ニッチ用美術館 第3回

【80年代真っ只中の展覧会、開催中(音が出ます)】

ROCKHURRAH WROTE:

1970〜80年代のパンクやニュー・ウェイブのレコード・ジャケット・アートワークに注目して、美術的な観点(ウソ)からこの時代を紐解いてみようというのがシリーズ記事「ニッチ用美術館」なのだ。
それが何でこのタイトル?と思った人は毎回説明するのも鬱陶しいので第1回第2回をご覧あれ。
ちなみに第3回目である今回からタイトルにテーマ曲がついたよ。
何とROCKHURRAHが19年前、1998年に作った楽曲の一部を使ってみた。本邦初公開。
どんな時代でも相変わらず80年代真っ盛りの曲調だな。

今回は珍しく前置きが短いが、では順路沿いに展示作品を鑑賞してゆこうか。

ROOM 1 阿拉伯の美学
前回に引き続き、読めん漢字特集にしたわけじゃないけど、予備知識がないとさっぱりわからんなあ。
このジャケット見れば想像出来るかも知れないが、これはアラブの当て字だとの事。沙特阿拉伯(サウジアラビア)とか阿拉伯首長国連邦とか、現代では滅多に漢字にする必要性がないと思える。だからあんまり見た覚えがないというわけ。

見ての通りただアラビア語の手書き文字を少しデザイン調にしてるだけで、このジャケットをアートと言って良いのかどうか微妙なところだが、固定概念にとらわれず気になるジャケットを集めて展示するのがこの企画展のテーマなので、ROCKHURRAHの好みだけでやってみよう。
国を特定する事は出来ない(要するに知らない)が、イスラム芸術の持つ美的センスには驚かされるし、曲線だらけのアラビア文字の美しさも素晴らしい文化だと思うよ。残念な事に読めん・・・けどね。
しかもアラビア語だと勝手に思っただけで、もし微妙に違ってたら赤っ恥だが。

こういう文字にも上手い下手はあるんだろうが、パッと見にはまっすぐ書く事さえ難しいように感じる。曲線的な文字だからまっすぐ書く必要はないけど、字面が上がったり下がったりしないという意味のまっすぐね。
小池百合子都知事は昔はアラビア語通訳をしていたそうだけど、こんなに違いのわからない文字をスラスラと流麗に書くんだろうかね。
文化もルーツも違うから当たり前なんだろうけど、向こうの人からすれば漢字やひらがなこそ難しいって事になるんだろうな。

さて、そのアラビア文字をジャケットに堂々と使った西洋人バンドと言えばこれ、ジュリアン・コープ率いるティアドロップ・エクスプローズだ。こちらは1980年に出た、確か4枚目のシングル。
今まで何度もこのブログに書いてるが、アラブ諸国とあまり関係なさそうなリヴァプールで1970年代末に結成されたバンドだ。
エコー&ザ・バニーメンやワー!(Wah! Heat、Mighty Wah!など)と元は一緒のバンドでやってたというのは有名な話。
しかしティアドロップ・エクスプローズで活動中のリアルタイムでは国内盤でレコードが出なかった(マーキュリー、フォノグラム系)ので、輸入盤が手に入らない地域では「聴けない有名バンド」として悔しい思いをした人も多かったろう。
初期LPがちゃんと国内盤で出ていたエコー&ザ・バニーメン(ワーナー)とは大違いの扱い。レコード会社の洋楽担当がダメダメだなあ。

彼らの音楽はいわゆるネオ・サイケと呼ばれた範疇にあるが、もう少しポップでもあり、もう少しひねくれたものでもあった。だから誰もがうなる正統派ネオ・サイケの名曲もあり、トランペットが入ったファンカ・ラティーナみたいなのもあり、中東風のメロディが飛び交う奇妙なテイストの曲あり、単なるポップだけのものもあり、実にバラエティに富んだ曲作りが特徴だった。
ジュリアン・コープのいいかげんそうな言動やその音楽の整合性のなさが自由気ままな魅力でもあったけど、当時のネオ・サイケ好きな若者なんて生真面目で深刻そうな人が多数だった。そういう人種にはあまり受けなかったろうなと想像するよ。

このバンドのメンバー全員の生まれや宗教などについて知ってるわけじゃないが、今回のジャケットをはじめ、「Seven Views Of Jerusalem」「Thief Of Baghdad」などの曲のタイトル、パレスチナ解放運動の活動家で世界初の女性ハイジャッカーでもあるライラ・カリドについて歌った曲「Like Leila Khaled Said」など、白人バンドとしては珍しいほどに中東へ目を向けていたようだ。別に踏み込んだ内容ではなかったとは思うが。
そう言えば関係ないけど、同時代に近場のマンチェスターではムスリムガーゼという筋金入りの中東寄りアーティストがいたなあ。

「Ha Ha I’m Drowning」は1stアルバム「Kilimanjaro 」の一曲目だしシングルにもなっているけど、この前後に出した「Treason」「When I Dream」という二つの代表曲に挟まれて、かわいそうなくらい印象が薄い曲だなあ。アルバムのオープニング曲としては期待感が高まるけどね。

ドラムは坊主頭でアメリカの軍人(このビデオの時はリーゼント)みたいだし、ギターは頭にシュマーグ(アラブ・スカーフ)巻いたサンタナみたいな人だし、ジュリアン・コープは何にでもこの革のジョッパーズ・パンツ合わせてしまうし(このビデオは違う姿だが、上は英国空軍のアーヴィン・ジャケットというムートンの時が多い。暑そう)、後ろのラッパ隊はどこのか知らない軍服姿だし、こんな感じでバンドの統一感のなさも半端じゃない。唯一のキーワードがミリタリーっぽいという事だけなんだろうかね。

直訳すれば「ハハ、俺は溺死してる」というようなすごいタイトルだけど、特に水死の瞬間を歌った歌詞ではなく、愛に溺れてるみたいな意味らしい。なーんだ、色んなすごい情景を想像してたのにありきたりだな。

ROOM 2 假面の美学
「第2回」のチャプター・タイトルは一般的でない漢字ばかりになってしまったんだが、今回もずっとその路線にしてゆきたいのがミエミエのタイトルだな。
んが、そこまで難しい表現ばかり出来るほどROCKHURRAHが知識豊かではないので、たぶんすぐに破綻すると思うよ。
日本語で書けば簡単に仮面なんだが単に中国語で表記しただけ。

これまたひとつ目のティアドロップ・エクスプローズと同様、美術館の展示としてはどうなの?という、真っ当に評価するのが難しいジャケットだな。
見ての通り、仮面なのかマスクなのか不明だが、そこから光みたいなものが出てるというようなイラスト。仮面から光が出てるわけでなく、もしかしたらドアを細目に開けた瞬間、向こうの部屋からの光が仮面を照らし出したという場面なのか?判別は難しいがどっちがどっちでも絵画的には大差ないし、そもそもあまり評価もされなさそうな困ったジャケットだよ、一般的にはね。
ただしROCKHURRAHはこのジャケットに対して特別な思い入れがあり、初めてこれをレコード屋で見かけた時の興奮は数十年経った今でも鮮明に覚えているくらい。

