ふたりのイエスタデイ chapter19 /Altered Images

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【オルタード・イメージの1st アルバム】

SNAKEPIPE WROTE: 

学生だった頃、SNAKEPIPEが所属していたのは美術部だった。 
当時はシュールレアリスムという言葉すら知らずに、想像画を描いていたっけ。
写真を見ながら似顔絵を描くのも好きで、クラスメイトに頼まれて描いたこともあった。
アントニオ猪木を色紙に描いて欲しいとの注文を受け、そっくりに描けたのは良かったけれど、顔が長過ぎて色紙から顎がはみ出るハプニングがあったことを思い出した。
それでも似ていたので、友人は本当に喜んでくれたっけ。(笑)
忌野清志郎を描いた時は、自分でもびっくりするほど上出来で、友人に絵を渡すのをためらうほどだった。
こうして思い出してみると、SNAKEPIPEは絵の才能があったのかもしれないね?

当時のSNAKEPIPEにとってアイドルだったのは、オルタード・イメージの紅一点、クレア・グローガン!
クレアちゃんは1980年代初頭のイギリスでも大人気で、ファッション・リーダー的な存在でもあったらしい。
クレアちゃんはリチャード・ギアのファンで、もし彼氏だったら閉じ込めて一歩も外に出られなくする、と雑誌で読んだ遠い記憶が。(笑)
なんでこんなどうでもいいこと覚えてるのかね。
SNAKEPIPEが自分のために似顔絵を描いたのは、このクレアちゃん。
使用したのがこの画像なんだよね!
当時見ていた画像があって良かった、と安堵したのも束の間、これは「透かし入」のストック・フォト…。
他にないのかと探したけれど、見つからなかったのが残念。
この画像を見ながら鉛筆で似顔絵を描いたなあ。(笑)
懐かしい!

ここでオルタード・イメージについて少々説明を。
2018年1月にROCKHURRAHが書いた「俺たちハッピー隊」の内容と重複するけどね!
スコットランドのグラスゴーで1979年に結成されたポスト・パンク/ニューウェーブ・バンド。
メンバーは5人で、全員がスージー・アンド・ザ・バンシーズの公式ファンクラブのメンバーだったという。
そのため結成当時は、バンシーズみたいなダークな音楽だったというけど、クレアちゃんの声とはアンマッチだよね。(笑)
バンシーズがスコットランドでギグを行った時デモテープを渡し、その結果1980年の「カレイドスコープ・ツアー」の前座として同行したという。
オルタード・イメージの名前を有名にしたエピソードなんだね。
そして1981年、イギリスのヒットチャート2位を記録する大ヒットが「Happy Birthday」だよ! 

本当は公式プロモーション・ビデオが良かったんだけど、なぜだか「お住いの国では再生できません」って出てきちゃうんだよね。
当時のSNAKEPIPEも好んで聴いていた曲だよ。
飛び跳ねて歌うクレアちゃんもかわいいね!
この曲は2005年に発売されたロンドンナイト25周年記念特集のCDにも入っていて、とても懐かしかったなあ。

オルタード・イメージは、ヴォーカルのクレアちゃんだけがクローズアップされていたため、他のメンバーについては良く知らないんだよね。(笑)
どうやら画像の右から2番目の男性(Steve Lironi)と結婚したみたいだけど、それは調べて知ったこと。
オルタード・イメージは1983年に解散したけれど、ヒットしたのは1曲だけじゃないんだよね。
今でも80年代を特集するインターネット・ラジオを聴いていると、何曲もかかるし。

解散後、クレアちゃんはソロになったけれどパッとせず、女優業に専念したらしい。
今でも活動してるようで、17歳からのキャリア40年とは驚きだよ。
クレアちゃんと「ちゃん付け」で書いているけど、もう58歳だからね。

最後にもう1曲、「I Could Be Happy」を載せようか。
当時を思い出しながら、気持ちを少女に戻してみよう。
これもSNAKEPIPEにとっての若返り療法だよ!(笑) 

