好き好きアーツ!#34 鳥飼否宇 part12 –桃源郷の惨劇&密林–

【ROCKHURRAH作。桃源郷の惨劇(上)と密林(下)のイメージ画像】

SNAKEPIPE WROTE:

鳥飼否宇先生の旧作を再読し、感想をまとめていくシリーズ第3弾!
「桃源郷の惨劇」と「密林」はどちらも2003年発表の「観察者シリーズ」である。
今までに何度か説明させて頂いているけれど、「観察者シリーズ」とは大学サークルの野生生物研究会に所属していた4人が、卒業して20年近く経っても連絡を取り合い、奇妙な事件に巻き込まれる話である。
ところが今回登場するのは「観察者シリーズ」での探偵として活躍している鳶山久志、通称トビさんだけ!
読み慣れている「観察者シリーズ」とは違った雰囲気だよね。
「桃源郷の惨劇」が「観察者シリーズ外伝」として位置づけられているのはそのせいかな?
それでは「桃源郷の惨劇」の感想をまとめていこう!

「桃源郷の惨劇」は鳥飼先生の作品の中で、かなり短い小説である。
文庫本でページ数が137ページ!
日本を飛び出して海外を舞台としているため、内容的にはスケールの大きな作品なんだけどね!

簡単にあらすじをかいてみよう。
テレビ局の制作会社が、イギリスの新聞に載った新種の鳥「ミカヅキキジ」の記事を発見したことから、未知の生物を追う企画を発案する。
未知の鳥が発見されたのはパミール高原近くの、昔ながらの生活を守っている人々が暮らすトクル村。
春になるとトクル村には一面花が咲き誇り、天国かと見間違うほどの美しさだという。
更に住人達の顔が日本人に似ていることも含めて、企画はすんなり通り、
テレビ番組として放映すべく、スタッフがその村に向かうのである。

そのトクル村を表現するのにパラジャーノフの名前が出ていたことに驚く。
つい先日のブログ「映画の殿 第16号」でタルコフスキーについて書いた時に、パラジャーノフのことも書いていたからね。
以前もブログで「東京グラン・ギニョール」について書いたのと同時期に、鳥飼先生の新作に「東京グラン・ギニョール」の創始者である飴屋法水の名前があってびっくりしたっけ。
こういうシンクロはとても楽しいよね!(笑)

「観察者シリーズ」の主メンバーであるトビさんは、今回の番組制作を請け負った制作会社の代表でありディレクターの肩書きを持つ男の知り合い、という役どころ。
野鳥に関する知識の豊富さから、同行することになったのである。

通常の「観察者シリーズ」では、ネコこと猫田夏海の主観が文章化されて話が進んでいくけれど、「桃源郷の惨劇」に猫田夏海は登場していない。
そのためクルーの一人が思ったことや、「○○はそう思った」のような状況説明している三人称の文章になっているんだよね。
以前からトビさんと面識があるのはディレクターだけで、他のクルーとは初対面なので、「なにこのボサッした人は?」程度の印象しか持たれていない。
文体のせいもあって、余計にトビさんらしさが見えてこないみたいね。
確かに「桃源郷の惨劇」のトビさんは、「中空」で登場して以来、すっかり知り合いの気分になっている人物とは別人のようである。
もちろん生物に関する知識は豊富だし、大抵の物事に動じない姿勢は相変わらずだけど。
今回はクルーに同行している脇役だし、登場するシーンも喋っている場面も少ないので仕方ないかな?
生物研究会のメンバー達と接している時とは違うトビさんは、クルーが感じたような「正体不明のボサッとした人」になっちゃうんだろうね。
「観察者シリーズ」ファンから見ると、少し物足りないけどね!

テレビクルーは、村人に対しては村の生活を紹介するための取材と偽り、本当の目的はミカヅキキジの撮影だったため、秘密裏に行動していた。
そこで惨劇が起こるのである。

それにしても!
ミカヅキキジがクルーの想像に反して、ものすごく地味で華やかさに欠ける種類だったというところで笑ってしまった。
未知のものに対して、きらびやかで美しい想像をしてしまうのは何故だろう。
実際、読み進めていたSNAKEPIPEも、手塚治虫の「火の鳥」や極彩色の孔雀のような鳥を想像してたもんね。(笑)
ROCKHURRAHはあえてTOPの画像で鳥を極彩色にしたらしい。
「こうあってほしい」という願望なのかな?(笑)