この不可解なジャケットのレコードはビル・ネルソンのソロ第一作「Quit Dreaming And Get On The Beam」 だ。タイトル長いな。
ROCKHURRAHのビル・ネルソン好きは高校生や若い頃の一部の友人(無論音楽のわかる人)ならば、もしかしたら思い出してくれるかも知れないが、それくらい熱烈に聴き込んでいたアーティストだった。
グラム・ロック周辺のバンドとしてデビューし、ハードロック、プログレ的な要素も取り入れて、最終的には(その頃ちょうど始まった)ニュー・ウェイブとも呼応するような音楽を作り上げたのが70年代のビーバップ・デラックス、そのギタリスト&シンガーでワンマン的なリーダーがビル・ネルソンだったのだ。
その後はビル・ネルソンズ・レッド・ノイズというデジタル・パンクっぽいバンドを経てソロとなったわけだが、特にエレクトロニクス・ポップ(日本ではテクノポップ)、シンセ・ポップというジャンルにおいて活躍したミュージシャンだった。
今回はこの人について詳しく書く企画ではないから、知らない人はこっちの記事で少し書いてあるので読んでみてね。

ROCKHURRAHはビーバップ・デラックス解散後、レッド・ノイズの音楽に衝撃を受けた一人なんだが、この後はどうなるのかと、およそ二年間くらいは新作のリリースを待ち望んでいたかな。
この頃はそこまで新作リリース情報がなかったからマメに輸入盤屋に通って探すという行き当たりばったりな事をやっていた。そして情報もないまま、唐突にこのレコードが出ているのを知ったのだ。
レッド・ノイズの2ndを期待してたがソロ名義だったのでビックリしたよ。
レッド・ノイズがデビューした頃、まだパンクとデジタルは結びついてないような時代だったから、この奇妙で衝撃的な音楽を続けていれば、必ず新しい潮流が来るとROCKHURRAHは信じていたわけだ。
それなのに「大して売れなかったから」あっさりこの武器を捨てて、よりポップで売れ線の音楽に歩み寄ってしまった事について、たぶんビル・ネルソン本人よりも後悔しているよ。

この曲は上の1stアルバム収録の曲でちゃんとオリジナルのビデオもある貴重なもの。
売れ線の音楽に歩み寄った割にはヒットに恵まれず、ゆえにプロモまで撮ったシングル曲がほんの少ししか残ってないのだ。
しかし、このビデオは1920年代の表現主義映画っぽく撮られていてかなり素晴らしい世界。こういうのは無条件に好きだよ。
ビル・ネルソンは確かな才能もセンスもあった人だが、何だかいつもやりたい事のタイミングがズレてて、世の中の需要がある時には違うことしてたりする。だから大御所と言われてもいいキャリアの割には活動があまり知られてない一人だと思うよ。この辺の「商才」のなさがまたファンにはたまらないんだけどね。

ROOM3 顛落の美学
いやいや、普通はこの漢字では使わんだろうと思えるが、これは転落と同じ意味だそうだ。顛という漢字で「この話の顛末」みたいな使い方はあるだろうけど、転落を顛落と書いた事は一度もないよ。
しかもこの言葉を日常的に使っているような職業にはなりたくないものだ。

第3回のテーマは「アート作品としてはやや微妙」というものに今、突然思いついて決定したわけだが、このジャケットもたぶんアートとは無縁の分野からのもの。本来はこういう場で語るようなものではないんだろうけど。
作ってる側から言うなら、名画だろうが記念写真だろうが全部が一筆書きのイラストだろうがインスタ映えのする写真だろうが、許可さえあれば何でもジャケット・アートとして成り立つものなんだろうな。

見てわかる通りベランダだか階段だかわからないが、鉢植えと共に落下している、まさにその決定的瞬間を捉えた写真だな。
これはスタンリー・フォーマンというアメリカのフォト・ジャーナリストが撮った「Fire Escape Collapse」という有名な報道写真らしい。火事になった建物から飛び落ちたのか、避難してる非常階段か柵が壊れて落ちたのか、詳しい状況は不明だが、緊迫した瞬間なのは確か。ジャケットでは一人だけ写ってるがこの画面の上にも子供が落下してるんだよ。この写真かどうかよく知らないが、スタンリー・フォーマンはピューリッツァー賞も受賞しているらしい。
などと書いてはみたものの元から知ってたわけではなく、必死でこのジャケットを調べて知っただけの付け焼き刃。

この社会派のレコード・ジャケットはドイツのアプヴェルツ(Abwärts)というバンドが1980年に出した1stアルバム「Amok Koma」だ。これと同じ写真を使ったリチュアル(80年代のポジパン・バンド)なんてのもいたっけ。
同じ系統と言えるのかどうかは不明だがエディ・アダムスの有名な写真(ベトナムの警察長官を米兵が射殺する瞬間)をジャケットに使った、B-Z Party(ニッツァー・エブが軟弱になったような超マイナー・バンド)などというのもいたなあ。アプヴェルツとは関係ないけど報道写真つながりで思い出してしまった。

以下、ドイツの人名やバンド名を少し語るけど、ドイツ語をカタカナで書くと人によって読み方が違ったりする。ROCKHURRAHはネットで出回ってる読み方を無視して(ついでに正確な発音も無視して)自分が80年代に覚えた読み方で書く事が多いので、その辺の違いは気にしないでね。

アプヴェルツはROCKHURRAHがしつこいほど何度も書いているノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ) の中では今まであまり焦点を当てた事がなかったバンドだが、後にアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのメンバーとなるF.M.アインハイトとマーク・チャンがいた事で知られている。
ドイツのパンクと言えばデイ・クルップスのユーゲン(ユルゲンとみんな書いてるが80年代はユーゲンと言ってた)・エングラーがいたMaleとか初期フェールファーベンとか、トミー・シュタンフのいたDer KFCとか即座に思い浮かべるけど、みんな英米のパンク・バンドにはない迫力があって大好きだったんだよ。このアプヴェルツも素晴らしい。
硬質な感じとナチュラル巻き舌の発音が多いから、パンクという音楽にも相性抜群だったのがドイツ語だったと思うよ。
アプヴェルツはちょっと暗くて突っ慳貪な音楽と釘を叩き込むようなビートが心地良いバンドだった。
ドイツ語なので目的や思想はわからなかったがアートワークとかで戦争モチーフのものが多かったという印象。

「Computerstaat 」と題されたこの曲は上のジャケットの1stアルバムには未収録だが、同じ頃のシングル曲だ。
いかにもドイツのパンクっぽい曲なんだがイントロが1分以上あって長い・・・。
また知恵の足りない話で恐縮だが、ドイツ語辞書を調べもせずに勝手に「コンピューター・スタート」だと思っていた。
この時代のコンピューターだったら起動するまでにそれくらいの時間がかかるので、それを表現してるのかと思ったわけだが解釈はまるっきり違っていて、staatは英語で言うとstate、国家とかそういう意味らしい。

画面左側がノイバウテンの名物男、F.M.アインハイトなんだが、どう見てもヴォーカルっぽい位置でスタンバってるくせに何か叩いたり跳ねたりしてるだけ、本当のヴォーカルは一番右側のギター兼任で驚かされる。中央の人物の暗黒舞踏みたいな踊りも不気味。最後だけちょっと歌ってるけどこんなんでもちゃんとギャラ貰ってるのかね?