ふたりのイエスタデイ chapter18 /JAPAN

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【JAPANのアルバム 「Tin Drum」】

SNAKEPIPE WROTE:

2020年2月に「ふたりのイエスタデイ chapter17 /Sigue Sigue Sputnik&RUN DMC」 を書いてから、
「一番最初に行ったライブはなんだろう」
と思ったSNAKEPIPE。
先週書いた「ROCKHURRAH紋章学 アルコール・ボトル アーティスト編」でも、POGUESのライブに行ったことを思い出したり、過去には意外と「来日公演」に行っていたからね。
じっくり考え、遠い記憶をたどってみる。
「そうだ!JAPANだ!」

動画を載せたのは、恐らくSNAKEPIPEが一番最初にJAPANを見たであろうプロモーション・ビデオ。
「Life In Tokyo」は1979年の曲だって?
今から何年前かと考えると恐ろしい。(笑)
2015年2月に書いた「ふたりのイエスタデイ chapter07 / Duran Duran」でも登場した「火曜日だったか水曜日の夜7時から始まるローカル番組」で、見たんだよね!
この番組は司会者が進行役となり、独自のセレクションでプロモーション・ビデオを流していた。
リクエストにも応じていて、JAPANはよく流れていたっけ。
このちょっとモヤがかかったような白っぽいバックに、ハレーションが起きているような強いスポットライトに浮かび上がる前髪長めのヴォーカリストの映像は、何度も見たよ。
いつもリクエストが一番最後だったので
「それでは皆さん、また来週!」
と司会者が言った後、ほんの何十秒かだけ映像が続き、CMで終わってしまう。
そのため、今回初めて全編を視聴したよ。(笑)

ここまで「JAPAN」と何度も書いているけれど、「日本がどうしたって?」と思う人も多いかもね?(笑)
「JAPAN」というのは、1974年にヴォーカルのデヴィッド・シルヴィアンを中心にイギリスで結成されたバンドなんだよね。
「なんとなくJAPANという響きが浮かんだだけ」(Wikipediaより)という、あまり意味のない理由により、バンド名を決めたというデヴィッド・シルヴィアン。
イギリスではパッとしなかったのに、日本では大人気!
バンド名も親近感を増す要因だったのかもしれないけど、なんといっても女子が好んだのはそのルックス。
まるで少女漫画に出てきそうだもんね!
JAPANの曲はほとんどデヴィッド・シルヴィアンが作詞・作曲していたことも、今回初めて知ったよ。
ギターもピアノもこなすし、天は二物も三物も与えてるじゃないの!
何故か写真家・作家の藤原新也と親交があり、以前藤原新也のHPで一緒にモーターボートに乗っている画像を見たことがあるよ。
アルバムのジャケットに藤原新也の写真が使用されているんだって。
バンド名だけじゃなくて、実際に日本との関わりも深いみたいだね。

JAPANのベースはミック・カーン。
ミック・カーンのベースは、一度聴いただけで特徴をつかむことができるほど。
うねるような音なんだよね。
何か奏法名があるのかもしれないけど、ミック・カーン以外でこんなベースは知らないよ。
ジャズとかフュージョンで使われることが多いフレットレス・ベースをロックの世界で個性的に使ったのがミック・カーン、ということになるみたいだね。
真っ赤な髪で真っ赤なスーツ、ギロギロした目!
一見強面に思えるのに、実は猫好きだって。(笑)
さすが猫がいっぱいいるキプロス出身だけあるよね。

上に載せた「Visions Of China」が発表されたのが1981年。
同じ年に日本で出版された「MUSIC LIFE」新年号の表紙を飾るJAPANのメンバーだよ。
メンバーについて、ヴォーカルとベースしか書いていなかったけれど、この画像をもとに少し説明してみよう。
上の左がドラムのスティーブ・ジャンセン。
中央にいる金髪のデヴィッド・シルヴィアンの実弟なんだよね。
並んで写っている画像によっては、似て見えることもあるよ。
言われないと分からないことが多いかも?(笑)
上の右はミック・カーンでしょ。
下の左がキーボードのリチャード・バルビエリ。
モノトーンの服装が多い印象があるよ。
口紅も黒かったしね?
下の右がギターのロブ・ディーン。
2015年8月にROCKHURRAHが書いた「ロックンロール世界紀行 Transit05」によれば、この頃の「MUSIC LIFE」にJAPANが登場することが多かったという。
表紙だったりグラビアで特集される、とかね。
そうしたことも日本での人気につながったんだろうね。

