時に忘れられた人々【21】情熱パフォーマンス編3

【ド派手なパフォーマンスの王者、Tenpole Tudorの勇姿】

ROCKHURRAH WROTE:

最近、ブログの記事では出番がなく、かなりのご無沙汰だったけど、久しぶりに何か書いてみるか。
何をやってたかと言うとブログをリニューアルするために奮闘・・・ってほどには大した事はしてないけど、まあそのような事を陰でやってたわけ。

ROCKHURRAH RECORDSのブログは2006年、何と10年前に始めて、その時からずっと何も変わってないんだよね。WEBの世界で10年といえばかなりの大昔、今は技術も可能性もずっと進んでるしもっと便利になっているはず。
そんな中、昔に作られたテーマ(ブログの外観や操作性)のまんまじゃいくら何でも古臭さ過ぎだったと気付いたが、あまりそういう知識もないので現状維持のままやってたのが実情。
たぶん言葉で書くほど良くはならないし、今と比べてそんなに変わったものを作るつもりもないけど、近いうちに少しリニューアルしてみるよ。

さて、今回はこれまた久しぶりだが、70〜80年代バンドの遺したちょっと意味不明なパフォーマンスを見ながら安易なコメントをしてみよう。
ちなみにこのシリーズの12というのもあるので、書きたい事の概要はわかってもらえよう。
かつてのMTVとかの時代、英米のメジャーなアーティストが作り上げた質の高い、金のかかったプロモーション・ビデオとかではなく、そこまで大ヒットが期待出来ないようなアーティストの埋もれてしまったような映像を中心にピックアップしてゆくのがROCKHURRAHの目指すところ。
では意味不明の情熱パフォーマンスを見てゆこうか。

【つるむ!】
Virgin Prunes / Walls Of Jericho

「つるむ」という言葉自体が情熱的とは言い難いし「!」マークも似合わない気がするが、気のせいか?

ヴァージン・プルーンズは1980年代初頭にデビューしたアイルランドのバンド。パンクからニュー・ウェイブに移り変わった時代、チャートの表側ではエレクトロニクス・ポップ(エレポップ)やニュー・ロマンティック、ファンカ・ラティーナなど流行の音楽が続々と生まれていたが、ちょっとアンダーグラウンドの世界でもネオ・サイケやポジティブ・パンクのような暗い音楽も同時に発達していた。
というような時代背景、 ヴァージン・プルーンズはゴシックやポジティブ・パンクと呼ばれたムーブメントの中で有名になっていった。

音だけで聴かせるようなバンドも色々とはいたけど、やはりこの手のジャンルと言えば厚塗りのやり過ぎ化粧、そして大仰なパフォーマンスといった下品な側面が最も目立つ部分だ。中でもこのプルーンズは異様さで抜きん出た存在だった。

ドギツイ化粧におばちゃんのようなスカート姿で歌うギャビン・フライデーとグッギという強烈なヴィジュアルの男2人が繰り広げる狂的な掛け合い、これはまるでホラー映画に出てくるような世界で圧倒されてしまう。パフォーマンスもアングラ劇団っぽい雰囲気で素晴らしいね。
声がまたこの姿にピッタリのいやらしさ、変態っぽく見せかけてるような無理がなく、自然体の変態なんだろうね。

このバンドをやる前の少年時代はU2のボノとも悪ガキ仲間としてつるんでいて、メンバー間も血縁関係があることから「裏U2」というような呼ばれ方もしていたな。U2の初期のアルバム・ジャケットに写ったきれいな少年もグッギの弟という深い関係。がしかし、見た目も音楽も方向性が違いすぎ。同じホームグラウンドで過ごした少年達が随分かけ離れた世界に行ってしまったもんだよ。

【舞う!】
The Icicle Works / Whisper To A Scream (Birds Fly)

舞う、とは言っても踊ったり宙を舞ってるわけでもない。舞ってるのはおびただしい量の枯れ葉みたいなものだ。情熱パフォーマンスは彼らではなく枯れ葉だという点で、すでに書き始めた事が失敗だったと気付いたよ。

アイシクル・ワークスは英国リヴァプール出身のバンドで1980年代前半にデビューした。
リヴァプールと言えば70年代半ばのデフ・スクール、後半のビッグ・イン・ジャパンなどから有名ミュージシャンが続々と登場して、彼らの周辺から実に多くのバンドが生まれ、ひしめき合っていた時代があった。それが80年代のリヴァプールの音楽シーンを盛り上げていたわけだ。
有名なところで言うとエコー&ザ・バニーメンやオーケストラル・マヌヴァース・イン・ザ・ダーク、デッド・オア・アライブ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドなどなど、みんな名前長いな。
このように音楽界のビッグネームを数多く輩出したのもリヴァプール。もう少しマイナーなものも含めるとその何十倍もニュー・ウェイブ・バンドを産出してたのがリヴァプールだったのだ。しかもどこかで誰かが関わってるという複雑な人間関係なもんで、専門書まで出ていたくらいだ。