「桃源郷の惨劇」でもう一つ興味深かったのは、辺境の村では新しい血を求めているという箇所。
自分が考える常識とは明らかに違う物であっても、土地によって知恵や習慣があるからね。
この手の話を聞くと、つい「エル・トポ」の洞窟の中を思い出してしまうね。
濃すぎる血がもたらす結果が、あの状態だからね。

「桃源郷の惨劇」は「観察者シリーズ」の中では今のところ唯一の海外を舞台とした小説で、今まで知らなかったトビさんの一面を垣間見ることができるという点が特徴かな。
トビさんが小説を書くところなんて、本当に意外だからね!(笑)
トビさんの小説、面白かった!
あの小説の部分はどのようにして組み立てられるんだろう?
鳥飼先生のご苦労が偲ばれます!

続いては「密林」について感想をまとめてみよう。
こちらの舞台は沖縄の「やんばるの森」。
「やんばるの森」というのは、アメリカ海兵隊の基地である「北部訓練場」を含む森林地帯だという。
ROCKHURRAHの故郷である九州に上陸したのですら2007年であるSNAKEPIPEにとって沖縄は全く足を踏み入れたことのない場所で、地名やら場所についての知識も皆無なんだよね。
そのため「やんばるの森」というのも初めて目にした次第、米軍基地の具体的な場所についても知らなかった。
狭い日本、なんて言われていても実際に行ったことのない知らない場所がたくさんあるよね。

「密林」は昆虫採集を目的とした2人組、松崎と柳澤が「やんばるの森」で悪戦苦闘しているシーンから始まる。
必死に探しているのはオキナワマルバネクワガタ、通称オキマルの幼虫。
昆虫ブリーダーとして生計を立てるため、なるべくたくさんの幼虫を見つけようとしているのである。
うーん、これは危機!「幼虫の危機」だね!(笑)

危機に陥るのは幼虫だけじゃなくて採集していた2人組も、なんだよね。
前述したように「やんばるの森」には米軍基地があり、松崎と柳澤が米兵に遭遇してしまうのだ!
実は2人が幼虫採集していたのは米軍基地内の森だったんだよね。
不法侵入していた松崎と柳澤は米兵に追われ、逃げることに。
他にも「やんばるの森」には違う目的を持った人物がいた。
イノシシ猟の狩人、渡久地である。
渡久地の目的は一体何なのか?
米兵に追われた松崎と柳澤の運命はどうなっていくのか?!

最後のほうは駆け足で簡単なあらすじにしてみたんだけど、Amazonの商品説明のほうがもう少し突っ込んだ内容になってるみたいだね。(笑)
コピーして貼付けるのは安直過ぎるので、自分の言葉にするとこんな感じかなあ?
ただし、「宝」や「暗号」というキーワードを全く入れないのは、「密林」の魅力を伝え切れていないことになりそうだよね。
そうです、「宝」があるんですっ!
そして「宝」の場所を示す地図と共に「暗号」があるんですっ!
更に追加するならミステリーでお馴染みのダイイング・メッセージも出てくるんですからっ!(はぁはぁ)
更に更に渡久地の猟犬は名犬ノブヒデの息子との記述もあるんだよっ!
ノブヒデ!
「中空」では飼われていたイノシシの名前だったよね。
鳥飼先生にはノブヒデに関する思い出があるのかもしれないね?(笑)

「密林」は自然界を舞台にしたミステリー、「観察者シリーズ」の醍醐味を存分に発揮した小説なんだよね!
SNAKEPIPEが強烈に恐怖を感じたのは、その自然。
気象条件、生物、地形に加えて、迷ったら出られない迷路のような状況。
何度かブログには書いているけれど、かなり重症の方向音痴のため、手に汗握る気分で読み進めていたんだよね。
他人事とは思えない臨場感があったのは、鳥飼先生の文章力はもちろんだけど、方向音痴で道に迷ったことがあるからだと思う。(笑)
以前ROCKHURRAHと雪が積もった青木ヶ原樹海を歩いたことがあった。
あの時は全てが真っ白に覆われていて、見えるはずのロープが全く見えず、ものすごく不安になったことを思い出す。
遠くに駐車していたトラックが見えた時の安堵感。
ああ、人がいるところに出た、と緊張がほぐれったっけ。

