ロトチェンコ-彗星のごとく、ロシア・アヴァンギャルドの寵児-

【会場壁面に書かれていた広告文字を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

SNAKEPIPEが初めてパソコンを購入したのは、1990年代後半のこと。
デジタルカメラを先に買ってしまい、撮影を終えた後の処理をどうしたら良いのか分からず新宿ヨドバシカメラの店員に尋ねたところ
「えっ、パソコン持ってないんですか~?」
と呆れられてしまった。
仕方なく急遽パソコンを購入するハメになったSNAKEPIPEに
「写真やるんだったら本当はMacが良いけれど、ウィンドウズならVAIOがお勧めです」
という。
パソコンのことを何一つ知らなかったSNAKEPIPEは、その店員に勧められるままにVAIOを購入。
ただずっと「写真やるならMac」というセリフは頭に引っかかっていた。

月日は流れ。
Mac派のROCKHURRAHと知り合い、Macの魅力について教えてもらうことができた。
写真に限らず、グラフィックでも、DTPでも音楽でも、パソコンを使って表現をしたい場合にはMacのほうが適していることはよく解った。
最近はウィンドウズでもできることは増えてきていると思うけど、初期状態ではMacが断然有利みたいだね。

ROCKHURRAHが何気なく使っているアプリケーションのインターフェイスやデスクトップ画面、スクリーンセーバーなどもすごくオシャレでカッコ良いものが多い。
「ずるーい!SNAKEPIPEもカッコ良いスクリーンセーバーにしたい!」
と言うと
「これはMac専用だから」
と言われて何度悔しい思いをしたことか!
ある時、また違うスクリーンセーバーが動いているのを見て
「おおっ!今度はモホリ=ナギだね!」
と言ってそのカッコ良さに惚れ惚れしてしまった。
実際にはモホリ=ナギじゃないんだけど、似たような構成主義っぽいスクリーンセーバーだったからね。
何やら人名らしき文字が動いていて、アレキサンダー・ロドチェンコ?
よく分からないけどカッコ良いね!と言い合っていた。

「観に行きたい展覧会がある」
ROCKHURRAHから提案されて驚いた。
なんとそれがアレキサンドル・ロトチェンコ展だったからだ!
読み方が間違っていたこともここで判明。(笑)
これは例のスクリーンセーバーの人じゃないの!
偶然にもこの展覧会を発見した、というROCKHURRAH、さすが~!
うわー、行きたい行きたい!
と喜び勇んで銀座に出かけた春分の日。
世界最大規模のユニクロ銀座店がオープンしたばかりできっと大混雑だろうと予想していた割には、そこまでの人の多さじゃなくてホッとする。
そういえば銀座店オープン記念としてリンチTシャツ売ってるんだよね。

映画のポスターをそのままTシャツにしました、っていう非常に安易な構成だし、しかも何故だかユニクロだし?
人ごみも嫌だから行かないけど、なんでリンチに焦点を当てたんだろうね?
値段が990円ってどうなの?
リンチに失礼な安値じゃない?

などと言い合いながら銀座グラフィックギャラリーに到着。
あれ?まだ開いてないのかな?
ん、んんんん?な、なんと!日曜祭日は休館…。
せっかく来たのにガッカリ!
ちゃんと調べてこなかったのが悪いね。
この日は仕方なく銀座6丁目にある「支那麺はしご」で大好きな「だんだんめん」を食べて帰宅。
ROCKHURRAHとリベンジを誓い合う。(大げさ)

そしてついにリベンジの日が来た!
一度行っているので銀座グラフィックギャラリーまでの道のりは万全。(笑)
思ったよりも寒い日で、しかも雨降り。
リベンジに燃えるROCKHURRAHとSNAKEPIPEは熱い想いを支えに、会場に向かうのであった。
恐らく銀座グラフィックギャラリーに来たのは初めてだと思う。
だってここは写真や絵画などのアートではなくて、グラフィック専門のギャラリーだもんね?
「知っているグラフィックデザイナーの名前を挙げよ」と問われても、誰の名前も浮かんでこないかもしれないから、当然とも言えるのかな。
Wikipediaで調べてみると国内・海外のグラフィックデザイナー一覧が載っている。
海外で知っているのはアルフォンス・ミュシャ、国内では横尾忠則と立花ハジメだけだった。(笑)
名前だけは知ってるということならば粟津潔とか宇野亜喜良も入るけどね。
ま、そのくらいグラフィック、と限定されてしまうと知らない世界なんだよね。

ここで簡単にアレキサンドル・ロトチェンコについて紹介してみよう。
1891年 ロシアのサンクトペテルブルク生まれ。
1911年 美術学校に入学。
1916年 未来派展に幾何学的なデッサンで初出品する。
1923年 芸術左翼戦線機関誌「レフ」創刊号の表紙を担当する。
1924年 写真を撮り始める。
1925年 パリで開催された現代装飾美術・産業美術国際展覧会に参加。
1956年 モスクワにて死去。

今回展示されていたのは、ほとんどが1920年代から30年代の作品だった。
恐らくロトチェンコにとっては、1925年パリにおける国際展覧会に参加したあたりが最も華々しい時期だったのではないか。
左の作品はその国際展覧会「ソ連部門」カタログの表紙とのこと。
赤・白・黒・グレーといういかにも構成主義らしい配色とソビエトユニオンだよ!と一目で判り易い文字、そして鎌とハンマー!
今まで知らなかったんだけど、この鎌とハンマーは農業労働者と工業労働者の団結を表してるんだって!
皆さん、ご存知でしたか?(笑)
1910年代から1930年代初頭までにロシア(ソビエト連邦)を席巻していた芸術運動である、ロシア・アヴァンギャルド。
その中心的存在だったロトチェンコは当時20歳から40歳という体力的にも精力的にも活動しやすい年齢だったんだろうね。