アイシクル・ワークスはその辺のリヴァプール関係でゆくと「元どこそこのバンドにいた」などという経歴はあまりなくて誰も知らないような出身。がしかし、1983年に出たアルバムとシングルだったこの曲は結構なヒットをして、日本盤もちゃんと出ていたな。 枯れ葉だか木の幹だか知らないが、とてもウッドな感じのジャケットも有名だしメンバーも何となく林業系な見た目。そんな事実はたぶんないと思うが。

ビデオがリアルタイムの枯れ葉吹雪の中なのか映像をかぶせてるだけなのかわからないが、もし本当にこれだけ吹き荒れてる中の撮影だったら目鼻口に入ってきて大変だったろうな。花粉症の人にはとても出来ない技。

【漕ぐ!】
King Trigger / River

ROCKHURRAHは以前はかなりの分量のレコードを集めていたんだが、いわゆるマニア的な気質はあまりなくて、いつも何かテキトウに買っていた。それが後に伝説の名盤になったりして自分の先見の明に驚いたりもしたが、反対に何で買ったのか不明、というレコードもたくさん持っていた。
その時持っていた何かの情報で買ってるんだろうけど後で思い返しても何で持ってるのかわからないというシロモノ。
これは好きなタイプの音楽だったから結果的には持ってて良かったモノ、という事になるんだが、一体何を根拠に買ったものなのか?

キング・トリッガーの活躍したのはほとんど1982年の一年間限定の情報しかない。要するに一発屋だったんだろうが、この一曲だけでちゃんとしたプロモーション・ビデオが作られているのも不思議だ。何か大いに売る気があったのに頓挫してしまったバンドなのだろうか?
音楽の方はジャングルっぽいトライバルなビートに割と骨太の歌、ビッグ・カントリーやバウ・ワウ・ワウ、アダム&ジ・アンツあたりとも少しは相通じる世界なのか、個人的には心地良いタイプ。
それにしてもこの黒人女性メンバーの目つきや表情、動き。ものすごいインパクトだね。 周りのメンバーがかすんでしまうよ。まさにシャーマニック!
ビデオもタルコフスキーの「ストーカー」を思わせる地下水道で雰囲気的にはかなり良いね。「ストーカー」は眠くなってしまったが(笑)。

【浮かれる!】
Eddie Tenpole Tudor / The Hayrick Song

イングランドやスコットランド、アイルランドなどの歴史や風俗には詳しくないんだが、このプロモーションに出てくるような服装はどの時代なんだろうか?近世のペザント(農民)・ルックだと思えるが、全然根拠はないので大嘘だったらごめん。
日本でも鎌倉時代の農民と室町時代の農民の区別なんか、よほどの大河ドラマ・マニアじゃない限りわからないはず。一般的にはほとんど知られてないんじゃなかろうか?え?みんなわかる?

この民族衣装に身を包みゴキゲンに浮かれて踊っているのがエディ・テンポール・テューダーとその仲間たちだ。ウチのブログで何度も登場しているから何度も書いてるけど、もう一度おさらいしておくか。
エドワード・テューダーポールは元々はコメディアンで役者だったようだが、セックス・ピストルズの映画「グレート・ロックンロール・スインドル」に出演して注目されるようになった。映画の中でも数曲歌っているな。
その彼のバンドがテンポール・テューダーというわけだ。バンド名とソロの時の名義が若干違うけどあまり気にはならない程度。
バンドはパンクの時代から存在していたがレコード・デビューは結構遅くて、主に活動していたのは1980年代になってからだった。
パンクとテディ・ボーイ(テッズ)、そしてスコットランド民謡を取り入れたような壮大で元気の良い音楽と中世騎士などの独特なコスプレ、そしてコミカルで勢いあり過ぎなステージ・パフォーマンスで唯一無二の個性を発揮した、個人的に大好きなバンドだった。うーん、何かいつも同じような事ばかり書いてるなあ。

その彼のソロ名義で出したシングルがこの曲「The Hayrick Song」だ。
アコースティック・ギターとフィドルが印象的な音楽はこれまでのテンポール・テューダーの楽曲よりもずっとトラディショナルで、この少し前のスキッズから少し後でデビューしたポーグスあたりに通じるもの。

プロモーションでは相変わらず大げさな身振りのテューダーポールがとにかくハッピーそうに歌って踊る。この曲にこの衣装、映像は最適のマッチングだと言える。細身で手足の長いスタイルだからタータンチェックのスカートの着こなしもバッチリだね。
このド派手な身振り手振り、まさに情熱パフォーマンス大賞間違いなし。
しかし見ている分にはコミカルだが、もし近場にいたらかなり鬱陶しい存在だろうね。

以上、何だか情熱の意味がよくわからない映像ばかりをよりによって選んでしまったが、懲りずにまた色々ピックアップしてみたい。
それではスラーナグット(ゲール語で「さようなら」)。

時に忘れられた人々【20】ロック数え歌編 2番

【今回は支離滅裂な組み合わせになってしまった】

ROCKHURRAH WROTE:

先週に引き続き、日本語の数え方に沿って「それ風に聴こえるタイトルの曲」を探してきて、どうでもいいコメントをつけるという頭悪そうな特集、その2をやってみるよ。

ROCKHURRAHのブログでは今までに「曜日がタイトルについた曲」とか「世界の地名がついた曲」とか色々な特集をしてきたけど、やってることはどれも大差ないというマンネリ記事ばかり書いてるのが特徴。
しかし70年代のパンクや80年代のニュー・ウェイブに特化した選曲、そしてたまには結構マニアックなバンドについて気軽に書いたりするから油断ならないと一部で評判になっているに違いない(想像)。

今回のもその延長線上にあるのは間違いないけど「数え歌」などとタイトルにあるくせに全然数え歌でもないという詐欺めいた展開。
さて、始めてみるか。

6.ROckWrok / Ultavox!

聴けば誰でもわかる通り「ロックロック、ロックロック〜」と始まるこの曲、6を表すにはこれ以上の選曲はないというくらいにピッタリなイントロだろう。ちなみにYouTubeに表示されているタイトルは誤りでROckWrokが正解だと思う。意味は不明。
ウチのブログでも何度も登場していたウルトラヴォックスだが、ブログを始めて間もない2007年の記事にすでに同じ事を書いていたよ。
ROCKHURRAHの言うことがあの頃と比べて全然変わってないのもビックリだけど、ブログ記事の長さが前よりも遥かに長くなったところだけ変化してるな。

ウルトラヴォックスは1980年代初頭に流行ったニュー・ロマンティックというムーブメント、要するに化粧して着飾った男がやっていたニュー・ウェイブの1ジャンルがあったわけだが、その頃に一緒くたに人気バンドになったという経緯がある。
三宅一生が出演してたサントリーのCMソング「New Europeans」で一躍有名になったんだが、この時のヴォーカルは元スリック、PVC2、リッチ・キッズのミッジ・ユーロだった。
実はその前の時代、ジョン・フォックスがヴォーカルでパンクよりも前の頃からパンク的な音楽をやっていた先駆的なバンドとして知られている。
ジョン・フォックス在籍時に3枚の傑作アルバムを出してるんだが、この時代のウルトラヴォックスこそROCKHURRAHの敬愛するもの。
そしてこの曲「ROckWrok」、大文字と小文字の使い分けの意味は不明だが初期ウルトラヴォックスの中で個人的に一番好きな曲だ。最もパンクっぽいアグレッシブな曲「Young Savage」もいいけど、こっちの方が後のニュー・ウェイブの誕生を予見するような楽器の使い方、早口ヴォーカルの投げやりな歌い方など、素晴らしい名曲。

当ブログの過去の記事では音楽についてよりジョン・フォックスのエラが張った外国のおばちゃんのような顔立ち(写真上)についてばかり言及してたが、老けた今はおばちゃんっぽさがなくなって怖そうなツリ目のじいちゃんになっている模様(写真下)。年取ったらスティング爺ともちょっと似てきたな。
まだ数多くのバンドがパンクをやってた時代にいち早くエレクトロニクスを取り入れた音楽を確立させ、後の時代のエレポップ、テクノポップにも大きな影響を与えた偉大なアーティストなのは確か。枯れたじいさんじゃなくて時代を先導する老師になって欲しいね。

7.Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye / Bananarama

ROCKHURRAHの出身高校は同時代にあった北九州の他の県立高校よりも垢抜けてない校風と女子の制服がダサいので、通ってる時には他校の生徒を羨ましく眺めたりしてたのを思い出す。元が男子校だったみたいで男子のみのクラスによりによって当たったりしてたからなあ。
今はそういう事も全然ないのかも知れないが、当時はまだバンカラなどという死滅したような校風があり、しかもそんな学校で応援団などという男臭い部活をやってた。今のROCKHURRAHからは想像も出来ないような過去だな。
いや、こういう話は特に今書いてる記事とは関係ないんだが、その学校で体育の授業の時に点呼で「ご、ろく、なな・・・」と叫んだら体育教師にひどく怒られた奴がいたのをフト思い出したというだけ。自分ではないよ。
7は「しち」と言うわけで、この学校に限らずどこでもそういう教育だったのかな?滑舌悪いROCKHURRAHは「いち」と区別がつきにくいかも。
「しち」っぽい英語とか他の外国語はそうそう見つからなかったので「なな」と数えさせていただくわけだが、たったそれだけの事で「あの教師から叱られてしまうな」と即座に思い出しただけだ。
上記の無駄な回想は要らなかったね(笑)。

1970年代の最後くらいに流行った2トーン・スカというムーブメントがあったんだが、そのジャンルの大人気バンドだったのがスペシャルズ。
音楽も演奏もエネルギッシュで圧倒的なライブ・パフォーマンスもすごかったんだが、長くは続かずに2つに分裂してしまう。
テリー・ホールを中心とするファン・ボーイ・スリーがその片割れなんだけど、彼らのコーラス隊として抜擢されたのがまだ無名のバナナラマだった。バナナラマをフィーチャーした曲は色々な黒人音楽と昔のガールズ・グループの音楽をミックスしたような古くて新しい、ちょっと独特な雰囲気を持ったものだった。