「自然を守ろう」というスローガンは聞き慣れているけれど、「守る=人間が近寄らない」という意味ではないんだよね。
自然に関する正しい知識を得て、ルールを守ってこそ「自然を守ろう」になるはずなのに、その部分は割愛されてることが多い。
先日観た「キングスマン」には、「自然を守ろう」の極論が提出されていて、大きく頷いてしまったSNAKEPIPE。
映画の中では「悪」とされていたアイデアだけど、現実に選択肢として入っていても良いように思ったよ。
未見の方、意味不明な文章でごめんなさい。
DVDになったら是非観て、感想をお寄せください!(笑)

トビさんの登場はかなり後になってからなので、途中で「密林」が「観察者シリーズ」だったことを忘れてしまった。(うそ)
トビさんは相変わらず物事に動じることなく、アマミヤマシギの観察をしている。
「密林」で大笑いしてしまったのが「名もなき花」に関するトビさんの見解だね。
「名もなき花」は新種だ、という。
だからそんな言い回しはおかしい、というのである。
おっしゃる通り!(笑)

もう一つはトビさんの先端恐怖症を表す箇所。
「中空」で明らかになっていたナイフ類が大の苦手という特徴は、「密林」でも怒りの形で表現されていた。
トビさん、嫌いなものがあると気が立つんだね。(笑)
怒りにまかせてまくし立てるトビさんは、かなり迫力あるだろうね。

「暗号」も「ダイイング・メッセージ」もトビさんが解いてしまう。
途中でネコこと猫田夏海に電話をして、ヒントを調べてもらうシーンがあったね。
そのおかげで「宝」のありかも判明。
最後はめでたし、で終わりになるんだけど、ちょっと不満も残る。
運命と言ってしまえばそれまでだけど、かわいそうに感じてしまったからね。

2作品とも読んだのはかなり昔、調べてみたら2007年「4冊でもご本」に写真を載せてたね。(笑)
8年も前だとぼんやりとした記憶しか残っていなくて、読み進めていくうちに「そうだった」と思い出していたSNAKEPIPE。
次は「樹霊」の予定だけど、こちらもまた薄い記憶!
また感想をまとめたいと思っている。

好き好きアーツ!#33 鳥飼否宇 part11–非在–

【作中にも登場したRoxy MusicのSiren。人魚だね!】

SNAKEPIPE WROTE:

鳥飼先生の作品を再読し、感想をまとめていこうという企画の第2弾は「非在」。
鳥飼先生の大人気シリーズ、「観察者シリーズ」の2作目である。
登場人物は作品の中で探偵役となる自称プロのウォッチャー(観察者)、通称トビさんこと鳶山久志。
そして探偵の助手役となるのが植物写真家、通称ネコこと猫田夏海である。
「観察者シリーズ」ではお馴染みであるが、ネコが事件を拾ってきて、トビさんが事件の謎を解くパターンが多い。

「非在」も同様に、ネコが撮影で立ち寄った奄美大島の海岸で漂流物のフロッピーディスクを拾ったことから始まる。
フロッピーディスク!
この小説が発表されたのが2002年なので、当時のパソコンには当たり前のようにフロッピー機能は付属していたよね。
思い起こすと懐かしい。(笑)

ネコが拾ったフロッピーディスクには、大学生のサークル活動記録が手記として入っていた。
そのサークルは未知なる生物を発見する目的でウルトラ(ULTRA)という。
Unidentified LIving Things Research Associationの略だと書いてあったよ。
空想上の生物を真剣に研究し、捜索する活動を行っているサークルらしい。
例えばツチノコケセランパサラン(化粧品じゃなくて!)を研究対象にしているというので、これは大昔テレビでやっていた「川口浩探検隊」を真剣に行っているサークルということになるんだろうね。(笑)
えっ、例えが古過ぎ?(笑)

そんな未知の生物の中でも、サークルとして最も力を入れていた対象が「人魚」だという。
そしてその「人魚」に関する新たな情報がサークルのメンバーからもたらされるのである。
古文書の中に沙留覇島での「人魚」の存在を示す記述を発見!
長年「人魚」を追いかけていたメンバーを含む4名が船で無人島の沙留覇島に向かうことになった、と手記に綴られている。
島に上陸した後の様々な冒険譚に続いて、殺人事件が起きたという尻切れトンボで終わっている。
島では一体何が起こったのか?
これは「孤島ミステリー」だね!(笑)