ここでちょっと注釈。
アヴァンギャルド、と聞いてどんな意味を想像する?
SNAKEPIPEもROCKHURRAHも前衛的で破壊的な革新的な物事を示す言葉だと考えていて、「ロシア・アヴァンギャルド」と聞いた時には非常に斬新で難解なアートなんだと勘違いしちゃったんだよね。
ところが、ロシア・アヴァンギャルドは
1: レイヨニスム
2: シュプレマティスム
3: ロシア構成主義
という3つの芸術理念があり、いずれも過去の様式を断ち切り革命以後の新たな生活様式をデザインしようとした運動のことを指すらしい。
ロシア・アヴァンギャルドという括りの中にロシア構成主義が入ってるんだ、ということも初めて知って驚き!
SNAKEPIPEはロシアの歴史についてもあまり詳しくないので、調べてみた。
1917年 ロシア革命
1924年 レーニン死去
この年以降からスターリンが再び社会主義化していき、社会主義リアリズムが重視されるようになる。
そのためロシア・アヴァンギャルドは政治的な抑圧を受け、一般大衆からの支持もされなくなってしまい1930年代には終わってしまったようである。
歴史や政治に翻弄されてしまったアート、ということになるのかな。

銀座グラフィックギャラリーは、驚くべきことに無料なんだよね。
きっと無料開催ってことはそんなに大した展示数じゃないに違いない、と思ったあなた!
それは大きな間違いよ!(ちっ、ちっ)
ROCKHURRAHもSNAKEPIPEも驚くほど、とてもキレイな会場でしかも150点以上の展示数。
会場受付1階と地下1階にはスーツ着たお姉さんが出迎えてくれる、至れり尽くせりの会場だったのである。
無料で、しかも立派なチラシまで作ってあって、どういう資金繰りで開催してるのか興味あるね。(笑)
こんなに素敵な企画を実現してくれて、ありがとう、銀座グラフィックギャラリーさん!

ロトチェンコは写真撮影も行なっていて、今回は写真作品も展示されていた。
どの作品もデザイン的な要素満載だったのが印象に残る。
何気なく撮っているように見えても、やっぱりグラフィカルなんだよね。
写真もグラフィックの表現の一つと考えていたように見受けられる。
産業や工業の発展というのがこの時代の重要なテーマだったようで、インダストリアルな写真作品もありウットリしてしまうSNAKEPIPE。
左の作品はそんな産業系の写真とロトチェンコのグラフィックが融合されたもの。
どうやら探偵小説の表紙らしいんだけど、内容と表紙がマッチしているのかは不明。(笑)
ロシアの探偵小説っていうのも気になるところだよね?
ロシアの小説で読んだことがあるのは、ドストエフスキーの「罪と罰」とトルストイ「イワンのばか」くらいのものか?
ちょっと時代が古過ぎか。(笑)
映画ならエイゼンシュテインの「戦艦ポチョムキン」「ストライキ」がまさに1925年で、ロシア・アヴァンギャルドの時代ぴったりだけどね。
あとはロシア・アヴァンギャルドより少し前の時代の画家としてカンディンスキーを知っていたくらいか。
あまりに知識がなさ過ぎってことを露呈しただけだったね。(笑)

それにしてもロシア文字っていうのが、慣れていないせいもあるんだろうけど、フォントそのものが記号的で、グラフィックデザインにマッチしているように感じるのはSNAKEPIPEだけではあるまい。
1980年代にジャン=ポール・ゴルチエがロシア文字に注目して、ファッションに取り入れてたことを思い出す。
SNAKEPIPEもロシア文字の入ったゴルチェ巾着持ってたなあ。
えっ、また古過ぎ?(笑)

先週のハリー・クラークの記事にも書いているけれど、やっぱり1920年代のアートってとても進んでてカッコ良いんだよね!
ロトチェンコはアートと商業の融合を目指していたようで、広告や例えばキャラメルのパッケージのような身近にある物までなんでもデザインしていて、当時のソ連の美意識の高さを初めて知ることができた。
子供の頃から当たり前のように、あんなに優れたデザインに接しているロシア人ってすごいなあ!(笑)
そうだ、憧れのロシア人がいたことを思い出したよ!
漫画/アニメ「ブラックラグーン」に登場するバラライカさん!(笑)
顔に大きな火傷の跡があるけれど、美しく気高く冷酷な軍人気質はとてもカッコ良いんだよねー!
漫画読んでアニメ見てる時も「ロシアについて知りたい」と思ってたんだった!
もっとロシアのことを調べてみよーっと!(笑)

松井冬子展鑑賞~世界中の子と友達になれる~

【毎度お馴染みの展覧会ポスター。美術館入り口上方にあったため見上げて撮影。】

SNAKEPIPE WROTE:

今日はSNAKEPIPEの誕生日!
おめでとう!SNAKEPIPE!(笑)
何回目なのかは秘密だよ!
ROCKHURRAHが5.11のカッコ良いタクティカル・ブーツをプレゼントしてくれた。
これでますます本格的なミリタリーファッションが楽しめるね。
ありがとう、ROCKHURRAH!