ROOM4 芥場の美学
これはたぶん読めるし何となく意味がわかる人も多いだろうと推測する。
だんだんチャプター・タイトルが一般的でない言葉や漢字になってしまったんだが、書いてる本人がそんな言葉を日常的に使うはずもない。
そう、つまりは難しい言葉シリーズを探すのが億劫になってしまったというわけだ。第1回目は確か普通の言い回しだったけど、何の因果でこうなってしまったのか?
次回からはまた普通に戻そうかな。

芥場は「あくたば」と読んで字のごとく、ゴミ捨て場とか掃き溜めというような意味になる。
「塵やあくたのように捨てられた」みたいな古典的表現は最近では滅多に聞かないし自分でも言った事ないけどね。
大規模なゴミ捨て場というと即座に「夢の島」を連想してしまうが、これがゴミ施設だったのは大昔の話。ROCKHURRAHが東京に住んでいた頃にはたぶんもう、そんなものなかったと思うよ。
立ち入り出来たのかは不明だが仮にそういう場所を間近に見たら、ありとあらゆるものがランダムに捨てられてて、そこにはもしかしたら人知を超えた芸術的な風景も広がっていたのかも知れないね。

それでこのジャケットだが、今回もまたアートとしてはどうかな?という傾向。
マネキンや車などがコラージュされた架空の風景。これを見て何となく芥場というチャプター・タイトルを思い浮かべたわけだが、そこまで乱雑なわけではなく控え目な印象だね。
夢の島で偶然マネキンを見つけた方がよほど絵になる写真を撮れるとは思うし、世界にはもっと大掛かりなゴミ捨て場があるんだろうけど、コラージュを作ったアーティストにそんなつもりは毛頭ないのかも。
左側の字体といい女の子といい、全体としては80年代のオシャレ系を目指したデザインなんだろうね。

90年代に渋谷系なる音楽が流行ったが、その源流のひとつだったのが80年代のギター・ポップやネオ・アコースティックと呼ばれたような音楽だった。
1980年に23歳の若さで首吊り自殺したイアン・カーティス(ジョイ・ディヴィジョン)の不倫相手と噂されていたのがベルギーのジャーナリスト、アニーク・オノレだったが、彼女が設立したのがレ・ディスク・デュ・クレプスキュールというレーベル。
80年代前半にラフ・トレードやチェリー・レッドなどのインディーズ・レーベルからネオ・アコースティック系の簡素な音楽を志すバンドが色々登場したけど、クレプスキュールもネオアコや後のラウンジ・ミュージックにつながるようなアーティストを矢継ぎ早にリリースしていた。
日本でも新星堂がいち早くクレプスキュールのレコードをジャンジャン出してたから、アンテナとかアンナ・ドミノとか、輸入盤屋のないような土地でもこの手の音楽は普及していたはずだよ。
ここまで懇切丁寧に説明しなくても良かったような気がするが、そのクレプスキュールから出ていた一枚がこのジャケットの主人公、ポール・ヘイグだったのだ。

知ってる人にはすぐにわかると思うが、ソロになる以前はポストカード・レーベルからレコードを出してたジョセフ・Kというバンドのヴォーカリストだ。
カフカ(「審判」)的に言えばヨーゼフ・Kなんだろうが、この時代にはみんなジョセフ・Kと呼んでた。
ちなみにPaul Haigで検索すると右上に「ポール・ハイ」などと書かれていてゲッソリしてしまったワン。誰が書いたか知らないが、しかも本当はこの読み方の方が正しいのかも知れないが、80年代には誰も「ポール・ハイの新譜聴いた?」なんて言ってなかったぞ(笑)。

ポストカードもスコットランドのネオアコ、ギター・ポップの伝説的レーベルで、オレンジ・ジュースやアズテック・カメラなどもここの出身。
ジョセフ・Kはすぐにメジャーになってしまったオレンジ・ジュースやアズテック・カメラに比べるとちょっとマイナーな存在だったが、音楽性を変えることなくパンクや初期ニュー・ウェイブの香りがするギター・ポップのまんまで終わったのが逆に良かったのかも知れないね。
特にポール・ヘイグの歌声は実にフラットで、たとえ明るい曲を歌っても決して抑揚が変わることないという特性を持っていて、ありそうでないタイプのヴォーカリストだった。
関係ないけどそのジョセフ・Kの影響をモロに受けたジューン・ブライズもいいバンドだったなあ。

1982年にジョセフ・Kが解散してソロとなったポール・ヘイグは上に書いたクレプスキュールよりレコードを出していたが、上のジャケットは1985年に出した2ndアルバムになる。
脇を固めるミュージシャンも豪華で、アソシエイツのアラン・ランキンやジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダーのバーナード・サムナーなど。
ポール・ヘイグはアソシエイツのビリー・マッケンジーとも一緒にやってたので、ケンカ別れした両方と仲良かったわけだな。お互いの悪口を聞いたりしなかったのかな?

いやあ「すぐにメジャーになってしまったオレンジ・ジュースやアズテック・カメラに比べるとちょっとマイナーな存在だった」などと何行か前に書いたのを覆すかのような、思いっきりメジャー志向の曲で売れ線オーラの漂う名曲。服装も髪型も栄光の80年代、工場バックのビデオもいいね。もう全然ギター・ポップでもないけど。
この映像の時はそんなでもないが、当時はモミアゲをばっさり刈ってネオ・ロカビリーやサイコビリーのフラットトップみたいな髪型をしていた。頭頂部の平坦度は英国一だったのではなかろうか?

ROOM5 縹渺の美学
ラストには今回最も難しい漢字を使ってみた。これは無学なROCKHURRAHならずとも読める人はそうそういないだろう。縹渺と書いて「ひょうびょう」と読むらしいね。意味は「かすかではっきりしない様子」「広く果てしないさま」だとの事。今知って勉強にはなったけど明日にはもう読めない、書けないに違いない。

さて、今回の「アートとしてはどうなのか?」というテーマ自体が美術館企画としては破綻してるような気がするが、こういう事をやるならせめて10回くらいまともな展示をして、その後で変わり種企画としてするべきだったか?
最後の展示も意味不明のシロモノ。仮に美術館でこれを展示してても立ち止まって覗き込まないくらいに何も感じないジャケットだと思うよ。
うーん、写真だとは思うけど何を撮りたかったのかさっぱりわからん。
これぞまさに「縹渺たるありさま」。無理してじっくり見たら、雪解けの地面を上から撮影したみたいに見えなくはないけど、当たってても外れててもこれをジャケットに使った真意は不明だな。

そんなコメントしにくい代表のようなジャケットで世間を驚愕させたバンドがサバーバン・ローンズ、これは1980年作の2ndシングル「Janitor」だ。別にジャケットで驚愕させたわけではなくその歌でね。

米国カリフォルニア芸術大学の学生が1978年に作ったバンドで音楽的にはパンクから初期ニュー・ウェイブのあたり。ストレートなパンクよりも幾分オルタナティブな曲調を得意とするバンドだった。
デビュー曲「Gidget Goes to Hell」のビデオを後に「羊たちの沈黙」で有名になるジョナサン・デミ監督が撮っているけど、まだそんな片鱗さえ感じさせないB級テイストのもので、さすがロジャー・コーマンの門下生。
昔のB級SF、B級ホラー大好きなレジロスのビデオと共通するようなものと言えばわかるか?

で、これが問題作、2ndの「Janitor」ね。
いかにも学生って感じの男メンバーに似つかわしくない紅一点ヴォーカルのスー・ティッシュ。
彼女が唯一のヴォーカルではなく男ヴォーカルもいるんだけど、どうしてもスー・ティッシュの方が強烈な印象があるね。
横分けロングヘアーのお嬢様タイプ、遠くから見れば国民的美少女コンテストに出てもおかしくないような少女に思われるが、「何で私がこんなとこに出なきゃいけないのよ」というような不機嫌そうな素振りで歌い出す。
演奏も歌もたどたどしくて声も出てない、素人っぽいなあと眺めていると突然の変貌に誰もが驚くという寸法。そう、見ればわかる通り表情も変えずにまるで演歌のこぶしの効いた歌のようになってしまうのでみんなビックリして腰を抜かす(大げさ)。もしくはモンゴルのホーミー(二つの声を同時に出す唱法)みたいな感じ。
どこでどうやったらこの曲のこの部分がこの歌唱になったのか教えて貰いたいもんだよ。
美術館でこのジャケットが展示されてても誰も立ち止まらないだろうが、この歌が同時に流れたらみんな集まってくるに違いないくらいのインパクト。

こういうエキセントリックに豹変する女性ヴォーカルと言えば70年代末から80年代にはニナ・ハーゲンやリーナ・ラヴィッチ、戸川純などが出てきたが、これらは最初からいかにも何かしそうな変人の風貌だ。このスー嬢は見た目が清楚だけに余計驚かされるね。
他の曲ではここまで珍妙な歌声ではなかったのが残念。本人もそこまで色物路線にはしたくなかったんだろうか?