フロッピーディスクを警察に届け、行方不明事件として捜索が行われても手がかりはなし。
事件に関しての報道がされなくなった頃、トビさんからメールが届く。
それは行方不明者を一緒に捜索しに行こうよ、という誘いであった。
トビさんと2人だけの旅行だと思っていたのに、何故かイラストレーターの通称ジンベーこと高階甚平が同行している。
ジンベー!(笑)
トビさんもネコも、そしてジンベーも同じ大学の野生生物研究会というサークルに所属していたことから、学校を卒業してからもずっと付き合いのある「観察者シリーズ」ではお馴染みのメンバーなんだよね。
奇抜なファッションをしたジンベーの登場は嬉しい限り!
今まで何度も書いているけれど、SNAKEPIPEはジンベーのファンなのである。(笑)
トビさん、ネコ、ジンベーのトリオが沙留覇島を目指すことになる。
かつてのサークル仲間が、別のサークル遭難者を探すという構図だね!

映画や本の感想を書く時に毎回迷ってしまうのが、どこまで粗筋を書くべきか、という点。
参考として、例えばAmazonの販売ページに載っている文章を読んで、ここまでの情報ならオッケーなんだ、という基準にする。
ただ、そのままコピーしようとは思わないので苦心するんだよね。(笑)
「非在」に関してのあらすじはここまでにしようか。

手記を元に大学生の特徴が記されているため、サークルのメンバー各々の区別が付き辛かったな、というのが最初に持った感想ね。
通常はネコが特徴を話して(思って)文章化されているので判り易いんだけどね。(笑)
そもそも手記というのが、「自分の体験やそれに基づく感想を自分で文章に書いたもの(デジタル大辞泉より)」ということなので、人の風貌に関して細かく書かないのが当たり前なんだよね。
それにしても…。
今回はトビさんが事件を解決しても、なんとなくしっくりこない感じ。
最後まで読んだ後、もう一度ページを戻して読み返すことになる。
「非在」はミステリーのジャンルでいうと「叙述トリック」になるんだよね?

SNAKEPIPEは鳥飼先生の作品のファンで、ミステリーに精通している読者ではないため、この手のトリックに慣れていないみたい。
だから「しっくりこない」になっちゃうんだね。(笑)
SNAKEPIPEにとっては、例えばジンベーの登場や、トビさんの薀蓄を聞くことが1番の喜びだからね!(笑)
ミステリー・マニアの方は「叙述トリック」を解く挑戦(?)として楽しめると思う。

「観察者シリーズ」4人目のメンバーである神野先輩が経営するバー、「ネオフォビア」で繰り広げられた会話も興味深かった!
前作「中空」では「竹取物語」と老荘思想が絡んでいたけれど、「非在」では「浦島太郎」と「人魚」なんだよね。
「竹取物語」の時もそうだったけれど、「浦島太郎」に関しても知っているのは子供向けのお伽話だけだったと判明!
「日本書紀」や「万葉集」にも記述があることも知らなかった。
勉強になります!(笑)
「蓬莱」や「ニライカナイ」などの魅力的な単語が飛び出す。
きっとSNAKEPIPEはネコよりも低い点数しかもらえない程度の解答しかできないけれど、その手の話には興味津々だからね!
鳥飼先生の作中に登場したことがきっかけで、興味を持つことって多いんだよね!
例えば黒岩涙香も、漢字の読み方に苦労しながらも面白く読んだし。
「浦島太郎」や「竹取物語」も読んでみたい作品になったよ!

「ネオフォビア」でかかる音楽にも注目だね!
ロキシー・ミュージックの「サイレン」にはROCKHURRAHが大反応していた。
どうやらロキシー・ミュージックで初めて買ったアルバムが「サイレン」だったとか。
思い入れが強いみたいなんだよね。
「ジャケットが人魚だよ」
という情報を元にトップにyoutubeを貼ってみたよ!
おお、まさにセイレーン!(笑)

「観察者シリーズ」第3弾は「桃源郷の惨劇」。
また感想をまとめてみたいと思う!

追記:今回より鳥飼先生専用のカテゴリーを作成してみたよ!
ジャーン!ROCKHURRAH命名の「トリカイズム宣言」!(笑)
「好き好きアーツ!」として書いていなかった記事もカテゴリー化されて良い感じだね!

