好き好きアーツ!#24 Pedro Almodóvar part3

【特集した2本の映画のポスター】

SNAKEPIPE WROTE:

3回連続のペドロ・アルモドバル監督特集!
こんなに長く書き続けるのは珍しいかも?
すっかりお気に入りになってしまい、集中して鑑賞したため、自分が忘れないようにという備忘録的な意味もあるので、たまには良いか?(笑)
では早速いってみよう!

2009年の作品「抱擁のかけら」(原題:los abrazos rotos)。

14年前の事故で失明し過去を封印した脚本家のハリー・ケインは、かつてマテオ・ブランコという新進気鋭の映画監督だった。
ハリーは主演女優のレナと激しい恋に落ちるが、レナは権力のある、エルネスト・マルテルの愛人だった。
ある日、逃避行先の島で、二人を悲劇が襲う。
「抱擁のかけら」にはアルモドバル監督お得意の、映画の中で映画を撮影しているシーンが多く出てくる。
ペネロペ・クルス演じるレナは、その映画内映画「謎の鞄と女たち」の主役でもある。
いくつものウィッグを試し、カメラに向かってポーズを取るシーンが上の写真ね。
オードリー・ヘップバーン風にしたり、マダムっぽく決めたり。
まるでプロモーション・ビデオと言っても良いほど、様々なペネロペ・クルスの表情を鑑賞することができるんだよね!
ラ・ブーム」でソフィー・マルソーがデートに何を着ていこうかと、いろんな着せ替えやってたことを思い出す。
えっ、例えが古過ぎ?(笑)

映画内映画「謎の鞄と女たち」は、いかにもアルモドバル監督らしいブラック・コメディの作品でとても面白そうなんだよね。
その作品の中で恋人の元妻役でロッシ・デ・パルマも登場していたね!

14年前は映画監督マテオ・ブランコ、現在は脚本家ハリー・ケインと改名している役を演じるのはルイス・オマール
有名なスペイン人俳優で、実は書いていなかったけれど前回まとめた「バッド・エデュケーション」にも出演していたんだよね!
「バッド・エデュケーション」では元神父で、現在は出版社に勤める編集者で、愛に生きる役だった。
「抱擁のかけら」でも監督から脚本家になり、やっぱり愛に生きる役どころ。
映像世界では致命傷といえる失明というハンデを乗り越え、道を渡らせてくれた若い女性を家に連れて来るという離れ業まで身に付けているのはさすが!
杖をついて歩いていると、女性が近寄ってきて助けるシーンは他にも出てきたので、余程女性ウケが良い男性なんだろうね。(笑)

マテオ・ブランコ/ハリー・ケインを20年来公私共に支えているのがブランカ・ポルティーヨ演じるジュディット。
ブランカ・ポルティーヨは「ボルベール」で5分刈りの印象的な役で出演していたね!
「ボルベール」ではほとんど化粧っけのない女性だったけれど、「抱擁のかけら」では映画製作会社でバリバリ働く女性という役なので、バッチリ化粧をして別人のようになっていたよ。
14年間事実を封印し、ずっと心の中に重たい塊を抱えながら辛い時間を過ごしていたジュディットを上手に演じていた。
ブランカ・ポルティーヨの笑顔が素晴らしいんだよね。
他の出演作品も観てみたいな!

ジュディットの息子ディエゴ。
マテオ・ブランコ/ハリー・ケインの手伝いをしながら、夜はクラブでDJのバイトもしている。
母子家庭で育ち、母親思いの優しい性格である。
ハリーの脚本の手伝いをしているうちに、面白いストーリーを考え出し、ディエゴの作品として完成させて良いと許可される。
その時の脚本がB級のドラキュラ映画で、いかにもアルモドバル監督らしいコメディ要素満載なんだよね。(笑)
ハリーとやりとりしながらストーリーを決めていくシーンは、もしかしたらアルモドバル監督自身が実際に誰かと話ながら脚本を書いている過程と重なるのかもしれないね。
演じていたのはタマル・ノバス
最近はスペインのテレビで活躍しているようだ。
それにしてもディエゴ、出生の秘密を明かされて驚いてたけどさ。
もっと早く気付かないかね?(笑)

実業家エルネスト・マルテルの嫉妬深さと所有欲は、見ていてゾッとするほどである。
お金持ちなので、金に物を言わせて、なんでも自分の思い通りになると信じているのだろうか。
ビートルズじゃないけど「can’t buy me love」なんだよねえ!(笑)
ペネロペ・クルス演じるレナを秘書として雇っていた時から、きっと狙ってたんだろうなあ。
レナの父親を助け、恩を感じさせ利用し、愛人にしたのだろう。
その部分はキチンと描かれていなかったので、予想だけどね。
「おまえを抱けるなら死んでも良い」
なんて言われたレナが余計に引いちゃうのも納得だよね。(笑)
本物の愛に出会えないかわいそうな役を演じたのはホセ・ルイス・ゴメス
スペインのベテラン俳優のようで、いくつもの賞を受賞しているみたい。
初老の、嫌らしい役を成り切って演じていたのはさすがだね!

エルネスト・マルテルの息子エルネスト・マルテル・ジュニア。
金持ちの息子なのに、どうしてこんなにオタクっぽい雰囲気にしたんだろうね。(笑)
父親からの命令は絶対だったようで、映画撮影に行く愛人レナの様子を一部始終記録する役目である。
映画関係者から邪魔者扱いされながらも、全く気にすることなく撮影を続ける根性の持ち主。
14年後にはまるで別人になり、名前も変えて登場するんだけど、インパクトがあるのはこのオタク姿なので、こっちの写真だけ採用してみたよ!(笑)
演じていたのはスペインの俳優で監督でもあるルーベン・オチャンディアーノ
他の作品でのルーベンは知らないけれど、ここまで変態っぽい役はあんまりないんじゃないかな?
事故現場を発見した時の女の子っぽいしぐさが忘れられない。(笑)

スペイン版室井滋と呼びたいロラ・ドゥエニャスも「ボルベール」に引き続き出演していたよ!
エルネスト・マルテル・ジュニアが記録してきたフィルムは無音声映像だったため、何を喋っているのか解らない。
そのためエルネスト・マルテルは唇の動きから会話を再現するために、技術を持つ女性を自宅に招き愛人レナの状況を理解しようとするのである。
映像だけではなく、全てを掌握しておきたいという強い所有欲の表れだよね!
この読唇術を行う女性がロラ・ドゥエニャス。
レナと監督の会話をメモを元に映像に合わせて吹き替えるシーンは、会話が生々しいだけに非常に面白かった。
吹き替えながら隣で硬直するエルネスト・マルテルをチラチラ気にしながらも、再現していく場面はロラの演技力が光るね!