その後、バナナラマは独立して女3人だけのヴォーカル・グループの代表格にまで上り詰めるが、やっぱりファン・ボーイ・スリーと一緒にやってた頃の方が良かったなあ。
「ななな〜な、ななな〜な」で始まるこの曲「キスしてグッバイ」は独立して間もない1983年の曲。
そうそう、バナナラマと言えばいわゆるアイドル的な服装じゃなくてボーイッシュでかわいいイメージのファッションだったなあ。チェックのシャツにサスペンダー、それに当時のスポーツ女子はみんなこんなんだったよというジョギングパンツ(ジョグパン)。化粧や髪型はニュー・ウェイブっぽいのに服装はなぜか健康的なんだよね。
元歌は1969年、スチームというバンドによる大ヒット曲。原曲の映像も残ってるがヴォーカルが猪八戒みたいな顔でトロンとした目つき、バナナラマよりもむしろこっちの方に見入ってしまうよ。

8.Ja Ja Ja / Trio

「しち」を「なな」と読み替えて苦し紛れに乗り越えたが、実は今回最も苦労したのが8。「はち」などと発音する海外の曲など都合よく存在しないし、検索しても忠犬ハチ公の映画ばかり出てくる始末。
うーむ、などと唸ってたらSNAKEPIPEが「はちじゃなくてやーと発音したら?」とあっさり助け舟を出してくれたよ。
確かに「にー、しー、ろー、やー、とー」という具合に呼ぶ場合もあるからね。
8=やーだったら簡単に見つかった。日本語に訳せば「はい はい はい」というタイトルになるのか?またもやノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ)の脱力バンド、トリオによる曲。

1970年代後半、パンクやニュー・ウェイブがイギリスから近隣諸国に広がってゆき、フランスやベルギー、オランダなどからも次々と新しいバンドが生まれていた頃、当然のようにドイツでもそういう運動が起こった。
どこの国でも自国に元からあった文化・音楽とニュー・ウェイブを結びつけたわけではない。しかし、ドイツの場合は一般的にはわかりにくいジャーマン・ロックやクラウト・ロックという分野が存在していて、元からややこしい状態。その延長線にあるバンドが一緒くたにノイエ・ドイッチェ・ヴェレとしてシーンを形成していった。
だからノイエ・ドイッチェ・ヴェレといっても非常に難解な音楽性のものもあれば欧米でも通用するポップなものもあるという具合。
やってる音楽ジャンルではなく、要するにドイツ語圏という括りでひとまとめにされてしまったという歴史がある。
うーむ、この手の話をすると結構長くなってしまうから毎回割愛してるんだが、だったら最初から書かなきゃいいんだな、と自分で思ってしまうよ。

トリオはそんな中、突如として(たぶん)話題になったバンドだ。
マジックで書いた殴り書きみたいな文字と落書きのようなイラスト、そして「Da Da Da」だの「Ja Ja Ja」だのといった簡素なタイトル。
これはアートなのか単なるいいかげんなのか不明だが、曲の方も人を喰ったような投げやりさに溢れてて、脱力感漂う音楽が繰り広げられる。
このぞんざいなレコードが意外なほどに売れて、苦心惨憺の末に1stアルバムを出したどこかのバンドなんかより知名度が高くなってしまったのも意外だが、それが時代の流れだったんだろうか。
坊主頭でいつも薄笑いしてる無気力なヴォーカルはかなり不気味だし、ゲイっぽくも見える。ウスノロっぽく見せかけてるが意外とケンカは強いパターンだと見た。しかしすごく離れて見たらなぜかオバマ大統領っぽい瞬間があって正体不明。顔の輪郭が似てるんだよね。
これがまあまあ売れる国、ドイツも恐るべし。

9.Q Quarters / The Associates

「きゅー」と発音する英語はいくつか存在していて、曲も少しはあったが本人の好みでアソシエイツのこの曲にした。
アソシエイツはキュアーが所属していたレーベルから80年代初頭にデビューしたバンドで全盛期にはDAFやソフトセルなどと同じように男2人組という編成だった。音楽の方も誰もが書くように「陰影のある」とか「ミステリアス」とかのキーワードがピッタリな曲調、そしてビリー・マッケンジーのオペラのような高音ヴォーカルが最大の特徴。結構見た目も音楽も地味な印象だが、イギリスではインディーズ・チャートの常連でメジャー・ヒットも数曲はあった(はず)。

ウチのブログではなぜかアソシエイツ率も高いが、実はそこまで気に入ってるわけではない。しかし彼らの残した耽美なメロディラインはたまに無性に聴きたくなる事がある。この曲もそのひとつだな。
タイトルの意味はわからないがエキサイト翻訳してみたら何だかシュール極まりない歌詞になってしまったよ。ふむふむ「美はすべての毛穴からしたたる」だって。
この時代のバンドとしては珍しく、いわゆるプロモーション映像とかがほとんど残ってないのも不思議だが、本作もオフィシャルなものではない。よほどPVとかが嫌いだったのかねえ?

