもその手の映画は好きだから観てるんだけど、本当に怖かったり面白かったのは意外と少なかったなあと回想するよ。
ウィラードはネズミの名前ではなくて主人公の孤独な青年。まあ何もかも不幸で悲惨だとは思えるがこれしきの不幸はどこにでもあるとも思う。で、友達もいない孤独なウィラードが家に住みついたネズミと仲良く(?)なって訓練してゆくけど、おおかたの予想通り最後はもっと悲惨になってしまうというような話だったな。
好評だったから続編の「ベン(「ウィラード」に出て来るネズミの名前)」などというのも出来たが子供の頃のマイケル・ジャクソンがテーマ曲を歌ってて映画と共にヒットしたようだ。
ネズミと言えばついでに、中学生くらいに読んだ開高健の「パニック」という小説を思い出そうとしたがうーん、あまり覚えてないので何も語れない。

大型のネズミを指す言葉、ラットをバンド名につけた例も数多くあるけど、中でも80年代に最もメジャーだったのがブームタウン・ラッツだろう。「新興都市のネズミたち」というような意味のバンド名だと思うが、「哀愁のマンディ」とボブ・ゲルドフのバンド・エイド(「Do They Know It’s Christmas?」)での大ヒットばかりが記憶されている程度で、個人的な好みじゃないので素通りしてしまう。

で、ウチっぽいのはないかな?と探してみたら「こんなのいかが?」というようなのが出てきたので今日はこれにしてみよう。単にフランス語の冠詞が付いただけのような気がするがLes Ratsというバンドだ。ドブネズミはフランス語でもRatなのかな。
1982年から活動していたフランスのパンク・バンドだとの事だけど、レコード・デビューは80年代後半とかなり下積みが長かった模様。フランス各地のタワレコやイオン・モールで巡業してたのかな?(ひと目でわかるウソ)

まあ見ての通り80年代後半、もしくは90年代に入ってしまったけどパンクは不滅だぜ、というような音楽や映像で単純明快。ただ、こういう音楽でもフランス語の響きになると違った雰囲気になるから不思議なもんだ。フランス語だから、という先入観だけかも知れないが同じく80年代後半から90年代にかけて大活躍したマノ・ネグラのパンクっぽい部分だけを抽出すればこんな音楽になるかもね。

フランスと言えばパンクの初期からスティンキー・トイズやメタル・アーベイン、Ausweis(読めん)など、個人的に好きなバンドも多かったが、音楽もファッションもゴテゴテしてなくてさすがシック大国だね。

実はこの辺からかなり苦しくなってきて書いてる方は苦悩してるんだけど、動物名のついたバンドって探してみるとあまりないような気がするんだよね。
70年代でROCKHURRAHが取りあげないようなバンドだったら結構たくさん出てくるけど、パンクやニュー・ウェイブでは自分で想像したほど名前が出てこない、これで苦戦してるのだ。
80年代にはそういうバンド名は流行ってなかったのかも知れないし、もちろんパンクやニュー・ウェイブの一種に含まれていても何もコメント出来そうにないバンドはやっぱり書かないだろうからね。
あと、人があまり言及しないマイナーなバンドばかりだとちゃんと動いた映像がまるっきり残ってないから、そういうのばかりを集めても面白くないだろうと思って極力静止画のみじゃない映像を探してる。実はこれが一番難しいわけだ。
と言う事で今回の企画もテキトウに思いついたものの失敗に終わってしまったかもね。
めげずに次回もまた何か考えてみるよ。ん?まだ書き終わってなかったか?

動物園の人気動物ランキングは全然知らないけど、シマウマなんてのはおそらくあまり人気ないのでは?と予想するよ。
名前と姿の一致度ではNo.1だと思うし見た目は派手だが、それ以外に特に決め手がない中庸さで個性に乏しいような気がするんだよね。
割と定期的な頻度で流行る豹柄に比べてゼブラ模様の扱いも一段低いように感じるのはROCKHURRAHだけか?そんなことない?