失明したハリー・ケインの現在と、14年前の映画監督だったマテオ・ブランコを2つの時代で描き、更に映画内映画のシーンも登場する時間軸が絡まった映画である。
14年前の情熱的な愛から現在の穏やかな愛への変化に安堵したのはSNAKEPIPEだけではないだろう。
ヘアメイクのオネエキャラや脚本を構想するシーン、「謎の鞄と女たち」などにアルモドバル色は充分出ていたけれど、鑑賞した中では毒があまり強くない映画だなと思った。
アルモドバル監督、ちょっと落ち着いたのかな?
すっかり油断していたためか、次の「私が、生きる肌」でまたもや仰天させられてしまったのである。

私が、生きる肌」(原題:La piel que habito)は2011年の映画である。

最愛の妻を亡くして以来、完璧な肌の開発研究に打ち込む天才形成外科医のロベル・レガルは、ある人物を監禁して禁断の実験に取り掛かる。
幽閉されているのは一体何者なのか?
どのような宿命のもとでロベルと巡り合ったのか…。

「私が、生きる肌」の主役である形成外科医のロベル・レガル。
広い邸宅はそのまま病院としても機能しているので、自宅で手術を行うことができる。
まるでブラックジャックだよね。(笑)
そして実際手掛けているのもブラックジャック並にびっくりするような高い技術力を要求される手術である。
遺伝子操作をする倫理的に問題がある実験も、目的のためには実施する。
禁断の実験に足を踏み入れるのに躊躇しないのも納得できてしまうね。

ロベル・レガルが学会で実験結果を発表するシーンで、学会の会長として登場していたのは、「抱擁のかけら」で実業家として出演していたホセ・ルイス・ゴメス。
やっぱり地位のある役柄が似合うなあ! (笑)

ロベル・レガルを演じていたのはアントニオ・バンデラス
一番初めにバンデラスを知ったのはロバート・ロドリゲス監督の「デスペラード」かな。
あの映画の馬鹿馬鹿しいアクションシーンが大好き!(笑)
バンデラスはペドロ・アルモドバル監督作品で俳優業をスタートさせ、初期のアルモドバル監督作品の常連だったことは今まで知らなかったよ。
バンデラスにとっては久しぶりに古巣に帰ったような気分という感じかな?

ロベル・レガル邸に幽閉されているベラ・クルス。
どうして監禁状態にあるのか、ベラ・クルスの正体は誰なのかということについては映画の核心部分なので、謎のままにしておこうね!
ベラ・クルスは白を基調とした広い部屋の中で、ヨガをしたり布を使った作品を作ったり、本を読んで一日を過ごしている。
作品を作るために参考にしていたのがルイーズ・ブルジョワの作品集だった。
何故この名前に聴き覚えがあるんだろうと調べてみると、六本木ヒルズにある巨大な蜘蛛の彫刻の作者だったんだね!
彼女の布を使った作品は、かなり不気味な雰囲気で興味あるな!

ベラ・クルスを演じていたのはエレナ・アナヤ
「トーク・トゥ・ハー」にも出演していたようだけど、どのシーンだったんだろう?
アルモドバル監督作品に出る女優は体当たりの演技が要求されることが多いけれど、エレナも本当に手術された人物のように見えたよ。
映画の中でのほとんどを全身タイツ姿でいるってすごいよね!(笑)
そしてこの全身タイツのデザインがジャン・ポール・ゴルチェだったとはびっくりだよね!

ロベル・レガル邸での家政婦、マリリア。
ロベルのことを赤ん坊の頃から育てているため、ほとんと家族と同じ扱いである。
マリリアの料理こそがロベルにとって、母の味といったところか。
ロベルのことを全て知り尽くしているので、使用人といえども忠告を与えることもある。
「女には注意しなさい」
ロベル、ちゃんと聞いておけば良かったのにね!

マリリアを演じていたのは、「オール・アバウト・マイ・マザー」ですっかりお馴染みのマリサ・パレデス
あの時は大女優の役だったのに、今回は家政婦!
お手伝いさんの制服もマリサ・パレデスが着るとファッショナブルに見えちゃうのは、さすがだよね!(笑)

家政婦マリリアの息子、セカ。
幼少の頃から悪事に染まり、強盗を働き警察に追われる身になっている。
カーニバルの衣装で変装し、正体を暴かれないようにして母親であるマリリアがいるロベル・レガル邸にやってくるのである。
警察に追われた身内が匿って欲しいと訪ねてくるシチュエーションは「キカ」にも出てきたよね!
その後の展開もほとんど同じ!(笑)
セカの登場により、平穏だったはずのロベル邸は変化してしまうのである。

セカを演じていたのはロベルト・アラモ
多くの映画に出演しているみたいだけど、トラの変装しか知らないと、他の作品でロベルトを発見するのは難しいかも?(笑)

ペドロ・アルモドバル監督特集part1に書いたけれど、一番初めに鑑賞したのが「私が、生きる肌」だったんだよね。
「なんだ、この話は?!」
と展開に仰天してしまったROCKHURRAHとSNAKEPIPE。
これは本当に復讐なんだろうか?
ロベル・レガルのねじ曲がった倫理観は理解し難いなあ!

yahoo映画に載っているリンチ評論家滝本誠氏の解説によれば

原作を未読であれば幸い、これは観てから読むべき典型例だ。
ラストは小説の方がドス黒くキメている。

 

とのこと。
もしかしたら仰天するのは原作のほうなのかもしれないね?
フランス人作家ティエリー・ジョンケの「蜘蛛の微笑」 も読んでみたいね!(笑)

3回に分けて特集してきた7本のペドロ・アルモドバル監督の作品だけれど、やっぱりどうしても初期の作品も観たい!と熱望してしまう。
近所のレンタルDVD屋には見当たらないのが残念でならない。
と思っていたら、宅配レンタルの中に発見することができたんだよね!(笑)
5本レンタルして、すでに鑑賞済。
せっかくなので、鑑賞できた5本についても簡単にまとめてみたいと思う。
次回のアルモドバル監督特集もお楽しみに!