今回のブログは今まで何度も計画を練って、そのたびに何かしらの理由によりおじゃんになっていた松井冬子展鑑賞について書いてみよう。
やっと今回鑑賞することができたんだよね。

何度もこのブログに登場している、長年来の友人Mから連絡があったのが1週間程前のことである。
そのメールはM本人が書いたものではなく、九段にある成山画廊から配信されたメールを転送してきたものだった。
「お待たせ致しました。松井冬子初の映像作品がついに公開されます。」
と書いてある。
今回の松井冬子展を紹介する横浜美術館のHPにも、大々的に映像作品についての告知がされていたので、展覧会が始まってから2ヵ月近くが経過してやっと発表される作品があることに驚く。
そしてその初公開日がMと約束をしている3月2日!
丁度良かった、ラッキーだね、と言いながら横浜美術館に向かったのである。

残念ながらこの日の天気は雨。
しかもかなり土砂降りで寒い日だった。
初めての横浜美術館なので、本当は美術館周りを散策したかったのに残念!
横浜という土地柄のせいなのか、駅周辺も美術館入り口付近も非常に空間をゆったり使った造りになっている。
晴れた日には散歩コースに良さそうね!

美術館入り口を入ってすぐに大スクリーンが目に飛び込んでくる。
これが例の成山画廊からお知らせのあった映像作品なのね!
この映像作品だけは会場の外にあるため、誰でも鑑賞することができるようになっていた。
SNAKEPIPEとMが到着した時には、何故だか小学生の団体が鑑賞中。
小学生はどんな感想を持つんだろうね?(笑)
「侵入された思考の再生」というタイトルのその作品は、心臓のドックンドックンという鼓動音のリズムをバックに展開する。
・何度も松井冬子の作品モチーフとして見たことがある、ボルゾイという白い大型犬を舐めるように移動するレンズ。
・ミルクのような、石灰水のような少し重量感のある白い液体が沸騰しているように下から突き上げられ、円錐形を形作る。
・松井冬子本人のアップ。
・髪を後でまとめているのか、顔だけになるとまるで後藤久美子のよう。
・日本人離れした美貌。
・目を閉じる松井冬子。
・髪が顔にまとわりつく。
・きれいな弧を描き、まるで生き物のようにどんどん顔を覆い隠すように巻き付く。
・ボルゾイの俯瞰。
・自らの長い尻尾を追い掛けるように走り、白い円を描く。
・松井冬子の眼球アップ。
・眼球横向きのショット。
・眼球の黒色部分が沸騰したように円錐形に盛り上がる。

順番は違っていると思うけど、こんな感じのおよそ3分程の映像作品だったんだよね。
うーん、映像を文章にして説明するのは難しい。
松井冬子の初映像作品として、全く期待を裏切られなかった、という思いと想像通りだな、という感想を持つ。
厳しい言い方をするなら、良い意味でも悪い意味でも「平均点」かな。
ロレックスが協賛とのことなので、せっかくならCFにしたほうが話題作になりそうだよね?

さあ、それではいよいよ会場に入っていこうか。
松井冬子初の公立美術館における大規模な個展は9章に分けられて展示されていた。
それぞれの章ごとに気になる作品についてまとめてみようかな。

第1章 受動と自殺
第1章から重たい言葉の羅列!
そんな言葉を熱心に読んでいるお客さん達。
予想通りだけど、やっぱり女性ばっかりだったんだよね。(笑)
松井冬子は女性ファンが多いだろうから。
ボルゾイをモデルにした「盲犬図」からスタート。
「痛み」「狂気」「死」という松井冬子にとっての3大テーマに沿った作品が展示されている。
「ただちに穏やかになって眠りにおち」では白い象の入水の様子が、「なめらかな感情を日常的に投与する」ではところどころ体が千切れている双頭の蛇が描かれている。
第1章から痛いよー!
SNAKEPIPEがこの中で一番気になったのは、展覧会タイトルにもなっている「世界中の子と友達になれる」(2004)である。
このタイトルは第3章で展示されている松井冬子の卒業作品と同じタイトルで、「あれ?」と思ったSNAKEPIPE。
調べてみると「自分にとって大事な作品には同じタイトルを付けている」とのこと。
記述したい時には「世界中の~」のあとに年号を入れる方法で良いのかな?
上の作品は真ん中に大きな花が咲いていて、右下には女性の足、左には横たわるまたもやボルゾイが配置されている。
キレイに咲く花が、女性の養分を吸い取っているように見えて、それはまるで梶井基次郎の「櫻の樹の下には」を思い起こさせる。
鑑賞者の想像によって、いくつもの物語が作れそうで、とても気に入った作品である。

第2章 幽霊
「夜盲症」という作品は以前にも鑑賞したことがあり、その制作のプロセスについて語る松井冬子の言葉も聞いたことがある。
松井冬子はジャンル分けされると「日本画家」となるようだけど、その制作方法は伝統的な日本画のそれとは大きく違っているようだ。
デッサンを繰り返し、デッサンをコピー、必要部分を切り取り、貼り付け、コラージュをする。
確か「夜盲症」という作品は幽霊っぽく細長く見えるように「拡大縮小コピー」をした、と語っていた記憶がある。
確かにその方法は効果的で、足がないとされる幽霊らしさが良く表現されている作品に仕上がっているよね!
だけど、そういう方法を語っちゃって良いのかな?
その点がとてもユニークな方だな、と逆に感心してしまったSNAKEPIPE。
第2章の中では、「思考螺旋」という逆立った女性の髪の毛だけを描いている作品に、女性の怨念のような強い意志を感じた。