そんなゼブラ模様を果敢にも派手なレコード・ジャケットにしたのがこのパーフェクト・ゼブラズだ。
1982-83年というかなり短い時期だけにパッとレコード出して散ったという印象だが、あまり情報もなく、さすがに日本語の記事も少ないなあ。
ロンドン発のモロにニュー・ウェイブのバンドなんだけど、ベーシストが元アドヴァータイジングというロンドン・パンク〜初期パワー・ポップで活躍したバンドの出身。アドヴァータイジングには後にコンパクト・オーガニゼーションというレーベルでマリ・ウィルソンをヒットさせたトット・テイラーなどもいたが、この記事でもすでに書いていたな。さらにベーシストのデニス・スミスはパーフェクト・ゼブラズの前もシークレット・アフェアというネオ・モッズのバンドにちゃっかり在籍していて抜け目ない男という印象。
このパーフェクト・ゼブラズ、音の方はメリハリのハッキリしたリズムで割と単刀直入なもの。さすがゼブラ柄(意味不明)。アフロっぽくもあるしファンカ・ラティーナ調の曲もあり、中東かどこかの印象も少しあるという贅沢微糖みたいな(何じゃこのたとえは)味わいなんだけど、全体としては全然複雑じゃなくてこの時代の英国ニュー・ウェイブのツボはちゃんと押さえた曲作りのバンド。
個人的にはこういうオルタナティブとポップスの狭間で頑張ってたバンドには高得点をあげたいんだけど、結局どういうバンドなのかよくわからないまんまだったのがちょっと惜しい気はするよ。

ビデオもどういうわけか、この手のバンドとしては珍しく金がかかっていそうなのが不明。
大物ニュー・ウェイブ・バンド並みのロケだったのに「売れた」という話は聞いた事ないもんな。
ヴォーカルが「若い頃のプーチン大統領ってこんな顔だったんじゃなかろうか」と思わせるような顔立ちで音楽性とは結構ギャップがあるよな。

勢い良く書き始めたものの、今回はたった4種類の動物しか紹介出来なくて、代わりにROCKHURRAHお得意の関係ない話ばかり語ってしまったな。
結構トホホな内容になってしまったが、めげずにまた機会があったら動物編の続きを書きたいよ。

ではまた、ヴェッソ ギャーロ(リトアニア語で「さようなら」)。

時に忘れられた人々【29】情熱パフォーマンス編4

【今回のテーマを何となく三流映画ポスター風にしてみた】

ROCKHURRAH WROTE:

書いた本人もここまで続くとは夢にも思ってなかった「情熱パフォーマンス」その第四弾を今日は認めてみようか。 認めて、じゃわかりにくいがこれは「したためて」と読む。

タイトルの意味を考えなくてもわかるが、この特集では「何だかよくわからんが情熱的に見えるかも知れない」映像を選んで紹介している。
ただ、ROCKHURRAHが今までにピックアップしたのは大半が70〜80年代のもので、中には誰も知らんようなインディーズのビデオも多数。
みんなが知っている、金をかけて丁寧に作られたプロモーション・ビデオとは随分違ったB級映像が多いので、テレビでやってるような面白映像特集とは違うとあらかじめ断っておくよ。
たぶんもっと探せばエモーショナルなものはたくさんあるだろうけど、たまたま元から知ってたり見つけたりしたものだけしか書いてないというわけね。
個人でやってる事だから調べにも限界があるし、情熱ベストテンみたいな感じにはならないし、オチもないが、そこは許してね。
どんどん言い訳長くなるなあ。

【殴る 蹴る!】
Howard Devoto〜Luxuria

おっと、いきなり威勢のよい情熱パフォーマンスが期待出来そうなテーマだね。
殴るとか蹴るとかは物騒で嫌いな人は多いだろうが、太古の昔から人間が自然にやってきたアクションのひとつだからなあ。そういう原初的アクションで一番多いのはたぶん「逃げる」じゃなかろうかと思うが、専門家でもないからハッキリはわからないよ。

ROCKHURRAHは子供の時に「空手バカ一代」などの格闘漫画が意外と好きで全巻集めてたもんだ。しかもなぜか父親の部屋に大山倍達の自伝のような本があり、それを読んで変な感銘を受けた記憶がある。片方の眉毛を剃って山ごもり修行(生えるまで出てこれない)とかね。

今とは違ってなのか今でもなのかは不明だが、空手と聞くと偏見を示す親が多いし、実際に通った学校でも柔道部はあっても空手部はなかった。やっぱり危険があるからというPTAの圧力なのかね?
そう言えば家の近場に空手道場があって、友達と見に行った事もあったな。
影響は受けたものの別に空手がやりたいと願ったわけでなく、ただ空手家というのを見てみたかっただけ。
想像したのは窓の木枠から覗くと気合の入った掛け声がしてて、活気のある組手とかしてるという典型的な絵柄だったんだけど・・・実際は全く人の気配もなくてがっかりしたもんだ。二度と行かなかったけどちゃんと門下生がいて稽古とかやってたんだろうか?