好き好きアーツ!#23 Pedro Almodóvar part2

【赤色が目に焼き付く2本の映画のポスター】

SNAKEPIPE WROTE:

ROCKHURRAH RECORDSがこよなく愛する80年代、同性愛をテーマにした映画が話題になっていたことを思い出す。
1983年公開の「戦場のメリークリスマス」、坂本龍一作曲の有名なテーマソングも懐かしいねえ!
「戦メリ」って言ってたよね。(笑)
1984年に公開された「アナザー・カントリー」は、略して「アナカン」などと呼ばれてたっけ。(笑)
1987年公開の「モーリス」も同様に男性の同性愛をテーマにした作品だった。
パッと思いついた80年代の作品を挙げてみたけど、それ以降の年代にも似たテーマの映画はたくさんあるよね。
少女漫画の世界では、例えば竹宮 惠子の「風と木の詩」などが代表的だと思うけれど、少年達の同性愛の世界が美しいものとして描かれているのを読んだ経験のある女性は多いと思う。
SNAKEPIPEの子供時代から、意外と慣れ親しんでいる同性愛というテーマ。
ペドロ・アルモドバル監督の2004年の作品「バッド・エデュケーション」(原題:La Mala Educación)も、前置きと同じように同性愛がテーマになっているのである。
※鑑賞していない方はネタバレしてますので、ご注意下さい。

まずはあらすじから書いていこうか。

若き映画監督エンリケのもとに、かつての親友・イグナシオを名乗る男がやって来る。
舞台俳優だというその男は、自らがしたためた脚本を手渡して去っていった。
幼い頃の面影が全くないイグナシオに、エンリケはとまどいながらも脚本を読み進める。
そこには、エンリケが少年時代を過ごした神学校での悲しい記憶が描かれていた。

この映画はかつて保守的な神学校で少年時代を送ったペドロ・アルモドバル監督の自伝的映画と称されているらしい。
映画の舞台は1980年のマドリードで監督役のエンリケの年齢が27歳、そして16年前には神学校にいた設定になっているので、 1964年に10歳の少年だった計算だね。
ペドロ・アルモドバル監督は1951年生まれとのことなので、1964年には12、3歳だったのかな。
完全に一致はしていないけれど、ほぼ体験した年代と同じ時代を舞台にしていると言って良いだろうね。

「バッド・エデュケーション」の見どころの一つは主役のイグナシオを演じるガエル・ガルシア・ベルナルの七変化だと思う。
ガエル・ガルシア・ベルナルは「アモーレス・ペロス」や「ブラインドネス」で観たことのある俳優だけれど、今回の変身ぶりには驚かされる。
上の3枚の写真はいずれもガエル・ガルシア・ベルナル。
一番左は女装して、クラブでショーを行っているシーン。
言われなければ分からないほど、本当に女性に見えてしまう完成度の高さ!(笑)
真ん中も女装で、ハイヒールを見事に履きこなしているのがすごい!
SNAKEPIPEはヒールの靴って履かないから、感心してしまったよ。(笑)
後ろ姿は完全に女性そのものだけど、正面からだとちょっとゴツいかな?
一番右は学生役なので、少年っぽさを残したような雰囲気に変えている。
本当はもうひとつスッピンの(?)青年役があるんだけど、それは普段通りなので写真掲載にはしなかった。
よくもここまで1本の映画の中でスタイルを変えて演技したよね!
ガエル、頑張ったで賞って感じだね。(笑)

もう一人の主演は映画監督のエンリケ。
この設定は前述したように、ペドロ・アルモドバル監督の分身的な存在だと思われる。
3本の映画により成功している27歳の映画監督という役柄。
最近引っ越したという自宅が素晴らしいのよ!
プール付きの一軒家で、一人で住むには広すぎる程の贅沢な空間が羨ましかった。
演じていたのはフェレ・マルティネスというゴヤ賞新人賞を獲ったことのあるスペインの俳優である。
この俳優がノン気なのか、そうじゃないのかは不明だけど、映画の中では目つきやしぐさがそっち系になっていて、本物の同性愛者に見えたよ!
ペドロ・アルモドバル監督の前作「トーク・トゥ・ハー」にも出演してたみたいだけど、どのシーンに出演してたんだろうね?

本筋にはほとんど関係ない役だけれど、SNAKEPIPEが最も注目してしまったのが、パキートという役を演じていたハビエル・カマラ
「トーク・トゥ・ハー」では療養士の役だったのに、今回は女装姿で登場よ!(笑)
アラブっぽい音楽に乗ってダンスしてるんだけど、全然リズム感がなくて、ショーとはいえない出来栄えなのに拍手を強要するパキート。
そのムチムチした肉体を強調するように、ピチピチした服を着ているところも素晴らしい!
ニューハーフのお姉さん達がいるクラブに、必ず存在するお笑い担当みたいな感じね。
さすがはハビエル・カマラ、おネエ役も上手に演じていたよね!
こっそりと応援してます!(笑)

「バッド・エデュケーション」は16年前の神学校での出来事が発端となっている映画なので、過去に遡った映像も出てくる。
写真左が少年時代のイグナシオ。
ボーイソプラノの美しい歌声を披露する。
色白でお目目パッチリの少年で、おとなしい性格である。
神学校の神父から思いを告白されてしまう、という役である。
写真右がエンリケの少年時代。
ワンパクで元気な男の子らしい少年である。
27歳のエンリケは「イグナシオは初恋の相手」と語っていたので、目と目で通じ合い、一目で恋に落ちたようだ。

「バッド・エデュケーション」は1980年の現在、新学校時代、フィクションのシーンと、それぞれの映像がバラバラに組み合わされているので、ちょっと戸惑うこともある。
何が本当なのか解らなくなっちゃう感じなんだよね。
サスペンス的な要素も含まれている映画なので、ネタバレしないようにここまでしか書かないことにしよう。(笑)

最後にもう1点だけ。
「バッド・エデュケーション」はオープニングのタイトルバックがとてもカッコ良いの!
いくつかのシーンを切り取って、少し細工したのが上の画像。
赤と黒と白の3色だけを使った、印象的な映像でうっとりしてしまうよ!(笑)

続いては2006年の「ボルベール(帰郷)」(原題:Volver)について書いてみよう。

スペイン中部に位置する乾燥していて東風が強いラ・マンチャで、火事により両親を失ってしまったライムンダ。
普段はマドリードで生活しているライムンダは姉ソーレと娘のパウラとともに、両親のお墓の掃除のため定期的に地元に戻り、伯母の家に立ち寄るのが習慣になっている。
里帰り以外の日は、夫と娘のために日々忙しく働いている。
ある日、失業してしまったライムンダの夫パコは、情緒不安定になり事件を引き起こすきっかけを作ってしまう。
一方そのころ、ライムンダの姉ソーレの元には伯母の急死の報が届く。
葬式のため亡き伯母の家に到着したソーレは、信じられない光景を目の当たりにするのだった…。

「ボルベール」は主演のライムンダ役を演じたペネロペ・クルスを含む女優6名に対してカンヌ国際映画祭女優賞が贈られた映画だという。
1950年代には1本の映画に出演した女優複数人が女優賞を受賞したこともあるみたいだけど、60年代以降にはなかったみたい。
それぞれの女性を演じ切った賜物だろうね!
それでは、その6名の女性にスポットを当ててまとめていこう。

「ボルベール」の顔、主演のライムンダ。
気性が激しく自己中心的な性格。
家族のために空港で掃除を一生懸命やるようながんばり屋でもある。
もし本当にペネロペ・クルスが空港で掃除してたり、食堂で働いてたらびっくりしちゃうだろうね。(笑)

夫と娘との3人暮らしだけれど、夫への愛情は薄い。
ラ・マンチャで一人暮らしをしている、母親の姉である伯母のパウラを引き取って面倒をみたいとまで思っているような優しい一面も併せ持つ。
「そのためには夫が邪魔だわ」
なんてセリフもあったしね!