第3章 世界中の子と友達になれる
この作品は松井冬子の東京芸大卒業制作である。
この作品も松井冬子の代表作として非常に有名なので、SNAKEPIPEも以前より知っていた。
もちろん実物を鑑賞するのは今回が初めてである。
テレビ画面や画集からは知ることの出来なかった、なんとも言えない後味の悪さを感じる。
少女の手足の先ににじんでいるのは、どうみても血にしかみえない。
どこに向かって、誰に対して呼びかけているのか。
揺りかごからいなくなった赤ん坊を探しているのか。
びっしり描きこまれた蜂の大群。
今回実物を鑑賞することができて良かった作品である。
そしてこの作品のプロセスが解るような、例のコピー、コラージュなどによる制作方法を知ることができたのも良かった。
揺りかごが途中からグレードアップして、高そうな品に差し替えられていたのには笑ってしまった。(笑)

第4章 部位
この章では作品制作のための下図やスケッチ類が展示されていた。
日本画家の制作課程として小下図や大下図を描くと説明がされていて、松井冬子もその伝統的な手法に沿って制作をしているとのこと。
コピーとコラージュは独自の手法みたいだけど、それ以外は本来の日本画家と同じだったんだね!
それほど日本画について詳しくないSNAKPIPEには新鮮な発見だった。
そしてこれらのスケッチ類の見事なこと!
他の東京芸大の方のスケッチを拝見したことがないので、松井冬子の技量が他の方と比べて格段に上手なのか、それとも芸大だったら当たり前のレベルなのかは不明だけどね。
いやあ、紙と鉛筆があれば人はここまで遠近法や立体感を出した絵が描けるんだね。
それにしてもスケッチの外枠に本人手書きの考察ノートみたいなのが書かれてるんだけど、「鬼描き」って一体何だろうね?(笑)
ROCKHURRAHに聞いてみると、あっさり「NHKのトップランナーの時に『鬼のように細かく描写すること』って本人が司会者に言ってたよ」と疑問を解消してくれた。
なーんだ、そういう意味だったのか。(笑)
そしてかなり小さなスケッチまで「○○蔵」って書かれてるの。
ほとんどの作品が誰かの所有物になっていることにもびっくり!
松井冬子コレクターがいっぱいいるんだね。

第5章 腑分け
「腑分け」というのは江戸時代に行われた人体解剖の意味とのこと。
この章では、人の内部、それは内臓や脳といった表面からは見えない部位を開いて描いている絵を集めていた。
全体的に、まるでソフトフォーカスされたようなにじんだ技法。
内臓だからグロテスク、という通俗的な概念とは少し違う印象の日本画である。
美しい、と言うとちょっと違うけれど嫌悪感を持たずに鑑賞することができる作品群。
好みは分かれるだろうけど、SNAKEPIPEは好きだな!

第6章 鏡面
全てがそうだったわけではないけれど、この章のテーマはシンメトリー。
このセクションの中で気になった作品は左の「従順と無垢の行進」である。
椿の樹を真っ二つに切り開いた状態、と説明がされている。
松井冬子の、今までの作品には見られなかった太い黒い線が非常に力強い。
そして、ロールシャッハテストのよう、と書かれているけれど、それよりはやっぱり子宮をイメージしてしまう。
松井冬子が植物や花を描く時、SNAKEPIPEには全部子宮に見えるんだけどね?
これは平成22年のもの、というから割と最近の作品みたい。
テーマは変わらなくても、今までの細い線で描いてきた作品とは違って、線の強さで新しさを感じることができた。
今後の松井冬子の新境地、になるのかな?

第7章 九相図
これも松井冬子の代表作といえるだろう「浄相の持続」を更に展開させて、現代の九相図としてシリーズにした作品群である。
「浄相の持続」はかつて成山画廊で鑑賞したことがあったけれど、今回は計5作として展示されていた。
鎌倉時代に描かれた九相詩絵巻の、人が死んでから朽ち果て、ついには骨だけになるという段階を踏み「戒め」を強調した主旨とは違う観点から制作されているとのこと。
そのためなのか、鎌倉時代の「人が死んだらこうなるんだよ」というリアリズム重視の作品とは性格が異なっている。
鎌倉時代の九相詩絵巻は、修行のため煩悩を捨て去る目的で制作されたという。
と、いうことは僧侶=男性が鑑賞するための作品だったんだよね。
修行の目的のために女性死体を利用した、みたいな感じか。
松井冬子の作品は、男性対象に制作されているわけではない。
その死体である、女性自身が主役で、その女性が主張したいがための作品なのである。
「私の生き様ってこんなだったのよ」みたいな、ね。
なんとなく言ってる意味、解ってもらえるかしらん?(笑)
このシリーズはまだ続くようなので、今回鑑賞した5枚の他にどんな作品が仕上がるのか。
とても楽しみである。

第8章 ナルシシズム
この章で展開されていたのは3点の作品のみ。
「陰刻された四肢の祭壇」はとても大きな作品で、あとずさって遠目から鑑賞しないと全体像が掴めなかった。
内臓を引きずりながら歩いていると書いてあるけれど、何故彼女はあんなに穏やかに微笑んでいるんだろう?
争う動物達、手に持つ子宮と双子、胸に透けてみえる髑髏など鑑賞すればするほど謎を感じてしまう不思議な作品である。

第9章 彼方
最後のセクションでも平成21年から平成23年までの、最近の作品4点のみを展示。
この中の「無償の標本」はかつて「医学と芸術展 MEDICINE AND ART」で鑑賞済み。
「積年のドロドロした黒い塊を体内から少しずつ吐き出しながら、苦しんで描いていたような雰囲気が消えかかっているよう」だと書いてるね。(笑)
今回鑑賞しても、やっぱり同じ感想を持ってしまった。
平成22年作の「喪の寄り道」も、やや力不足な気がした。

初の大規模展覧会ということで、見応え充分!
松井冬子の全仕事を鑑賞することができて満足だった。
いくつかの作品には、松井冬子自身の言葉で解説がされていたのに、図録には収録されていなかったのが残念。
もう少しじっくり読んでみたかった文章だったからね!