10.Ju-Ju Money / Comsat Angels

さて、いよいよ大詰め、大抵の数え歌ではラストとなる10だ。
「じゅう」と読めそうな曲名でこれくらいしか思いつかなかったよ。アルバムのタイトルだったらスージー&ザ・バンシーズの「JuJu(呪々)」とかあったんだけど。

シェフィールド出身のバンドと言えば個人的にはヒューマン・リーグやキャバレー・ヴォルテールがすぐに出てくる名前だが、こんなバンドもいましたっけ?と言う代表格がこのコムサット・エンジェルスだ。まさに「時に忘れられた人々」というくくりでは最適とも思える人選。
コムサという名前は使ってもファイブフォックス系(80年代に流行ったDCブランドのグループ会社)なわけでもなく、むしろルックスは二の次、という地味な雰囲気のバンドだったな。 曲もあまり特色がなく、一応ネオサイケっぽくもあったが、個人的には素通りしていたタイプ。
レコードのジャケットはなかなか派手で目を引くから、ジャケ買いしててもおかしくはないのに。
映像はイギリスの「The Old Grey Whistle Test」というTV番組出演時のライブなんだが、ヴォーカルの表情が凄すぎ。このしかめっ面は突然の激痛か発作かと思えるくらいのレベルなので、リアルタイムで見てたら視聴者の方がビックリするだろうね。その後死んでないようで良かった良かった。

以上、筆の遅いROCKHURRAHとしては珍しく2週連続で頑張ったよ。
日本語の数え歌はこれで終わりなので次回は中国語編でイー、アール・・いや、それは無いって。

時に忘れられた人々【20】ロック数え歌編 1番

【7年もかけてやっと20回、スローペース過ぎの連載企画だな】

ROCKHURRAH WROTE:

遂に20回を突破したROCKHURRAHの長寿企画「 時に忘れられた人々」シリーズだが、これを記念して今回は数え歌形式で矢継ぎ早に展開してゆくという荒業に挑戦してみたい。
数え歌というのは今の時代でもあるのか?例えが古くて今どきの人にはわからんだろうが「ひとつ人より力持ち〜」とか「いっぽんで〜も にんじん」とかを即座に思い出してしまう。
しかしロック、特にROCKHURRAHの得意とするパンクやニュー・ウェイブといった70-80年代音楽でそんなものあるのか?熟考した末に英語のOneとかじゃ当たり前だから、日本語のいち・に・さん・し・・・と続くようなタイトルのものをチョイスしてみたよ。
もちろん洋楽でそのものズバリな曲など滅多にないから、そのように聴こえるのを列記してみるだけ。
一部、かなり苦しいが、そんなバカっぽい事をやった者はあまりいないはず。挑戦する価値はあるね。ん?ない?

1.Ich Lieb Sie / Grauzone

Ichはドイツ語で「私」のこと。「イッヒ」と発音するらしいのでイチではない。こりゃいきなり数え歌失敗の危機だね。
そんなことはわかってるんだが、ドイツ語かぶれの家庭ではもしかしたら数える時に「イッヒ・ニー・サン・ズィー(sheという意味のドイツ語Sie)」などと言ってるかも知れないな。そんなわけない?
Grauzone(読めん)は英語で言うところのグレーゾーンだとのこと。
ドイツ語を使ってるがスイス出身の初期ニュー・ウェイブ・バンド、これは1981年の作品だ。
スイスと言えば見た目がいかついガールズ・バンドのクリネックス(後にリリパットと改名)とか、ルドルフ・ディートリッヒという「貴族か殿下か?」 と思わせるすごい名前の男がやっていたブルー・チャイナ、硬質なネオ・サイケをやってたガールズ・フロム・タヒチなどを即座に思い出すがこのバンドは素通りしていたよ。バンド名読めないし。昔はジャケットをよくレコード屋で見てたけど、ドイツともスイスとも思わなかった。

デペッシュ・モードの初期あたりを思わせる初々しいエレポップで途中に語りまで入る、聴いてて気恥ずかしい青春の曲ですな。ノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ)だとディー・ドラウス・ウント・ディー・マリナスの路線に近いのかもね。このバンド自体が一般的にはあまり知られてないから、例えがわかりにくいか?