ご近所付き合いも良好で、気軽に頼み事ができる女性達が何人もいる。
買い物してきたばかりの食材を譲ってもらうエピソードが面白かった。
事後処理もご近所さんの協力で一件落着!(笑)
観ているほうがハラハラしてずさんに感じたんだけど、スペインではアリなのかな?(笑)

演じていたのはペネロペ・クルス。
「オール・アバウト・マイ・マザー」でのほとんどすっぴんだった役とは違い、ライムンダ役は化粧や胸の谷間バッチリの女っぷりを意識してまるで別人だね!
映画の中でタンゴの「Mi Buenos Aires querido(ボルベール)」を歌うシーンがあるんだけど、ちょっとハスキーなペネロペ・クルスの歌声はなかなか良いね!

ライムンダの姉、ソーレ。
「隠れ美容室」を自宅で行っている。
そのため様々な人の出入りがある家で、またここでもペドロ・アルモドバル監督お得意の女同士の他愛のない会話を聞くことができるんだよね。(笑)
ソーレは温和で責任感が強く、いわゆるお姉さんタイプの性格である。
妹であるライムンダの我儘も充分知った上で、うまく付き合っているんだよね。
どうしてこんなに良い女性なのに、夫に逃げられてしまったのか不思議!
この女優は、「トーク・トゥ・ハー」でも夫に逃げられた看護士の役だったんだよね。(笑)
ソーレを演じていたのはロラ・ドゥエニャス
たまに室井滋に似て見えてしまうのはSNAKEPIPEだけかな?(笑)
ロラ・ドゥエニャスは他にもペドロ・アルモドバル監督作品に出演していて、新作「I’m So Exiited」にも登場しているみたいだね。

ライムンダの娘、パウラ。
15歳の女の子なので、携帯電話を手放さないイマドキの子である。
反抗期でも母親のライムンダになついていて、手伝いもするし、お墓の掃除も一緒に行く良い子である。
もしかしたら母親よりも常識人かもしれないと思うほど、大人びてもいる時もある。
それなのに、まさか人生が変わってしまうほどの大事件を起こすことになろうとはね!

演じていたのはヨアナ・コボ
1985年生まれとのことなので、「ボルベール」の時には実際は19歳か20歳だったみたいよ。(笑)
確かにそう言われてみれば、落ち着いていて、あまり少女らしくなかったような気もしてくるよね。

ライムンダとソーレの母親、イレーネ。
ライムンダの娘パウラからみたらお祖母ちゃん。
「お母さんはお父さんの腕の中で死ねたんだから、幸せだったのよ」
とライムンダが墓参りの時に言ったセリフである。
夫婦のことは夫婦にしか分からない、というのは世間で言われることだけど、母イレーネの本心はどうだったんだろう?

演じていたのはカルメン・マウラ
ペドロ・アルモドバル監督作品の常連とのこと。
残念ながらアルモドバル監督の初期の作品は今のところ未鑑賞のため、今回が初カルメン・マウラとなった。
目鼻立ちがハッキリしていて、舞台でも映えそうな顔立ちだね。

イレーネの姉、パウラ。
ライムンダとソーレにとっては伯母である。
若い頃のライムンダと一緒に暮らしたことがある。
そのためライムンダのことだけは認識できるけれど、ソーレや娘のパウラのことは忘れてしまうほど、認知症が進行している。
目もほとんど見えず、杖をついても歩くのが困難なほどに体調も悪い。
墓参りに来た姪を迎え、お菓子のお土産を用意している。
「パウラ伯母さん、見えない目でどうやって作ったの?」
ライムンダが疑問に感じるのも無理はないよね。

演じていたのはチュス・ランプレアベ
1930年生まれというから「ボルベール」の時に76歳くらいなのかな。
初期の頃からのアルモドバル監督作品の常連で、「トーク・トゥ・ハー」にも出演していたみたいだよ?
どのシーンだったんだろう?

パウラ伯母さんの家の向かいに住んでいるアグスティナ。
6人の中でアグスティナだけが血縁者ではないけれど、ずっと同じ土地に住んでいて、親戚以上にお互いを知り尽くしている関係である。
一番初めに墓掃除のシーンでアグスティナが登場した時には「5分刈りの女性!」とびっくりして、目が釘付けになってしまった。
いやあ、憧れるなあ!
一度はやってみたい髪型なんだよね。(笑)

アグスティナは、母親が村で唯一のヒッピーで高級プラスチックでできたアクセサリーを身に付けていたことを自慢する。
プラスチックに高級ってあるのかな?(笑)
そしてアグスティナ自身も、自宅で大麻を栽培しマリファナを吸ってるんだよね。
マリファナ吸うと食欲が出るらしく、アグスティナにとっては健康法らしい。
もっと特徴的なのは、挨拶として頬をよせると、
「チュッ、チュッ、チュッ、チュッ、チュッ」
って大きな音を出しながらキスをするところ!
熱烈さを表現しているのかもしれないけれど、びっくりしちゃうよね!(笑)

なんとも印象的なアグスティナを演じていたのはブランカ・ポルティーヨ
次回取り上げる「抱擁のかけら」でも重要な役を演じている女優である。

以上の6名がカンヌ国際映画祭女優賞を受賞した女優陣である。
祖母、母、娘という3代に渡る女達の歴史を、日常的な視線でみせながらも人間ドラマに仕上げた作品という感じかな。
どうやらラ・マンチャというのは田舎なので、昔から迷信が信じられてきたような土地らしい。
迷信深い田舎で起こる不可解な事件といえば、横溝正史などが有名だけど、閉鎖的な土地での人間の行いというのは、世界各国共通なのかもしれないね。

憎しみや愛情は特に血縁関係者だからこそ余計に強く感じるのかもしれない。
近親憎悪という言葉もあるくらいだからね。
その憎しみが溶解した時、感情はいっぺんに愛情へと向かうようだ。
今まで理解し合えなかった、空白の時間を取り戻そうとするのかのように。

アレハンドロ・ホドロフスキーの著書「リアリティのダンス」の中にサイコ・セラピーを行う時、悩みを抱えている人の家系図を描かせると記述されている。
自分の両親、またその両親や兄弟について名前や性格など分かる範囲の、できるだけ細かい情報を持ってくるようにと言うらしいのだ。
これは、その家系で代々伝わっている(意識・無意識両方共の)信念や教育方針などを知り、それらを分析することで悩みの解決につながるというものだった。

家庭内暴力を繰り返す父親を持った娘が、同じ傾向の男性と結婚してしまうような話はよく耳にする。
家族の環境、習慣や教育が子供の成長過程に重大な影響を及ぼしている結果、ということになるのかな。
そういった血縁同士の濃い因果関係を、性と生と死を通して描いたのが「ボルベール」なんだね。
女性の強さやたくましさが充分に表現されていたと思う。
「ボルベール」もまた「女性賛歌」の作品だね!