前述した「医学と芸術点」のブログに
「松井冬子が前向きで明るい性格になり、『今までの怨みは全部忘れたわ』と視線が過去から未来に向かう日が来たら一体どんな作品になるんだろう?」
と書いたSNAKEPIPEだけれど、今回の展覧会で少しその答を知ることができたように思う。
やっぱり「ドロドロした黒い塊だった恨み」は、塊から粉状に変化し、もしかしたら強い風によって飛ばされ、形をとどめていないのかもしれない。
松井冬子にとって創造の源が負のエネルギーだったとすると、最近は幸せな日々を送っているのかな。
最近の作品はセルフカバー、かつて評判の良かった作品の練り直し、悪く言えば二番煎じのように感じられたからね。
そしてそれらが以前よりパワーアップしていたようには見えなかったように思うのはSNAKEPIPEだけだろうか。
一つだけ新しく感じたのは「従順と無垢の行進」の筆使いかな。
ここに今後の可能性があるのかもしれないね。

大人社会科見学—明治大学博物館・爆音劇場—

【鉄の処女と爆音劇場原画展DM】

SNAKEPIPE WROTE:

本来であれば歌川国芳展後半戦を鑑賞するつもりでいたROCKHURRAHと友人Mを加えた3人組。
先日の「人と人の隙間から『覗き』みたいな感じで鑑賞する」のにはこりごりだったため、急遽予定を変更!
前々より行ってみたい場所だった明治大学に足を運ぶことにした。
何故明治大学なのか?と疑問に思われる方も多いだろうね。
なぜなら明治大学には博物館があり、その中に「刑事関係資料」の展示を扱うコーナーがあることを聞き知っていたからなのである。

「江戸の捕者具、日本や諸外国の拷問・処刑具など人権抑圧の歴史を語り伝える実物資料をご覧ください。とくにギロチン、ニュルンベルクの鉄の処女は、我が国唯一の展示資料です。」

と説明されているように、明治大学博物館の目玉(?)はギロチンと鉄の処女!
是非とも鑑賞してみたい!と思うのはSNAKEPIPEだけではないでしょ?(笑)
江戸時代の補者道具や刑罰についての資料も同時に展示されているとのこと。
これは興味津々!

御茶ノ水駅から歩いてほんの数分の所に明治大学はあった。
この年齢になって初めて大学キャンパス内を歩くSNAKEPIPE。
聞いてみるとROCKHURRAHは友人がいた九州大学に、友人Mは学園祭などで早稲田大学に遊びに行ったことがあると言う。
一度も経験がないのはSNAKEPIPEだけみたいだけど、結局3人共大学生活を送ったことがないという点では一致してるんだよね。(笑)

明治大学の博物館はアカデミーコモンの地下にある。
いつでも誰でも鑑賞することができるという、なんとも太っ腹な対応にびっくり。
しかも業務用ではない個人的な撮影はオッケーと書いてあり、より一層好感を持つ。
商品部門、刑事部門、考古部門とそれぞれセクションで区切られ、係員も警備員もいない状態で展示がされている。
鑑賞に訪れている人が意外と多くてびっくり。
やっぱり人気は「ギロチン」の刑事部門だった。

よく時代劇などでみかける「刺又(さすまた)」やお役人が持っている「十手」の展示から始まる刑事部門。
「刺又」や「突棒」などの補者道具は、時代劇ではハッキリ判らなかったけれど、じっくり詳細を眺めると細工の細かさや棒の長さや重量などを推測することができてとても興味深い。
あの長い棒を振り回せるのは、かなりの体力自慢じゃないと無理だろうね。
江戸時代の男性の体格について調べたことはないけれど、恐らく現代人よりは小柄で体重も軽かったんじゃないかしら?
棒を持つコツがあったのかもしれないね?(笑)

自白を強要するための措置として設けられたのが「笞打(むちうち)」「石抱(いしだき)」「海老責(えびぜめ)」「釣責(つるしぜめ)」で、列記した順番にどんどん辛い責めになるという。
その装置の展示と、「こんな感じだよ」という絵の展示がされていた。
SNAKEPIPEには「釣責」よりも「海老責」のほうが辛そうに見えたんだけど、実際に責めを受けたことがないから判断できないよね。(笑)
「恐れ入りました」と言うまで拷問が続いた、と書いてあったよ。

一番衝撃的だったのは、1869年(明治2年)に外国人によって撮影された処刑写真の展示である。
店の小僧が強盗に手引きをしてその店を襲わせ金を奪った、という事件内容だったと思う。
手引きをした小僧は磔刑、強盗は斬首という裁きを受けたらしく、その様子が写真として残っていたとは驚き。
教科書などで習う「明治時代」というのは「散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」のように明治時代=西洋文化だと思っていたSNAKEPIPEだったけれど、写真の明治2年では頭を結った着物姿。
年号が変わっても庶民の生活や文化はまだそれほど変化してなかったことが判る。
これはちょっとした発見だったね!
そして当時の裁きの厳しさにもビックリしちゃうよね。
密通でも死罪と書いてあったよ?
現代よりも道徳に厳しかったみたいだね。

この写真展示がかなり衝撃的だったため、国内唯一の展示品である「ギロチン」と「鉄の処女」にはそんなに感動しなかった。
どちらもレプリカで、恐らく縮尺も変えてあるだろうから余計かもしれないね。
そして「鉄の処女」の造りをジッと観て、3人共に同じ感想を持つ。
「扉を閉めるの、大変だったろうね?」
「鉄の処女」は中が空洞になった立った棺のような内部に、様々な長さの釘が打ち付けられていて、中に人が入り扉を閉めることで釘が全身に刺さる仕組みになっている拷問具なのである。
扉を閉めた瞬間には、釘が全身を貫いていることになる寸法だから、余程の力自慢じゃないとできない作業だと思われる。
調べてみると「空想上の拷問具の再現ではないか」という説が多いとのこと。
やっぱり!無理があるなと思ったからね!