以上、どれだけの人が興味を持って読んでくれてるかは全く不明だけど、これからも世間の美術的視点とはちょっとズレたROCKHURRAHなりの展示を続けてゆきたいと思うよ。
それではまた、ハゴーネー(ナバホ語で「さようなら」)。

ニッチ用美術館 第2回

【TV番組風のタイトルバック。BGMはまだない】

ROCKHURRAH WROTE:

ちょっと前に始めたシリーズ企画「ニッチ用美術館」だが、本日はその2回目にしてみよう。

ニッチ用と検索するとインテリア通販サイトなどでよく使われている言葉なのがわかる。
家具を配置した隙間、デッドスペースを有効利用するための家具などがニッチ用に分類されてるらしい。
Nicheとは生態学でよく使われる用語らしいが、日常で使われているのは第1回にも書いた通り、大資本がなかなか手を出さないような小さな市場(隙間)を狙った「ニッチ産業」「ニッチ市場」などの言葉。そういうビジネス用語として知られているみたいだね。

どこかの会社員が会議の席などで「我が社としてはそういうニッチな部分に着目して・・・」などと言ってるかも知れないが、ROCKHURRAHとしては「今どきあまり人が語る事のないレコードのジャケット・アートワークについて」割といいかげんに語ってゆこうというつもりでこのタイトルにした。
あまり人が語らないような分野を拾い集めてROCKHURRAHが語ってゆけたら、というのがウチの目標。Webの隙間狙いという意味合いだ。
そうは言っても本当に誰も語らないマイナー路線ばかりはさすがに難しいから、その辺の統一感のなさも特色だと思ってね(また言い訳)。
もちろん、70年代のパンクや80年代のニュー・ウェイブという狭い範囲だけを好みにしているROCKHURRAHだから、語ってる内容も大体ニッチに違いないよ。

SNAKEPIPEがやっている別の企画「SNAKEPIPE MUSEUM」も自分だけの仮想美術館という設定でコレクションを続けている。ROCKHURRAHが目指すのはあくまでレコードのジャケットについてのみなので、方向性は似ているがかぶる事がない。いい関係だね。

TV番組風のオープニング映像も用意して、ジャケットも美術館の展示品風にするといった凝りようで、ROCKHURRAHの意気込みもわかってもらえるかな?

では2回目の展示を順路沿いに鑑賞してみようか。

ROOM 1 捩りの美学
この漢字を書けない人も、こんな字初めて見たよって人も多かろう。子供の時から難しい漢字や当て字の多い小説を読破していたROCKHURRAHだが、自分で今書けと言われても無理だな。パソコンに頼りすぎて漢字を忘れてしまった日本人の一人だと痛切に思うよ。
これは「もじり」と読む。ねじるでも同じ字を使う場合もあるらしいけど。
そこでモディリアーニっぽいジャケットを用意出来たら気が利いてたんだが、不覚にも違う路線にしてしまったよ。

一般的にはこのジャケットのようなのはパロディと呼べば済むシロモノだけど、第1回から全部日本語でチャプターを「○○の美学」と書いてきたから日本語、しかも漢字に置き換えて無知を晒してしまったというわけ。

マネの有名な作品である「草上の昼食」はその後の著名な画家による同じ題材の作品を生み出した、パロディの元ネタとしては大変にポピュラーなものだが、オリジナルは当時のフランスではセンセーショナルなものだったらしい。格別に美術に詳しくないROCKHURRAHなどは「何が?」と思ってしまうが、その当時は女神とか神話の裸婦以外は猥褻扱いされてたとの事。ふーん、西洋絵画なんて石を投げれば裸婦に当たると思ってたんだが、これは意外。
まあ今の日本でも全裸ピクニックは禁止されてるから当たり前なのかねえ。

そんなマネの真似ジャケットとしてニュー・ウェイブ界で名高いのがバウ・ワウ・ワウのこのアルバム「ジャングルでファンファンファン(1981年)」だ。
「あまり人が語らないような分野」などと偉そうに語った割にはいきなりメジャーで申し訳ない。

その後にCDの時代が長く続いたから考えられないけど、レコードはもう古臭いから、これからはカセットテープの時代が来る、などと予見し、1stアルバムをカセットのみで発表した変わり種のバンドだったな。
1979年に発売されて大ヒット商品となったウォークマン。ヘッドフォン付きカセット・プレイヤーの元祖だね。しかし持ってた全員が自宅でレコードを録音出来る環境じゃなかったはずだから、このように録音済みのカセットテープは案外有難かったのかも知れないね。買ったその場で聴けるし。その後、アイワが録音出来るカセットボーイを発売したが、自分で録音するのも面倒って人も多かったんじゃなかろうか?
あるいはその対極にある大型ラジカセ。これを持って街中で踊ったりするヒップホップが流行ったりしたのも80年代だ。
バウ・ワウ・ワウのカセットはそういう人狙いの商法だとは思ったけど、上記のような流行りがその当時のイギリスでもあったのかどうかは不明。
カセットテープの時代が来るってほど普及はしなかったような記憶はある。1984年くらいにはすでにCDウォークマンの元となるような携帯型が開発されて、そっちの方が進化していったからね。

で、このジャケットは2ndアルバム。カセット作戦が売れたのかコピーされまくったのかは知らないが、ちゃんとレコードでリリースされた。

ニューヨーク・ドールズ、セックス・ピストルズなどパンクの仕掛け人として名高いマルコム・マクラーレンが、初期アダム&ジ・アンツからメンバーを引き抜き作ったのがバウ・ワウ・ワウだった。
このジャケットに全裸で挑んだのがこの当時まだミドル・ティーンだったアナベラ嬢。これが母親の訴えにより問題となり発禁・・・ではなく発売延期になったらしい。日本では普通に売ってたような記憶があるが、それ以外の記憶はない。金で解決したわけじゃないのかね?
まあマネのオリジナルもこちらのパロディ・ジャケットも世間で問題になったという点では同じだろうか。

悪名高い詐欺師マルコム・マクラーレンの操り人形みたいにバンドを演じていただけという悪評もあるけど、モヒカンのギターにモヒカンのビルマ系少女がヴォーカルというインパクトの強いヴィジュアルにアフリカンっぽいビート、チョッパー・ベースという音楽性はとても個性的で他にはない魅力を持っていたと思うよ。楽器メンバーがやたらと達者なんだよね。

褒めてはみたものの、メンバーを引き抜かれたアダム・アントがまたもや凄腕を集めて新生アダム&ジ・アンツを大ヒットさせ時の人になった、その不屈の根性(詳細はまるで知らないが)に比べるとセンセーショナルで個性的だったバウ・ワウ・ワウは意外なほどはじけなかったな、という印象がある。
この曲のイントロ部分のビデオは「I Want Candy」とほぼ同じ撮影だと思われるし、結構使いまわしてるなあ。
MTVを最大限に利用し、面白い映像とヴィジュアルで人気を得たアダム&ジ・アンツと比べるとその辺がおざなりな感じがするんだよね。

ROOM 2 西班牙の美学
これまたあまりなじみのない漢字になってしまったが漢字クイズをしているわけではない。昔の本に慣れ親しんだ人にはすぐにわかるだろうけど、これはスペインを漢字で表したもの。
「スペインの血」というタイトルがついた絵画のジャケット。
簡素な線だが土のような色合いと赤が印象的な絵だね。頬杖をついた女性はデビュー当時の原田知世を思わせる(古い・・)が、今の世代だとまた違った少女を思い浮かべる人もいるだろうな。裾から顔を出してるのは傷つき倒れた闘牛士だろうか?
絵柄はまるで違うけど色彩はちょっとロートレックを思わせるね。え?全然?