ペドロ・アルモドバル監督の第2回目は以上の2本にしておこう。
残り2本はまた次回に特集する予定。
どうぞお楽しみに!

好き好きアーツ!#22 Pedro Almodóvar part1

【今回特集した映画3本のポスター】

SNAKEPIPE WROTE:

先日「映画の殿 第3号」にも書いたように、週に3本程度の映画鑑賞をしているSNAKEPIPEとROCKHURRAH。
最近は特に映画監督で選んで鑑賞していなかったけれど、ある1本の映画がきっかけでお気に入りになってしまった監督がいる。

友人Mも映画鑑賞が好きで、面白かった映画を薦めてくれることがある。
「『私が、生きる肌』を観て、どう思うか感想を教えて」
という連絡があったのはもう何ヶ月も前のことだ。
言われるままにレンタルしてきて、鑑賞し終わり、
「なんでそうなるの?」
という萩本欽一じゃないけれど、ヘンな感想を持った。
話の展開が普通じゃないのよ!(笑)
この映画の監督はスペイン人のペドロ・アルモドバル
変わった映画を撮る監督だなあ、他の作品も観たいなあと思ったのである。
次に観たのは「キカ」。
これもまた不思議な展開の映画だった。
この頃にはもうペドロ・アルモドバルに興味津々になっていた。

調べてみると、話題になった「オール・アバウト・マイ・マザー」は当時映画館で鑑賞していたSNAKEPIPE。
でもすっかり内容を忘れてるんだよね!(笑)
観たことがないというROCKHURRAHと一緒にレンタルできるペドロ・アルモドバル監督の作品を全て鑑賞することにした。
今では2人共すっかり大ファンになってしまったのである。

そこでペドロ・アルモドバル監督について「好き好きアーツ!」で特集してみたいと思う。
今まで鑑賞したのは7本の映画なので、数回に分けてまとめていこうかな。
鑑賞した順番ではなく、作品の製作順に書いていこう!
※鑑賞していない方はネタバレしてますので、ご注意下さい。

キカ」 (原題:Kika)は1993年のスペイン映画である。
簡単にあらすじを書いてみようか。

気だてがよく行動的な主人公キカはメイクアップ・アーティスト。
年下のハンサムで少し変わり者のカメラマン、ラモンが恋人である。
そこへ彼の義父の放浪作家が二人の前に現われる。
キカはこのちょっとだらしのない義父に魅かれてしまう。
更に“今日の最悪事件”なる報道番組を持つTVレポーターのアンドレアが絡んできて、匿名で送られたビデオなどからある事件の真相を暴いていく。

この文章だけでは内容がよくわからないし、この映画の奇天烈さを表現しているとは思えないんだけどね。(笑)
「キカ」の魅力はその登場人物のキャラクターが立っているところにあると思う。

主人公であるキカが左の写真。
恋愛を語る主演女優にしては、ちょっと年齢が上のような印象を持つ。
この写真からも判るように、うつみ宮土理に似てるんだよね。(笑)
チャキチャキ行動し、弾丸のように話し続けるところもソックリ!
まさかあんなシーンでも喋りまくるとはね!
陰惨なシーンになるはずなのに、笑ってしまうとは思わなかったな。(笑)
その明るさのおかげで(?)メイクアップアーティストとして成功しているようだ。
ショーをいくつもかけもち、メイクアップアーティスト養成講座の講師としても活躍しているキカ。
プライベートも順調で、年下の恋人と暮らしながらも、上の階に住んでいる恋人の父親とも二股の関係を持っているから驚いちゃうよね!
メイクアップアーティストという職業柄なのか、登場する度にヘアスタイルが変わっていたことにも注目!
キカ役はヴェロニカ・フォルケ、1955年マドリッド生まれ。
1984年のペドロ・アルモドバル監督作品「グロリアの憂鬱」にも出演しているらしい。
ということは、「キカ」の時に38歳くらい?
うーん、もっと年上に見えたのはSNAKEPIPEだけだろうか。(笑)

キカの家でメイドをしているフアナことロッシ・デ・パルマ
一番初めに登場した時から
「ピカソみたいな顔!」
と大注目してしまった。
長い顔に曲がった鼻。
かなり個性的な面構えだから、役者としてはもってこいの風貌だよね。
羨ましいと感じる人も多いかもしれない。
ところがロッシ・デ・パルマは、元々女優志望じゃなかったみたいだね。
wikipediaによれば、カフェで歌っていたところをペドロ・アルモドバル監督に見出されたとのこと。
監督が一目惚れするのも納得だよね!

「口髭を生やす権利が女性にもある」
などと堂々と発言するレズビアンという役どころ。
顔だけじゃなくて、強烈な印象を残すおいしい役だったね、ロッシ!(笑)
ロッシ・デ・パルマは他にも何本ものペドロ・アルモドバル作品に登場しているよ!

ペドロ・アルモドバル監督の作品には劇中劇のような、テレビから流れてくる映像が取り入れられているパターンが多いんだけど、「キカ」の中に出てきたテレビ番組が「今日の最悪事件」という報道番組だった。
その司会、進行、取材全てを一人で請け負っているのが写真左のアンドレア。
アンドレアが着ていた衣装がジャン・ポール・ゴルチェのデザインによるもので、それも話題だったようだ。
ジャン・ポール・ゴルチェといえば、80年代に一世を風靡したデザイナーだよね!
SNAKEPIPEも小物類を手に入れて喜んでたっけ。(笑)
さすがはゴルチェ、アンドレアの衣装も驚くような奇抜さと美しさが同居した素晴らしいデザインだった。
アンドレアの番組は、残酷なシーンもノーカット、プライバシーを一切無視した作りになっていて、通常は放送禁止なはず。
もし本当にそんな番組があったら、一部に熱狂的なファンができそうだけどね?
SNAKEPIPE?
もちろん大ファンになると思うよ。(笑)
この役を演じているのがスペインの女優ビクトリア・アブリル
公式HPではゴルフ場でゴロゴロしてるんだけど、どういう意味かね?(笑)

「キカ」は強烈なキャラクターの女優陣に加えて、ミステリー要素や愛憎劇などが入り混じった極彩色の映画だった。
この色彩をケバケバしいと感じるか、もっと強い毒を欲するかは個人の好みの問題だろうね。
SNAKEPIPEとROCKHUURAHは更なる毒を求めることにしたのである。