2.Neat Neat Neat / The Damned

次は70年代パンクの世界でセックス・ピストルズ、クラッシュと並んで賞賛される三大パンク・バンドの一角、ダムドの超有名曲より。
この時代のパンクはどのバンドも違ったカッコ良さがあって、ROCKHURRAHも数多くのバンドから影響を受けまくっていたなあ。
ダムドの場合はラウドで激しい演奏と悪ノリしすぎのハチャメチャなパフォーマンスが特徴。
とにかくデイヴ・ヴァニアンとキャプテン・センシブルの個性が際立っていて一般人が考えるパンクのイメージとはかなり違う、それでも間違いなくこれこそパンクと言えるところが素晴らしかったな。

ニートを三回早口で言うと222でこの曲に決定した。 ガレージの帝王ビリー・チャイルディッシュがやっていたマイティ・シーザーズもこの曲のカヴァーを「Ni Ni Ni」と表記していたくらいだから、本国でもお墨付きの発音。
この映像はTV出演のもので本当に演奏はしてないけど、勢い余ったキャプテンがずっこけるハプニングもあってダムドらしい。デイヴ・ヴァニアンのドラキュラ・メイクも世界一だね。

3.Sun Goes Down / Killing Joke

サンっぽい英語はSunとSonがあって、どちらにも適当に書けそうなものはあったんだが、今までキリング・ジョークについて書いてなかったからこの曲にしてみた。

ロンドン・パンク第二期くらいの世代、1978年に結成したバンドでパンクのオムニバスにも収録されてたりするが、どちらかと言うとポジティブ・パンクとかダーク・サイケと呼ばれた音楽の元祖として知られているな。
まだそんな名称がなかった時代に例えばバウハウスやスージー&バンシーズ、UKディケイ、そしてジョイ・ディヴィジョン、キリング・ジョークなどはただのパンクではなく、明らかにダークな方向性を目指していたが、それぞれ別個の活動なのでシーンなどはなかった。混沌の時代だね。
ベルリンの壁みたいなものを乗り越える人々(?)がジャケットとなった1stアルバムはひたすらに重苦しく、原始的に荒々しいリズム、ギターとベースが一緒くたになって脳天に響いてくるような音楽に満ち溢れてて、この激しいエネルギーに圧倒されたものだ。

ただしヴォーカルのジャズ・コールマンのちょっといやらしい顔つきと声があまり好みじゃなかったので、その後心酔することもなかった。本人は自分で悪魔的と思ってるんだろうけど、周りは単にイヤな奴としか見てないに違いない。かなり適当な感想だがファンに呪われてしまうかな?

4.She Goes To Finos / Toy Dolls

お次はすばしっこく軽快に動くコミカルなギタリスト、オルガを中心にしたトイドールズのこの曲。
ヨンで始まる曲名はそうそうないから、Sheを4に当てはめてみたよ。
ん?いちいち言い訳しなくてもわかる?

80年代初期と言えば70年代型のパンク・ロックはすでに多くが消滅していて、代わりにハードコアとかOi!の時代になっていたが、トイドールズの音楽はそのどちらでもなくて、とにかくポップでコミカル、そしてキャッチーなものだった。タイプは違うがレジロスとかの路線を受け継いだ広義のパワーポップとも言える。
パンク版ラジオ体操みたいな「ネリーさんだ象」のバカバカしいプロモ、そして今回取り上げた「She Goes To Finos」でも、格別にギャグがあるわけでもないのに、見てるだけで何となく笑えてくるのはキャラクターが際立ってるからだね。
極端に刈り込んだ短髪に四角いサングラスもどこかのコミックバンドみたいだし、難しいことは考えずに誰もがノリノリになれる名曲をたくさん残してる。しかもそれでいてちゃんとパンクのツボは押さえてるという点が薄っぺらなコミック・パンク・バンドと違うところだと思う。後の時代のメロコアや日本のバンドに与えた影響も大きいはず。
日本ではバップレコードの強烈な売り込みもあって、入手しやすいパンク・バンドとして広く普及したなあ。最近は中古盤屋もほとんど行かないが、一時期はパンク・コーナーでまたか、というほど見かけたもんだ。

5.Go Buddy Go / The Stranglers

いつもより短いけど数え歌の半分までで一番は終わりとする。 今回は珍しく王道ものが多かったな。いつものROCKHURRAHの選曲だと敢えてひねりすぎの曲を持ってくるパターンが多いんだが。
さて、5がGoというひねりも何もない選曲なんだけど、「Go Goセール!」とかで55円均一になるようなもんかね?
やってるのはパンク界きっての空手の達人、ジャン・ジャック・バーネルを擁するインテリ武闘派バンド、ストラングラーズだ。
ロンドン・パンクが起こる前から活動していたストラングラーズは、長い活動歴を誇るバンドとしても有名だな。
パンクのちょっと前に流行ったパブ・ロックとドアーズのようなサイケなキーボードが合体した独特の音楽性、そして極めて硬質なベースラインと過激な歌詞。 ピストルズやクラッシュのようにファッション的に憧れるような部分がなかったから日本での人気はイマイチだったが、音の方はまさに唯一無二の個性を持ったバンドだったな。
これはTV出演の時の映像で本当に演奏はしてないんだが、ヒュー・コーンウェルとジャン・ジャック・バーネルのギターとベースがテレコ(入れ違い)になってるというレアな映像。シニカルなジョークのつもりなのかも知れないがドキッとするね。

「空耳アワー」のようにオチがあるわけでもなく、単に同じような発音の曲を探してきただけの安易企画、もはや書いてる本人すら数え歌2番をやる意義も見い出せないんだが、次回も何とか頑張ってみるよ。