ジャケットだけを見るとニュー・ウェイブのレコードとは思えないが、これはスペインで1980年代初頭から活動していたGabinete Caligariというバンドのもの。
バンド名は傑作サイレント映画「カリガリ博士(Das Kabinett des Doktor Caligari)」のスペイン語だと思われる。
しかし見た目はロカビリーっぽくて音楽はそういうのともちょっと違う雰囲気。哀愁の漂うスペイン風ウェスタン歌謡曲とでも言うようなもの。うーん、ドイツ表現主義とは全然結びつかないなあ。
なんかやってる事とバンド名との繋がりがよくわからんが、デビュー曲もスペインのポジパン/ゴシック系バンド、Paralisis Permanenteとのカップリングでますます活動範囲が不可解。

ちなみにこのParalisis Permanenteの方はラモーンズを暗くしたような音楽と派手な見た目で結構好きな感じ。非常にマイナーな例で大半の人にはよくわからんだろうが、カッコイイのを通り越して笑えるポジパンとして一部で有名なフランスのJad Wioと似た感じなんだよね。うん、今は全然関係ない話だったね。

この「ニッチ用美術館」の第一回でもスペインのエスプレンドール・ゲオメトリコについて書いたが、80年代初頭のスペインのニュー・ウェイブは日本ではほとんど紹介されてなかった。
だから勝手にこちらが「あまりニュー・ウェイブ的な文化がなかった」と勘違いしていたが、意外と奥が深くてやっぱりアートな感性も豊かな民族だなと思ったよ。
このバンドについてはニュー・ウェイブというニュアンスとはちょっと違うんだろうけど、時代としてはモロに当てはまるからね。

1983年のこの曲「Sangre Espanola」はスペインの伝説的な闘牛士フアン・ベルモンテについて歌ったものらしい(推測)。
その手の文化やお国柄が全く違うので日本人が闘牛について理解するのは難しいが、「トーク・トゥ・ハー」や「ブランカ・ニエベス」「マノレテ 情熱のマタドール」など、スペイン映画では闘牛シーンが割と出て来るので、かなりポピュラーなものなんだろうな。
日本で闘牛士について歌ったのはCharくらいのものか。
まあアメフトやクリケットに熱中している日本人があまりいないのと同じようなもんかね。
ビデオは見ての通り、特に語る事もないが、70年代に「悪魔のパンク・シティ」が日本ではまるで流行らなかったモミアゲ男ウィリー・デヴィル率いる、ミンク・デヴィルにちょっと似たルックスだな。

ROOM 3  諧謔の美学
何かわざと日常的でない漢字を使ってないか?と言われそうだがこれまた一般的にはあまり使わない言葉。「かいぎゃく」と読んで、意味はジョークとかユーモアと同じようなもの。
英語で言っても大半の日本人に意味がわかる言葉だから、あえて難しい言葉を使わなくなったという事かな?

ミラン・クンツ(またはクン)というチェコ人アーティストによるポップ・アートなんだが、ちょっとシュールで可愛くもあり時々不気味、漫画っぽいモチーフが印象的な作品を発表している。同じチェコ出身でミラン・クンデラ(「存在の耐えられない軽さ」で知られる)という作家もいたので、チェコではミラン君が割とポピュラーなのかな?

このステキなジャケットはドイツが誇るアタタック・レーベルの中心バンド、デア・プランのもの。ジャケットについて語る人がいないしメンバーに友達もいないので、記載されているクレジットでしか書けないのがもどかしいが、上記のミラン・クンツとデア・プランのメンバーでもあるMoritz Rによるジャケットとの事で、どこからどこまでが誰の分担なのかはよくわからなかったよ。ちなみにMoritz Rもドイツ人の名前なので読めん。確かモーリッツ・ルルルとかそんな名前じゃなかったかな?

デア・プランはDAFの初期ともメンバーが一部かぶっていて、ROCKHURRAH RECORDSでも何度もしつこいくらいに書いているノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ)の大御所バンドだった。大御所バンドなどと書いたものの、曲はチープなシンセ音だし奇妙なかぶりものをしたルックスだし、大御所感はまるでないけどね。
かぶりもの、と言えばアメリカのレジデンツがさらに有名だが、デア・プランの初期もレジデンツをもう少し電子的にポップにしたようなものだった。前衛的ではあるけど難解さを感じさせないところが好きだったよ。
そう言えばミラン・クンツもノーマル・グループという変な絵描き三人組でデア・プランと同じようなかぶりものしてたようだ。この辺がルーツなのかな?

83年くらいからは明らかにポップ路線になって「グミツイスト」など世界でも通用しそうな曲をリリースしたが、日本ではもちろん発売されずヒットもしなかった。
熱狂的な勘違いコンピューター信者をおちょくったような曲で当時の最先端だったIT用語が続々と呪文のように飛び出す、最後にコンピューターの事などよくわかりませんと言うハエが電灯の周りをグルグルしてるだけ、というようなシニカルな歌詞も素晴らしかったんだが。

このジャケットは1981年に出た「Normalette Surprise」という2ndアルバムのもの。片面が33回転、片面が45回転というLPと12インチ・シングルの中間のようなシロモノだったが、この頃はまだ明らかなポップ路線にはなってなくて、エレクトロニクスの実験的な曲が多い。
上のビデオは何年のものか知らないが、その中に収録されている「Lebdoch」のかなり珍しいライブ映像(?)だ。と言っても楽器持って演奏するわけでもなく、変な格好でウラウラしてるだけでさっぱり意味不明。こんな映像見せつけられても大半の人は無言になってしまうね。

ROOM 4 鐵板の美学
何だか前に当ブログでやった「読めん!編」みたいになってきたが、これは何となく読める人も多かろう。そう、鉄板を旧字体で書いただけ。
個人的には小栗虫太郎の奇妙な通俗探偵小説「二十世紀鐵仮面」とか読んでたから当たり前に読めたな。

工場地帯みたいなところをバックに記念写真を撮っている二人。工場からの煙なのか蒸気なのか雲の上なのか、白いもので覆われていて全景は見えない。あたりには他の人の気配はなく、置かれた三脚だけが寂しくシャッターを切る・・・。
などとどうでもいい情景描写を書いてしまったが、往年のシュールレアリスム絵画を彷彿とさせるような幻想的な作風だね。

ROCKHURRAHの大好きなこの絵を描いたのはディック・ポラックというオランダ人だ。そして彼が率いていたのがこのメカノというバンド。これはビックリ。画家かバンドかでバンド選んでる場合じゃないでしょ、というくらいのレベルの絵だよ(個人的感想)。詳しく知りはしないので画家がバンドもやってるというなら別だが。

メカノというのは20世紀のはじめにイギリスで生まれた知育玩具で穴の開いた金属板パーツをボルトとナットで締めて自由な形を作ってゆくもの。
デンマーク生まれのレゴとも似たようなものだが、レゴよりもはるかにメカニカルな感じの出来上がりになって好みが分かれるところ。
パーツが安く普及しやすいというのもあるし、ポップな色彩とメタルじゃ子供はやっぱりカラフルな方を選ぶんだろうな。映画やテーマパークにまでなってるレゴの方が圧倒的に人気だけれど。
SNAKEPIPEの意見は聞いてないがROCKHURRAHと同じで絶対メカノの方を選ぶに決まってる。ちなみに便宜上、鐵板の美学などと書いたが材質は洋銀、ニッケルだとの事。