次は1999年の作品「オール・アバウト・マイ・マザー」(原題:Todo sobre mi madreである。
前述したように、公開された時に映画館で鑑賞していたSNAKEPIPE。
アカデミー外国語映画賞を受賞したこともあり、当時は大変話題だったと思う。
ところがすっかり内容を忘れてしまっていたので、改めて鑑賞し直すことにした。
およそ13年ぶりに鑑賞したけれど、全然覚えてなかったんだよね!
記憶力の低下が激しいなあ。(笑)
もしかしたら「オール・アバウト・マイ・マザー」は、ある程度年齢がいってから観たほうが良い映画なのかもしれない。(言い訳)
また簡単なあらすじから書いてみようかな。

17年前に別れた夫に関して息子から問われた母マヌエラ。
長い間隠していた夫の秘密を話そうと覚悟を決めた矢先、彼女は息子を事故で失ってしまう。
息子が残した父への想いを伝えるため、マヌエラはかつて青春を過ごしたバルセロナへと旅立ち、そこで様々な女性たちと知り合うのである。

「オール・アバウト・マイ・マザー」の主役、マヌエラ。
あらすじにも書いたように、女手ひとつで息子を育てている。
職業は移植コーディネーター。
事故に遭った息子から臓器を提供するシーンは、観ていて辛くなるほどだった。
いつまでも息子の死から立ち直れないままのマヌエラだったけれど、ひょんなことから息子の事故の原因となった舞台女優の付き人になってしまう。
こんな偶然はそうそうないだろうけど、何故だかスペインだったらアリかもと思ってしまうのはSNAKEPIPEだけだろうか。
マヌエラは人助けが得意で、とても親切な女性だ。
どんな逆境にもめげず、そして人を許すことができる寛大さに勇気づけられる。
演じているのはアルゼンチン出身の女優セシリア・ロス
アルモドバル監督作品の初期から出演している常連とのこと。

マヌエラのかつての仲間、整形手術を施したゲイのアグラード。
整形はしていても性転換手術はしていないという設定である。
ものすごく上手に演じていたので、てっきり本物のそちらの方なのかと思いきや、実際は女性だったと知った時には驚いた!
この女優さんもロッシ・デ・パルマと同じように鼻が曲がっていて、個性的な雰囲気なんだよね。
演じていたのはアントニア・サン・フアン
公式HPはスペイン語での表記なので、はっきりは分からないけれど、もしかしたら絵も描いているのかも。
女優だけじゃなくて監督もしているらしいので、アーティスティックな方なのね!

マヌエラが付き人をやることになった舞台女優がウマ・ロッホ。
ウマとは煙のことでベティ・デイヴィスに憧れて始めたタバコの煙から芸名を付けたというほどのヘビースモーカーである。
ウマ・ロッホは共演している年下の女優に夢中になり、心をかき乱されている。
「キカ」にもレズビアン役が出てきたけれど、ここでも同性愛者が登場だね。
1960年代から活躍しているマリサ・パレデスは、この映画の時に53歳くらいだったのかな。
いかにも大物女優という雰囲気が似合っていて、とてもキレイだった。

シスター・ロサはお金持ちの家に生まれながらも、ボランティア活動にいそしむ女性である。
ところがその分け隔てのない行動が、ロサを不幸にしてしまうとは残念だ。
ロサの父親は認知症のようで、妻以外の区別がついていないようだ。
娘であるロサに会っても
「年齢は?身長は?」
という意味不明の質問をするところが印象的だった。
それを聞いてどうするつもりなんだ?って。(笑)

ロサ役を演じたのはペネロペ・クルス
恐らく現在のスペイン人女優の中での知名度はナンバーワンなんじゃないかな?
スペインだけじゃなくて、ハリウッド映画にも出演してるし、次回のボンドガール候補なんて記事もあったしね!
その栄光のきっかけになったのが「オール・アバウト・マイ・マザー」でのロサだったみたい。
ペドロ・アルモドバル監督とは前作の「ライブ・フレッシュ」に出演していたようなので、「オール・アバウト・マイ・マザー」が2作目になるのかな。
それ以降もペドロ・アルモドバル監督作品の常連として、様々な役を演じているね。

それぞれの女性が何かしらの悩みを抱えながらも、たくましく生きている姿を描いた映画なんだよね。
登場人物がみんな個性的なので、単なる感動物語ではないところがポイントかなあ。
ペドロ・アルモドバル自身が同性愛者とのことなので、性差について作品を通して訴えているのかもしれない。
Wikipediaによると映画評論家のおすぎは「生涯のベスト1映画」にしているらしい。
共感できる部分が多かったからなのかもしれないね?

映画の最後に出てきた言葉を書き写してみよう。

ベティ・デイヴィス、ジーナ・ローランズ、ロミー・シュナイダー。
女優を演じた女優たち
すべての演じる女優たち
女になった男たち
母になりたい人々
そして私の母に捧げる

これらの言葉からも「女性」に向けて作られた映画だったことが解るよね。
そして「オール・アバウト・マイ・マザー」がペドロ・アルモドバル監督の女性賛歌3部作と呼ばれる1作目になったんだね。


続いては2002年の作品「トーク・トゥ・ハー」(原題:Hable con ella
また簡単にあらすじを書いてみようか。

交通事故のため昏睡状態のまま、病室のベッドに横たわる女性アリシア。
4年もの間、看護士のベニグノは彼女を世話し続け、応えてくれないことが判っていても、毎日アリシアに向かって語り続けていた。
一方、女闘牛士のリディアもまた競技中の事故で昏睡状態に陥っている。
彼女の恋人マルコは突然の事故に動転し悲嘆にくれていた。
そんなベニグノとマルコは同じクリニックで顔を合わすうちいつしか言葉を交わすようになり、互いの境遇を語り合う中で次第に友情を深めていくのだった。

「トーク・トゥ・ハー」での主役は、ペドロ・アルモドバル監督作品には珍しく男性である。
映画はパフォーマンスを鑑賞しているシーンから始まる。
これはピナ・バウシュというドイツ人バレエ・ダンサーの代表作「カフェ・ミュラー」で、ご本人が踊っていたらしい。
映画の最後のほうにもパフォーマンスの舞台が出てくるんだよね。
バレエやパフォーマンスに不慣れなSNAKEPIPEは難解だったなあ!
ところがそのパフォーマンスを鑑賞しながら涙を流していたのが、主役の一人であるマルコである。
非常に感受性が豊かで、過去の出来事と鑑賞しているアートを結びつけて悲しみにくれてしまう。
職業はジャーナリストで、海外旅行ガイドなども執筆して生計を立てているようだ。
「トーク・トゥ・ハー」の中で何回も泣いてしまう涙もろさ!
男性俳優でここまで泣く演技を観たのは「殺し屋1」以来かも?(笑)

演じていたのはアルゼンチンの俳優、ダリオ・グランディネッティ
アルゼンチンでは有名な俳優だそうで、いくつもの賞を受賞している経歴の持ち主とのこと。
かなり頭髪が薄めの方なんだけど、東洋人と違って堂々としているせいか、とても知的に見えるんだよね!