好き好きアーツ!#32鳥飼否宇 part10–中空–

【画像では解り辛い!目の前に立つと吸い込まれそうになるAnish Kapoorの中が空洞の作品void】

SNAKEPIPE WROTE:

今まで何度読み返したのか覚えていない。
次に何を読もうか迷った時に、必ず手に取ってしまうのが鳥飼否宇先生の「中空」である。
この小説は先生の名前を世に知らしめるきっかけになった、2001年に横溝正史ミステリー賞優秀賞を獲得した鳥飼先生のデビュー作だ。
以前より何度も先生の著作について拙い感想を書かせて頂いている中に、「痙攣的」をまとめた記事もある。
その記事の中で、「中空」や「非在」も面白い、なんて書いておきながら感想をまとめていなかったんだよね!
好き好きアーツ!#30 鳥飼否宇 part9–生け贄–」の最後で触れていたように、鳥飼先生の旧作を改めて再読し、感想を書いてみようと思ったのである。

「痙攣的」ですっかり先生の虜になったSNAKEPIPEは、「中空」でも魅力的な登場人物と出会うことになる。
先生の分身のような存在である(鳥飼先生ご自身は否定されているけれど)鳶山久志、通称トビさんを探偵役に据えた「観察者シリーズ」は、2015年の今年にも新刊が出た、現在も続く大人気シリーズである。
そしてトビさんに探偵役をさせるきっかけを作るのが猫田夏海、通称ネコである。

「中空」は、植物写真家であるネコが、屋久杉の撮影を終え、鹿児島在住のトビさんと待ち合わせ、居酒屋で飲んでいるところに耳寄り情報をもたらす人物と出会ったことから始まる。
行商人である旅庵から、滅多にお目にかかれない竹の花に関する話を聞くのである。

かつてSNAKEPIPEの祖母の家は茨城県にあり、農家だった。
昔話に出てくるような藁葺き屋根。
庭には柿の木やビワの木があって、木の下にはガチャコンと組み出す井戸があり、トイレは外の掘っ立て小屋だった。
トイレ、というよりは厠という呼び方のほうが適切だね。
いわゆるボットン式だったから。
夜、そこに行くのは大変な勇気が必要だったものだ。
もし今、またあの場所にいったとしても、あの厠はかなり怖いだろうな。

そして、裏庭は見事な竹林だった。
サワサワと風に揺れる竹の葉の音。
見上げると全く空が見えないほど高さのあった竹は、日差しを遮り涼しい空間を作っていた。
物心つく前の記憶だから全く当てにはならないけど、竹の花を見たことはないはずだ。
多分、そう、だと思う。
この一文を書くために、かなりの行数を費やしたね。(笑)

左の画像が竹の花らしいけど?
あんまり花って感じには見えないよね。
作中にもあったように、竹の花は60年から120年の周期で咲くと言われている。
見たことがないのも当たり前だね。
そのため開花を鑑賞できるのは、本当に稀なことなので、植物写真家のネコが話に食いつくのもうなずける。
ただし竹の花に関するもう一つの情報については知らなかったようだ。
開花が珍事だからか、不吉なことが起きるという噂のことである。

旅庵さんに教えてもらった道を行き、トビさんとネコは奥深い山道を延々と歩き、ようやく目的地である「竹茂村」に到着する。
架空の村という設定だけれど、鹿児島県の大隅半島の先端近くの田舎とのことで方言は鹿児島弁である。
文章として読んでいるから、理解できる範囲の方言だと感じるけれど、ネコが言っていたように、ヒアリングだけでは会話を成立させるのは難しそうだ。
SNAKEPIPEは「じゃっどん」がお気に入りで、ROCKHURRAH相手に使用することがある。
福岡や長崎でいうところの「ばってん」と同じだね。(笑)

会話に不自由を感じながらも、旅庵さんから村の住人を紹介してもらう。
「竹茂村」は7世帯が、共同生活を送っている自給自足の村だった。
桐野夏生の小説「ポリティコン」(2011年)ではトルストイの「イワンのばか」から命名した「唯腕村」という自給自足の村が舞台だったけれど、「竹茂村」では「老荘思想」の小国寡民の考えを実践した理想郷を目指してきたという。

孔子ならば多少は教科書にも載っていたので知っているけれど、老子や荘子、ましてその思想についての知識は皆無といって良いSNAKEPIPE。
ちなみに小国寡民とは「国土が小さくて、人口が少ないこと。老子が理想とした国家の姿」だという。
小国寡民には続きの漢文があり、その中で「足るを知る」ことや「穏やかに生活する」というようなことも書かれている。
村人以外の人との関係を築かないことも重要とされている。