そう、上の絵の三脚だと思ってたのはそのメカノで作ったロボット(?)の足だったというわけ。ディック・ポラックはメカノのジャケット絵画を描き続けて数十年、身も心もメカノに捧げてきたと言える。
オランダのニュー・ウェイブと言えばファクトリー・ベネルクス、そう、ジョイ・ディヴィジョンで有名なファクトリー・レーベルのベネルクス三国支部をまず思い出すが、日本ではほとんど知られてなかったミニー・ポップスとかね。それ以外にもこのメカノや弟分のフリュー、ミック・ネスなど、初期ニュー・ウェイブの重要バンドを生み出した知られざる先進国なのだ。

メカノは1978年にデビューしたオランダのパンク・バンドだったが、80年代にはもうすでに音楽性を変えて、ジョイ・ディヴィジョンのようなダークな音作りをするようになった。それだけならフォロワーの一種でしかなかったんだろうが、ヴァイオリンやアコーディオンを取り入れた哀愁のヨーロッパ歌謡みたいな路線もやってて、むしろそちらを好む大人層に人気があった。

ROCKHURRAHがこのバンドを知った頃にはすでに再発盤が出回っていて、オリジナルは入手困難になってたな。ジャケットが違っていてオリジナルにはディック・ポラックの絵が使われていたから探したんだけどね。さらに「Untitled」とか「Entitled」とか違いがイマイチわからんタイトルに似たようなジャケットばかりだったから、どれを買えばいいのかわからん初心者泣かせのバンドだったな。
しかしやっている音楽は思ったよりも骨太で、曲によっては眠くなるようなのもあるけど、目の覚めるような豪快なフレーズとかもあって衝撃を受けた記憶があるよ。長い長いイントロで嫌気がさした頃に突如ベンチャーズ風のリフが心地良い「Meccano」やこの曲「Escape the Human Myth」などは文句なくカッコイイ。
当時の映像が皆無なので年寄りになってしまった近年のライブ映像しかないが、これでも元はニュー・ウェイブやってたんだよ、という想像をしながら聴いてね。え?無理?

ROOM 5 谺の美学
一般的には木霊と書くが谺でも「こだま」と読む。樹木に宿る精霊だとの事だが、生まれてから自分の文章にこの字を使ったのはたぶん初めてだな。山の中を生活の拠点にしてるような人だともしかしたら日常的に使うんだろうか?

樹木に閉じ込められ一体化した女性の横顔。ギリシャ神話にはドリュアスという樹木の精霊が出て来るらしいが、そういうのを原典としてるのかな?不気味だけど美しい、抗えない魅力を持った象徴なんだろうね。
「エクソシスト」で有名なウィリアム・フリードキンによるホラー映画で樹木の精霊が出て来るようなのがあるんだけど、このジャケットよりもずっと後の作品。
何にしても、森でも沼でも人を引き込み犠牲にするようなのは定番だよね。

この幻想的なジャケットに挑戦したのはゴシック/ポジティブ・パンクの聖地バットケイヴ(というナイトクラブがあった)で活躍していた女性シンガー、ダニエル・ダックスだ。
撮ったのはこの手の題材を大得意にしている女流写真家ホリー・ワーバートンという人。
ダニエル・ダックス以外にもオール・アバウト・イヴ(美女シンガーで評判だったイギリスのバンド)のジャケットなどでも有名なので、見たことある人も多かろう。大体いつもこういうタイプのジャケット写真を撮ってるんだけど、このジャケットが(モデルも含めて)一番いいと思ったから今回取り上げてみたよ。

ダニエル・ダックスは元々実験音楽人カール・ブレイクと共にレモン・キトゥンズというバンドでアヴァンギャルドな音楽をやってたんだが、解散後にソロになる。
どういう経緯でかは知らないがそのバッドケイヴでは他のポジパンの連中と同じように、不気味な死体のような白塗り化粧で歌を歌っていた。
かなりグロな人体パーツ福笑いのようなジャケットのアルバムを1983年に出して、ソロ2作目が樹木妖精になった上のレコードとなる。
割と童顔で可愛い顔立ちなのに、やってる事は結構先鋭的というアンバランスさが良かったよね。
その後再びメディアに注目された時(1987年の3rdアルバムの頃)は、今度は竹の子族のようなキンキラ衣装で派手なメイクという姿。短期間で随分健康的になって印象が違ってたのに驚いたもんだ。

やってた音楽はいわゆるポジパンとは違っていて、ガムランや中東っぽい旋律だったりスワンプ・ロックっぽいものだったり、それらのごちゃ混ぜにアヴァンギャルドやサイケデリックな風味も合わせたユニークなもの。すごい低音から高音まで自在に操る歌唱力も文句なし、オルタナティブ界を代表するヘンな歌姫として評価も高く、日本では大してヒットもしなかったにも関わらず、来日公演までしている。
上のジャケットの2ndアルバムではほとんどの楽器を自分でこなし、大きなスタジオに入らず(たぶん)宅録にこだわった作品。はじめて「Evil Honky Stomp」を聴いた時にはレコードの回転数間違ったかと思ったほど低音が印象的だったよ。

その「Evil Honky Stomp」は残念ながら動画がなさそうなので、同じアルバムに収録されてるこちらの曲「Pariah」より。
パーリアとはインドの最下層民とか社会の除け者というような意味らしいが、まるでミュージカル「Cats」から抜け出てきたようなメイク。
どこが認められたかは不明だが(おそらく顔)、この時期は「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」などで知られるニール・ジョーダン監督の初期作品「狼の血族」にも狼少女役で出演しているから、その延長線上のビデオだと思われる。
そしてバックのペインティングと一体感のある衣装で、とても美貌を売り物にしてるアーティストとは思えないところが素晴らしい。

もっと色々書きたい事もあったような気がするが、そろそろ第2回も終わりの時間となってしまったよ。ジャケットについて語れる事がまとまったらまたこの続きも書いてみたい。

それではまた、スラマッ・ティンガル(マレー語で「さようなら」)。

ニッチ用美術館 第1回

【NHKもビックリ?ROCKHURRAH制作の番組タイトル。】
ROCKHURRAH WROTE:

新企画、つまり通常のブログで言うところの「カテゴリー」みたいなものを新たに作りたいと思って日夜考えていたよ。
ウチの場合はブログの右サイドバー「シリーズ記事」というのがそれに当たるんだけど、タイトルだけ見ても一体何について書いてるかさっぱりわからないね。記事一覧の上の方には一応概要みたいなのは書いてるんだけど。

まあそれはともかく、その新シリーズ。
SNAKEPIPEとの企画会議(大げさ)の末、やりたい方向性は早い段階から決まってたんだが、インパクトのあるタイトルが思いつかなくてなかなかお披露目出来なかったという企画だ。
「悩んだ末のタイトルがこれか?」と呆れる人も多かろうが、題して「ニッチ用美術館」に決定。

ニッチ(Niche)とは「自分の適所」「隙間」みたいな意味らしいが、少なくともROCKHURRAHは日(ニッチ)常的に使った事はない言葉だな。適所も隙間も大好きなくせにね。
近年は「ニッチ市場」「ニッチ産業」みたいにビジネスの世界でよく使われる言葉だとの事。