もう一人の主役は介護士のベニグノ。
ややぽっちゃり気味の体型と、角度によっては二重顎になってしまう丸い顔は、主役にしては珍しいタイプかも?
それが逆に目立って、SNAKEPIPEは目が釘付けになってしまった。 (笑)
もしかしたらペドロ・アルモドバル監督がちょっと似た体型なので、自己投影させた分身的な意味での配役なのかもしれないね。
ベニグノは15年間ずっと母親の介護だけをして青春時代を過ごしてきた、ちょっと変わった経歴の持ち主。
その時に介護以外にも美容に関する技術を習得し、介護士として病院に勤務するのである。
演じていたのはハビエル・カマラ
「トーク・トゥ・ハー」以外にもペドロ・アルモドバル監督作品には多く出演している。
最新作とされる「I’m So Excited」でもハビエル・カマラが主役なんだよね!
なんだかこっそり応援したくなるタイプの俳優だね。(笑)

ベニグノの熱心な介護を受けるアリシア。
精神科医の父親を持ち、バレエ教室に通う女性である。
このバレエ教室の教師がアリシアの母親代わりをしているというほど、2人の仲は親密だ。
この教師役を演じているのがなんとチャップリンの娘なんだって!
そう、あのチャールズ・チャップリンよ!
ジェラルディン・チャップリンはロイヤルバレエアカデミーで学んだ、なんて書いてあるから本当にバレエの人だったのね。
映画デビューは「ライムライト」って、なんだか映画の歴史を勉強している気分になっちゃう。(笑)
ジェラルディン・チャップリンの首の筋は「今いくよくるよ」に負けてないね!
アリシアを演じたレオノール・ワトリングも実際にバレエをやっていたというから、付け焼刃の演技じゃないんだね。
他にもペドロ・アルモドバル監督作品に出演しているね。

マルコの恋人で女闘牛士のリディア。
闘牛について詳しくないSNAKEPIPEなので、実際にどれだけの女性闘牛士がいるのか不明だけど、比率では男性が圧倒的に多いだろうね。
闘牛士と聞いて男性を思い浮かべる人が多いはずなので、この設定もペドロ・アルモドバル監督式の性差を表しているのかな。
試合に出る前に闘牛士の衣装を着るシーンがあり、とても一人では着られないほどフィットしていて、ボタンなどは誰かに手伝ってもらわないとはめられないことを知る。
刺繍や装飾が素晴らしかった。
帽子は手編みニットみたいに見えたのは気のせいか。
今度あんな形の帽子編んでみようかな。(笑)
リディアを演じていたのはロサリオ・フローレス
引き締まった体型で、本当に闘牛士に見えてしまった。
ロサリオ・フローレスはギタリストのアントニオ・ゴンザレスを父親に、歌手で俳優だったロラ・フローレスを母親に持つ芸能一家出身とのこと。
映画デビューは6歳くらいなのかな。
闘牛士役が似合うのもなるほど、という感じだね!

「トーク・トゥ・ハー」にはまたもや劇中劇ならぬ劇中映画がある。
「縮みゆく男」というサイレント映画ということになってるんだけど、これは全くのオリジナルなんだよね。
科学者の彼女が開発した薬を飲んだ男の体が手のひらサイズにまで縮んでしまう話だった。
まるで手塚治虫の「ブラック・ジャック」に出てきた話みたいだけど、さすがはペドロ・アルモドバル監督!
映画の結末はかなり変わっていた。
そしてその映画を鑑賞したことがきっかけで、介護士ベニグノは犯罪行為に手を染めてしまうのである。

ベニグノがアリシアに、マルコがリディアに、そしてベニグノとマルコに芽生えた、それぞれの愛。
人によって基準は色々だから、もしかしたら不道徳とか不謹慎などと感じる人もいるかもしれない。
SNAKEPIPEも話の展開に「なんでそうなるの?」と、再び同じ感想を持ってしまったからね!(笑)
ただハッキリ言えるのは、そこに愛は存在していたということかな。
例えそれが一方的なものであったにしても、ね。

3本の作品についてペドロ・アルモドバル監督特集第1回目をまとめてみたよ。
SNAKEPIPEがとても気に入っているのは、作品中に登場する女性達のあけすけな会話のシーン。
確かに女同士だったら、特にスペインだったら(?)こんな会話をしてるだろうな、とニンマリしてしまうのだ。
ペドロ・アルモドバル監督は脚本も手掛けているので、自然な女の会話をよく知ってるよね!
本筋とは関係ないところで印象に残すのも、さすがだと思う。

次回の「好き好きアーツ!」もペドロ・アルモドバル監督作品特集の続きを書いてみるよ。
どうぞお楽しみに!

SNAKEPIPE MUSEUM #22 Hannah Höch

【人間と動物のハイブリッドを見事なコラージュで表現!】

SNAEKPIPE WROTE:

先日鑑賞したのは森美術館で開催されている「ラブ展」。
美術館のHPで確認したところ、目新しい作品展示がないことは知っていたけれど、一応観ておこうかということで出かけたのである。
聞いたことがある名前と観たことがある作品が並び、安心して(?)鑑賞することができた。
ジョンとヨーコの映像まで流れていて笑ってしまった。
確かに、ラブなんだけどさ!(笑)
荒木経惟の「センチメンタルな旅」をラブ展で観るとは思わなかったな。
草間彌生のニョロニョロ水玉コーナーは撮影可能だったので、同行した友人Mとお互いを撮影して楽しんだ。
まー可もなく不可もなくといった感じで、特別ブログに特集するような話題がなかったのが残念。

以前から何度も書いているように、夏休みであるこの時期には子供向け、もしくは家族向けの企画が目白押しで好みの展覧会がほとんどないんだよね。
アート鑑賞中毒気味のSNAKEPIPEは、いつもと同じようにネットで作品を検索することにした。
テーマを決めることなく観ていると、何度も「これは!」と思う作品に出会う。
そして作者を確認すると何度も同じアーティストの名前と判明する。
これはそのアーティストが好みってことだよね!(笑)
今回は何度もSNAKEPIPEの琴線に触れたアーティスト、ハンナ・ヘッヒについて書いてみたいと思う。