JAPANの初来日は1979年で、最初から日本武道館で公演を行っている。
恐らく当時の最大収容人数を誇る会場が日本武道館だったんじゃないかな?
チケットが完売できるほどの人気だったってことだもんね。
SNAKEPIPEは、その時代より少し後輩にあたるので(笑)、ライブを観たのは1982年の武道館だよ。
チケットが余ったから誰か行かない?と学校の先輩から誘われ、実はあまりJAPANを知らないのに思わず手を上げてしまったんだよね。
そのチケットはとても良い席で、1階席の前から数えたほうが早いようなステージに近い席だった。
曲を聴くというよりも、 メンバーの顔を見に行った、という感じかな。(笑)
一番人気はヴォーカルのデヴィッド・シルヴィアンだけれど、実際にステージを観たSNAKEPIPEに強いインパクトを与えたのはミック・カーンだった。
笑いながら瞬きをしない鋭い目つきで軽いステップを踏み、ベースを弾く。
ステージを右に左へとカニ歩きする様は、今でもはっきり覚えているよ。
そのミック・カーンは2011年にガンのため亡くなっている。
52歳じゃ若過ぎるよね。

今回JAPANについて調べていたら、思っていたよりも多くの曲を知っていたことが分かったよ。
そのうちの1曲がこの「Adolescent Sex」(1978年)だった。
曲は聴いたことがあったのに、JAPANだとは知らなかった。
初期の頃はロック色が強かったんだね。

JAPANは1982年に解散している。
SNAKEPIPEが武道館に行った翌年ということになるね。
一度でも実物を観られて良かったよ!

JAPANは、遅過ぎたグラム・ロック、早過ぎたニュー・ロマンティックという微妙な立ち位置のバンドだったのかな。
デヴィッド・シルヴィアンの知的さと美意識のためなのか、ヒット・チャートを独占するようなキャッチーな代表曲には恵まれなかったのかもね。
ただし、それは音楽性の高低についての話ではない。
恐らくJAPANは様々なミュージシャンに影響を与えているバンドには違いないし、いわゆる美形ビジュアル系バンドの元祖だろうね。
今回改めて振り返り、そんなことを思ったSNAKEPIPEだったよ!

ふたりのイエスタデイ chapter17 /Sigue Sigue Sputnik&RUN DMC

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【一世を風靡したレコード】

SNAKEPIPE WROTE:

ROCKHURRAH RECORDSでは、何かしらの作業をする時にラジオを聴くことが多い。
何かしらの作業とは、皿洗いや掃除などの家事や、趣味のミシンを踏んだりする時のことだ。
見た目とは違って、意外とマメに色々やってるんだよね。(笑)
そんな時、重宝しているのがインターネットラジオである。
iTunesのインターネット・ラジオでお気に入りだった、80’sニューウェーブやパンク専門チャンネルが次々とサービスを停止してしまったのは、非常に残念。
インターネット・ラジオの仕組みがよく分からないんだけど、個人が独自にサービスとして提供しているものなのかな。
コマーシャルが途中で入る番組の場合は、広告収入を得ていることが分かるけど、曲だけをかけているチャンネルもあるからね。
今回サービスを停止したのは、広告収入を得ていないだろうと思われる種類のチャンネルだったから、仕方ないのかもしれない。
少しでも好みの曲がかかるチャンネルを探して聴いている今日このごろである。