時に忘れられた人々【19】70’s & 80’s愛護週間編2

【曜日ソングの集大成、ブリリアント・コーナーズの名曲】

ROCKHURRAH WROTE:

前回の最後で「See You Next Week」などと書いたくせにまた一ヶ月以上もサボってしまったよ。愛護週間がずいぶん長いという気がするけど、年末年始にわざわざ書くような内容でもないからちょうど良かった。

何について書いてたかと言うとこの記事を読んでもらえればわかる通り、曜日がタイトルについた70〜80年代パンク/ニュー・ウェイブの曲をピックアップしてどうでもいいコメントをつける、というインスタントな企画をやっていたわけ。今回はその後半について書いてみるよ。

曜日のついたタイトルで探しても圧倒的に多いのが金土日の週末だな。これは外国でも日本でも共通と言える。やってる仕事の業種によっても違うんだろうけど、木曜日などと聞いても個人的にワクワク感は何もなし、いつも何とか乗り切って週末を迎えたいと思うばかりだよ。

そんな何もない木曜日を果敢にデビュー曲としたのがこのジム・ジミニーというバンドだ。人名のように聞こえるがそういう人がやってるわけじゃなくてただのバンド名らしい。
代表曲は1988年の「Town And Country Blues」でこの曲はいわゆるクラブヒッツとして有名なもの。
この曲をかけたらみんながフロアでノリまくるというような定番の曲があって、それは普通のヒットチャートとは全然違うものが大半だ。日本で言えばロンドンナイトとか下北沢のZOOとかがこういう雰囲気だったが、かつては近場に住んでたくせにあまりそういう場所に顔を出さなかったという人間嫌いなので見てきたようには話せないな。
ロンドンナイトはまだやってるし、パンクやサイコビリー系のライブの合間のDJタイムなどでもこういうクラブヒッツはよくかかるけど、当時の熱狂ぶりが今はもう再現出来ないのが悲しい。

話が脱線したが「Town And Country Blues」はウェスタン調の哀愁ある、しかもノリの良い名曲だ。ウェスタン調と言ってもカウパンクやサイコビリーみたいなのとはちょっと違うところが斬新だったな。
ROCKHURRAHもこの曲によって彼らを知ったんだが、他の曲を聴いたらこういう路線じゃなかったので驚いたよ。

ジム・ジミニーは今でこそ映像検索すれば簡単に見る事が出来るが、その当時は知る人ぞ知るようなバンドだったのでPVなんて見たのは随分後になってから。その映像で見るとウッドベースやバンジョー弾いてるような姿もあるので何とかビリー系かカントリー系?とも思うけど、そういう楽器構成でネオ・アコースティックやギター・ポップ系、あと少しモッズとかの雰囲気も感じられるところがちょっと珍しい。
ギター・ポップの名曲をいくつも残したブリリアント・コーナーズや「Maggie Maggie Maggie」で知られるラークス(あの曲以外はそんなにラウドではない)を少し思い出すような雰囲気もあるが、それよりはずっと陽気で軽薄そうなところも似非音楽大好きなROCKHURRAHの好みだ。ジミニーという割には意外と派手だなあ。

おっと、この曲「Do It On Thursday」についてはまるで書いてなかった事に今頃気付いたが、やっぱり楽しげで60年代の学生バンドのような無軌道っぽさがいい感じ。

ハナキン(おそらく死語)の例を出すまでもなく、土日が休みの人にとっては金曜日の夜はやはり特別な開放感があるに違いない。
ウチではどこかに出かけて華やかに過ごすという事が滅多にないけど(人間嫌いなので)、家でDVDを観てくつろぐというのが毎週金曜日の「お疲れ様タイム」になる。
遅ればせながら最近ハマって観ているのが、SNAKEPIPEの友人Mからオススメされた海外TVドラマ「ブレイキング・バッド」 のシリーズ。
1時間ものを平日に観るヒマがないので毎週金曜日に1話ずつ楽しみに観てるが、毎回ハラハラしっ放しで予想外の展開に「続きはどうなるの?」と二人で熱中して観ているのだ。
リアルタイムではないからウチではやっとファイナル・シーズン。
もうすぐ終わりそうなのが残念だ。ここまで熱中出来るドラマは滅多にないだろうなあ。これについては観終わった後でもしかしたら何か書くかも知れないから今はサラッと流しておこう。

そんな個人的金曜日の話は人にとってはどうでもいいと言えるが、数あるフライデーの歌の中でROCKHURRAHが選んだのはアソシエイツのこの曲。
日本では意外と知名度はないけど1980年代初期にはインディーズ・チャートの常連だったバンドで、大ヒット曲もいくつかある。後にはバンド構成になるが最初は男二人でやっていたのでジャケットも二人写真が多くアヤシイ関係に見える。
キュアーで知られる英国フィクション・レーベルよりデビューした事もあって、音楽性もヴォーカル・スタイルも似通ったものがあるとよく言われている。ただしキュアーの暗い曲ほど暗くはなく、ポップな曲ほどはじけてない、全体的に中庸なイメージの曲が多く、日本であまり受けなかった理由がそこにあると個人的には思う。そして人によって好き嫌いが分かれる、オペラを思わせるような高音のヴォーカルが特徴的。
キュアーをより複雑にミステリアスにしたような印象で、当時の音楽雑誌などでは絶賛されていたもんだ。