自給自足といえば、かつてアメリカでヒッピー達がコミューンを作っていた話を読んだことがあるSNAKEPIPE。
良いな、と憧れたことがあったけれど、農作業やら家畜の世話、水を組んできたり、川で洗濯したり、藁でカゴを編んだり、干し芋を作ったり!
こう書いてるだけでも大変そうだよね。(笑)
桐野夏生の「唯腕村」では、目指していたはずの理想郷とは別の、ドロドロした人間臭い村に成り果てていたね。
恐らく最初はユートピア建設に向けて、村人全員が同じ方向を向いていただろうけど、やっぱり人間だもの。みつを。
桐野夏生は人のいや〜な部分を描くのが上手いよね!

一方、鳥飼先生の「竹茂村」は、創始者達が理想としたままの信念を貫いて生活をしているという。
完全に封鎖された村というわけにはいかないため、旅庵さんのような行商人が出入りすることになったというのである。
その説明を聞いて、トビさんが驚くのも無理はないよね!

20年前の事件だけは、理想郷に似つかわしくない、汚点とでもいうのだろうか。
現在は7世帯が住んでいる「竹茂村」は、8世帯だったという。
村人7名が惨殺され、1世帯がなくなってしまう大事件は、「八つ墓村」を思い出させるよね。
「8」の字と村人虐殺という点から、だろうね!
そんな忌まわしい過去があるにも関わらず、「竹茂村」は「老荘思想」を軸に存続し続けているという。
そして竹の花が咲いた時、また凶事が起きてしまうのである。

西荻窪にあるバー「ネオフォビア」には、トビさんとネコの行方を案じている2人がいた。
トビさんとネコと同じ大学で野生生物研究会のメンバーだった神野良、通称神野先輩と後輩の高階甚平、通称ジンベーである。
トビさんからの意味深なメールを受け取り、「竹取物語」を読んでいたという神野先輩。
「竹取物語の旅に出る」
というのがその内容なのである。
竹取物語といえば「かぐや姫」だよね!
確かに翁が竹を切ったら、中からかぐや姫が出てきたという話は有名だけど、「竹取物語」は読んだことないなあ。
離れた場所にいながらも、かつてのサークル仲間も竹に関して格闘している様が面白いね!
更に神野先輩の作詞作曲で弾き語りまで披露されるとは!
神野先輩は歌が上手いんだね。(笑)
「太陽と戦慄」の中でも鳥飼先生の作詞があったけれど、今回のかぐや姫の詩も良い感じ!
夢野久作の「白髪小僧」を思い出したSNAKEPIPEだよ。

そして「ネオフォビア」での選曲もファンには見逃せないシーンだよね。
ホークウィンド、ユーライア・ヒープ、キング・クリムゾン、スパークス。
SNAKEPIPEにはほとんど馴染みのないアーティストだけれど、ROCKHURRAHはさすがに知ってたよ。
「人が読んで分かる範囲の割とメジャーな選曲にしたのかな?」
とROCKHURRAHが言う。
その後の鳥飼先生の作品では、もっと一般的に馴染みのないアンダーグラウンドなアーティスト名がジャンジャン登場するから、というのが理由らしい。
デビュー作だからマニアックさを控えめにしていたのでは?と予想していた。
えー!メジャーなのー!知らなかった!(笑)

ほんとだ!ザ・ピーナッツまでカヴァーしてるし。(笑)

60年代から70年代のブリティッシュ・ロックだけを選曲しているという、神野先輩の趣味が全面に押し出された店「ネオフォビア」、実在してたら行ってみたいな。(笑)

「中空」は竹と荘子と「竹取物語」が混在し、「八つ墓村」のような残酷な事件があったかと思えば、スギ老人のボケぶりにプッと吹いてしまうシーンもある、非常に魅力的な小説であると再確認した。
ネコの大学時代のエピソードも、一見突き放したように見えるけれど、実は愛情を持って接してくれているトビさんの人柄も。
第4章の最後で「衝立に芭蕉の俳句が記されているのでは?」とネコが思う場面は、「獄門島」を指していることに気付いたよ。(笑)
やっぱり良いね!
何度読み返しても新しい発見があるもんね!
次は「非在」を読み返してみよう。
また何か発見がありそうだよね!