明治大学にはミュージアムショップもあり、そこには「鉄の処女」をモチーフにしたTシャツや便箋などが販売されていた。
SNAKEPIPEが興味を持ったのが「土偶のコースター」。
博物館には考古部門もあり、「土偶」と遭遇!(韻を踏んでる)
あのカタチは不思議でならないよね。
古代宇宙飛行士説なども確かに考えられるかも、などと思いを馳せるSNAKEPIPE。
土偶コースター、とっても素敵!買うっ!
と勢いづいているSNAKEPIPEを横目で見る友人M。
いいよね?とROCKHURRAHに同意を求めても、すぐには反応なし!
えー?なんでー?
ものすごく気に入ったので購入したSNAKEPIPE。
今見てもやっぱりとってもかわいい!土偶ちゃん、最高!(笑)

この日の大人社会科見学はまだ続き、なんと御茶ノ水から原宿に移動!
眠くなったから帰る、と友人Mはこの時点で脱落。(笑)
原宿に行くのなんて何年ぶりだろう?
恐らく5、6年は行っていないはず。
以前の用事が何だったのかも忘れてるよー。とほほ。
今回の原宿行きは友人である漫画家丹波鉄心氏の原画展の鑑賞が目的である。
「え~!A STORE ROBOTが会場だってよ~!」
と叫んでしまったSNAKEPIPE。
ROBOT…なんて懐かしい響き!
遠い昔、そうSNAKEPIPEがまだまだ子供だった時には、ほぼ毎週のように通っていた憧れのお店だったROBOT…。
JUMPIN’, KICKIN’, TWISTIN’ SHOES」や「ファッション雑誌なんかいらない!」でも書いたことがあったね。
「お小遣いに対してROBOTのラバーソールは目ん玉飛び出るほど高くて、それでも欲しくて欲しくて買った一番の宝物だった」
うっ、懐かしい過去の自分にタイムスリップして涙が出そうなくらい!
俺も良く通ったもんだよ、とROCKHURRAHも遠い目をする。
何年どころじゃない、何十年ぶりか判らない程の長い年月を経て、ROCKHURRAHと二人でROBOTに向かったのである。

それにしても…かつてはあんなに足繁く通っていた道のりだったはずなのに、二人共すっかり忘れているとはね。
街並みが変化したせいもあるけれど、人の記憶の曖昧さを再認識させられますなあ。(笑)
店舗に到着してやっと「こんな建物だったな」とうっすら思い出す始末。
ああ、情けない!

ROBOTに足を踏み入れると、赤×黒のモヘアボーダーセーターを着た丹波鉄心氏の姿が目に入る。
手土産のビールを渡すと、とても嬉しそうにしてくれた。
そしてすぐさま栓を抜く鉄心氏。
な、なんと!MY栓抜き持参とは!さすが鉄心氏、やるねえ!(笑)

と、ここで丹波鉄心氏の簡単なプロフィール紹介をしようか。
丹波鉄心氏は少年マガジンで漫画家デビューを果たし、音楽雑誌「DOLL」で4コマ漫画を連載していたパンク漫画家である。
きっとそう聞けば「ああ、あの漫画!」と思い当たる方も多いと思う。
熱烈なファン、いっぱいいただろうからね!
漫画家というと部屋にこもりきりのイメージがあるけれど、鉄心氏はパンク系のライブといえば必ず顔を出すアクティブ&アグレッシブな方!
SNAKEPIPEは恐らく10年程前にライブにご一緒したのが縁で、不定期にライブ参戦や飲み会などでお付き合いをさせて頂いている仲である。
鉄心氏は音楽についてはもちろんのこと、映画や小説などあらゆる分野における知識をお持ちなので、一緒に飲んでて楽しいんだよね!
新しい情報も積極的に取り入れる柔軟な方だなあ、といつも感心してしまう。
キチンと健康管理もされているようで、お会いする度にどんどん体脂肪が減っているように見受けられる。
やっぱりパンクはスリムじゃないとね!(笑)

今回はその「DOLL」で連載をされていた4コマ漫画の原画を展示、そして1999年から始まった10年分の連載をオリジナル単行本「丹波鉄心の爆音劇場 総集編」として販売しているのである。
なんとこの単行本、限定100部でサイン入り!
これは絶対に買わなければ!(笑)
ちなみに購入した単行本のナンバーは68/100!
残念、せっかくだったら69が良かったのになあ!
いや、ROCKHURRAHだから68でいいか。(笑)
それにしても、鉄心氏の漫画はとても面白い。
普段は無口なROCKHURRAHが声を出して笑ってたくらいだよ!(笑)

この原画展は2月19日まで開催しているので、是非ROBOTまで足を運んでね。
どうしても期間中原宿に行かれない方には、ROBOTの通販で購入する手もあるよ!
鉄心氏のオリジナルグッズとして「オヤジクッション」や「マカロンブローチSET」などもあり、鉄心氏から
「バッジ、買わない?」
と強くお薦めをされたSNAKEPIPEだけれど、ごめんなさい勇気がなくて。(笑)
目立つこと間違いなし!のブローチなので、是非みなさん購入しましょうね!