先日もまたインターネットラジオを聴いていると、非常に懐かしい曲が流れてきた。
ジグ・ジグ・スパトニックの「Love Missile F1-11」である。

このビデオが1986年のものらしいけど、当時の近未来像がよく分かるよね。
ブレードランナー(原題:Blade Runner 1982年)」の世界観と「マッドマックス(原題:Mad Max 1979年)」のイメージを合体させたみたいだもんね。(笑)
改めて鑑賞すると、ジグ・ジグ・スパトニックのメンバーは、まるでフィギュア人形みたいな出で立ち。
「Love Missile F1-11」はループするリズムに、ほんの何フレーズかのセリフが入るシンプルな曲だけれど、耳に残る。
メンバーのど派手なルックスもあり、かなり話題になったものだ。

ジグ・ジグ・スパトニックのデビューは華々しかったんだよね。
記者会見の模様をテレビで見た記憶があるよ。
「デビューにあたって」なのか「シングル曲をリリース」だったのか、会見の主旨については覚えていない。
ただメンバーの誰かが、タバコのマルボロの煙を全く吐かずに吸っていたことが強く印象に残っている。 
イギリス人がマルボロを吸ってるということと、吸った煙の行方が気になったんだよね。(笑)
そして「何か新しいことが始まりそう!」と思ってワクワクしたっけ。

ジグ・ジグ・スパトニックは元ジェネーレーションXのトニー・ジェイムスが中心となって結成された。
ジェネレーションXといえば、ビリー・アイドルがヴォーカルだったパンク・バンド!
ポップな曲調とバラード曲が多いのが特徴だったバンドだった。
バンド解散後、ビリー・アイドルはソロとして、トニー・ジェイムスはジグ・ジグ・スパトニックとして活動を続けたってことだね。
一発屋だと思われているジグ・ジグ・スパトニックだけど、当時もう1曲流行った曲があるんだよ。

基本的なラインは変わらないんだけど。(笑)
「ブレードランナー」を意識しまくってるおかげで、カタカナの文字が踊ってるね。
この2曲ですっかりファンになってしまったSNAKEPIPE。
LPも12インチのレコードも購入し、聴き込んだものよ。(遠い目)

そして日本公演が発表され、すかさずSNAKEPIPEは長年来の友人Mとチケットをゲット!
会場がどこだったのか忘れてしまったけれど、1階の前から2列目だったか3列目という絶好のポジションだったんだよね!(笑)
聴くというよりは、メンバーを観たいと思っていたので、来日公演を楽しみにしていたのに…。
公演は中止になり、チケットは払い戻しになってしまった。
中止の理由について説明されたのかも覚えていないけれど、今調べてみると「観客の暴動に加え、メンバーが客席に瓶を投げたため、暴力的なバンドと見なされた」や「チケットの売れ行きが悪かった」などと書かれている。
実際の理由が何にせよ、公演が中止になり、SNAKEPIPEと友人Mは非常にガッカリしたよ。
どうやら2002年に来日しているようだけど、やっぱり80年代のキラキラした時代に観たかったよね!

喜び勇んでチケットを手にしたのにもかかわらず、来日が中止になった別の公演を思い出した。
それはRUN DMC
RUN DMCとは1980年代に一世を風靡したヒップ・ホップ・グループ。
1986年にリリースした「Walk This Way」が大ヒット!

ビデオにも登場しているエアロスミスの曲をサンプリングした、ロックとラップを融合させた曲なんだよね。
RUN DMCは音楽だけではなく、そのファッションも注目されていた。
スポーツウェアのadidasとゴールドのチェーンとカンゴールのハットを組み合わせたスタイルは、当時の日本でも大流行したっけ。
藤原ヒロシや高木完がヒップ・ホップ・グループ、TINY PUNXを結成したのもこの頃だったね。
最先端でオシャレな人はラップ系に傾倒していった。
当然のように若かりし頃のSNAKEPIPEも流行に乗っていたよ。(笑)
TINY PUNXの「建設的」も12インチ・シングルも持ってたなあ。
その当時のことを2008年4月に「ファッション雑誌なんかいらない!」という記事に書いているね。