好き好きアーツ!#31 鳥飼否宇 part9–生け贄–

【アルビノ大集合!おや、一文字違いも入ってるぞ?】

SNAKEPIPE WROTE:

鳥飼否宇先生の第4弾は「生け贄」!
2014年12月から、毎月鳥飼先生の新作が刊行されているのである。
全て別のシリーズで、それぞれの新作に拙い感想を書き、そしてその感想に対して鳥飼先生ご本人からコメントを頂戴する、というファン冥利に尽きる経験をさせて頂いた。
鳥飼先生、本当に感謝しています!

ついに観察者シリーズ最新作「生け贄」を読了!
スペシャルなディナーを堪能したように、読了後は大満足で自然に笑みがこぼれてしまう。
あー!美味しかった!(笑)
早食いのSNAKEPIPEは、あっという間に平げてしまった。
同じようにご馳走を堪能したROCKHURRAHと、食後のコーヒーを飲みながら感想を話し合う。

それでは「生け贄」についての感想を書いていこう。
2週連続で鳥飼先生の作品を取り上げることができるのは初めてのことだよね!
※ネタバレしないように書いているつもりですが、未読の方はご注意下さい。

観察者シリーズとは、大学サークルの野生生物研究会に所属していた4人が、卒業後して20年近く経っても連絡を取り合い、奇妙な事件に巻き込まれる話なのである。
4人のプロフィールについては、以前書いた記事「好き好きアーツ!#12 鳥飼否宇 part3 –物の怪–」で説明させて頂いているので、ご参照あれ!

「生け贄」はメンバーの中での紅一点、ネコこと猫田夏海が仕事をしているところから始まる。
ネコは一体いくつになったんだろう。
シリーズを通して読んでいるので、今ではすっかり知り合いの気分になっているSNAKEPIPE。
恐らく40歳を過ぎているはず。
それでも一番初めに登場した時から、雰囲気が変わっていない感じ。
SNAKEPIPE自身もそうだけど、精神年齢が高校生だった頃とあまり違いがないんだよね!
良く言えば若い。
成長していない、とも言える。(笑)
ネコも恐らく似たタイプと推測する。
勝手に思い込んでるだけかもしれないけど、共感を覚えることが多いキャラクターである。

植物写真家であるネコは、トサシモツケ(左の画像)を撮影するために高知県にいた。
撮影に成功したため緊張が緩んだのか、川に転落!
更にじん帯を切ってしまい、近くの民家でお世話になるのである。
その家は明神といい、白崇教という新興宗教の本部だったのである。

明神家は高知県南西部でカツオ漁船の網元として名高く、漁船を所有し、なんと明神港という私有の漁港まで持っている大金持ちである。
その明神家に、アルビノの男の子が生まれる。
その子が海に転落し、海中で白いサメからお告げを受けたことから、白いサメを「タイガ様」として崇める白崇教が始まる。
そして明神家の広大な敷地内に、「白崇御殿」と呼ばれる白崇教の施設が建設されるのである。

白いサメを崇める宗教とは!
実際白い動物を神の使いと考え、その姿を見ると縁起が良いとされる言い伝えは世界各国にあるよね。
例えば白いヘビは、パッと思い浮かぶし。
夢で見ただけでも幸運が舞い込んだり、金運が上がるとされているらしいね。
あれ?実は白いヘビの夢を見たことがあるSNAKEPIPEだけど、金運上がってないなあ!(笑)

アルビノについての説明はWikipediaによると

メラニンの生合成に係わる遺伝情報の欠損により
先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患がある個体である

ということになる。

白い動物は、その希少性や見た目の美しさから、
神の使いや吉凶の前ぶれなどとして畏れられ、
古くから信仰の対象として地元の人たちに
大切にされてきた

という記述もあるね。
「続日本紀」に赤い眼をした白い亀の記述があって、それが「宝亀」という元号の由来になったそうだ。
768年の出来事らしいけど、「鳴くよウグイス平安京」の794年より前のことになるんだねえ。
昔から白い動物が珍重されていたことが分かるよね!