今回の大人社会科見学は「鉄の処女」と「丹波鉄心」で、「鉄つながり」の一日だったなあ!(笑)
おあとがよろしいようで!

没後150年 歌川国芳展

【歌川国芳展のチラシ。鯉の表現が見事!】

SNAKEPIPE WROTE:

SNAKEPIPE今年初のブログは、「没後150年 歌川国芳展」について書いてみたいと思う。
国芳展については数ヶ月も前から情報を入手していて、絶対に観に行こうと決意を固めていた展覧会である。(おおげさ)
そう言っている割には開催されてから、少し時間が経ってからの鑑賞となってしまったね。
成人の日、長年来の友人Mを交えて、ROCKHURRAHと共に3人で六本木に向かったのである。

開催している森アーツセンターギャラリーは、先月にも「メタボリズムの未来都市展」を鑑賞した、今まで何度も通っている場所…と思いきや!
通常「森美術館」と呼んで、鑑賞していたのは53Fのギャラリーだったことが判明!
今回の歌川国芳展は52Fでの開催なので、かなり久しぶりに行く場所だったみたい。
恐らく52F展示会場がメジャーな催しで、53Fはアヴァンギャルドな展示が多いのかもしれないね。
友人MもSNAKEPIPEもアヴァンギャルド志向だからねえ。(笑)
52Fの展示会場入り口に人が並んでいるのを横目で見て、上に上がっていたことを思い出す。
52Fはメジャー系だからお客さんが多いんだ、と入り口で待たされながら気付くSNAKEPIPE。
恐ろしや!入場制限をかけられるほどの大盛況、会場はお客さんで溢れかえっていたのである。

「どうぞ」と案内の方にうながされて会場に入るなり、飛び込んできたのは人、人、人!
思わず友人Mと顔を見合わせてしまう。
ちょっと待ってよ!なんなの、この人の群は?
浮世絵の展覧会が初めてだったため、会場の様子や浮世絵のサイズについて想像していなかったSNAKEPIPE。
浮世絵ってサイズが小さいのね…。
そして一枚の浮世絵に群がる大勢の人達。
「入り口付近が一番混雑しているので、空いている場所からご鑑賞下さい」
なんてアナウンスまでされてるし。
「せっかく来たから、展示順を無視して観て回ろう」
とかなり奥のほうまで歩いて鑑賞を始める。
浮世絵の真正面でじっくり鑑賞できることは稀で、ほとんどが人と人の隙間から「覗き」みたいな感じで鑑賞するハメになってしまった。
こんな鑑賞スタイルになるとは非常に残念!
今更ながら浮世絵人気を思い知り、こういう展覧会もあるんだな、と再認識したSNAKEPIPEである。

展示は10の括りで分けられていたので、それぞれについて簡単に感想をまとめてみたいと思う。
1:武者絵―みなぎる力と躍動感

「入り口付近が最も混雑」の原因は、最初のチャプターに「武者絵」があったからなんだよね。
そして国芳の他の展覧会では「妖怪画」として括られていたジャンルも、今回の展示では混在していたので尚更大人気だったみたいね。
ものすごい迫力と色調に圧倒されてしまう。
どの作品も、とてもカッコ良いなあ!
こりゃ、人が動かなくなるのも納得だね。
一枚一枚ゆっくり鑑賞したくなるもん。
牛歩になるはずだわい。(古い)
調べてみると「武者絵の国芳」と言われていたと書いてある。
うん、確かに一番初めに結論を言うのは心苦しいけれど、この武者絵シリーズが一番ガツンと効いたね!
国芳の代表作とされる作品群は、ほとんどがこの「武者絵シリーズ」の展示になってたね。
今回の展覧会で絶対に鑑賞したかった「相馬の古内裏」も無事に「覗き」で拝観!
いやあ、カッコ良いことこの上なし!(笑)
1845-46年の作品とのこと。
ひ~!今から160年も前だよ~!
この想像力、素晴らしいね!

上の作品、「源頼光公館土蜘作妖怪図」の構図の斬新さを御覧なさいよ!
上斜め半分が妖怪なんだよね。
ほとんど水木しげるの世界よ!(笑)
1843年の作品だって。すごいっ!
ゲゲゲの鬼太郎好きにはたまらないね!

2:説話―物語とイメージ

古くからの故事伝説や物語を視覚化したシリーズ。
上は「龍宮玉取姫之図」1853年の作品。
荒れ狂う波の表現と、空想上の生き物であるドラゴンの躍動感が見事!
「藤原鎌足は唐から渡来の霊玉を途中で龍神に奪われるが、志渡の海女が竜宮へ潜入して取り返す。だが眷属に追われた海女は、自らの乳房の下を切って玉を隠し、ようやく敵から逃れ、鎌足に玉を渡して死ぬことになる」という部分を表現しているらしい。
波の間に見え隠れしている魚達が着物を着ているところが素晴らしい!