実はRUN DMCは何度か来日公演を行っている。
ネットでの情報によれば、1986年のNHKホールが初来日みたいだね。
それ、行ったわ。(笑)
次に観に行ったのは、横浜の菊名の辺りだったように記憶しているけれど、わざわざ泊りがけにしたんだよね。
踊り過ぎてSNAKEPIPEが転倒する、なんてこともあったっけ。(笑)
SNAKEPIPEがノリノリになっていた曲は、確かこれ。

そして恐らく3回目の来日公演が中止になったような?
場所がどこだったのかまでは覚えていない。
そして中止の理由がなんだったのかも、はっきりしなかったような気がする。
今でもRUN DMCのCDは何枚か所持しているし、今聴いてもやっぱり好き!
ロック要素が強いし、ラップの声が良いんだよね。
ノリノリになり過ぎて、転ばないようにしないと。(笑)

RUN DMCは3人組のグループだけれど、2002年にスクラッチDJだったジャム・マスター・ジェイが射殺されるというショッキングな事件により、活動休止になったという。
そんなRUN DMC、つい数日前にテレビで観てびっくりしたよ。
2020年1月26日に行われたグラミー賞授賞式でのパフォーマンスとのこと。
エアロスミスと共演した、というニュースだったんだよね。
真ん中のスティーヴン・タイラーと左のDMCは、観てすぐに分かったけれど。
右の人は誰?(笑)
なんとRUNだったとは驚いちゃうね。
かなり体重が増して、全くの別人になっているもんね。
ちなみに上に載せた画像では、一番左がRUNだから、違いがよく分かると思うよ。
それにしても元気な姿を久しぶりに見て嬉しかったな!

今回の「ふたりのイエスタデイ」は、1986年にSNAKEPIPEが好きだった2つのグループを紹介してみたよ!
1986年って今から何年前よ?
34年前?
ひーーーー!(笑)

 

ふたりのイエスタデイ chapter16 /The Monochrome set

20190224 yop
【SNAKEPIPEが聴き込んだ一枚】

SNAKEPIPE WROTE:

SNAKEPIPEは夢を覚えていることが多い。
先日見たのは、三島由紀夫が登場する夢だったっけ。
SNAKEPIPEは撮影のための小道具を準備する役割を担っていて、何故だか三島由紀夫に藁で編んだ褌を用意しているんだよね。
藁を編むのが難しくて、「これで良いですか」と渡してみるとダメ出しされてたよ。(笑)
その翌日に見た夢に出てきたのは、かつてSNAKEPIPEと一緒に遊んでくれたお姉さんだった。
このお姉さん、イニシャルでIさん、としておこうか。
IさんはSNAKEPIPEよりも年上で、音楽、映画や本など様々な知識が豊富なため、SNAKEPIPEが好きそうな企画を見つけると一緒に行こうと誘ってくれた女性だった。
もうずいぶんお会いしていないけれど、このIさんが現在のSNAKEPIPEに、かなり影響を与えた女性だったと思う。
そして数日前、突然Iさんが夢に登場したんだよね。
本がぎっしり並んだ本棚を2人で見ていて、「まだこの本は読んでない」などと話している他愛のない夢だった。

Iさんが夢に登場したことにより、突然思い出したのがIさんが教えてくれた音楽のこと。
「きっと好きだと思うよ」
と言ってレコードから録音したカセットテープをもらったのは、いつのことだったんだろう。
手渡されたのはThe Monochrome Set(モノクローム・セット)というバンドの音楽だった。
帰宅後聴いてみて、すぐに虜になったSNAKEPIPE。
さすがIさん、よくSNAKEPIPEの好みを知ってるなあと感心したものだ。
何度も何度も聴いていたテープだったけれど、カセットデッキは壊れてしまい、時代はCDになっていた。
モノクローム・セットのCDを買おうとショップに行ってみるけれど、なんと売ってない!
何軒もCDショップを回ってみるけれど、結果は同じ。
ショックを受け、Iさんにそのことを伝えると
「CD持ってる知り合いがいるから、借りてきてあげる」
と言ってくれるではないの!
どういう知り合いの人なのかは聞かなかったけれど、実際Iさんからお目当てのCDを手渡された時には、飛び上がらんばかりに喜んだね。(笑)
もちろん聴いてから丁寧にお礼を言ってお返ししたよ。