ブルース・リーの影響で誰でもクンフーの真似事をして10人にひとりは通販で買ったヌンチャクやトンファー持ってたような時代もあったな。ROCKHURRAHもその一人でヌンチャク持ってたが、真ん中の鎖が肉に食い込む気がして使いづらかった記憶だけ残ってる。ブルース・リーのマネだから無論上半身ハダカでやってたんだろうが、別にそこまでマネしなくても服着てやれば良かったな。バカな子供時代だったよ。
毎回全然関係ない回想になってしまうのが情けない・・・。

さて、そんなエピソードとはまるで関係なかった殴る蹴るだが、この暴力的表現のプロモに果敢に挑戦したのが、そういうのがとても似合いそうにないこの人、ハワード・ディヴォートだ。

ROCKHURRAHのブログにも何回も登場してるけど、パンク史上に燦然と輝くバズコックスの初代ヴォーカリストだったのがこの人だった。
この頃の「Boredom」や「Breakdown」などは今でも愛聴しているパンクの大傑作。
このシングル一枚だけでバズコックスを早々に脱退してしまったから、1stアルバムから聴いてるよというファンでも、入手困難だった「Spiral Scratch(1stシングル)」を買わない限りハワード・ディヴォートのヴォーカルは知らなかったりする。
今の時代じゃなくてリアルタイムでの話ね。

で、やめた後は(バズコックス全盛期と同じ時代に)マガジンというバンドを始めて、パンクとはまた違うアプローチで独自の音楽世界を作ってゆく。
聴いた人だったらわかる通り、かなり粘着質のいやらしいヴォーカル・スタイルで頭が禿げ上がった顔つきも不気味だし、特に女性受けはしなさそうな雰囲気が満々のバンドだったね。
この怪しい、妖しい屈折した世界こそが最大の魅力で、ROCKHURRAHも大好きだったバンドだ。
パンクではなくてニュー・ウェイブという音楽を最も感じたのがROCKHURRAHにとってはこの時代のマガジンであり、XTCやワイアーなどだった。
そのマガジンも1981年には解散してしまい、ファンは彼がこの後どうなるのか再起を願って待っていた。

そしてやっとこの話に辿り着いたよ。
満を持してソロとして1983年に出たのが上の曲「Rainy Season」というわけだ。マガジンの最後の方も割と明るく健康的なイメージになってしまい、古くからのファンはちょっと物足りなかったと個人的な感想を持ってたが、これまた従来のハワード・ディヴォートの退廃的で気怠いイメージとは違った清々しい曲調。
大半の人がこの人に求めてた音楽とは違うような気がするけど、その辺は関係者じゃないからよくはわからん。83年というとまだまだネオ・サイケとかのダークな音楽がもてはやされた時期なんだけど、敢えてそういう音楽とは一線を画したんだろうかね?

問題のビデオの方は暴力的表現とはまるで無縁だからショッキングな描写苦手な人も安心して下さい。ハッキリは不明だけど、どうやら別れた彼女が出ていこうとしてるところをこっそり覗きに来た男の話なのかな?ストーカー?暴力よりももっと卑劣な気がするが、このストーカー行為が妙に似合ってしまう男、ハワード・ディヴォートもいかがなものか。しかも未練たらたらという設定の相手の女の方も、割とどうでもいいタイプ。
後半に苛立ち、ヤケになって、出た!飛び蹴り!(笑)
マガジンの頃は極めて気怠い歌声で、こういうアクティブな事をしそうにないと勝手に思ってただけにこの情けない飛び蹴りには唖然としたよ。マガジンではステージの映像以外はほとんどなかったけどこのソロへの意欲の表れなのか、ヤブの中を進んだり燃えたり埋まったり、結構体張った演技してるな。