アルビノは神の化身として明神家では優遇される。
現在、ネコこと猫田夏海がお世話になっている明神家にいるアルビノの女性、雅も例外ではない。
現在の白崇教の二代目教主から可愛がられ、副教祖の身分を与えられている。
雅には双子の妹がいて、その名前が、純!
おおおっ!純とはっ!(笑)
二卵性双生児のため、純はアルビノではない。
同じ双子でも雅のような扱われ方をしていないため、被害妄想気味である。
普段から夢見がちで追憶趣味のある28歳の純、さすがにツインテールは子供っぽいと思うけど、何故だか妙にシンパシーを感じてしまうSNAKEPIPE!
「名は体を表す」は本当のことだと思うな!(笑)
この純が、ギプスで動けないネコの面倒を見てくれるのである。

実はネコが居候している時、明神家は喪中だったのだ。
明神純の祖父が漁船沈没により亡くなってしまったのである。
「明神家は白崇教に全く関わっていない漁業一筋の家族もいるところが珍しいし、閉鎖的な空間だけれど、横溝正史の作品にあるような古い因習や香山滋の『怪異馬霊教』とは違うんだよね」
とROCKHURRAHが言う。
なるほど!大抵宗教関係というと、一族全てが信仰しているパターンがほとんどだろうね。
純の祖父は漁業を生業としていたため、事故に遭ってしまったんだね。
そんな明神家が更なる悲劇に見舞われるのである。

行った先々で見事に事件に遭遇してしまうネコは、つくづく災難だよね。
えっ、そうじゃないとお話にならないって?(笑)
「生け贄」ではギプス姿だったので、一人で動き回ることができないのはもどかしかったに違いない。
でもそのおかげで鳶さんが禁を破り、珍しい体験ができたのは良かったのかな?(笑)
鳶さんとは、ネコの大学時代の3学年上の先輩、現在は自称「観察者(ウォッチャー)」、「観察者シリーズ」の由来でもある鳶山久志のことね!
決して鳶職人の鳶さんではないので、お間違えなく!(笑)
ヘルプを求めた時、鳶さんは音信不通。
やっと来てくれた時には泣きそうになったり、鳶さんがびっくりするような嘘をついた時には大慌てするネコは、とってもかわいいね!
ネコにとっての鳶さんは先輩であり師匠であり、最も信頼を寄せている男性だと思うから一喜一憂しちゃうんだろうね。
ネコと鳶さんの関係は、とても微笑ましい。(笑)

「生け贄」の設定は2009年となっていたので、現在より過去の出来事になるんだね。
携帯電話からスマートフォンに移行する人が増え始めたのは、これより少し後のことだと記憶している。
ギプスで身動きが取れず、調査もままならないネコが「使い勝手の良い検索ツール」として頼ったのがジンベーだった。
電話でだけの登場だったけど、偽博多弁が聞けたのは嬉しい。(笑)
以前も書いたことがあるけれど、実はSNAKEPIPEが「観察者シリーズ」の中で友達になりたいと思っているのがジンベーなんだよね!
ちなみにROCKHURRAHは、今回登場しなかった神野先輩のファンだって。
自分の持っているバーで好きな音楽聴きながら仕事している身分が羨ましいらしい。(笑)
ジンベーは個展で忙しそうだけど、次回作では是非奇抜なファッションを見せて欲しいよね!

鳶さんはネコから事件の話を聞いた段階で、結論を弾き出していたみたいだね。
実はROCKHURRAHも、読んでいる途中で
「わかった!」
と叫び、「ある推理」を言葉にしていたんだよね。
そしてなんとそれはピッタリ的中!
もちろん鳶さんみたいな合理的な説明はなかったけれど、命中には恐れいった。
聞いた時SNAKEPIPEは、「そうかなー?」って答えてたからね。

鳶さんは生物に関する知識の豊富さと博識から、土着的な部分に科学的なメスを入れ、難題を軽々と解いてしまった。
まさかそんな話だったとは!
何度もページを行きつ戻りつ、読み返しちゃったよ。(笑)

「生け贄」は、予想していたよりも遥かにスケールの大きな、ちょっとやそっとじゃ思いつかない「すごい話」だったよ!
土着的な部分の解明というと京極堂を思い出すけれど、鳶さんは飄々と簡潔に説明してくれるのでわかりやすい。
これが鳥飼先生の持ち味なんだよね!
ネイチャーミステリー「生け贄」、大満足だよ!
「観察者シリーズ」最高だよね!(笑)

ここでふと気付いてしまった。
毎月新作メニューを楽しんでいたけれど、もう来月はないんだよね!
少しガッカリするSNAKEPIPE。
いや、まてよ。
今まで何度も食べている大好きなメニューを、また食べれば良いんだ、と気付く。
そうだ、鳥飼先生の旧作を再読しよう!
今まで書いていなかった感想が書けたら良いな。