「市場規模が小さく、誰も手を付けていない分野」まあ、つまりアレだな。

“今どき大半の人が欲しがらないような80年代のレコードをそれなりの高値で売る”
我がROCKHURRAH RECORDSがやってる事もまさにニッチ市場のど真ん中にあるということか・・・。
しかし、あまりにも高踏的にニッチを狙いすぎて大失敗した例がウチってわけだろうな。

この企画で何をやりたいかと言うと、その隙間から70〜80年代のレコードを拾い出して来て、キュレーターとなったROCKHURRAHがレコードのジャケット・アートについて語ろうという目論見なのだ。
うーん、我ながらいい着眼点だな(笑)。
取り上げたアーティストが好きかどうかより、ジャケットの良し悪し次第で選ぶってのが今までにない試みだね。

前にこの記事で書いたけど、イチイチ読み直す人はいないと思うのでROCKHURRAHの言葉を引用しておこう。

ジャケットというのは絵画や写真だけの作品とは違って完全に正方形の中で展開するアートで、ほとんどの場合は絵や写真だけでなくアーティスト名やタイトルまでを含めたトータルなグラフィック・デザインだ。 ROCKHURRAHに限らず、古今東西でこのジャケット・アートワークに魅了された人は数多く存在しているに違いない。

そういう観点でジャケット・アートを収集してみたので、いつもの音楽主体のブログとはちょっとだけ違った趣きになるに違いない(希望)。
では順路沿いに展示を見てみようか。

ROOM 1 斜めの美学
まずはROCKHURRAHもSNAKEPIPEも大好きなロシア構成主義とダダイスムに影響を受けたデザインから。アレクサンドル・ロトチェンコやエル・リシツキーは知らなくても、現在でも色んなデザインで使われているはずのスタイルなので「こういう感じのデザイン見たことあるよ」って人も多いだろう。
そういうわけで実はこの手のレコード・ジャケットはどの時代でも意外と多数存在しているし、絵心がなくてもレイアウトがうまければ案外作れてしまうというシロモノ。
もちろん人をうならせる作品を作るにはセンスがないと出来ないとは思うけど。

個人的な好みで、この企画でもこれから何度も出てくるデザインだと予想出来るが、白またはクリーム色、黒、赤という色使いと斜めの使い方がポイントになる。

ウチの二人とも無条件に好きな形式なので、最初に語るにはふさわしいジャケットだね。
ちなみにROCKHURRAHのブログやショップでもこういうスタイルをマネたっぽいデザインを使ってるんだが、知ってた?え?マネがヘタ過ぎて気付かなかった?

このアルバムはスペインのインダストリアル・ノイズ・バンド、エスプレンドール・ゲオメトリコ(ジオメトリコ)の作品。
「Moscú Está Helado」という曲のオリジナル以外は全て他のアーティストによるリミックスの競演という趣向となってて、まさにこの曲づくしの大会となっている。
原曲は初期のキャバレー・ヴォルテールあたりを思い出す、なかなかカッコイイ曲なんだが、基本が同じ曲の別ヴァージョンばかりなので、よほど愛してやまない人以外はもう勘弁してくれ、と言いたくなるよ。

エスプレンドール・ゲオメトリコが出てきたのは1980年代初頭。
スペインはニュー・ウェイブ的土壌があまりない国だと思ってたけど、英米でまだインダストリアルな音楽がそれほど出てなかったような時代によくぞやった、と喝采を送りたくなるよ。

このユニットは他にも「これぞインダストリアル」というようなジャケットで多数出してるから、きっとアートワークにもこだわりがあるんだろうね。
しかしなぜスペインなのにレーニンでモスクワ?

ROOM 2 破損の美学
こちらも同じ色使いだがロシア構成主義とは違った表現方法。

見てわかる通り、ダンボール箱そのものに印刷したというのが面白い。
現代アートでミクストメディアという手法がよくあるけど、こちらのジャケットは本来は実用で使うだけのダンボールをデザインっぽく作ってみただけ。
別にこのジャケットが先駆者なわけではなくて、そういうアートを試みた人は多数なんだろうね。

世の中のほとんど全てのモノには何かのデザインがある。
それが全ていいデザインとは言えないけど、思いもしないところで素晴らしいデザインに出会ったりするのが楽しいよね。
以前は職業柄、海外からのダンボール箱が毎日届くような仕事をしていたが、中に「これは」というカッコイイものがあったからね。このジャケットみたいにステキなダンボールが送られてきたら、捨てずに取っておきたくなるよ。
しかし角が破れて到着はいかんな。写真撮って配達業者にクレーム入れないと。
※本当に破れてるわけでなく、破れたダンボールの写真を使ってるだけだったような記憶がある。説明するまでもなかったか。

このずさんな配達業者を使ったのがフランスの伊達男集団、レ・ネグレス・ヴェルトのジャケットだ。
ウチがよく扱う80年代よりはちょっと後の時代、80年代後半から90年代前半にかけて活躍した。
ちょうど同じ頃に活躍したマノ・ネグラと共に「フランスのストリート・バンドがすごい」と噂になり、ワールド・ミュージックのヴァリエーションのひとつとして日本にも紹介されて人気を誇ったもんだ。見た目が素晴らしくカッコ良かったもんね。
さまざまな音楽をごちゃ混ぜに取り込んで、エキサイティングなステージをしたマノ・ネグラよりはこちらの方がいかにもフランスの民族音楽っぽくて大人の雰囲気、好き嫌いが分かれるところ。
どちらのバンドもミクスチャー系ではあるんだが、パンク、レゲエ、スカ、ロカビリー、テックスメックス、ラテンなど分かりやすい要素が多かったのがマノ・ネグラ。
対するレ・ネグレス・ヴェルトはラテンはラテンでも、詳しくない人にとっては違いがよくわからんようなミクスチャーがなされていて、ごちゃ混ぜ具合に整合性があったように感じた。あくまでも個人的見解だけどね。
このいやらしい歌声が大好き。

で、上のジャケットの作品は彼らの曲を他の人がリミックスしたものばかりが入ったものだった。
ROCKHURRAHはあまりリミックス物は好きじゃないけどCDで持ってたな。

トリック・アートみたいなプロモーション・ビデオもクオリティ高くて、メンバーもまるでジゴロかヒモ・・・いやいや俳優のようなカッコ良さだったから人気があったけど、メインだったヴォーカルのエルノが薬物で死亡。
その後も続いたけどいつのまにか人気なくなってフェードアウトしてしまった感じがする。

1stシングルだけだったのかどうかは覚えてないが、メンバーに犬がいて、ちゃんと声も入ってる(メンバー・クレジットにも名前載ってる)から、愛犬家にもオススメのバンドだワン。
伊達男に似合うような犬だったけど、ROCKHURRAHとSNAKEPIPEだったら断然サモエド犬にしたいな。
え?ウチの好みはどうでもいい?

ROOM 3 赤黄の美学
これも大好きなジャケット。
最初のところでロシア構成主義などと口走ったので、以降も既存のアート様式と絡めた文章を書くと思ったら大間違い。美学生でも美術部でもないし、アートの事などそんなに詳しくはないのだ。
ただ自分の好き嫌いだけはわかるから、何かコメント出来そうなものだけ展示してゆくだろう。
こんないいかげんでもニッチ用美術館では館長であり学芸員、いい身分なのだ。

形式でいくとどこのジャンルに含まれるのかはわからないけど、やっぱり1920年代くらいのヨーロッパによくあったデザインという気がする。
その手のモダニズム広告とかを集めた画集を持ってて、そこに出てきたようなのと似てるから。
日本にも大昔には片岡敏郎というすごいコピーライターがいて斬新きわまりない広告を作っていたが、日本でも外国でも、この商業デザイン業界が当時の最先端のアートやタイポグラフィ、キャッチコピーなどをいかに貪欲に取り入れていたかは少し調べれば誰でもわかる。それに比べて今のCMのていたらく、カッコ良さもアートも何もないよな。ん?ジャケット・アートとは特に関係ない話だったか?