このソロ以降、ハワード・ディヴォートの中で何か吹っ切れたものがあったのか、ただ面白くなさげに歌うだけではなく、パフォーマーとしての素質が開花してゆく。
1986年には元キュアーやピート・シェリー(ディヴォートが脱退した後のバズコックス)のバンドにいたというNokoなる人物とラグジュリアというユニットを結成する。
名前から勝手に判断して女性とのデュエットか何かだと思ってたけど全然違ってた。
うーん、ノコ?知らんなあ。
このユニットやってた当時はMTV系の番組を全然観てなかったしレコード・ジャケットはダンボールみたいだったし、買うまでに至らなかったのだ。
マガジンやソロの時は中途半端に横や後ろの髪を伸ばしてて、余計に禿げた額が強調されて不気味だったけど、こんな風にすっきり刈ってしまえば良かったんだね、デビュー10年目にして今頃やっと気付いたかディヴォート(笑)。うん、この髪型だったらとても似合うよ。

88年くらいに出たのがこの1stシングル「Redneck」だ。
こちらでは緊縛される、その後激しく殴る、回る、などなど意味不明のハンドパワーが炸裂する情熱パフォーマンスを惜しげもなく披露してくれる。マジシャンかよ、と思ってしまうくらい。
マガジンのライブを現地で観たわけじゃないから昔からこういうステージ・アクションのあった人なのかどうかは不明だけど、こんなに動く人だったんだね。
ラグジュリアの曲もノコのギタープレイも明らかにメジャー志向でいつヒットしてもおかしくない音楽性だったのに、たぶんあまり売れなかったんだろうな。
むしろせっかくのキャラクターなんだから、不気味で粘着質を極めた方が良かったんじゃないかと個人的には思ってしまうけどね。

【白ける!】
Sort Sol(with Lydia Lunch) / Boy-Girl

「白ける」という言葉自体が情熱的とは言い難いし「!」マークも似合わない気がするが、気のせいか?あらら、この記事から流用したフレーズだな。セルフ盗作。

近年では日常会話で白けるなんてあまり言わないような気がするが、どんな時代にでも同じような意味の若者言葉は出て来るんだろうね。新しい言葉が出てくるだけ老人よりまだマシか。

1970〜80年代には珍しかったデンマーク出身のバンドがこのソート・ソルだった。僧と剃るではない。
このバンドの前身がパンク時代に活躍したかどうか不明だが、とにかく知名度はおそろしく低かったバンド、Sodsという。後の時代の発掘者によって多少は知られる存在になったと思うけど、これを偶然持ってた奇特な一人がROCKHURRAHだったのだ。
自分で作ったベスト盤のカセット・テープ(時代ですな)に彼らの「Television Sect」とか録音してかけまくってたから、ROCKHURRAHが働いてた店の客は知らず知らず聴いてるはず。え?知らん?
いかにもパンクなジャケットで音も期待通りのラウドなものだったから嬉しくなって吹聴していたけど、覚えてる人も皆無だろうな。

このソッズ、カタカナで書くと情けないが、実はそれを入手するより前に出会ったのが80年代初期に一世を風靡した、ベガーズ・バンケット傘下の4ADというレコード・レーベルにて。
このレーベル所属アーティストたちによるコンピレーション・アルバム「暗闇の舞踏会」というのが出て、ROCKHURRAHも飛びついて買ったんだけど、バウハウスやバースデイ・パーティ、リマ・リマなど伝説のバンドに混じって妙に耳に残る曲が収録されていた。それがソート・ソルの「Marble Station」だったのだ。ソート・ソル=ソッズというわけで探したわけでなくて、後になってソッズが同一のバンドだと気付いたというわけ。

その後、1983年に出た1stアルバムでどういう縁があったのか知らないが、アメリカの裏女王といつもROCKHURRAHが評しているリディア・ランチと共演している。これはその貴重なビデオなのだ。

ちょっと前にも書いたが、ヒステリックで落ち着きのない、70年代ニューヨークの前衛的音楽として話題になったのがノー・ウェイブと呼ばれるムーブメント(?)。
リディア・ランチはその一派で活躍した、ティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークスの金切り声ヴォーカルとして伝説的に有名な女性だ。
その後の絶叫金切り声ヴォーカリスト達に多大な影響を与えた偉大なパイオニアですな。
本当にこの当時のリディア・ランチはアングラ・パワー満開のものすごいインパクト。