ROCKHURRAHはいくつかレコードは持っていたけど、そこまでキュアーが好きだったわけではなかった。人気バンドで誰もが語っていたから今さらという気持ちもあったし、もっとマイナーなバンドを発掘する方が性に合っていたというわけ。が、最近またネットのラジオなどでかかっているのを聴くと、声聴いただけですぐにロバスミだと分かってしまう。最近のバンドなんて声で誰か全然わからないのが多いから、やっぱり80年代の音楽はすごい、と改めて思ったよ。

アソシエイツのビリー・マッケンジーの声もロックの世界ではちょっと似たタイプがいないと思える特色を持っていて、どこかで曲がかかっても即座に判別出来る点がやはり偉大だなと思える。
この曲「Tell Me Easter’s on Friday」はその中でも好きな曲で万華鏡のようにちょっとずつ変化してゆく怪しげな歌声とモノトーンな曲調が一体化した傑作。

残念ながらこの後、アソシエイツの二人は喧嘩別れ(アヤシイ)してしまい、このバンドの陰影のある曲作りがなくなった状態でしばらくヴォーカリストのソロとしてやっていたが鳴かず飛ばず、そしてマッケンジーは鬱病によって自殺という最悪の結果となってしまった。
ヴォーカルさえいれば、とかこの作曲センスさえあれば、とかじゃなくてバンドの魅力はトータルなバランスによって成り立っている。喧嘩別れした時にきっぱり解散してればこうならなかったかも、と思ってしまうよ。

さて、いよいよ最終日。環境にもよるだろうが土曜日が一番嫌いという人はかなり少ないと思える。まあとにかく節目の日なのは確かだから土曜日を歌った曲も数多く存在しているはず。

ウチも翌日から仕事だから日曜夜になるといつも憂鬱になるが、土曜日はちょっと出かけたりゆったりしたり週末ならではの料理を作ったり、最も楽しく過ごせる日なのは間違いない。

そんな楽しい土曜日にこんな曲を選んで申し訳ないが、ウルトラヴォックス!初期の名曲「Sat’day Night In The City Of The Dead」、これをもって一週間の締めくくりとしよう。
ウルトラヴォックス!については当ブログでも何度も書いてるから、何度も読んだ人がいたら辟易するに違いないが、全部の記事を読むほどの人はまずいないはずだからまたまた同じような事を書いておこう。

1980年代にニュー・ロマンティックの人気バンドとしてヒットを飛ばしたウルトラヴォックスだが、パンクより前からいた早すぎたバンドだったというのは一部では有名な話。
ロンドン・パンク発生前の1974〜75年くらいに活動していたグラム・ロック系バンド、タイガー・リリーがキャリアの始まりだった。
グラム・ロックとパンク/ニュー・ウェイブの架け橋的なバンドと言えば個人的にはドクターズ・オブ・マッドネスとかビー・バップ・デラックスとかが思い浮かぶが、もうその頃にはパンク・バンドのウルトラヴォックス!の先進的なスタイルは出来上がっていた模様。
このバンドはそのままウルトラヴォックス!と改名してダムドやセックス・ピストルズなどと同じく1976年にはすでにデビューしている。
典型的なパンクの音が何を標準とするのかは人ぞれぞれの解釈なんだが、ROCKHURRAHはウルトラヴォックス!もまたパンクの先駆者だったと思っている。
釘を打ち付けるようなビートに早口でまくし立てるジョン・フォックスの歌、そして時に無機的、時に破壊的。1stアルバムの1曲目に収録されたこの曲はまさにパンク的な衝動に満ち溢れたものだった。ずっと後のテクノ、エレポップあるいはニュー・ロマンティックの要素はまるでないというシロモノ。初期に最も好きだった名曲「Young Savage」や「ROckwrok」などに通じる大傑作。
しかしこのバンドはやってる事が先進的すぎて同時代には全然売れず注目されず、3rdアルバムの頃にようやく再評価されたという経緯がある。ブライアン・イーノ、スティーブ・リリーホワイト、そしてコニー・プランクという先進的なプロデューサーがついていて音は申し分なかったのに、ピストルズやダムド、クラッシュのようなヴィジュアル的なカッコ良さがなかったから仕方ない。メンバーも全員顔の輪郭が少し変だし、ヴォーカルはこわいおばちゃんみたいな風貌だしね。

以上、日曜から土曜日までの歌をピックアップしてようやくこの企画がひとまず完結したよ。苦労した割にはあまり面白くもないし文字も小さくてビッチリ、読みにくいから誰も読まんのは必至の内容だな。
いっそのこと老人や子供にわかりやすいと話題のデカ字幕仕様にでもするか?