ハンナ・ヘッヒは1889年ドイツ生まれである。
右の写真がご本人なんだけど、少し年齢のいった小泉今日子って感じか?
1912年から1914年までベルリンのアーツ・アンド・クラフツの大学で勉強する。
この時の専攻はカリキュラム・グラス設計およびグラフィックアートだった。
1914年、第一次世界大戦の最中、学校を卒業する。
1915年、アーツ・アンド・クラフツの博物館のグラフィックス・クラスの国立研究所に入り学校教育に戻る。
この年、ベルリン・ダダで活動していたラウル・ハウスマンと知り合う。
この出会いにより、ハンナ・ヘッヒは1919年にはダダイストとして活動することになる。
ハウスマンとハンナ・ヘッヒはフォト・モンタージュという技法を開発し、作品を発表するのである。
恋人でもあったハウスマンとの関係は1922年に終わる。
1938年にピアニスト、カート・マチスと結婚するが1944年に離婚。
1978年に亡くなるまで、フォト・モンタージュの作品を作り続けていたらしい。
フォト・モンタージュで思い出すのはマックス・エルンストの「聖対話」かな。
横浜美術館で鑑賞した話は「マックス・エルンスト-フィギィア×スケープ」を参照して下さい。
あの作品が1921年だったから、まさにこの時代!
フォト・モンタージュを発明したのがハウスマンとハンナ・ヘッヒだったということは、エルンストの作品は技法を流用したということになるんだね。
いずれにしても1920年代の作品って素晴らしい物が多くて大好き!

1919年の作品「Cut with the Kitchen Knife through the Beer-Belly of the Weimar Republic」という作品が左の画像である。
タイトルを直訳すると「ワイマール共和国のビール腹を包丁で切り開く」といったところか?(笑)
どうやらハンナ・ヘッヒはベルリン・ダダの中では唯一の女性アーティストだったようで、男性達の女性蔑視を感じていたようだ。
女性解放を謳ってはいるものの、実際は口先だけだったんだね。
そのためこの作品でベルリン・ダダ・グループとドイツの社会全体の偽善を告発しているみたい。
タイトルの「キッチンナイフ」を女性の代名詞として、「ビール腹」を男性の代名詞として置き換えると解り易いね。
その時代は男勝りな性格の女性に対して称賛と女性的な役割を果たしていないという抗議の両方が存在していたというから、ハンナ・ヘッヒがフェミニズムを意識していたのも納得できる。
ハンナ・ヘッヒの作品は男性と女性の写真に更に何かを加えるという特徴があるのは、男女同権を訴える意味があるのかもしれないね。

Bauerliches Brautpaar (Peasant Wedding Couple)は1931年の作品である。 農夫の夫婦、というタイトル。
頭部と足だけという斬新なスタイル!
ミルク樽を運ぶための道具を持つ2人の手。
どうしてこんな構図を思いついたんだろう?
不思議な魅力のある作品だと思う。

ハンナ・ヘッヒのコラージュには人の顔を使った物が多い。
そしてそれらがひどく歪んでいたり、あるべき場所から故意にズレて配置されていたりして、鑑賞者をドキリとさせる。
上と左のフォト・モンタージュも両目の位置や口がズレている。
そして体に対して頭が大きい。
なんともアンバランスで、不安な感じがするんだよね。
これらの作品を観たROCKHURRAHが
「まるで福笑いだね」
と感想をもらす。
ははあ、なるほど!(笑)
日本の正月にはお馴染みのあの福笑いも、これらの作品と同じように、目や鼻がヘンな位置にくるからおかしいと笑ってしまう遊びだよね。
ハンナ・ヘッヒが実際に目隠しして作ったのかどうかは不明だけど、似た雰囲気はあるよね!
ただ福笑いとは違って、これらの作品に可笑しみは感じない。
どちらかというと内面に淀んでいたドス黒い感情が表出したような不気味さを感じてしまう。
きっとそれがハンナ・ヘッヒの個性なんだろうね。

1963年の作品「Grotesque」。
この時にはもうハンナ・ヘッヒは74歳だと思うんだけど、まだまだ現役で活動していたとは恐れ入る。
そして全然衰えない想像力と、フォト・モンタージュを使用した「若いもんには負けない」スタイリッシュな作品に驚かされる。
これもまたハンナ・ヘッヒの特徴である男女の顔を使った切り貼りがされてるんだけど、男性の片目だけ何かの動物に入れ替わってるね。
どうしてこの作品のタイトルがグロテスクなんだろう?
年配の男性と若く美しい女性の対比のせい?
いやあ、そうは言っても誰しもが年齢を重ねていくもの。
それをグロテスクと言っちゃあ酷だよね。(笑)

フォト・モンタージュをマネして作ってみようと思った場合、今だったらフォトショップなどを使用して、レイヤーを部分的に消したり、重ねたりすればなんとなくそれらしいものは作れるだろう。
表面的な技法を取り入れることは可能なんだけれど、ハンナ・ヘッヒが作っていたような作品とはまるで違うものになってしまうのがオチだ。
ハンナ・ヘッヒは雑誌などを実際に切リ抜いて、重ね付けしていた。
素材や材料の違いだけではなく、その時代の空気感を纏い、情熱の持ち方が作品に反映され、重要なエッセンスになっていたのではないだろうか。
特に戦争中の作品などは「これが最後になるかも」といったような切迫感を持ちながらの制作には鬼気迫るものがあったに違いないだろうし。
ダダのフォト・モンタージュが魅力的なのは、そういう理由もプラスされてるからかもしれないね?

「The Journalists」は1925年の作品である。
これはフォト・モンタージュではなくて油絵の作品だけど、まるで切り貼りされたような作風だよね。
ハンナ・ヘッヒはフェミニストなので、一部のパーツを巨大化して男性を皮肉っぽく描いてみせたのかもしれない。
例えば似顔絵などのイラストの世界などでは、特徴を目立たせる目的で一部のパーツをデフォルメして描いているのをよく見かけるけど、その元祖って感じだろうか。
もしかしたらその当時、本当に活躍していたジャーナリスト達だったのかもしれないね?
かなり漫画っぽく描かれた油絵もお気に入り!(笑)

1910年代から活動していたハンナ・ヘッヒは、生き辛かったのかもしれない。
世界情勢や歴史認識の知識に乏しいSNAKEPIPEは、ドイツでも男尊女卑があったという事実に驚いてしまった。
ヨーロッパでは日本よりもずっと早い時期から男女同権を掲げていると勝手にイメージしていたからね。(笑)
権利は定められていても、実際は違っていたということなんだろうけど。
もしかしたらその女性蔑視の経験が、作品制作のエネルギーになっていたのかもしれない。
そして同時に、この時代だったからこそ、これらの作品ができたとも言える。
ハンナ・ヘッヒは時代と共に、情熱的に生きた女性なんだろうね。

ハンナ・ヘッヒのような独創的でエネルギッシュなタイプの女流アーティストを知ると、元気が出てくるSNAKEPIPE。
素晴らしい作品を作っているアーティストにありがとうを言いたいね! (笑)
新たな発見があった時にはまた特集したいと思う。