その後はソロになってアンニュイにジャズっぽくなってみたり、バースデイ・パーティの美形ギタリスト、ローランド・ハワードやニック・ケイヴ、当時の恋人だったジム・フィータスと共演したり、どちらかというと人の作品のゲストとしてよく知られている。
自分自身の作品よりもよそのビデオに出演してる方がよく見かけるもんね。

さて、そのソート・ソル、長く続いてるしデンマークではそこそこの人気はあるんだと推測するが(デンマーク映画のサントラとかも手がけてる)、日本ではほとんど無名に近い存在。
ここのヴォーカリストSteen Jørgensen(読めん)も眉毛がなくて後ろ髪だけ長い、昔の暴走族みたいな凶相だな。
「撮影中にガム噛むのやめなさい」とか言ってもヤンキーだから聞く耳持たないんだろうな、ざけんなよ。
曲はラウドなカウパンク調のリズムで好みな感じなんだが、この男が実につまらなさそうな表情で歌い上げる。TV画面の中のリディアはそれに対して、実に嫌そうにふてくされて白けた顔つきで二番を歌い、最後にキレておしまい。何じゃこりゃ「そのココロは?」と聞きたくなってしまうくらい、愛想も尽きた心の通じ合わない映像だな。
何しろアングラの女王なもんで、知名度の割には動いた鮮明な映像が驚くほど残ってないのがリディア・ランチなのだ。おばちゃんになる前の、全盛期に割と近い(1984年)姿で動いてる貴重な映像だと思う。情熱パフォーマンスとしてはかなり苦しいが、この見事な白けっぷりが見てもらいたかっただけ。

【吹っ飛ぶ!】
Kate Bush / Army Dreamers

「吹っ飛ぶ」は自発的なパフォーマンスとは言い難い気がするが、派手さという点では申し分ないので被害者には申し訳ないがまあいいか。自分が吹っ飛んじまうのはごめんだが。
さて、タイトルがアーミーときて吹っ飛ぶ、とくれば見なくても大体内容はわかるというものだ。予想を覆すようなのは用意出来なかったよ。

ROCKHURRAHはまだ故郷の小倉にいた頃、スクーターの事故で中央分離帯に突っ込んでえらく危ない目に遭った事がある。つつじの枝がちょっと腹に刺さったけど死んだりしなくて良かった。これが唯一の吹っ飛び体験。あん?関係ないよね。

誰もが認めるウィスパー・ヴォイスの第一人者、ケイト・ブッシュはROCKHURRAHが好んで取り上げるニュー・ウェイブ系のアーティストではないけど、時代的にはピッタリ一致しているので珍しくもここで取り上げる事にしよう。何だか偉そうな書き方だな。

ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアとアラン・パーソンズ・プロジェクトのオーケストラ・アレンジを手がけてたアンドリュー・パウエル(個人的にはコックニー・レベルが印象的)によってプロデュースされた曲が大ヒットしたのが1978年。
デビュー前の諸事情があったのは確かだけどその辺を知らないこちらとしては「彗星のように登場した」美人女性シンガーと言う事で、日本でも大々的に売れたのを覚えてるよ。
まるでアイドルのようなルックスだけど歌は本物だし、流れとしてはアイドルのポップスというよりはプログレの系譜だし、ヴィジュアル的にロクなのがいなかった当時のロックの世界に久々に登場したスター性のある女性シンガーだったわけだな。
ウィスパー・ヴォイスとは書いたものの、いわゆるロリータっぽさはなくてデビュー時から魔女とか妖精とかそんな感じ。
がしかし、残念ながらその活動が認められてコンスタントに売れたのはイギリス本国だけで、他の国ではそこまで人気が浸透しないうちに飽きられてしまったという気がする。