アーティスト(バンド)がレコード制作のどこまで関わるのか、あるいはどこまで口出し出来るのかは不明だが、音楽だけ作って「ジャケットは任せるよ」みたいなのはちょっといただけない。
「さすが曲がいい、ジャケットもいい」などと思ってたのに、バンドの方はアートワークに一切関与してなかったなんて聞くと悲しくなるもんね。このジャケットはどうなんだろうね?

このステキにレトロなジャケットはドイツのニュー・ウェイブ(ノイエ・ドイッチェ・ヴェレ)の有名バンド、フェールファーベンのシングルだ。
フェールファーベンについては「映画の殿 創刊号 レヴォリューション6」でも書いたが、ノイエ・ドイッチェ・ヴェレと呼ばれた音楽の中でも活動歴が古く、パンクからニュー・ウェイブ時代に大活躍した。
ジャケットだけでなくROCKHURRAHの大好きなバンドでもある。

ここに収録された「Ein Jahr」は代表曲のひとつだが、サックスやふざけた電子音が入った一見、軽薄なナンバー。
ちょっとファンカ・ラティーナとかディスコっぽく聴こえるけど、歌い方はパンクだし、声も素晴らしいね。
ノイエ・ドイッチェ・ヴェレのバンドは英米とは敢えて違う手法で個性や音楽性を確立したのが多い印象だけど、フェールファーベンはオースドックスな実力で英米に引けを取らなかったのがあっぱれだよ。

ROOM 4 無残の美学
この手の写実的な画風は本来あまり好きじゃないんだけど結構陰惨な絵だな。

子供の頃に好きだったフランク・フラゼッタ(「英雄コナン」シリーズの表紙などで有名な画家)。
レコードを買った頃はそのフラゼッタに似てると思ったもんだが、このジャケットの絵のほうが時代はもっと前だった。

知ってる人にとっては有名な絵なんだろうけど、ジョルジュ・ロシュグロスの「Ulysse ordonnant la mort d’Astyanax」という作品らしい。
歴史的な首チョンパの無残絵を得意としてたのかどうかも不明だが、画像検索するとエキゾチックな妖艶美女も得意にしてた模様だね。

こういういかにも絵画なジャケットだと聴く前に先入観を持ってしまうけど、プログレかヘビメタか?こんなジャケットでまさかテクノやアコースティックは想像するまい。いずれにしても明るく爽やかな音楽じゃないのは間違いないね。

この絵をジャケットにしたのは1980年代前半にデビューしたアメリカのポジティブ・パンク/ゴシック系バンド、クリスチャン・デスです(お約束)。
キリスト教徒の国でこのバンド名をつけるだけで勇気がいるとは思うけど、見た目も音楽も当時のアメリカではあまりいないタイプの暗黒なもの。
アンチ・キリスト的な主題の暗い音楽と不気味な白塗り化粧、そういうのがポジティブ・パンク(ポジパン)の代表的なイメージだけど、このバンドもまさにその傾向のど真ん中にあった。

元々アメリカではデスメタルでよく見かけるような安っぽいジャケット(下のYouTube)で発売されていた1stアルバム「Only Theatre Of Pain」だが、フランスのL’Invitation Au Suicideという暗黒音楽を得意とするレーベルよりまるで違う装丁(上のジャケット)で発売されていて、ROCKHURRAHはそっちの方を買ったんだよね。アメリカ盤のまんまだったら絶対手を付けてなかったと思う。

L’Invitation Au Suicide(自殺へのいざない)という不謹慎な名前のついたレーベル、インビタシオン、個人的にはひどく懐かしいよ。
このレーベルにはレ・プロヴィソワールとかペルソナ・ノン・グラータ、サートゥン・ジェネラルなど、好きなバンドが多くて特に注目していたわけだ。
レーベル買いでクリスチャン・デスにたどり着いたというわけ。

インビタシオン盤の方は中にマックス・エルンストの作品などが印刷された割と豪華な冊子が入ってて、その辺にもそそられたよ。オマケ付きには弱いのじゃ。

ジャケットに注目するという今回の企画だから映像も音声も要らないんじゃなかろうか?という気もするが、やっぱりROCKHURRAHはいつも通りになってしまうな。
「Romeo’s Distress」は1stに収録の代表曲で、この鼻声も重厚な演奏も素晴らしい名曲。
イギリスで言うならスペシメンあたりに近いテイストなのかな。
バンドは長く続くがヴォーカルのロズ・ウィリアムスは後に自殺、一番良かったのがこの1stの頃だったね。
時代全体がこの手のバンドを受け入れていたからね。

ROOM 5 五輪の美学
これまたノスタルジックな絵柄で、こういうのばかりが好きな奴だと誤解されてしまうな。
フェールファーベンのと色調も似てるので、黄色と赤が好きなのねと思われてしまうかも。

こういう絵柄は何年代なんだろうか?美術に詳しくないので、見てすぐに「○○っぽい」と言えないところがもどかしいが、誰が見てもわかる通り、これはオリンピックをモチーフにした絵画らしい。

これはスコットランドの有名なパンク・バンド、スキッズの2ndアルバムのジャケットだ。
リリースされたのが1979年なので1980年のモスクワ・オリンピックに先駆けてのものなのか?と勘ぐったが、Wikipediaには「The album was initially released with an Aryan album cover reminiscent of the 1936 Olympics, complete with Germanic Gothic-style lettering. 」と説明されており、特に関係なかったみたいだね。

同じ頃にD.A.F.(Deutsch Amerikanische Freundschaft)の2ndアルバムやモノクローム・セット、オーケストラル・マヌーヴァース・イン・ザ・ダークなどで知られるDindiscというレーベルのコンピレーションでも(なぜか)冬季オリンピックっぽいジャケットが使われていて、これまた同じ年に開催されたモスクワ・オリンピックとはあまり関係なさそう。そういうジャケットがブームだったのか?

スキッズについてもウチのブログでは何度も書いているけど、応援団のような男っぽいコーラスと壮大な曲調、スコットランド民謡を取り入れた音楽は、元・応援団員という意外な過去を持つROCKHURRAHの琴線に触れる大好きなバンドだった。
特にこの2ndアルバムはこれまたROCKHURRAHの心の師匠、元ビー・バップ・デラックス、レッド・ノイズのビル・ネルソンがプロデュースしていてポイント5倍。

このROCKHURRAH好みのジャケットなんだが「シンセサイザーが入りすぎててギターの音が小さい」などとメンバーからクレームが出て、ミック・グロソップ(パンク、ニュー・ウェイブで活躍したプロデューサー)がミックスし直したものが後に出た。ついでにジャケットも違ったのに変えられてしまって、まさに期間限定の貴重なものとなった。
人の好みは色々だろうけど、ROCKHURRAHは断然こっちのオリンピック・ジャケット盤の方が好きだな。
ビル・ネルソンと言えばスキッズのギタリスト、スチュアート・アダムソンの師匠格に当たる人なのに、よくダメ出ししたものだよ。

新企画と銘打った割にはいつものROCKHURRAHのシリーズ記事と大して変わらなかった気がするな。
ただし、若い頃からずっとレコード・ジャケットの魅力には取り憑かれていたので、こうやってまとめる機会が出来たのは嬉しい。これからも色々なジャケットを紹介してゆこう。

それではまた、ピル・ミレーンゲー(ヒンディー語で「またね」)。