その時にお借りしたのが「Westminster Affair」(1988年)というコンピレーションアルバムだったんだね。
アルバムの1曲目を載せてみようか。 

当時はパソコンもなかったので、今のように簡単に動画が見られる環境ではないからね。 
今回このビデオも初めて観たよ。(笑)
ジャンルを特定するのが難しい、無国籍で不安定な感じのメロディラインは、このヴォーカルの特性だったのか?
音楽しか知らなかったSNAKEPIPEだったので、少しモノクローム・セットについて調べてみよう。

モノクローム・セットは1978年にロンドンで結成されたバンドで、初期メンバーには後に「アダム&ジ・アンツ」で知られるアダム・アントも在籍していたというので驚いてしまった。
その当時のバンド名は「The B-Sides」だったという。
時代的に考察して、恐らく最初はパンク・バンドだったんだろうね?
ヴォーカルはインド出身、ギターはカナダ出身というので、国際色豊かなバンドなんだね。
4枚目のアルバムを出した1985年、バンドは解散している。
1990年に再結成し、どうやら日本ツアーも行っていたみたいだよ。
この頃のSNAKEPIPEはレゲエとテクノばっかり聴いてたなあ。(笑)
時代によって興味の対象が変わっていたので、来日を知っても興味を示さなかったかもしれないよ。

1998年、再びバンド活動を休止する。
それから10年が経った2008年、イギリスのインディーズ・レコード・レーベルの中でもラフ・トレードと並んで最も有名な大手インディーズ(変な言い回しだけど)であるチェリーレッドの30周年記念パーティのために再結成。
その後はまた活動を続け、現在に至っているようだよ。

モノクローム・セットについて書こうと思って、とROCKHURRAHに話すと
「やっぱり1stが良かったよね」
と語りだすではないの!(笑) 
ROCKHURRAHは、当時北九州に住んでいたけれど、ロクなレコード屋がなかったためわざわざ高速バスに乗り、福岡までレコード漁りに行っていたらしい。
その頃の目新しいニュー・ウェイヴは手当たり次第に買って、聴いていたという。
ROCKHURRAHは試聴をせずに、ジャケットやバンド名などからインスピレーションを感じるレコードを買うことが多く、その方法で好みのバンドを探し当てることに成功していた、とやや自慢げに言う。(笑)
モノクローム・セットを買う前のレコード漁りの時に、ジョイ・ディヴィジョンとディス・ヒートを同時に購入して、まるで宝くじを当てたような運命的な出会いをしていたROCKHURRAH。
その勢いがついた状態で、再びインスピレーションの赴くままにチョイスしたのが、モノクローム・セットの1stだったらしい。
ジョイ・ディヴィジョンのレコード・ジャケットを手がけたのはピーター・サヴィルというグラフィック・デザイナーだという。
モノクローム・セットの1stも彼の手によるものだったことに、ROCKHURRAHが気付いていたのかどうかは不明だけど、似た雰囲気を感じ取ったことに間違いないだろうね!
結果としてジョイ・ディヴィジョンの系列とは全く違ってけど…。
今まで聴いたことのないジャンルだったため、戸惑いながらも聴き続けていくうちに耳慣れていったという。
ROCKHURRAHのお気に入りを載せてみよう。 

モノクローム・セットだけに、モノクロ!(笑)
ライブなのでレコードとはかなり印象が違うような?

モノクローム・セットの真骨頂とも言える曲をもう1曲載せようか。

まるで呪文のように聴こえていた箇所の歌詞が分かったよ。
螺旋階段をぐるぐる回りながら上ったり下りたりするような、酩酊感があるんだよね。
なんとも不思議な気分になる曲だと思う。

ふとした瞬間に懐かしい人を思い出し、その連鎖で昔聴いていたバンドや曲を思い出したよ。
Iさん、今は何をしているんだろうなあ?
もう何年もお会いしていないけど、実はどこかですれ違っていたのにお互い気付いていなかったりして?(笑)