この曲は1980年に出た7枚目のシングル曲。その直前の「バブーシュカ」がヒットしたのでこちらは全然印象にないな。
デビュー曲から全曲ちゃんとしたプロモーション・ビデオを作っていたのはこの時代ではまだ珍しいけど、ケイト・ブッシュは自信のあるパントマイムや露出度の高い(がさほどセクシーではない)、体を張った映像を作り続けていたのが偉いね。こういうのが普及する時代を予見してたわけだからね。いわゆるMTVがまだなかった頃だから、日本では同時代には知られてない映像だったんじゃなかろうか。
戦場でお目々バッチリの化粧などけしからん、などと怒られそうだがそのうち吹っ飛ぶわけだから大目に見てやってよ。

【ぶった斬る!】
The Plasmatics / Butcher Baby

最後はこれ、ぶった斬る。日常生活でこのアクションをしてるのは辻斬りか木こりくらいのものだろうか?まあ表現としてはポピュラーだけど自分自身では滅多にやらない行為だと思うよ。

剣や刀を使ったゲームは多いから、そういうのでぶった斬る疑似体験は出来るだろう。
最近は全然ゲームをしなくなったROCKHURRAHだけど、一時期はかなりの時間をゲームに費やしていた。元々は「ゼルダの伝説」が大好きでゲームキューブ版の「風のタクト」などはSNAKEPIPEと二人で熱狂して攻略していった思い出がある。SNAKEPIPEはあの2頭身の子供リンクがお気に入りだったんだよ。巷で話題のNintendo Switchの新しいゼルダもいつかはやりたいけど、今はまだ予定なしだな。
「モンスターハンター」もネットワークなしで最も長い時間プレイしたゲームかも知れない。武器や防具を作るために死ぬほど駆けずり回ったからね。あれで作った片手剣や大剣などは「ぶった斬る」のニュアンスに最も近いものじゃなかろうか。

さてそのぶった斬るという派手な情熱パフォーマンスに挑戦して、のみならずライブでは日常的に斬りまくってたのがアメリカのパンク・バンド、プラズマティックスだ。
「1977年にニューヨークで結成」などと紹介されているが、いわゆるニューヨーク・パンクとして取り上げられる事はあまりないから、きっと仲間はずれだったんだろう(テキトーに書いただけで詳細は不明)。キワモノだしね。
ウェンディ・O・ウィリアムスという裸にビニールテープ貼っただけの女性ヴォーカルによる過激パフォーマンスで有名で、確か最初の頃はベーシストが日本人だった。メンバー全員「マッドマックス」シリーズのどれかに悪役としてそのまんま登場しても全然違和感ないルックスだね。
大昔、パンクが日本で最初に紹介された頃、NHKでパンクとは?みたいなドキュメンタリーがあって、そこにプラズマティックスが出てるのを見た覚えがある。ROCKHURRAHはこの頃はロンドン・パンクにしか興味なかったのでこれを見てカッコイイとは思わなかったよ。

プラズマティックスは今回の「ぶった斬る」以外にも数々の情熱パフォーマンスをやってるはずだけど。
爆走するトレーラーに乗って何百台も積み上げたTVに衝突、その後走る車の屋根の上に立ち最後は車が爆発、というような引田天功並みのパフォーマンスをスタントなしでやったのが自慢でしょうがなくて、何度も何度もその場面がフラッシュバックするビデオも残っている。うわ、一文のセンテンス長すぎたな。

この「Butcher Baby」は彼らのデビュー曲でこのライブ・ビデオも有名なもの。後の時代のセクシー系女性パフォーマーがやったような全てをすでにこの時代にやり尽くしてるな。
有名なのがこのチェーンソーによるギター解体ショーなんだが、この時はやっぱりギブソンではなくてフェルナンデスとかグレコとかにするのかね?え?そんなセコいこと考えるなって?

過激さを極めまくって、世間からはすぐに忘れ去られてしまって、最後(1998年)には自分まで拳銃自殺という幕引きでウェンディはいなくなってしまったが、もういくら過激とか言われる女性シンガーが出てきてもこれほどのセンセーショナルな人を見た後じゃ小粒にしか思わないだろうね。

それにしても毎回毎回飽きもせず、タイトルがちょっと違うだけで同じような内容の記事をよく書けるな、と自分でもマンネリ化を危惧してるよ。
そろそろ何か新しい事を考えないとな。
ROCKHURRAHも眉毛剃って山にこもって企画考えてくるか。

それではまた、خداحافظホダーハーフェズ(ペルシャ語で「さようなら」)。