3:役者絵―人気役者のさまざまな姿

歌舞伎役者のブロマイド的な作品である。
友人Mは歌舞伎について詳しいので余計に楽しめたようだけれど、ほとんど知識のないSNAKEPIPEには構図とか色彩などを鑑賞するにとどまった。
それにしても歌舞伎役者の名前というのはずっと変わっていないんだねえ。
上は「坂東しうかの唐土姫・三代目尾上菊五郎の天竺冠者・五代目沢村宗十郎の斯波右衛門」1847年の作品。
ガマガエルの妖術を使っている場面らしいけど、なんとも斬新な構図だよね。

4:美人画―江戸の粋と団扇絵の美
浮世絵の美人画というと、浮世絵の中でも花形的な存在だと思うけれど、国芳に限っては少し様子が違っていた。
なんと、女の顔にほとんど違いがないのである。
武者絵や役者絵のイキイキとした雰囲気はあまり感じられない。
もしかしたら女の顔より男を描くほうが得意だったのかもしれないね。
「鏡面シリーズ」という女が鏡に映った自分の姿を描いている作品群は、鏡の縁にかけられた布まで描かれていて、なんとも凝った構成になっているのが興味深かった。

5:子ども絵―遊びと学び
こちらも美人画同様、かなりぞんざいな顔の描き方だった。
江戸時代の子供の「遊び」や「学び」を主題にした浮世絵、ということなので余計に面白みに欠けたのかもしれないけどね。
サーッと鑑賞しただけで終わりにしてしまった。(笑)

6:風景画―近代的なアングル
風景を描いたシリーズ。(まんまじゃん)
SNAKEPIPEには「東海道五十三次」との違いが感じられなかった。
ずっと前から「東海道五十三次は江戸時代のスナップフォト」と思っているSNAKEPIPEなので、人物描写を含めた秀逸な作品だと思っている。
歌川広重とは同年生まれの同時代絵師だったようなので、風景画に関しては広重のほうに軍配が上がりそう。
特別国芳らしさが表れてるな、と感じた作品は見当たらなかったな。

7:摺物と動物画―精緻な彫と摺
摺物というのは特別注文の非売品だった作品のことらしい。
木版技術の粋を集め、素材も金粉や銀粉などを使用したり上質の紙に摺っているとのこと。
江戸時代の印刷技術の高さにびっくり。
これらは恐らく印刷物になった状態で鑑賞しても、よく解らない部分かもしれないね。
とても美しい作品群だった。

8:戯画―溢れるウィットとユーモア

動物やダルマ、妖怪などを擬人化して江戸っ子に仕立てあげている作品である。
これも国芳の得意分野だったようで、とてもイキイキとしている。
ユニークな作品が多く、江戸時代の笑いについても考えさせられる。
意外と日本人の「笑い」というのは、江戸あたりから変化していないのかもしれないね?
非常に細かい部分まで精緻に描かれていて、観ていて飽きない。
それにしても、国芳はネコ好きで有名だったようで、確かにネコの絵が多いんだよね。
でも全然顔がかわいくないの。なんでだろう?(笑)
上の作品「みかけハこハゐが とんだいゝ人だ」は複数の人で一人の男の顔を作っている寄せ絵である。
手の部分までも人で形作られていて、とても面白い。
16世紀のイタリアの画家、アルチンボルドの寄せ絵を感じさせるよね。
今回の展覧会では、鼻の部分の人が一番最後に飛び乗って顔を完成させるイメージフィルム(?)が流れていてニヤリとさせられた。

9:風俗・娯楽・情報
時事世相の報道メディア的な題材を錦絵にしたコーナーである。
そのため題材が幅広いのが特徴的だ。
浮世絵というのが当時の新聞・雑誌の代わりだったり、写真の前身だったということが良く解る。

10:肉筆画・板木・版本ほか
浮世絵というのは版画のことだけを指すんじゃないんだね。
いわゆる絵、肉筆画と呼ばれるモノも浮世絵の中に入るということを初めて知ったSNAKEPIPE。
皆様は御存知でしたかな?(笑)
最後のチャプターでは国芳の肉筆画、そして国芳の下絵を元に彫られた木版の展示などがされていた。
肉筆画はほとんどが美人画だったので、前述したように「同じ顔」オンパレードでイマイチ面白くなかった。
木版は、ものすごく細かく彫られていてびっくりした。

これもまた鑑賞後に得た知識だけれど、浮世絵の世界というのには必ず4人が関わっているらしいんだよね。
版元から依頼を受けた絵師が下絵を描き、それを彫師が彫り、摺師が色を乗せて擦る。
こういう役割分担があって一枚の浮世絵が出来上がるようなんだけど、一枚の作品となった時に名前が出るのは伝統的に絵師だけだったみたい。
恐らく「凄腕の彫師」とか「技を持った摺師」みたいな一流の職人はいたはずだけど、名前が出ることがない裏方稼業だったんだねえ。
そんなことを知ることができたのも、初めて浮世絵鑑賞をしたからなんだね。
人が多過ぎてキチンと鑑賞できたとは言い難い展覧会だったのは残念だけど、浮世絵をもっと知りたいと思うきっかけになったのは良かった。

国芳展は前期と後期の2期に分けられていて、作品のほとんどを総入れ替えするそうなので、本当はどちらの展覧会も鑑賞したいと思っていたんだけどね。
あの人の多さ、牛歩での鑑賞には正直ゲンナリしてしまったので、後期はパスだな。
今回の森アーツセンターギャラリーの対応にも問題アリだなと感じたしね。
お客さんの誘導もなし、白線を越えて鑑賞している人への注意喚起もしていない。
展覧会図録を会場でしか販売していない、なんてちょっとビックリ。
鑑賞した人しか買えないシステムにしてるんだよねえ。
森美術館はやっぱり53Fの展覧会に期待だね。(笑)